第32話 見世物としての魔物退治


 食後の休憩を挟んだ後、ようやく今回の目的である魔物狩りを始めることになった。

 その準備としてゴドウィンさんとユクリアの2人が草原へと駆けだす。ゼフィリノスさまには2人が捕まえた魔物と戦ってもらうそうだ。

 ゼフィリノスさまとルフィスさまは並んで捜索中のゴドウィンさんたちの姿を見守っている。オーキッシュさまは体を捻ったり折り曲げたりしていた。

 ホルカさまとベルレインさまは女の護衛さんを後ろに控えさせて、お茶を口にしながらお話に夢中だ。

 ぼくら従者はお昼ごはんなんかの後片付け。その作業が終わるころに2人は戻ってきた。

 ゴドウィンさんがきーきーと鳴いた子鬼のゴブリンに、飛びつかれたら思わず悲鳴を上げそうになる大蜘蛛を。

 ユクリアが両足と口を塞がれまったく動かない……気絶しているウルフを。

 2人は3匹の魔物を縄で縛って連れて帰ってきた。


 捕まえてきた3匹の魔物にみんなが驚きの声を上げて取り囲む。

 オーキッシュさまが見事なものだと2人をほめている。

 3匹の魔物たちを囲んだみんなの顔はとても楽しそうに笑っている。


 でも……。


「……間違ってる気がする」


 賑やかな人の輪から少し離れた場所でそんな言葉がぽつりと口から出る。

 3匹の中で唯一声を出すことができるゴブリンは威勢よく鳴いているけど、その声に怯えたようなものを感じちゃう。

 でも、直ぐに口を閉じて、そんなことを言ってしまった自分がいやになった。


 ぼくはこの子たちを何匹も手にかけたんだ。そんなことを言う資格なんてない。

 これからこの魔物たちは見世物として、ゼフィリノスさまの腕試しとして倒される。ぼくたちだってお金を稼ぐために同じことをした。

 間違ってるなんてぼくが言っちゃいけなかったんだ。


 その後、ゼフィリノスさまの準備が出来たみたい。

 人の輪の中心でゼフィリノスさまが腰に挿していた剣を抜いて「いいよ」と言う。

 その言葉に頷いたゴドウィンさんがゴブリンの縄を解いでゼフィリノスさまの目の前にその小さな体を投げた。

 地面にぶつかってひとつ声を上げたゴブリンは直ぐに立ち上がると、ゼフィリノスさまへと威嚇するみたいに鳴いた。でも、その声はやっぱり怯えているように聞こえる。

 ぼくと同じく少し離れた場所にいたシズクの隣に駆け寄ってスカートの裾を握る。


「どうしたの?」

「なんでもない」

「そっか……はじまるよ」

「うん」


 ゴブリンがゼフィリノスさまへと駆けだした。

 その動きはぼくからしたらゆっくりに見えて、でもゴブリンにしたら精一杯に動かしてゼフィリノスさまへと向かっていく。

 体当たりをしようとしているんだ。ゼフィリノスさまの顔が真剣になる。


 ゴブリンの動きに合わせて剣を当てればすぐに終わる。それだけのことだ。そしたら、ゴブリンの動きも命も止まるんだ。

 でも、やっぱり見てて辛い。直ぐに終わらせてあげてほしい。

 ゴブリンがゼフィリノスさまの胸へと狙いをつけて地面を蹴った。


「え?」

「……え?」


 ちょっと驚いて口から音が出ちゃった。シズクも同じく声を上げた。

 ゼフィリノスさまは横へと跳んでゴブリンの突撃を避けたんだ。そのまま地面を転がってすぐに立ち上がる。

 ゴブリンはどてんと顔から地面にぶつかって痛そうに鳴いた。直ぐに立ち上がって周りを見渡し、ゼフィリノスさまを見つけると、怒ったかのように鳴きだした。

 それを見てゼフィリノスさまが笑って剣をゴブリンへと掲げる。周りの人たちから歓声が上がった。


 次はこちらの番とばかりにゼフィリノスさまが走りだし、ゴブリンへと構えた剣を降ろす――あ、だめだ。そんな攻撃じゃゴブリンは避けちゃうよ。

 思った通り、ゴブリンは地面を転がってその場から逃げだす。ゼフィリノスさまはがつんと地面へと剣を叩きつける。ごちんと地面を叩いた衝撃からか、剣は手から離れて遠くへと飛んでいっちゃった。

 手が痛かったのか小さな悲鳴を上げて、またゼフィリノスさまは地面を転がってゴブリンから遠くへと移動する。

 ゼフィリノスさまの顔が歪んだ。


「ごめん……ルイ」

「え? なに?」


 呼ばれて隣を見たら、シズクは口元を手で押さえていた。

 目は少し細めてて、何かに耐えてるみたい。


「お願い。手をつねって。早く……」

「う、うん。わかった」


 ぼくは言われるままにシズクの手を強くつねると、シズクはびくんと身体を震わせてゼフィリノスさまと同じように顔を歪めた。

 その後はちょっと下を向いて痛みを我慢して直ぐに顔を上げた。


「ありがとう。助かったよ」

「……よくわかんないけど」


 どうしたんだろう。体調が悪いこととは別な感じだ。


『燃え盛る火! 我が声のままにその姿を見せよ! 汝の身を我が力となり焼き払え【ファイヤーボール】』 


 と、シズクに気を取られていたらゼフィリノスさまは魔法を使ったみたい。

 なんでか知らないけど、しゃがんだままにゴブリンへと手をかざし火球を放っていた。手の先から生まれた火球は直ぐにゼフィリノス様の手から離れて飛んでいき、その対象であるゴブリンに当たる。ゴブリンは悲痛な叫びをあげて地面を転がり……最後には動かなくなった。

 終わりだ。

 ぱんぱん、と服を叩きながら立ち上がるゼフィリノスさまへと大きな歓声が上がった。


「すごいじゃない。ゼフィ! こんなにもたくましくなって! とてもかっこよかったわ!」


 ホルカさまが一目散に駆けつけて、ゼフィリノスさまを抱きしめた。

 続いてオーキッシュさまもよくやったとゼフィリノスさまの頭を撫でる。ゼフィリノスさまは顔を真っ赤にして照れくさそうに笑っていた。


「さすが私の息子だ。ちょーっと無駄な動きが多かったけど、立派に魔物を仕留めたな!」

「え、ええ。皆さんに喜んでもらえればと思ってやったんですけどダメでしたか?」

「そんなことないわ! とても素敵だったわよ。まるで演劇を見ているみたい!」


 あの動き演技だったんだ。

 どうりで変な動きするなーって思ったんだよね。

 だいじょうぶかな、とか本当に倒せるのかなって疑っちゃった。

 でも、ゼフィリノスさまを褒める2人の顔はとても幸せそうだから、これでいいんだと思う。

 他の人たちもにこにこと笑って3人を見ているし。


「あなた、笑いそうになっていたでしょう?」


 そう、突然隣から声が聞こえた。

 ルフィスさまだ。いつの間にシズクの隣にいてにやにやとしながら頭ひとつ分小さいぼくらを……シズクを見下ろしていた。

 びくりとシズクが体を震わせる。でも、直ぐに笑顔を作ってルフィスさまへと答えた。


「いえ、そんなことありませんよ」

「別に隠さなくてもいいですわ。隣の子……ええっとあなたの名前は?」


 そう、ルフィスさまはぼくへと話を振る。


「……ルイです」

「そう、ルイ。ルイに何かささやいていましたわね。その後、痛そうに顔を引き攣らせて直ぐに元に戻ったけど……まあいいわ。私も同じく笑いそうになりましたし」

「……」

「笑いそうになったの?」


 その問いにシズクが答えないのでぼくが代わりに聞いてみた。

 ルフィスさまはくすりと笑って頷く。


「無駄にごろごろ転がっておかしいったらありゃしない。剣を習っているって聞きましたが、使っている剣は身の丈に合っていませんし。振り回すつもりが振り回されてどうしますの? 見てて滑稽でしたわ。結局最後は魔法で倒し……まあ、魔法が使えるってところは良い見世物でしたが」


 ふふふ、とルフィスさまは口元に手を添えて目を細めた。

 シズクは困り顔でぼくとルフィスさまを交互に見る。どう答えていいか迷っているみたいだけど、ぼくだってゼフィリノスさまの行動にはびっくりしたわけだし……。

 ぼくは素直にうなずいて、シズクも続いてうなずいた。

 でしょう? ってにんまりと口元を緩めてルフィスさまはシズクの頬を指で撫で……はあ!?


(なんで触る必要があるんだ!)


 触られたシズクの顔が強張り、それを見てかルフィスさまが微笑んだ。

 うう、シズクに触るなぁ……。

 

「ん……あなた……」

「は、はい!」


 あ、やっちゃった? もしかして睨みつけちゃった!?

 ルフィスさまが目を細めてぼくを強く睨みつけてくる。続いて顔がくっつきそうなほど近寄ってぼくをじーっと見る。

 怒られる。どうしよう怒られちゃう!

 シズク助けて!


「あなた天人族じゃない! しかもシズクに負けず劣らず綺麗な天人族さん!」

「え、え、え!?」


 そう叫んでルフィスさまは先ほどのシズクみたいにぼくの頭を掴んで顔を覗き込んでくる。

 うわわ、顔が近い!


「あなたも見覚えがあるわ。そう、シズクよりも遥かに記憶に残ってる。絵画に描かれるような綺麗な女の子……ああ……記憶の彼女よりも綺麗になって……」

「は、は……はなして……」

「だめよ! だめだめ! 私こんな近くで天人族の方見るの初めてなの。もう少しだけこのまま……はっ!?」


 と、とろけたみたいに顔を緩ませていたルフィスさまの目が、いきなりぎょっと見開かれた。

 すぐにぼくから退いて、眉をひそめてシズクの後ろに隠れる。

 それから、そっとシズクの背から顔を覗かせて……ぼくへと疑うような視線を向けてくる。

 な、なにもしてないのに……。


「あっ……あなた、あなたも、もしかして男の子、なのかしら?」

「ぼくは女の子だよ!」


 失礼な! ぼくはシズクと違ってちゃんと女の子してるよ!

 だいたい、シズクを女の子って間違えたのはルフィスさまじゃない!

 シズクはどう見たって――………………女の子だ。

 もしもシズクが男の子って知らなかったらぼくだって女の子だって答える自信がある。それだけシズクは女の子なんだ。

 うう、ぼくよりももしかしたらシズクのほうは女の子っぽいのかな……。

 そしたらちょっと落ち込んじゃう。


「そ、そうよね。ごめんなさい。私としたことが……」

「いいんです。それだけシズクがかわいいってことはぼくも認めてますし」

「認めないでください! 私は男です!」

「それよそれ!」


 ルフィスさまが息巻いてシズクを指さした。


「なんで、ルイはぼくって言ってるのに、あなたは私って言うのよ。まったくもう! あなたたちは言葉遣いが逆なのが煩わしいですわ!」

「仕方ないよ。だって、ゼフィリノスさまの契約書による命令だもん。ぼくだってシズクのその話し方やだもん」

「そう、ですね。魔法による強制ですから仕方ありませんよ。私もゼフィリノス様や皆さんの前じゃなければ普通に話しますよ」

「契約書? 魔法? どういうことか詳しく聞いても?」


 そこでシズクが奴隷の制約について説明を簡単にルフィスさまに教えてあげた。

 この制約っていやだよね。いやなことでもできるならやらなきゃいけないんだ。

 心までは操れないらしいけどさ。心が操れないってどうやって試したんだろう。


 ぼくはゼフィリノスさまからの命令は簡単なものしか受けていない。

 付き添えとか静かにしろとか自分のことはぼくって呼ばないと駄目とか。最後のやつはなんで命令したのかわかんない。


 でも、シズクは違う。

 ぼくの見えていないところでゼフィリノスさまはシズクに変な命令をしているのは知っているんだ。シズクはぼくにあまり知られたくないのか隠してるみたいだけどね。

 命令を受けた日は疲れた顔をしているからすぐわかる。服だって汚れていることもある。

 でも、これは自分で知ったんじゃなくてイルノートが教えてくれたんだ。イルノートが教えてくれなかったらぼくはシズクが何か失敗をしたんだって思ってた。


 たぶんまだシズクはぼくに変な命令をされているって知られてないって思ってる、と思う。だから、ぼくは知っちゃってるけど何も言わない。

 シズクはよく隠し事をするのはずっと前からそうだったし、言ってくれるまでぼくだって何も言わない。


 ……正直、ゼフィリノスさまのことを好きか嫌いかって言われた嫌いだ。

 ぼくの大切な人をいじめるんだ。そんな人をどうやって好きになれって言うの?

 でも、シズクは口を酸っぱくしてゼフィリノスさまとうまくやれって言う。だからシズクの頼みを聞いて、ぼくは笑ってゼフィリノスさまといっしょにいないといけない。

 でも、そのせいでシズクといっしょにいられる時間が減ってる気がするんだ。

 ううん、これは気のせいじゃないよね。

 ねえ、そうでしょ、シズク?


 でも、そんなことは言えないんだ。

 そんなこと言ったらシズクを困らせるだけだってわかってる。だからぼくは笑ってシズクに今日の話をする。

 できるだけゼフィリノスさまとの話は触れずにたのしかったことだけをシズクに伝えるんだ。そしたら、シズクは笑って話を聞いてくれるんだ。

 ぼくだってシズクが笑ってくれた時の方が嬉しい。


「奴隷の制約……そんなものがあるのね……」


 ルフィスさまは難しい顔をして、ちょっと考えるように黙った後、わかったって頷きだす。


「私たちが出た奴隷市場は特別だったのだと思います。他の場所だともっと縛りがきついと聞きました。私たちは運がよかったんです」

「うん、ぼくはこうしてシズクと出会えたしね。運がよかった」

「なるほどね。奴隷って言っても色々とあるものね」

「そうですね……あ――」


 こうして話している間に、また一つ歓声が上がった。

 ゼフィリノスさまは大蜘蛛を倒していたみたい。フォーレ家の使用人がグラフェイン家の使用人以上に喜んでいる。

 フォーレ家の使用人たちにはあらかじめ大袈裟に騒ぐようにベルレインさまから命令されているとルフィスさまから聞いた。今は自分のことのように喜んでいるけど、あれは全部演技なんだね。


 その歓声でぼくら3人の会話は止まり、視線はまたそこの輪へと向いた。

 ちょっとの時間がかかって、最後の獲物であるウルフとの戦いが始まるみたいだ。

 ゼフィリノスさまの体には大蜘蛛が吐き出した白い糸がいくつかくっついてて、その糸を取り払うのに時間がかかったらしい。


「また、はじまりますね」

「うん」

「……ええ」


 シズクの声にぼくらは頷いた。ルフィスさまは気の抜けた返事を返してきた。

 どうやら、ゼフィリノスさまはウルフと戦うのは今日が初めてみたい。ユクリアから立ち回り方を教えてもらって頷いている。

 ユクリアが離れて、正面を見て剣を構えたゼフィリノスさまを見て、ゴドウィンさんがいくぞ、と声をかけた。

 拘束されていたウルフの縄がゴドウィンさんの手によって解かれて直ぐ、高く放り投げられた。


「あれ?」

「どうしたのかしら?」

「動きませんね……」


 そう、放り投げられ地面に叩きつけられてもウルフはまったくと動きを見せない。

 地面にぶつかった時に小さく悲鳴を上げ、身体を地面にこすりつけたけど、それ以外の行動は一切見せず、その場から動こうともしなかった。

 周囲の人たちがざわめきだす。もしかして、動けないほどに弱っちゃってる?

 不審に思ったゴドウィンさんが1歩2歩、ウルフへとにじり寄った……その時だった。


「うわっ! なんだこいつ!」


 ゴドウィンさんが驚いて声を上げた。ウルフがいきなり起き上がって駆け出したんだ。

 走り出した先はゼフィリノスさまへではなく、ウルフを囲っていた人たちへ。従者の人たちが驚きの声を上げた。


(あれ……なんだろう、これ?)


 皆が驚き戸惑う中、ぼくの目はウルフの動きをずっと捉えていた。

 ぼくの目はずっとウルフに引っ付いて、次にどんな動きをするのかがなんとなく見えていた。

 それでいて何もしなかったのはぼく自身どうしてかわからなかったからだ。


 ウルフの表情には恐怖とか混乱とか、そういう感情っていうものが乗っていない。口の中に仕舞い忘れたみたいに飛び出た舌がべろべろと垂れている。

 何を考えているのかはわからない。でも、動きからしてとにかく逃げたがっていたんだ、と思う。

 今までずっと動かなかった理由はわからない。けど、たぶん逃げるためにずっと動かないでいたんだ、と思う。


 それが成功したのか、自分よりも大きなものに囲まれて逃げ場のなかったウルフは今こうしてみんなの隙をついて、抜けだすことができた。

 そして、囲いを抜けたその先にいたのが、ぼくらだ。


 次第にウルフが大きくなっていく。ウルフはこちらへと走ってくる。

 まだぼくらとウルフとの距離はある。もしかしたらそのまま他の方向へ行っちゃうかなって思ったけど、その足の運び方は変わらず、ぼくらに向かってきている。


「きゃあああぁぁぁ――っ!」


 ルフィスさまが叫んだ。あと5つ数える間にぼくらへとたどり着く。

 もう一度ウルフの足を見た。その先はぼくらというよりも、シズクの隣――ルフィスさまへと向かっているみたいだ。4つ。


 他の人たちはその場から動けず、ベルレインさまがルフィスさまの名前を叫んだ。3つ。

 その中でもユクリアが一番に動き走り出して、その後を慌ててゴドウィンさんが続く……けど、その距離は遠い。

 ウルフの走る勢いが収まらない。あと2つ。


 目をひとつまばたくほどでウルフとぶつかるだろう。ぼくは目を開いてその様子を見ていた。


 そして、1つ。

 ウルフはルフィスさまめがけて跳びかかった。

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