第28話 新入り家庭教師の悩み

 この世界の1週間は8日あって、4週間でひと月と数え、13の月をもって1年とするらしい。

 ギルドへ向かう準備中、ルイが嬉々として教えてくれた。学校で教わったみたいだ。

 年度と言う区切りはなく、月の読み方も、1之月、2之月、3之月と数えていく。

 1年はおおよそで420日だ。何年かに一度、閏年のよう13之月が終わっても数日ほど増えるんだそうだ。それを年の忘れ日と呼ぶ。

 誕生日っていうものは無く、誕生月を迎えると1周の初日に生まれた子も4週の最終日に生まれた子も年齢がひとつカウントされるんだって。

 また現在の暦は燭星と呼ばれ、燭星891年が今の年になる。


 そのことを得意げに語っている間、赤ちゃんクレストライオン(リコと名付けた)を抱いたルイは終始にたにたと笑っていた。


「僕の誕生月ってわかる?」


 話の後の流れでイルノートに聞いてみた。


「なんだ、ルイに続いてお前もか」

「何、ルイはもう聞いてたの?」

「ああ、学校から帰ってくるなり直ぐにな」

「ふーん。それで、僕たちの誕生日っていつなの?」

「ラゴンからはルイが12之月でシズクが明けの2之月だと聞いている」

「そう! だからぼくはひとつ年上なんだよ!」


 そうか、ルイがご機嫌な理由はこれか。


「ひとつって数か月しか違わないじゃん」

「でーもっ、これはもう完全にぼくがおねえさんってことなんだからね!」


 前世で言えばルイは季節的に2月か3月の生まれってことになる。僕が5月くらいかな。

 前に倣えば学年ひとつ違って、もしも学校に行けたとしたら僕はルイの下級生として扱われることになるのだ。

 ルイはどうしても僕より年上でありたいみたい。僕としては同い年にしか思えないけど、こればかりは仕方ない…………と言うとでも思ったか!?

 僕にとってルイは1個上ではなく数か月先に生まれただけだ!

 ここは僕だって譲れないさ!


 ……うう、なんだか精神年齢が徐々に下がってきているような気が。

 

「……みゅう」


 僕の気持ちを酌んでくれたのか、リコが僕の膝に手を置いてくれた。

 なんだか悔しいからリコの横っ腹をこちょこちょこちょと強くくすぐる。身体を捻りながら手足をばたつかせるリコはとても可愛かった。







 ユクリア・ヘンドが家庭教師としてこの屋敷に仕えるようになったのは本当に驚いた。

 昨日の今日って感じで最初に紹介を受けた時はもう警戒心バリバリ。数日は彼の挙動に視線一つ一つ追うほどだった。

 僕らを追ってここまできた? いや、でも僕のことわからなかったみたいだし、いやいやそれも演技かもしれない。

 ……なんて怪しんでいたのもその数日だけ。


「イルノートさんって美人っすよね。やっぱり男性人気ダントツっすか――はあ? え、イルノートさんって男だったんですか! ええーまじかあ……シズクちゃんといいなんでこの世界はあべこべなんすか……」


 彼は本当に僕らのことをわかっていないみたいだ。

 ちなみに僕が男だっていうことは一度ユクリアに冗談半分で口説かれたことがあって、その時にカミングアウトしておいた。

 でも、ボロを出してばれるのも嫌だし、なるべく接しないようにしていた……のに、ユクリアの方から結構な頻度で話しかけてくる。

 話す内容は様々で、あのメイドさんが可愛いとか、このメイドさんが可愛いとか、屋敷のごはんが美味しいけど足りないとか、イルノートの寝顔が見たいとか、イルノートは呪いで男になってるのでは? とか、イルノートのあの目で蔑まれたいとか、将来ルイが大人になったらお嫁さんにしたい、とかね……。

 イルノートのことは良いけど冗談でもルイのことを口にした瞬間、僕の中でユクリアは危険人物と見なしている。

 警戒心をと解くにはまだ先の話になりそうだ。


「あ、シズクちゃんおはようございまっす!」

「おはようございます。ユクリアさん朝から元気ですね」

「お前から剣を抜いたら元気しか取り柄がないなって親父殿にも言われて育ちました!」

「あ、ははは……」


 口から引き攣った笑いが漏れた。未だに彼の掴み所がわからない……。

 グリー森林で話しかけられた時も飄々としていて、変装をして如何にも不審人物な僕らに迷いもなく、嬉々として話しかけたりしたし。

 彼には用心と言う言葉は無いのだろうか。

 今もふへへ、なんて目を細めて笑っている。


「ところでひとつ聞いてもいいっすか?」

「はい、なんでしょう?」

「シズクちゃんの名前の由来ってなんすか?」

「名前の由来?」


 由来ね……。

 そんなの名付けたラゴンに聞いてほしい。僕も聞きたいくらいだ。

 前世で言えば、雫、滴、水滴、水の粒だ。でも、それは前世での話で、この世界では同音異義。この世界の雫には別の発音がある。

 だから、僕自身って名前は音の集まりくらいにしか思っていなかった。


「さあ、わかりません」

「あれ、そうなんっすか? お父さんやお母さんに訊ねたりしなかったんっすか」

「生みの親のことは知りません。名前を付けてくれた育ての親……恩師ももう亡くなりましたし」


 ユクリアの顔がはっと驚き、申し訳なさそうに眉をひそめる。


「それ、は、失礼なことを聞いたっす……済まなかったっす」

「気にしないでください。もう5年も前の話ですから」

「それでも、ごめんなさい」


 今度は深々と頭を下げ……え!?

 いやいやいや!  


「や、やめてください!」


 慌てて彼の行為を止めさせた。

 頭2つ分ほど背が高い彼が、年下で、従者で、奴隷という身分の僕に頭を下げるんだ。

 彼はこのグラフェイン家に雇われたと言えどお客人。そして、彼はである。

 申し訳なさそうにするユクリアだけど、そこはちゃんとしておかないと。

 こんなところを誰かに見られたら僕が怒られるかもしれない。


 どうにもばつが悪いらしくて「でも……」とユクリアは口ごもる。

 はあ、とひとつ溜め息。

 ここは話を変えるためにあえて僕からどうでもいいことで流れを逸らすことにした。


「ところで、ゼフィリノス様の稽古は方はどうですか?」


 すると、曇らしたユクリアの表情が和らぐのが見えた。

 話はなんでもよかっただけど、どうやらこれで正解かな。でも、すぐに斜めへと視線を泳がせる。


「あー…………良いっすよ。坊ちゃんは優秀っす」

「……そう、ですか?」


 最初の間が気になる。


「俺が指示した練習内容は全部こなすし文句も言わない。筋は良いし、飲み込みも早い。当主様の血筋っすかね。彼にも才能はあるっす」


 へえ、意外だ。

 ゼフィリノス様って剣の才能もあるんだ。


「正直、適当に褒めて見栄えのいい小技1つ2つ教えて終わりにするつもりでした。今までも何度か貴族の子息さんたちに稽古をつけてきたっすけど、我が強くて大変でした。基礎の積み重ねが一番大事っていうのに反復練習を嫌うっすよね」


 なるほどね。なんだかんだで貴族を相手するのは大変なんだ。

 ユクリアも苦労しているんだね。


 僕は前世で野球部だったこともあり、練習の大切さはわかっている。

 地味な走り込みや息を整える間もなく行われる連続ノック。ボール回しに仲間との連係プレー。

 素振りは僕の中で特に大事だと思っている。


 結果的には得点を入れないと試合っていうのは勝てない。

 打席でバッドを振るとき、どんなに球が見えていてもその球とバッドが重なる点を振りぬくことが出来なければ意味がない。僕の中で素振りはミート力を上げるために行っていたという意味合いが強い。

 まあ……ホームランは打ったことはない。

 憧れはするが僕にはボールを外野席へと大きく送るだけの力は付かなかった。だから、必要なのは点に繋がる力を持っている他のメンバーに託すことだ。

 打撃率はチームの中でも上位だったこともあって、多分そのおかげで僕はレギュラーに選ばれたんだ。


 これも偏に努力した結果だ。

 僕に野球の才能は無い。けれど、無いなりに、才能を努力で埋めて手に入れたレギュラーの座でもある。

 ……それでも勝てない学校だったけどね。

 ま、まあ……だから、少なからず努力し練習した分は自分に返ってくることを僕は知っている。


「ただ、後は本人のやる気次第ってところっすかね」

「やる気次第……?」

「うっす。あまり乗り気じゃないみたいで、才能はあっても地味な練習を嫌うのは他の貴族の子息さんたちと一緒でした。今はまだ口には出してないけど、不満は目に見えてわかるっす……。真摯に取り組んでいない稽古は身には付いても、それを本番で生かせるかって言ったら本人の問題っす。後でお前の教え方がなってない、とか当主様に言われたら何も言い返せないのが悔しいっす……」

「そうなんですか……」

「あ、ああっと。なんでこんなことシズクちゃんに話してるんでしょ! ちょっと弱気になってたっす! 愚痴みたいになってしまってごめんっす!」

「いえ、お気になさらず」


 最後に、ここだけの話にしてほしいと笑ってユクリアは去っていった。





 ユクリア・ヘンドがオーキッシュ様に雇われた理由は彼の息子であり僕たちの主でもあるゼフィリノス様に剣術を教えるためである。

 話を聞くとユクリアは男爵の位を持つ武家貴族の三男であり、若くして免許皆伝の実力を持っているという。跡継ぎの話はほぼなしということで家族から武者修行と名ばかりの追い出しをくらったそうだ。

 今では流れ冒険者として依頼を受け、たまに今回のように貴族に取り入り剣術の真似事でお金を稼ぐ日々を過ごしている。

 いつかは自分だけの道場を構えるのが夢とも言っていた。


 この国の貴族は嗜みとして剣術は身に付けておくのが当たり前なのだそうだ。

 また、ゼフィリノス様が入学予定としている王都の高等学校にも必須科目に剣術がある。入学予定者の多くは事前に剣を習っておくのが当然みたい。

 オーキッシュ様は学校主催とはいえ大会優勝者だって話も聞いているし、息子にも期待しちゃうところがあるんだろうね。


 剣術の先生を探していたらたまたまこの町に流れ着いたユクリアがその役を引き受けたというものだった。身元も貴族として証明され、彼はこの屋敷で剣術指南としての任に就いたのだ。


 そういうことでゼフィリノス様の日課にユクリアとの剣術の稽古が加わることになった。

 魔法の自主練を終えてから行うことになり、魔法の時間は僕も呼ばれるけど、剣術の時は視界に入るなと命令されているからどうなっているかはわからない。


 ただ、今回のことで気に入られたのか、ユクリアは毎朝僕を見かけては別に聞いてもいないし、聞きたくもないゼフィリノス様の活動報告を教えてくれるようになった。

 やる気がないとは言ったものの、日に日に筋が良くなっていくゼフィリノス様に喜んで、ユクリアはいつも以上ににこにこと笑う。


「才能の原石を磨くことが楽しいってこういうことっすね! 前に父上に言われた時は自分よりも輝きそうなものを見たら嫉妬しそうだなって思ったけど、まったく違うっす。ここに来れてよかったって思うっす」


 終始笑顔で語るだけ語って去っていくユクリアは本当に楽しそうだった。  

 ちょっとゼフィリノス様を見直してしまう。そういう努力する面もあったんだ。

 ただ、今も尚、乗り気じゃないっていうのは気になる。

 普段の意地悪な彼が汗まみれになりながらも剣術に取り組む。僕を遠ざけたのはそういう汗臭いのを見せたくなかったかもしれない。

 こればかりは素直に陰ながら応援しようと思う――。


「もう飽きたそうっす。他にないのかって言われました……」


 困り顔で笑うユクリアに相談された。

 半月としないうちに根を上げたのかゼフィリノス様……。

 そして、ユクリア君。君の半分ほどしか生きてない子供に相談するのは間違っていると思うぞ。

 どう言っていいかわからず、困り気味に僕は口を開いた。


「うーん……あ、ああ、じゃあ、どんな内容でやっているんですか?」

「剣を持ったまま軽く屋敷の外を走り込み、始めと終わりに木刀で素振り50回、その後は型……木刀を構えたままに足の運び方。俺が的となって打ち込み。最後に試合方式で防御を念頭に置いた組手っす」


 聞いておいてなんだけどその内容が適切かどうかは僕にはわからない。

 でも、彼は実家とはいえ免許皆伝者みたいだし、その道の達人ってことだから力任せに剣を振っている僕と違って正しいものなんだろう。


(ユクリアの両親が激甘でついつい情にほだされて免許を譲ったとか……)


 いやいや。つい、人を偏見的に見る癖が付いちゃってる。

 あっけらかんとしてるけど彼はひとりでグリー森林の奥まで赴き、ひとりで帰ってきたんだ。それだけの力は持っている。

 もしかしたら僕なんかが剣を抜く間もないほどに強いのかもしれない。

 うん、話を続ける。


「そうですか。うーん、何か目標があればいいと思いますが……」

「目標、目標っすか?」


 何もないままの練習は苦でしかなく、今のユクリアの状況は2人っきりで魔法を練習した時と似ている。

 それまではラゴンが次々と目標を与えてくれたから僕らは次のステップへと上がっていくことができた。でも、ラゴンが去って2人で魔法を学ぶことにししたけど、何をしていいかさっぱりわからなかったんだ。

 目標がないまま行った魔法の練習は、結局魔法をいじるだけで殆ど身につかないままに終わったような気がする。


 魔法は目に見えて上達しているのがわかる。ゼフィリノス様もなんだかんだで日に日に扱いがうまくなってるところを嫌々ながらに目にしてきている。

 だけど、剣術はどうなんだろう。実際に自分に力が付いたのかは判断しにくそうだ。

 ゼフィリノス様も目標を与えられたらその先へと喜んで……か、はわからないけど少しはやる気を取り戻してくれるんじゃないだろうか。


「大会とかってないんですか? 実際に自分の実力を試せる機会があればいいと思うんですが」

「この町ではそういうのはないっすねえ。でも実力……実戦か……」


 黙り込んだユクリアはうーんと首を傾げはじめる。

 うん、これだけ言えば十分かな。

 後は自分で解決してください。それも師匠の務めです。

 では、と軽く会釈してその場を離れようとした時のことだ。  


「冒険者ギルドの依頼を受けさせるっていうのはどうっすか?」


 は……。


「はああああああっ!?」

「うわ、びっくりしたっ!」


 思わず地声が出てしまった。まだ声変わりしてないから甲高い叫び声にはなったけど、今のは完全に男の子のそれだ。

 周りで誰も見てなかったかな。ああよかった。誰もいない。

 って、ギルドってそれはいろいろと不味いんじゃないの!?

 主に僕らが!


「じゃあ、ちょっとギルドで会員登録していいか当主様に聞いてみるっす! いやあ、ほんと、シズクちゃんのおかげっすよ!」

「え、ちょっと待って!」


 僕の静止も空しく、彼は一目散と走り去ってしまった。





 結局その日のうちにユクリアはオーキッシュ様の職場まで出向いて話を付けてきてしまった。

 ただ、ゼフィリノス様が10歳になってからと約束をして、だ。

 オーキッシュ様はちょっと難しい顔をしたけど、ゼフィリノス様のためになるとユクリアが押しに押して折れたみたい。でも、母であるホルカ様は危ない真似をさせたくないってことで大反対。さらにシーナさんまで巻き込んで4人で話し合った結果、10歳からという年齢制限を設けての冒険者開始となった。

 もちろん、背伸びはさせないし単独行動もバツ。護衛としてユクリアとゴドウィンさんも同行するということで話は納まった。


 その話を聞いたゼフィリノス様のやる気は比較的上がった、とユクリアは言う。身の入り具合はいつも以上みたいだ。

 餌で釣ってるようでなんだか悪い気がしてきたって今更ですよ。


 ……ただ、ゼフィリノス様のやる気もまた半月ほどで消えてしまった。

 その後は惰性的に稽古に取り組んでいたけど文句は言わなかったらしい。また、ユクリアも後ろめたさのせいか、やる気がないことについては何も言わなくなった。

 そして数か月後、彼は10歳を迎えた。

 出発は両親の公務が休みの日とした。


「長かった……嫌な時間ってなんであんなに長いんだろう……」


 玄関へと向かっている最中、ゼフィリノス様がそう呟いているの後ろ手聞いてしまった。出発前だというのにこの数か月を思い出してか随分と疲れ切った顔をしている。

 僕もなんだかんだで疲弊したような顔をしているに違いないだろう。

 それもこの数日、ゼフィリノス様がいつ言い出すか身構え続けていたせいだ。


『ルイを連れていく』


 ゼフィリノス様ならルイを連れて行こうとしてもおかしくない。何をするにもルイを連れていきたがるんだ。

 出発前や出発日に言いそうだと思ったので、この数日は本当に神経をすり減らすような日々だった。


 冒険者になった後や、依頼を受け慣れた後とかに言われたら溜まったもんじゃないから出来れば早く言って欲しい。

 既に実行してしまった僕が言うのもなんだけど、幼い女の子を戦わせようなんて考えは無いと思いたい。

 なければ御の字。言ったら穴だらけの作戦決行だ。


 その日をいつ迎えてもいいようにルイとは事前に打ち合わせをしていたし、最悪それが聞き遂げられなかったら恥を忍んで駄々をこねる、という情けない姿をさらす覚悟は僕には出来ている。


「もうここまででいいですよ」


 屋敷の門扉の前に3人が並ぶ。

 ゴドウィンさん、ユクリア、そしてゼフィリノス様の3人だ。

 その3人の前には屋敷に仕える従者全員が見送りに来ていた。

 わざわざ大げさな。後列にいるイルノートなんて面倒くさそうな顔をしているに違いない。


 ホルカ様は「私も着いていく!」なんて最後までゼフィリノス様を案じていたけど、そこはオーキッシュ様がなんとか宥め、そんな姿を見てゼフィリノス様も「立派に務めを果たしてきます」なんてホルカ様を涙ぐませてることもあった……。

 最前列にいた悲しむホルカ様の肩を抱きかかえ、オーキッシュ様がゼフィリノス様と視線を合わせひとつ頷いた。


「では行って参ります…………あ、ルイも一緒に――」


 きたっ! 

 ゼフィリノス様のルイは隣にいろ発言!

 間髪入れずに僕はゼフィリノス様の前へと跪き、


「お願いします。ルイを連れていくのはやめてあげてください!」 

 

 頭を下げて懇願する。

 

「お、おわ……シズク。どうしたの?」


 顔を引き攣らせながらも笑顔を絶えさない主人に僕は再度お願いしますと頭を下げた。

 連れていくだけなら百歩譲って認める。それが冒険者ギルドでも町の外でもね。それだけならいい。

 だけど、冒険者ギルドでルイの分もギルドカードを作らせるような事態になったら? そうしたら二重登録になる。

 二重登録は? エラーを吐く。

 これは数日前に冒険者ギルドのおじさんの前で確認済みである。

 あの半透明の板に登録済みと文字が出て、それとは別に登録情報が浮き出る。

 しかも、ご丁寧に登録情報や登録日時、前回の依頼達成日時すら書きだしてくれるのだ。これも紛失による対策のひとつなんだろう。

 だから僕はルイの同行を止める他ない。


「ゼフィリノス様は魔法に加え剣技も長けていますが、ルイは……お、お、お」


 僕の口がその単語の頭でつっかえる。


(くっ……この呼び方はしたくなかった……!)


 でも、これもルイのためだ。認めてないから言葉にするのも嫌だけど言わなきゃいけない。

 他の人にしたら些細なことだけど、僕とってはとても大きな覚悟をして口を開いた。


!」


 言ってやったと強くゼフィリノス様を睨み、僕は続ける。


……はっ、魔法がちょっとだけ使えるだけです。だから、お、を危険なところには行かせたくないんです! お願いします!」


 今一度深々と頭を下げた視界の先で、ぴくん、とルイが肩を震わせて僕を見ている。くそぉ……。


「……安心してよシズク。僕が君のお姉ちゃんをちゃんと守る。それにほら腕の立つ2人もいるんだ。安心してよ」

「い、いえ、万が一もあります! 聞いた話だと冒険者は命を失う危ない仕事だと聞きました。私……もう、家族を失うのは嫌なんですっ!」

「ふへへ……あ……ぼくっ、も行きたくない、です。お、おとうとと、シズクといっしょにいさせてください」


 事前の打ち合わせ通りにルイも会話に入ってきてくれた。

 なんだか頬を赤くして……悲しそうな顔をしろって言ったのに頬のにやけを必死に抑えようとした変な顔のルイと向き合う。

 そのまま視線を合わせてちょっとの時間がかかって、2人で両腕を広げ――抱きしめあう。


「お姉ちゃん!」

「シズク!」


 がっちりと抱き合っておいおいと泣き真似をして――これが僕らが事前に決めていた計画だった。

 この計画の立案者はルイ……の話し相手だというレティだ。ルイが彼女に相談して出たものらしい。

 正直こんな三文芝居で大丈夫かと思ったけど、僕自身は何も思いつかなかったので結局、これで行くことになった。

 更に駄目だったら駄々をこねるっていうのもレティの案だけど、もうね……。


 レティ曰く、僕ら腹違いの姉弟だけど日頃から互いに名前で呼んでいることは皆が知っている。だから、ここであえて姉や弟という言葉を使って2人の家族愛を強調させて、みなの情に訴えようってことらしい。

 ちなみに練習として部屋でセリフの読み合わせをしたら……。


「お、お姉ちゃん」

「……もう一度」

「お、お姉ちゃん……」

「もう一度! 今度は名前を付けて!!」

「ル……ルイお姉ちゃん!」

「もう一度!!」

「もうやだよ!」


 ルイはお姉ちゃんって呼ばれるのがすごい気にいったみたいだった。

 リコを抱きしめてその場でのた打ち回るほどで、あの時はどうしていいかわからなかったよ。

 もう絶対言うもんか……。


 でも、その作戦が功を奏し、周りの大人たちは狼狽え始めたり、そういうものに弱いのか涙を浮かべたホルカ様によってルイの同行をやめてもらえるようにしてもらった。

 言わずもがな、ゼフィリノス様だけはあまり面白くなさそうにしていたけど。


 最悪駄目だった場合、ルイに我儘を言ってもらってカード作成を拒んでもらうか、ゼフィリノス様が見てないところで段位の降格と名前の変更をやり遂げてもらう他ない。

 そんな真似できるかな……不振がって職員であるおじさんが確認を取るかもしれない。そして、確認を取ったおじさんがウォーバンだと思って話しかけたら……ああやっぱり駄目だ。ばれる未来しか頭に浮かばない。

 いやあ、無事(?)に成功してよかった。


 そうして、どうにか目下の問題を解決し、安堵して気を抜いていたその夜だ。

 その仕返しとばかりにゼフィリノス様には地味に嫌な命令を下された。


 いくつかの依頼を完了し満足げに帰ってきたゼフィリノス様だったのに、僕を見るなり笑ってこう命令したんだ。


 ――うさぎ跳び。


 この世界にもその跳び方があるのか! ってくらい庭を永遠と飛び続けさせられた。

 おかげで今夜のお仕事は潰れてしまったわけでして……もうやだ。

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