第30話 魔物狩り、と名ばかりの行楽

「そうだ。今日は鷹狩りならぬ、魔物狩りなんてどうかしら?」


 いつもより少し遅めの朝食を各自思い思いに摂っている最中、ベルレイン様は唐突に話を切り出した。

 まだお酒が残っているのかオーキッシュ様は顔を歪め、普段通りのホルカ様はまあとひとつぼやいて口にする。


「いきなりどうしたの? ゼフィに危ないことはさせたくないわ」

「だって、昨晩オーキッシュが言ってたじゃない。ゼフィは冒険者として活躍しているんだって。そんな話を聞かされたら、あなた達の自慢の息子がどれだけ出来るかってところ見てみたいわ。それに私たちだって学び舎にいたころはよく4人で小遣い稼ぎに狩りにいったじゃない」


 ねー、とベルレイン様はゼフィリノス様に笑って笑顔を向ける。

 ゼフィリノス様はそれをどう受け取っていいかわからない様子で、まだ自分は未熟者だ、と軽く笑って流していた。


「ゴドウィンとユクリアさんのおかげです。今の僕は彼らに着いて行くのがやっとですよ」

「だがゼフィよ。2人からお前の評価は聞いている。初日は1人でゴブリンを倒したそうじゃないか。臆することなく立ち向かったとか。もしや、その話は嘘だったのか?」

「いえ、確かに僕はゴブリンを1人で倒しました。でも、それは2人が戦いやすく場を提供してくれたからです。それに僕が危なくなったら2人は助けてくれると約束してくれていたので心置きなく戦えた結果です」

「ほう、それはたのもしい」


 オーキッシュ様は満足げに頷いた。難色を示していたホルカ様だったけど、2人の話を聞いて渋々同意する。

 やっぱり自慢の息子がどれだけ成長したかは楽しみみたい。


 その後、ベルレイン様の提案通り魔物狩りは行われることになって、すぐさま従者はあれやこれやと準備に取り掛かった。

 一応、名目上は魔物狩りとなっているけど、実際のところはピクニックみたいなものだろう。


 グラフェイン家の皆々と、ベルレイン様とルフィス様の5名がのんびり自室に戻って着替えを行っている間、僕ら従者たちは慌ただしく、それでいて慎みを持って屋敷の中を駆け回る。

 コックさんたちは張り切ってランチを用意してくれたし、僕とルイもお世話係として参加することになった。


「……シズク、お留守番してた方がいいんじゃないの?」


 僕の体調を気遣ってくれるルイの言葉に甘えたくなる。

 でも、僕は笑って答えた。


「もう大丈夫ですよ。朝起きた時よりすっかり良くなりました。私はもう平気です」


 これは本当。起きた時よりもかなりマシになってる。

 マシにはなったけど、身体中に纏わりつく倦怠感はへばりついてるけどね。

 屋敷に残ることも勿論考えたよ。こんな最悪な状態でヘマなんかして皆に迷惑をかけるくらいなら屋敷で安静にしていた方がいいかも、とかね。

 でもさ。


「何より――」

「え?」


 周囲に聞かれないよう、ひっそりとルイの耳元で囁く。


(太陽がある間にルイと街の外に出たかった……これじゃ駄目かな?)


 と、本心から思ったことを口にして僕はそっと彼女から離れる。続けてスカートの裾を持ち上げてにっこりと微笑みかける。

 女の子として振る舞うことを嫌うルイの前であえてこんな行動を起こしたのは照れ隠しだ。だけど、今回に限ってはルイからのお咎めはない。


「う、うん! ぼくも、シズクと外に出たい! 太陽の下でシズクといっしょにいたい!」


 顔を真っ赤にして興奮気味にぶんぶんと頷くルイは本当にかわいい。


「もちろん、体調が悪化したら直ぐに報告します。折角皆さんが楽しんでいるところに水を差すような真似なんて出来ませんからね」

「うん! わかった! じゃあ、その時はぼくも付き添って帰ってあげるよ!」


 それは、ゼフィリノス様が許さないと思うので遠慮させてもらいます。



◎ 



 グラフェン家の同行者は僕とルイ以外にメイドが2名、トラスさんと別に執事2名だ。フォーレ家からは従者7名全員が参加することになった。

 フォーレ家の女護衛さんとは別にグラフェイン家からも護衛としてゴドウィンやユクリアも一緒に行くことになった。

 シーナさんはお留守番、というか、グラフェン夫妻の代役として役場で仕事をこなしているらしい。


「じゃあ、しゅっぱーつ!」

「「「おー!」」」


 と、ベルレイン様の掛け声に合わせてフォーレ家の執事たちがこぞって腕を上げて声を上げる。

 最初は馬車を出す話が出たものの、ベルレイン様がたまには歩くのもいいと拒否したので屋敷から徒歩で進むことになった。

 そのため、商店街を20人近い大所帯で歩くので、まるでパレードか何かのように町民たちは足を止めて僕らを注目する。

 グラフェイン家の人たちは何度も町民から声をかけられていた。

 オーキッシュ様は街の人から好かれてるなあ、とうんうんと頷いちゃう。

 あ、パン屋のノズ店長とリップさんだ。僕とルイはそろって手を振った。

 

 サグラントを出るころにはいつしか整列していて、まるで軍隊が草原を行進しているみたいだ。

 そんな行進の先頭はゴドウィンさんとユクリアが勤め、その後ろをグラフェインの執事二人が続く。

 そこから、オーキッシュ様とホルカ様、ベルレイン様が3人並び、昔はあーだこうだと話をしている。その後ろをトラスさんを前にメイドが2人。ゼフィリノス様とルフィス様。そして、僕とルイと続く。

 最後にフォーレ家の執事さんたちが荷物を持ちながら続いていった。殿は女性の護衛さんだ。無口な人らしくて、黙々と歩いているみたい。


「――そして、僕は無事に依頼を終えたんだ」


 ゼフィリノス様はこの前受けた依頼の話を語っていて、それをにこにこと笑いながらルフィス様が聞いていた。

 ……ふと、ゼフィリノス様が身振り手振りを使って大げさに説明している頃、ルフィス様の口元から疲れたような……そんな吐息を吐くように見えた。


「ゼフィリノス様はとても勇敢なんですね。でも、危なくないかしら?」

「大丈夫。ルフィスは僕が守るさ。ま、万が一にでも君に危険が及びそうになったら、シズクにはルフィスの壁になってもらうよ。ね、シズク?」


 ふふ、なんて笑って後ろを振り向いて僕を見るんだ。


「……冗談ですよね?」


 思わず聞いてしまった。

 この辺の魔物の初撃なら水の硬化魔法でほとんどダメージは無い。でも、痛いことには変わりない。

 僕の動揺を青ざめたと思ったのかゼフィリノス様がくすくすと笑っている中……ふと、ルフィス様が僕へと顔を向いたところで足を止める。


「あなたがシズク?」

「え、はい」


 なんだろう。ルフィス様は僕をじー、と凝視してくる。

 それから目を見開き、声を上げて驚いた。


「まあ! こんな可愛らしい子がいたのね。ゼフィリノス様も人が悪いわ。壁になれなんて女の子に言うものでは……あら、もしかして、以前会ったことある、かしら?」

「ええ、4年前ほどに」

「そうでしたっけ……?」


 うーんとルフィス様は首を傾げる。

 まあ、覚えてないよね。あの時とはまったくと容姿が変わっていると自分でも思う。髪だって短かったしね。

 それならそれでいいかもしれない。

 

「……いえ、確かに会った覚えがある。その眼差し、覚えてますもの。でも、私の記憶と一致しない……」

「私の顔などどこにでもあるような顔です。ですが、覚えてもらえていたのならとても光栄です」

「あなたのその顔でどこにでもあるですって? それが本当ならあなたの世界はきっと美しいものに溢れているでしょうね」

「えっ! いえ、そんな、言葉の綾ですよ……」


 僕の方こそ昔の印象とはっきりと違うなあって思うよ。

 前はもっともじもじと人前に出るのが不得意で人見知りのする子だったのに、外見だけじゃなくて中身もかなり成長しちゃったんだね。


「あ、ちょっと失礼」

「え?」


 と、ルフィス様はわざわざ僕とルイの間に割り込んで、僕をじろじろと見て首を傾げる。

 ルイは一瞬むっとしたけど直ぐに笑顔を作り直した。でもわかる。見えない怒りマークが彼女の頭に浮かんでいる。怒らない。ルイ怒らない。

 そんなルイを背にしてルフィス様は僕の頭の先から足の先までじろじろと視線を這わせる。

 どうにも納得がいかないみたいで、最後に吐息がかかりそうなほど僕の顔に自分の顔を寄せてきた。

 これには思わず後退ってしまう――。


「ちょっと動かないで!」


 ――が、ルフィス様は両手で僕の頭を固定して真正面から見つめだした。

 僕よりも背が高いのでルフィス様を見上げる形になる。

 「あ!」ってルイが驚く声が聞こえる。ゼフィリノス様が顔をしかめるのが見えた。でもそんなの今の僕は気にしていられない。

 あと少しで唇がくっついちゃいそうなくらい近づいてきたので、僕は頭の位置を固定されていたとしてもなるべく頭を後ろへと背けようと努力することしかできない。

 ルフィス様の声に前を歩く方々も足を止めて僕らを見ていた。


「あ、あの……困ります……」

「お黙りなさい」

「はい……」


 何も言わせないとばかりに睨みつけて僕の観察を続けられる。間近で見るルフィス様はとても可愛らしい。でも、本当に勘弁してほしい。

 ほら、どうしたんだって列を崩してまで後方にいたフォーレ家の執事さんが身に来てる。進行も止まるほどに僕らは注目を浴びていた。


 ルフィス様の目がぎろぎろと動き回る。例え美少女でもこんな近距離で目が動き回るのはどうなのってくらい僕のことを見る。

 うう、もうなんでこんな目に……こんなことなら会ってないとか嘘をつけばよかった。


「……あなた、もしかして?」


 やっと思い出してくれたのかルフィス様は僕を解放してくれた。はあ、と詰まっていた息をひとつ吐く。

 けれど、それは僕の思い過ごしだったらしく、ルフィス様はずずずと後退りながら距離を置きつつ、再度僕を怪しげに見つめる。 


「……まさかね。こんなかわいい子が男の子なわけが……」


 はっ!?

 ルフィス様が不吉な言葉を呟いた……!


「ルフィス様は何か勘違いされているのでは? 私はおと――」

「――わ、私が勘違いですって? な、何を言ってるのよ! 何が勘違いだって言うのよ!」

「いえ、だから私は――」

「お黙りなさい!」


 ぴしゃりと一喝。酷い。僕はもうおろおろと狼狽えるばかりだ。

 ご両親様であるベルレイン様に助けを求めて視線を向けてみたが、愉快そうに笑ってこちらを眺めていらっしゃる。逆に隣にいるグラフェイン夫妻がどうしたんだと僕らを見て狼狽えている。普通反応反対じゃない?


「ほ、ほら。ルフィス様、先に行きましょうよ! 皆さんの足を止めちゃってますって!」


 完全に進行を妨げているのは僕らのせいだ。

 だから、皆を促すために僕はひとりでも前へと進もうとして……。


「お、お待ちなさい!」

「はぇっ!?」


 僕の体をルフィス様は背後からがっちりと羽交い絞めにした。

 思わず変な声が出ちゃう。それは突然抱きつかれたからではない。

 ルフィス様の手は僕の胸元をさわさわ……っていうかぎゅぎゅぎゅって触り始めたからだ。

 僕は突然のことで思わず硬直し、自分でも何をされているかわからない。

 周りのみんながぽかんと口を開けているのが見えた。


「ルフィス! 先ほどまでならまだ笑って許したけど、それは駄目よ! いい加減になさい! その子が困っているでしょう!」


 さすがにベルレイン様も息女の奇行に待ったをかけた。

 やっと救いの手が伸ばされた。けれど、彼女の手は止まらない。


「お母様! 私は今とてつもない過ちを犯すかもしれないのです! 私が間違っていないことを証明するためにも必要なことなのです! そのためにも止めないで頂きたい!」

「あなたはすでに過ちを犯しているのよ! もう間違っているの! さっさと離れなさい!」


 と、ベルレイン様が前へ一歩足を出したところで、ルフィス様が一歩後ろに下がり、僕も同じく引きずられた。

 痛い……。僕はお人形じゃないよ。


「知らない知らない! だってないのよ! ない……ないないない! なんで! なんであなた胸がないのよ!」

「知りませんよ! 私の胸がないとか!! あるわけないじゃないですか!」

「そ、そう! そうよ、あなたはまだ膨らんでもいないのね! そうよ。まだ幼いもん! だからまだ胸も小さいのよね!!」


 母親の説得も空しく、僕の否定も空回りに受け取られ、ルフィス様の手つきが荒くなっていく。

 そんなないものを無理やり探そうと僕の胸が服越しで寄せられたりこねられたり正直皮と骨が痛い……。

 僕はげんなりしながらルフィス様へと話しかける。


「え、ええー……ですから、私は――」

「お黙りなさい! あなたは女の子! そう、女の子よね! そうよ! だ、だから……」


 と、ルフィス様の手が胸元から下へと恐る恐る這う……その這った指先がへその上を通過したあたりで僕は向かう先に気が付き声を上げた。


「え、ちょっとそれは!」

「私が確認――」


 僕の股間へと手は向かいそのまま握り込み――。


「――ぴ、ぴゃゃぁぁぁ……!」

「ぎゃっ、ああああっ!!」


 と、悲鳴みたいな言葉と共にぎゅっと強く握られた。

 僕は何とも言えない悲鳴を上げてその場にしゃがみこむしかなかった。


(だって、いきなりぎゅっ! って握ってくるんだよ! 力加減とか一切ないの! ひどいよ! ここは大事な場所なのに! お腹が痛い!)

 

 その後まるで肝っ玉母さんみたいに怒ったベルレイン様からげんこつを貰って頭を抑えるルフィス様と、回復するまでちょっと時間が必要な僕が立ち直ってからの出発となった。


「ぐすっ……」


 僕の性別を知らなかったフォーレ家の執事さんたちは僕を奇異な視線を送ってくるし、後ろからひそひそと話がするのが聞こえた。

 うう、別に隠しているわけじゃないのに……泣きそうになって鼻をすする。


 ルフィス様はルフィス様でまるで心ここにあらずって感じで放心したままに僕の隣を、そう、なぜか隣を歩いていた。

 だから、今ゼフィリノス様の隣は彼女の代わりとルイが並んでいる。

 貴族の女の子が人の股を触るなんてってさんざん怒られても、まるで上の空みたい呆けていたけど、そんなに僕の……を触ったことがショックなのかな。

 でも、僕のことが男とわかってかルフィス様はそわそわっていうのか、落ち着きがない。


 ちらちらと僕へ視線を向け、その視線を重ねると逸らされるほどに……うわ、なんか酷い。

 僕だって被害者だよ! 逆に襲われたようなもんだよ!

 でもそんなこと僕の立場で言わるわけもな――。


「ね、シズク……さん?」

「え、はい?」


 急に名前を呼ばれてつい背筋を伸ばしてしまう。

 再度、ルフィス様へと周囲の注目が集まる。ベルレイン様は深く溜め息ついてるし。

 今度はどんなことを――。


「私、あなたが欲しくなったわ」

「「はあっ!?」」


 その発言を聞いて僕だけじゃなく、前を歩いていたルイまでもが声を上げて驚いた。

 聞き間違い? 今なんて言ったの?


「あなたが欲しいの。ぜひとも従者として私の元に来てくださらないかしら?」


 すぐさまベルレイン様が鬼の形相で駆け寄って、またルフィス様の頭へと握り込んだ拳を落とした――。

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