第27話 依頼の完了と新しい仲間

 先ほどとは違って待ちには入らない。狙うのは耳無しウルフだた一匹だ。

 できれば、他の取り巻きたちはなるべく相手せずに頭だけ取りたい。

 敵との距離は若干ある。ウルフたちが飛び跳ねれば一瞬で詰められる距離だ。僕らにしたら大股で走っても10歩はかかる。

 そのため、ウルフたちに先手を取られる前に、僕は――。


「シズク! 使うよ! まぶしいから気を付けて!」

「ルイ! を――え!?」


 ルイの手から光の球が生まれ空へと放り投げる。ウルフたちの視線が一瞬その光に集まる。

 しまった! 早く目を――ルイの手から放たれた光の球体は放物線を描いて僕らの真上へと留まり、予想通りのタイミングで炸裂するかのように光をばらまいた。

 ルイが使ったライトという魔法は本来、照明として使われる光魔法だが、使いようによっては目潰しになる。

 今回も最初は豆粒大の光を放ち、対象者の目を集めたところで爆発するみたいに光度を急激にあげたんだ。

 暗闇の中、閃光が森の中を突き刺していく。

 光の襲撃に会ったウルフたちは驚き戸惑い、更に白獅子までもが怯んだような声を上げた。

 

「ふあ、ジンジン来たっ!」

「え、シズク見ちゃったの!?」


 そう言いながら僕は耳無しウルフとの間にいる、目を閉じて地面にのた打ち回るウルフに駆け寄り剣で薙いだ。

 大丈夫。ルイが光を炸裂させるタイミングは掴んでいる。生まれてからずっと隣にいたんだ。これくらいわかる! が、直前に顔を背けれなかったことで瞼の上から視界を焼かれちゃったんだけどね。まあ、ダメージは最小で済んでいる。

 目を瞬かせながら、それでも僕は前に出続ける。


「大丈夫っ、ちょっと目がチカチカするけど、問題ない!」


 味方の断末魔と視界の消失に、無作為に両手両足をばたつかせるウルフを切り捨てる。


「もぉ、やめてよ! 気を抜かないでって言ったのに!」


 ルイも僕と並び走っては、大きな水弾で一匹を吹き飛ばし、目くらましを回避したのか襲い掛かってきたもう一匹も風の刃で一刀に切り裂く。

 光にやっと慣れたウルフたちだけど、戸惑っているのか耳無しウルフへとちらちら見ている。


「邪魔っ、どけぇ!」


 僕は声を上げて耳無しウルフへと駆ける。あと数歩の距離。

 同じく声を上げて耳無しウルフが僕らに部下を差し向けるが、怯んだウルフたちは言うことを聞かずルイが照らす光の球から逃げようと影の落ちる草むらへと逃げてしまった。


「追い詰めた!」


 僕とルイは耳無しウルフを挟むように前後に立った。

 ちらちらと首を振って味方を探し、周囲に誰もいないことに気が付いてか尻込む耳無しウルフ。

 前後の僕らを何度も見比べながら、果敢にも喉の奥から威嚇するように声を生み出しているが、その勢いはとても弱い。


「……っ……!」


 さっと地面を蹴って横へと逃げようとする。けど!


「させないよ!」


 ルイがそれよりも早く氷壁を耳無しウルフの前へと作り上げた。

 悲鳴を上げて透明な壁に頭からぶつかる。


「逃げようとしても駄目。ごめんね……これも仕事だから……」


 悲鳴を上げて苦しむ耳無しウルフを前にルイが剣を振り上げる。


「……運が悪かったんだ。君ももね。そう……ただ運が悪かったんだ」


 僕も同じく剣を振り上げた。

 耳無しウルフは僕らのことをどう思っているんだろうか。今の状況が掴めないみたいに口をぽかりを開けてる。

 僕とルイはそのまま剣を振り下ろし、耳無しウルフの胴体に深い傷を刻み付ける。甲高い悲鳴を上げるウルフにせめてもの情けと僕は首を切り落とした。

 余韻なんてものはなく、呆然と手にかけたウルフの死骸を見つめていると、ねえ、とルイが僕に聞いてきた。 


「ねえ、ぼくもってシズク、どういうこと?」

「…………あ、いや。クレストライオンが来なかったらこのウルフたちも殺されなかったんだろうなって思ってね」

「ぼくが聞いたのはそこじゃない。答えになってないよ」

「……」


 でも、それには僕は答えなかった。


 奴隷市場で乱暴された自分自身を重ねて白獅子の助けに入ることになったけど、ふと耳無しウルフの死に際に生前の僕自身を重ねてしまったんだ。

 運悪く瓦礫に押しつぶされた僕と、運悪く僕らに殺されたウルフのどこに違いがあるんだろうか。

 どちらも、ただ運が悪かっただけだ。


 ルイにこの話をするつもりはない。話すこともない。

 訝しげにルイは僕を見続けるけど絶対に答えないからね。

 それよりも、と僕は話を挿げ替えるようにルイに言う。


「ほら、クレストライオンは?」

「あ、そうだ!」

 

 僕とルイは目的である耳無しウルフの死骸をそのままに、恐る恐る白獅子に近寄ってみた……白獅子は虫の息だった。

 微かに呼吸をしているが、僕らが手を近づけても嫌がるように身体を震わせるだけで抵抗は殆どといってない。


「ルイ、やってみよう」

「うん」


 ルイと顔を合わせ、白獅子の身体に治癒魔法を施してみた。

 僕らの手は淡く発光し白獅子の傷を癒していく。けれど……出血は止まったけど、それだけだった。白獅子は横たわったままだった。

 イルノートも近寄り、白獅子の身体に触れる。


「……駄目だ。怪我は治っても失った体力は戻らない。限界が来ている」

「じゃ、じゃあ、町まで運べば!?」

「助かる可能性はある。が……その場しのぎの命だ。生きたまま解体されるだろうよ。クレストライオンの身体は高く売れるからな。……このまま逝かせてやれ」

「そんな……」


 せっかく助けられると思ったのに無駄だったのか。

 肩を落とす僕の隣でルイが泣き出すまで時間はかからなかった。

 大声を上げて泣き喚き、白獅子へとルイは抱きついた。

 白獅子が不思議そうに泣きわめくルイを見て、か細い声で鳴く。

 まるで我が子をあやすような声で……僕は、体全体で悲しむルイとは違って、その様子を呆然と立ち尽くして見ていることしかできない――ところで、ふと、白獅子と目が合った。


「……」


 その視線は僕の気のせいだと思うけど、とても安らいで見えた。

 死期が迫っていることを知っても、尚この結果で良かったと思えるような眼差しだ。

 ぎゅっと胸を掴まれたような気持ちになる。


「助けられなくて、ごめんね……」


 そう呟くことしかできない。

 みゅう、と白獅子がひとつ、僕の言葉に答えるかのように鳴いた。


 ……それからいくらかして、白獅子の息は止まった。

 ルイはぐすぐすと泣き続ける中、後はもうその血に汚れた白い亡骸だけが残った。




「すごいっす! 俺こんな魔物初めて見やした! なんつう魔物っすか?」


 不意に掛けられた声の方へと顔を向ける。

 そこには1人の青年らしき人影が木陰から顔を覗かせていた。

 周囲は漆黒に包まれているため、その人物の顔は判別できなかったが活発的な声は若い。その人影はぬるりとこの広間へと姿を見せた。

 声色と背丈からして17歳くらいか……って、。だから、多分15歳くらいってところかな。

 この暗闇の中でも薄らとオレンジ色の髪が見分けがつき、どうやら背中には一振りの剣を背負っているようだ。

 僕らを背にして、自身の顔を隠しながらイルノートが彼の前に立った。


「先ほどから後ろを付け回していたのはお前だな」

「付け回すなんて人聞きの悪い! 俺はただ、こんな日も暮れた後に森に子供が入っていったから心配で来ただけっす! むしろ、人助けっすよ! ただ、俺が入るまでもありませんしたけどね。いやあ、すごいっすね。その年でそこまで動けるなんて。まだまだ世界は広い! 俺もできる方だと思っていましたが自惚れっした!」

「ふん、怪しくて話にならん」

「いえいえっ! 怪しいっていうなら顔を隠してるあなた達の方が俺よりも断然怪しいっすよ!」

「あ、確かに……」


 つい僕は頷いてしまう。振り返ってきたイルノートにぎろりと睨まれる。悪かったって。

 まったく……なんだか剽軽なやつだ。軽い口調も相まって猶更そう思う。


「ふん……」


 そう思ったのは僕だけじゃなかったらしく、一人まくし立てる青年を見て毒気を抜かれたのかイルノートは肩の力を抜いて鼻息を鳴らす。あらら、なんてそれに返事をするみたいに青年が声を上げる。

 肩の力は抜けてもイルノートは未だに青年へと視線を向けたままで、警戒を怠らない。

 青年は広間の中心で頭を掻きながら、訊ねてきた。


「俺はユクリア・ヘンドと言います。ええっとそちらは……」

「答える名は無い」

「そうっすか」


 まあいいやと青年は、ユクリアは僕らとの距離を縮めようと前に出て――イルノートがこの森に入ってから、初めて腰に挿した短剣に手を当ててた。

 僕も同じく剣を握り直して悲しみに暮れるルイを背に隠す。

 物腰は軽いけどそれは演技かもしれない。突然襲ってくるとも限らない。


「あ、いや! 何もしませんって! その魔物をちょっと近くで見せてほしいだけっす! 本当! ほら、武装も解除!」


 そう言って彼は背負っていた剣を鞘に納めたまま地面に落とした。他にも、と外套を始め、身に着けている最低限の防具すら外して地面に投げ捨て始める。

 最後に少し戸惑いながらも顔を歪めて、腰に繋いでいた巾着を地面に落とす。

 巾着は地面に落ちた弾みで口が開き、中から硬貨がいくつかが飛び出した。財布だろうか。


「ああ、やっぱり金は捨てる必要はなかったかも……くぅっ! ああ、もうっ、ほら、これでどうっすか!」


 なんだか、僕ら追い剥ぎをしてるみたいじゃないか。そんな顔したって財布は取らないよ。

 ユクリアは両手を上げてその場を一回転し、まるで自分に抵抗する意思はないとばかりだ。


「……イル――あ、いや。どうしよう?」


 名前を呼びそうになった。せっかく隠してるんだから言ったらまずいよね。

 でも、僕たちの戦いを見てたんだから、多分聞いてるかもしれない。念には念を入れておこう。


「……好きにしろ。ただ、変な真似をしたらこちらも何をするかわからん」

「へい、ありがとうっす!」


 別にこのまま追い払ってもいいと思いつつも、僕はルイを起こして、白獅子から少し距離を取った。

 先ほどまで白獅子が背にしていた大木に二人して背を預ける。僕らが離れてからユクリアが白獅子の亡骸を見てほぉとかへぇとか呟いた。

 ここまで距離を詰めたことでなんとか顔の区別がつく。オレンジの髪で顔を半分隠しているが、やっぱり15歳くらいの男の子だ。


(……悔しいな。僕らはクレストライオンを助けることはできなかったんだ)


 悲しいけど僕はルイみたいに泣くことは出来なかった。でも、後悔の念は胸の中で渦巻く。もう少し早く駆けつけていれば結果は変わったのかな。わからない。

 白獅子のために何かできることってないのかな。そう思っても何も頭には思いつかない。

 頭の中で考えて考えて結局のところ、愚図ってるルイの手を握ってユクリアの動向を見てることしかできなかった。


 ユクリアは物珍しそうに白獅子の周りをくるくるとうろつく。

 それから、しゃがんで恐る恐る手を伸ばそうとして、


「さわるな!」


 そう、ルイが怒鳴った。

 自分よりも小さい子供の発言だというのに、ユクリアは一瞬の間を開けてから、すいませんっすと口にして直ぐに離れた。

 ルイは目を閉じて涙をこらえているかのようだった。


 でも、さすがにこのままってわけにもいかないよね。帰宅時間もあるし……。

 どうしよう。いつ切り出すかな。


 別れは悲しいけど、このまま黙想に耽っている時間は僕らには無い。

 そう言い出すきっかけみたいなものを探っていると、足元を何度も突かれる。ルイかな? でも、彼女を僕には目も向けず、隣でユクリアの動向を逐一監視してる。

 なんだろう。と、未だに突かれ続ける足元へと視線を向けると……


「おわっ!?」


 つい、僕は声を上げてその場から飛び跳ねた。

 背を任せていた大樹の下に小さなほら穴があって、そこから見知らぬ動物が顔を出して僕の足にこすりつけていたんだ。

 ルイも驚いて同じく僕の下にいた動物へと目を向けた。


「……みゅう」


 その動物が鳴いた。ちょっと土に汚れてるけど真っ白な体毛に覆われて猫みたいな生き物だった。

 飛び退き距離を取った僕へと首を傾げて、のろのろとそのほら穴から出てくる。

 まだまだ小さくてぬいぐるみみたいな親しみすら覚える子猫ちゃんだ。


「これは……もしかして、この魔物の子供っすか?」


 ひょっこりとユクリアが僕らの足もとの子猫を見た。子猫は驚いて僕の足元に隠れた。

 確かに似てる。真っ赤な鬣は無かったけど、その身体を覆う白い体毛はそこに横たわる白獅子を彷彿とさせるものだ。


「じゃあ、近くにメスのクレストライオンがいるの!?」

「いや、多分こいつが母親だと思うが……」

「え、このライオンはオスでしょ?」

「……は? ああ、いや、クレストライオンは性別関係なく鬣を生やしているんだ」


 彼らは1匹の雌のクレストライオンをリーダーとして群れを作る。

 基本的に女王となったクレストライオンは子作りに専念し、他の仲間たちも終始その補助へと回されるが、女王よりも先にそのグループ内のメスのクレストライオンが身ごもるとその群れから追放されることがあるらしい。

 と、イルノートが説明してくれた。

 そして、この赤子から推測して、彼……いや、彼女がこの森へと来たのも群れを追放されたからだという結論に至った。


「出産で体力がなくなっていたんだな。だから、あんなにも弱っていたんだ」


 けれど、この子はこの先どうしたらいいんだろうか。

 このまま野に放す。母子ともにここで命を取る。一番ありえないのがギルドに渡す。イルノートはそう提案してくれたけど、殺す線が濃厚だ。

 でも、それはなんだか……いや、絶対嫌だ。


「僕は連れて帰って育てたい」

「だめだ」

「う……」


 僕の提案は直ぐに破棄された。

 が、そこはルイが僕に加勢する。


「ぼくも同じ! 一緒に帰りたい!」

「あのなあ……」

「ルイと一緒に面倒見るよ。僕はこの子も守りたい」


 そこでイルノートと僕らとで何度か言い合いが行われようとして……ユクリアの目があることを思い出して黙った。


 問題はたくさんある。

 飼う場所。自分たちの身分。主人の許し。餌代。成長後。他。

 でも、それは先の話であって今の話じゃない。今はこの子をどうするかって話だ。

 先の話で今をつぶしたくない。そして、身を張ってこの子を守った白獅子の気持ちを何よりも僕は酌んであげたかったんだ。


 無言のまま睨みあい、先に視線を逸らしたのはイルノートだった。


「勝手にしろ。私は知らないからな」

「ありがとう、イルノート」

「イルノートありがとう!」


 イルノートが本気で駄目だと言えば僕らは首を振ることは出来ない。

 まだ僕らは子供で頼れるのはイルノートだけで彼は絶対的なものだ。イルノート自身も本気で駄目だって言えば僕らは嫌々でも言うことを聞くことをわかっている。

 でも、だめだって言っても僕らが本気だとしたら彼は真摯にその思いを酌んでくれる。ただ、今回は完全に僕らの我儘みたいなものだったけどね。

 イルノートもなんだかんだでこの赤ん坊を放っておけないってことなのかな。だったら嬉しいな。





 それから、白獅子の……母親の亡骸はどうするかって話になって、僕が1つ提案し、2人は快く頷いてくれた。


「……よっと、こんなもんかな」


 僕は近くの木々の枝を切り落とし、白獅子へと被せていった。

 身体が全部緑に覆われたところで、その山へと手をかざして火魔法を放つ。火が行きわたるように風魔法でふいご代わりにする。

 ユクリアがもったいない! って嘆いていたけど、気にせずに魔法を使い続けた。


 ルイは悲しそうに顔を歪め、イルノートも眉を顰める。

 ルイの胸に抱かれた猫ちゃんは自分の母親が理解できていないのか、僕らの顔を見比べてみゅうと鳴く。

 白獅子の身体が燃え尽きるまで、時間はかかった。





 いよいよ帰ることになって結局耳無しウルフの頭は僕が持つことになって……ルイはその小さな白猫を抱えた。


「じゃあ、用事も済んだみたいっすね。俺もなんだかんだで魔物に襲われて大変だったんっすよ! ねえ、まさか、ここで野宿するわけって話でもないっすよね? ね?」

「ん……? この人、何言ってるの?」

「え、帰り道の話っすよ。入口まで4人で行きましょうよ!」

「そうかそうか。では、私たちは空を飛んで帰るからお前はゆっくり気を付けて帰ってくれ」

「は、空を飛ぶ? またまた御冗談を」


 イルノートがひょいと風の浮遊魔法を使って宙に浮かぶ。

 僕らも続いて宙に舞う。おっと、頭が重くてちょっとよろめいちゃった。

 人が飛ぶのが信じられないとばかりに驚愕した面持ちでユクリアが僕らを見上げていた。


「うっ、うそっすよね……?」

「お前も冒険者らしいからいくつか言っておく。ギルドで私たちの話を他のやつにするな。私たちを見ても声をかけるな。さっさとこの町から去れ。以上」

「じゃあ、帰り道お気をつけて」

「帰りが一番気が抜けるって! がんばってね!」

「ちょ、ちょっと! 嘘でしょっ!? お、置いて行かないでぇぇ~!」


 その後、ユクリアの悲痛な叫びを背にしながら、僕らは森の入口までひとっ飛び。そこからは雷の瞬動魔法を使いながら街へと走っていった。


 イルノートは手ぶらだし、ルイは白猫を抱いているだけだけど、僕は大きな耳無しウルフの頭をひぃひぃ言いながら抱えるから大変。

 おかげで、火の活性魔法と風の浮遊魔法に雷の瞬動魔法の3つ同時利用をこなしながら進むことになった。

 街の外壁につくころにはへとへとで、良く自分でもたどり着けたなぁと感心するばかりだ。

 イルノート手伝ってよ! ――知らん。そうですかそうですか……。


 僕らは外壁を魔法で飛び越し、そのまま冒険者ギルドへと向かう。

 子猫を外で待つイルノートに預け、僕とルイは一緒にその耳無しウルフを持ってギルドの中へと入っていった。


「くそっ! ジグとウォーバンが生きて帰ってきやがった!」

「やりっ! また俺の勝ちだな! ほら、金出せや!」


 また僕らを出汁にして賭け事をして……。

 毎回のことだからもう慣れたけどね。でも、今回は僕らの持つ魔物の頭を見てぎょっとしてる人も多かった。先ほどまでの賑やかさが嘘みたいに静まる。

 気にせずに大きな頭を持ってカウンターへと向かいおじさんに話しかけた。


「これで依頼達成だね」

「あ、ああ。よく無事に帰ってきたな。ところで、なんで森奥から魔物たちが出てきたかわかるか?」

「……それはね」


 と、僕たちは森の奥へと向かったけど、そこには耳無しウルフたちと見たこともない動物の親子の亡骸があったことを伝えた。

 親子の動物はすでに食い散らかされていて、ほとんど原形を留めていなかったとも付け足して。

 僕の作り話にルイが目を見開いていたけど気にせずに話を続ける。

 だから、その親子と戦い致命傷を負った耳無しウルフをちょっと苦戦しながら退治できたという話に仕立てた。


「まったく、無茶しやがって……今回こそ駄目だと思ったぞ。待ってろ。今清算するからな」


 それから他に倒した魔物のコアも一緒に換金してもらう。

 ちょっとの作業の後、おじさんはカウンターにどんと丸々に太った革袋を渡してくれた。


「……運が良かったな。依頼完了。これが報酬だ」

「ありがとう」

「……ありがと」


 先ほどとは違って気持ちのいい重みを腕の中に抱えて僕は隠したフードの中で笑う。


「おいおい、ただのまぐれかよ! くそ、俺が受ければよかったぜ!」

「次もこうだと思うなよ! 今回はたまたま虫の息だっただけなんだからよ! お前らみたいのはお手伝いでもしてなって!」

「ばか、そしたらこいつらが死ぬかどうかの賭けが出来ねーじゃねえかよ」

「ひゃはは! それもそうか!」


 ルイはきっと周りを睨みつける。凄んでも「おお怖い怖い」って笑い話にされるだけだって。

 僕は飽きもせず不機嫌になるルイの手を引いてその場を後にした。


 その後、子猫を引き取ったルイと3人で走りながら屋敷の裏側の湖へと向かい、体についた血や汚れを水魔法で流す。濡れたまま柵を乗り越えて自室へと戻った。

 灯りを点けずに部屋で服を脱ぎ、火と風魔法を使って瞬間的に乾かす。その後はクローゼットに仕舞って寝巻に着替える。

 談話をしている時間に猶予はなく、イルノートにはさっさとおやすみと挨拶をしてルイとベッドの上へと駆け登った。


 横になり隣同士で顔を合わせる。今日は白猫も一緒だ。

 白猫は部屋に着く前に寝ちゃっていたから部屋に着くなりベッドの上で寝かせてあげた。その間に僕とルイが川の字になって横になっている。


「今回はたくさんかせげたね。いくらくらい溜まったかな?」

「そうだね……多分今回ので8リット金貨はいったんじゃないか」

「そっかー。もう半分だね」

「うん。でも直ぐに溜まるよ」

「シズクといっしょならぼくがんばれるよ」

「ありがとう。僕もルイと一緒なら大丈夫だよ」


 そうさ。僕はルイさえいればいいんだから。

 ルイと2人なら、なんだってこなせるよ。


「……うん。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」


 そして僕らは目を閉じた。

 眠りにつくのは直ぐだった。





 朝、今日はルイが買い出しだから僕はもう少し寝れる……と思ったら。


「うわっ!」


 ベッドには水たまりができていた……。


「ぼ、ぼくじゃないよ!」

「僕でもないよ!」


 おねしょだ。位置からしてその犯人は……。


「みゅう?」


 首を傾げてこちらを見る新人さんに違いないってことがわかった。


「最初にしつけないとダメだな……」


 はあ、と溜息をつく下の同居人。

 もしかしたら、一番の被害者かもしれない。下にいるイルノートが濡れていないことを切に願う。


「と、とりあえず、ここは任せてっ、ルイは、ほらでないと!」

「う、うん。ごめんね。いってくるね!」


 慌てて着替えて飛び出していくルイを尻目に、僕は朝からシーツ洗いの仕事が始まりました……。





 それから数日間は子猫に翻弄される日々が続いた。

 ただ、この子は僕がいた世界の猫よりも遥かに賢いようだ。

 言葉がわかっているのかどうかはわからないけど、ひとつ教えたり、叱ったりするとそれを理解してくれているみたいな反応を見せる。

 今ではベッドの横に白猫の……彼女専用の藁で作った寝床を用意し、トイレも備え付けている。

 夜中に出されると臭いで起きちゃうこともあるんだけどね。

 トイレを使うと一番近いイルノートはむっとするけど何も言わないでくれた。それどころかその後始末までしてくれることもあるんだ。


 そうして、新しい同居人を交えながら、普段通りに働いている僕たちだったけど、その日はちょっと変わった……いや、大きな問題に対面することになった。


「……えっと、誰でしょう?」


 それは僕がいつも通り屋敷を走り回っていると、見慣れない人がきょろきょろと辺りを見渡していたんだ。

 新人さんかな? そんな話は聞いてないけど、とりあえず近寄って話をかけてみようとして、その顔を見てぎょっとした。 

 

「あ、はじめましてっす!」

「はひっ!?」

「ん、どうかしたっすか?」

「え、え、なんで?」

「ん……どこかで会いましたっけ?」


 ……あれ、気が付かれてない?


 その人は、あの森であった青年、ユクリア・ヘンドだったんだ。

 しかも、なぜかあの時の軽装ではなく、僕らが見慣れた燕尾の執事服を着ている。


「い、いえ、なんでもありません!」


 気が付いてないなら好都合。

 やっとあの変装の意味が出てきたとして良しとしよう。

 でも、なんでこんな場所に……?

 と、ちょっとばかし動揺しつつ愛想笑いを浮かべていると、彼はとんでもないことを言いのけたんだ。


「あ、今日からこの屋敷で働くことになりました家庭教師のユクリア・ヘンドっす! よろしくね。小さなメイドさん!」


 ええ―――っ!?

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