第25話 メイド姉妹の夜の顔

 それから数年後、メイドとして奔走したあの日の夜に話は戻る。


 メイドとして仕事を終えた僕ら2人が自室に戻るとそこには仕事着を脱いでイルノートがいた。


「イルノート、おつかれさま」

「おつかれさまー」

「ああ、お疲れ様。では本日もいくぞ」

「「うん」」


 頷く僕とルイはヘッドドレスを取り外し、エプロンを外す。

 僕は人の目を気にするので先にクローゼットから今朝着ていた服を取り出し、ドロワースを脱いでズボンを穿く。それからワンピースを脱いで上着を着込み外套を羽織る。服の中に隠れたら髪をばさりと払う。

 ルイは今朝と同じく豪快に全部脱ぎ捨てて僕と同じ服と外套を着る……慎みを持ちましょう。


 最後にこの長い髪を結って紐で纏める。襟巻を口元に巻いて顔の半分が隠れるようにして外套のフードを頭に被る。

 ルイはバンダナみたいに眉の下まで目深く布で顔を隠している。青色は目立つからね。


 全身黒尽くめの冒険者、これが僕らの夜の顔だ。

 クローゼットの奥に布で巻かれた長物を取り出してルイに渡す。イルノートは僕らと違い護身用みたいな短剣を腰に携えているだけだ。


 部屋の明かりを消して窓から外に出る。

 人目を気にしながら柵まで近寄り、僕らは火の活性魔法を使って地面を蹴って空を跳ぶ。同時に風の浮遊魔法を使って浮き上がり、柵に触れないように追い越して屋敷の外へと逃げ出した。


 敷地の外に出たらすぐさまに雷の瞬動魔法と風の浮遊魔法を使って跳躍しながら街を囲う防壁に近づき、その上をまた火の活性魔法で強化したハイジャンプ。勢いのままに風の浮遊魔法で飛び越す。

 そして、街の外へと着地したのと同時に走る。

 夜は人の目とか荷物とか気にしないから早い。注意するのは足元くらいだ。


 本日の目的地は街から少し離れたグリー森林だ。

 歩いていけば1時間ほどで辿り着く木こり達の仕事場でもある。僕らにかかればものの10分程度。

 魔法は偉大だ。僕たちみたいな子供でもこんなに早く、長く走れるんだから。でも、魔法を抜きにしてもかなり体力は付いたと思う。まだまだ大人には勝てないけどね。


「今日は何をするの?」


 走りながらルイが訊ねてきた。イルノートが懐から取り出した紙を取り出して読み上げる。


「魔物討伐のご依頼だ。林業に勤しんでいた木こり達が襲われたらしい」

「あれ……僕その依頼書ちゃんと読んでなかったみたいだ。あの森って奥まで行かないと魔物って出てこないはずじゃ?」

「そうそう。さいしょの頃はちょっと奥まで行って薬草とか集めたよね」


 薬草がどんなのかさっぱりわからなかったからイルノートにあれやこれやって持ち寄って聞いたんだっけ。で、ほとんどが外れで中には毒薬も紛れていたり。怖い怖い。

 ちなみに魔物と言うのは人に害を与える存在全般を一纏めにした呼称らしい。

 人に害をなさないとしても、野生の動物であった場合も魔物と呼ぶ人が多いので、人の手から離れている生命は魔物と呼んで大差ないようだ。

 なので、人に飼育されている動物なんかはそのまま家畜やペットと呼ばれるそうだ。


「思うに、森の奥に何か別のものが住み着き、テリトリーを追われた魔物たちが外にできたんだろう」

「ふーん。でも、ぼくとシズクが2人力を合わせたらどんな魔物にだって負けないよ!」

「そうだね。でも気を付けないと」


 ここらの魔物はもう敵じゃない。それゆえの自信だ。

 数もひとりで5匹までなら対処できる。それ以上だと苦戦かな。でも、そんな10を優に越える群れを組んだ魔物は今まで出会ってない。それもまだ浅いところしか行っていないのだから仕方ない。

 森の奥は行く必要がなかったので今まで行かなかった。だから森の生態はよくわからない。たった1匹ですら敵わない魔物もいるのだろうか。

 それこそ、イルノートの言うその縄張りから追い出した魔物とか。





 予想通りの時間をかけて僕らはグリー森林へと赴いた。


 こには何度か足を運んだことがあるけど、変わることなく森は静寂に包まれている。夜に押しつぶされた森に光の居場所はない。

 それでも、生き物の吐息を感じる。

 それが木々であれ虫であれ……そこの住民であれ。

 暗い、闇に埋もれた命溢れる世界だった。


 日中は屋敷での仕事があるから僕らはなかなか光ある森に足を運ぶことはできない。日があるうちに行っても、鬱蒼とした木々に阻まれ、この世界はさほど変わるものでもないだろうけど。


「シズク、今回の依頼の達成条件は?」


 魔物討伐っていってもまさか森の中にいるやつ全部なんて話は無理だ。ましてや1日2日で終わるものでもないだろう。

 ただ、イルノートが言うには僕らが普段から受ける依頼は2日3日かかるものだと聞いている。

 しかし、基本的に僕らはそれらを1晩でこなしている。


「ウルフの群れがうろついているみたいで、その群れのボスの討伐が依頼みたいだね。そいつは大きくて片耳がないらしい。だから、その耳無しウルフの頭を持って帰ればいい」

「ええ……首持って帰るの?」


 それを聞いてルイは嫌そうな声を上げる。僕も嫌だ。生首なんて持って帰りたくない。持って帰るのも大変そうだし絶対血で汚れるし。

 2人して顔を見合わせてはあ、と深く溜め息をついた。


「ぐずぐずせずさっさと行け。いつも通り私はお前たちの後ろを追う。危険だと判断するまで手を出さない。自分たちの身は自分たちで守れ」


 イルノートは手を出さない。これは僕らの問題だからだ。


「シズク……」

「うん、いいよ。ほらルイ。いこう」


 暗い森に入ることに躊躇うルイの手を握って僕は前へ進む。

 空を見上げるとあの世界と同じように月が僕らを笑っていた。


(この世界にも月があるんだよね。色からクレーターまでそっくりだ……)


 それも直ぐに木々に隠れる。

 森の中を進みながら、僕らの顔つきは幼くても冒険者のそれになった。





 今回の依頼の色は青。僕らの段位も青。適切な難易度のものだ。

 報酬は30リット銀貨。僕らが利用するサグラントの冒険者ギルドでは高報酬の部類に入る。

 でも、ここの人たちは掲示板に張られたこの依頼書に手を伸ばすどころか近寄ろうともしなかった。

 その理由を僕なりに3つほど上げてみた。


 1つ目に討伐目的が不特定多数であること。

 個人向けではなく、最低でも3人でこなすような依頼だからだ。そうしたら山分けでひとり10リット銀貨になってしまう。もちろん、最低3人での場合だ。これが1人2人と増えていけばもっと受取額は減る。


 2つ目に目的地が木々が生い茂るグリー森林であること。

 日のあるうちに向かっても中は薄暗く、環境も悪い。森の中ではいつどこから襲われるかもわからず受け身を強いられるだろう。

 獲物が木こりの作業場付近にいるとは限らず、奥へと向かわなければならないのは容易に想像できることでもある。彼らの本来の縄張りである森奥に行くとしたら十分な準備も必要になり、思わぬ出費も出てしまう可能性もある。


 そして、最後の3つ目。

 多分これが一番大きな理由で、実はこの町に駐在している大半の冒険者の力量が低いのではないか、っていうところにあった。

 比較的易しい討伐や採取なんかの雑務を受けるのは入ったばかりの緑さんか、こづかい稼ぎの住民なんかが多く、手間の割に報酬も低い。

 討伐の依頼なんて群れから漏れたはぐれ者の退治とか、単体で湧き出した魔物なんかは探し出すまでが厄介だ。


 この町の冒険者たちは面倒臭がってそういうのは丸投げで、代わりに護衛の依頼ばかりを集中して受けているんだ。

 護衛の依頼は一度に4・5名は呼ばれ報酬もひとり5リット銀貨前後貰える。5リット銀貨だと言って侮るなかれ。


 今回の耳無しウルフ討伐の依頼も同じ様に、山賊退治の依頼がから出ることもあるので、荷台を狙った強盗の出現がこの近くで起こることはわかっている。

 このことからどうやら依頼者も、強盗から護衛してくれる冒険者を求めているのではなく、強盗に襲わせる気力を削ぐために冒険者を雇っているようだ。もちろん襲われたら依頼者を護るのは依頼内容に当然含まれているけど。

 護衛中の食費も依頼主持ちが多い。殆どは馬車で待機していれば金が貰えるようなもので、寝てれば金が手に入ると高笑いして騒ぐ酔っ払いの彼らの話を耳にしたこともある。


 でもそれはこの町の人間という種族に限った話で、天人族や亜人種の方たちは腕の立つ冒険者であり、単独でも今回の様な依頼をこなしてしまう。大口の仕事はそういった数少ない腕利きの冒険者が処理している。

 でも、今回は偶然にも拾われずに放置されてたその依頼書を見つけ、僕はイルノートと無言のまま目で会話して頷き合った。


「……森に入ってからじゃ遅い。危ないと思ったらすぐに引き返すんだ。違約金は用意しておけよ」

「うん。大丈夫。無事に達成してくるよ」

「このっ……もう、何も言わん。死ぬなよ」


 すっかり顔なじみになったカウンターのおじさんが深く溜め息をついていた。



◎ 



 目撃談ではウルフの群れだって言うけど、彼らが森のどこに潜んでいるのかはさっぱりわからない。

 出来れば今夜中に終わらせたいけど、明日明後日って探索しないと駄目かもしれない。それは嫌だなあ。逃げ帰ってきたってギルドに屯ってる酔いどれたちの笑いの種を提供することになっちゃう。僕だってルイと同じくあいつらは嫌いだ。


 森に入って松明を灯し、腰に挿していた両刃のショートソードを抜く。

 光魔法を使って周囲を照らすこともできたけど、火には多少なりとも獣を遠ざける役割を持つため、牽制として松明を使っている。

 ルイとは互いの間合いに入らないように距離を開けつつ、魔力を抑えての雷の瞬動魔法を使用し早足で険しい獣道を進んだ。

 もっとゆっくりと用心して行くべきなんだろうけど、やっぱり帰りの時間とか報告の手間とかあるからね。

 その分、物音や木々の微かな動きですら十分に留意しながら進む。


 イルノートは僕らが持つ松明の光を目印にして3つ分の間を空けて後ろを着いてきている。

 何かに襲われてもイルノートは助けてくれない。これが彼なりの教えみたいだ。でもルイだけは優先して守ってって約束している。このことはルイには内緒だ。


 剣を握った僕の手が汗に滲む。別に怖がっているわけじゃない。

 最初の頃は刃の付いた剣に胸を弾ませていた時期もある。

 おもちゃでも木の棒でも傘でもなく真剣だ。想像していたよりも切れなくて残念だったことは覚えている。


 ただ、まあ……いつしか僕は魔法を放って倒すよりも、剣を使ってとどめを刺すことが多くなった。

 型や構えなんてものは知らない。僕の剣の腕前って言うのは必要最低限の使をイルノートから教わり、それを実戦で試し磨いたものだ。

 はっきり言っちゃえば刃の付いた棒を振り回している、だ。


 魔法を使って倒すのは簡単だった。

 この辺に出没する魔物なら火弾を放てば丸焼きにできるし、水弾を当てれば打撲や気絶を狙えるし、風は吹き飛ばせるし密度を込めれば切り裂ける。雷なんて感電して気絶どころか焼け焦がしちゃう。

 殆どが棒立ちのままで倒せるようになってしまい、それではいざという時に役に立つのだろうかと懸念が生まれた。


 中にはすばしっこい敵もいて、魔法を放つ前に懐に飛び込まれることもあった。

 魔法を使うなら距離を取って戦うのが当然だけど、そうもいかなくなったら接近して運ばないと駄目だ。

 その接近戦の訓練のためにも攻撃魔法は控えめにして、強化魔法で大人顔負けの腕力と敏捷性を身に纏って立ち回れるようにと考えた。

 イルノートからの提案ではない。僕が勝手に決めたことだ。

 おかげで体力も付いたし自分の行動範囲も覚えることができた。

 何より。

 そう、何より、だ。


(剣で斬るということに僕は……)


「え、何かを感じる?」


 ……と、僕にはわからなかったけど、森の中はピリピリしているって2人が言う。

 

「うん、ぞくぞくってする。シズクはわからないの?」

「別に寒くないしね」

「殺気の話だ。この森の住民たちの意識が私たちに向かっているのを感じる」

「殺気ねえ……」


 2人の話に眉を寄せる。

 漫画とかで殺気を感じるって言うシーンがあったけど、僕にはその殺気っていうものがいまいちピンと来ない。

 殺気なんて目に見えないものわかるわけないじゃないか。


 百歩譲ってイルノートが言うならわかるけど、ルイが感じるっていうね……。

 まるで僕が鈍感みたいじゃないか。まあ……僕は危機感が足りないってよくイルノートから言われている。

 でも、感じられないんだから仕方ないじゃん。


「……待て」


 話の途中でイルノートが後ろを向いた。

 僕らは足を止めて、そっと3つ開けたイルノートとの間を2つ縮める。


「どうしたの?」

「背後に何かの気配を感じた」

「え、ぼくは感じなかった。シズクはって……なんでもない」

「いいよ、ルイ。今度は気配ね……」

「もうお前は黙っていろ。痛い目にあっても知らん。ルイは背後も気を付けて歩け」

「はーい」

「……ちぇ」


 仲間外れにされたみたいで面白くない。

 でも、イルノートが言う何かの気配か。

 もしかしたら、僕ら以外にも誰かがこの森にいるってことかな。もしくは、僕らを狙う魔物がいつぞいつぞと狙いを定めているのかも。

 背後からの攻撃は防ぎにくく、攻撃されたら無傷で回避することは難しい。


 不貞腐れた素振りを見せてもイルノートの言葉は素直に受け取る。

 でも、背後からならイルノートが対処してくれるんじゃないの? なんて安易に思ったけど、イルノートなら飛び込んで来たら獣をさらりとよけて僕たちに押し付けてくるかもしれない。

 まさか、とも思うけど否定はできない。

 後ろにいる何者かがどういう行動をとるかわからないけど僕らは前に進むしかない。





 奥に進んでいくと、突然敵意をむき出しにして森の住民たちが物陰から姿を見せて襲い掛かってきた。

 巨大蜂の群れだ。


 視界に入るだけでも10は超える。森に入る前に10までならいけるとか言ってたそばから10超えか。

 僕らは松明を地面に落として目先の敵に集中する。ちりちりと落とした松明から羽音に紛れて声を上げた。

 さすがに敵意はわかる。

 だって唸り声を上げて威嚇する獣たちって目に見えてわかるんだから。今回の場合は集団で僕らを囲って狩る気満々なところだ。


 巨大蜂は強靭な顎で敵に噛みついて肉を抉る。身体から延びる6本足の尖端は鋭く振り回しただけで容易に肌を傷つける。でも、彼らの一番の武器はお尻の先っぽにある針だ。


 僕らの身長の半分くらいの大きさを持つ巨大蜂の鋭い針は大人の指くらいに大きくて、あんなのに刺されたら痛いどころじゃない。

 しかもの中には頭のいい奴がいて、仲間の羽音で自分の位置を隠して狙った獲物の死角から攻撃してくるんだ。


「シズク!」


 僕が羽音のする方ばかり気を取られていると斜め後ろから僕めがけて1匹の巨大蜂が仕留めにきた。

 事前に遠くから速度を付けていたのか、巨大蜂は羽を畳んで僕へと突っ込んでくる。さながら弓で射られた矢。


「しまっ……!」


 ルイの声で反応した僕の視界は巨大蜂を捉える。魔法で強化していたとはいえ僕の身体が反応するには少しばかり遅れた。

 貫かれる――!

 致命傷だけは避けようと身体を捻ろうとしたところで……ルイが“氷弾”を射出し巨大蜂の身体に穴を開けていた。

 巨大蜂は擦り合わせたような悲鳴を上げて地に墜ちた。


「う……ありがとう……」

「もう、今のはあぶなかったよ! シズク気でも抜けてるの?」


 そんなことはない。気を抜けるほどまだ強くはない。でも、僕には対処できなかったんだ。

 見えないところからの無音の攻撃だ。僕には無理! ……なのに、ルイは自分が囲まれている時は全体を把握しながら戦うんだ。

 死角からの攻撃でも闘牛士みたいに見えてるんじゃないかってくらい華麗に躱し、回避した流れを利用して剣で斬る。そのまま直ぐに体勢を取り直して次の獲物へと向かう。

 し、視覚の範囲内なら僕は後れを取ることはなかったんだい!


「うう……えいっ!」


 ルイに見せた失態を補おうと羽音がする方へと走る。

 見つけた獲物へ風魔法を放ち、強風で動きを乱しているところを手にしたショートソードで斬り払う。

 断末魔を上げる間もなく胴体を切断され、巨大蜂は地面に墜ちた――次!


 近くの樹木を蹴って宙へ飛び、風の浮遊魔法の助けを借りて高いところにいる巨大蜂へと飛翔し羽を切り落とす。地面へと墜ちながら、なんで空を飛べないのかと混乱している巨大蜂の腹に刃を突き刺す。そのまま地面へと一緒に落ちて落下の勢いで深く剣を突き刺してとどめを刺した。


「次っ!」


 蜂の身体ごと地面に突き刺さった剣を力任せに引き抜いて顔を上げる。

 あ、2匹近くにいる――僕に気づいて身体を向けるけどもう遅い。

 そのまま跳躍し2匹同時に切り裂く……が、後方にいた蜂の傷が浅い。

 直ぐに両手で握っていた剣を右手だけに持ち、空いた左手を向けて水魔法の“氷弾”を3つほど放つ。単発ではなく複数なのは僕の姿勢が悪いから狙いが外れることもある念のための保険だ。


 3つのうち2つを頭と胸に命中させて絶命させる。やりっ!

 最後に、仲間を倒されて慌てる残りへと向かって風魔法を放って動きを乱し、そのまま特攻。僕の振りかざす剣の前に1匹、また1匹と空から消える。


 羽音はもう聞こえない。

 ルイの方を見た。

 ふう、って息を吐いて身体の力を抜いている。彼女の周りにはいくつもの死骸が落ちていて、襲われた場所から殆ど動いていなかった。

 背後からの攻撃は危なかったけどそれ以外に目立った窮地もない。

 無傷のまま僕らを襲った巨大蜂の群れを難なくやり遂げられたようだ。

 なのに……。


「無茶しないで! こんな真っ暗なところで何してるの!」

「でも、この方が早いから。もたもたしてたら時間に間に合わないよ」

「ばか! それで怪我なんてしたらそれこそ終わりなんだからね!」

 

 ……怒られちゃった。

 でもやれると思ったからやっただけだし、結果的に怪我1つない。

 怪我したって光魔法で回復すればいいじゃん――なんて言ったらもっと怒るから言わないけどね。

 

 僕は魔法ありきの戦い方しかできない。

 剣を主に使ってるって言ってもそれは強化魔法による身体能力の底上げで塗り固めた戦い方だ。小さい僕は火の活性魔法で筋力を上げないと剣を振ることもままならないんだから。


 先に動いた敵にも雷の瞬動魔法を使って先手を奪って倒す。

 風の浮遊魔法や雷の瞬動魔法を使わないとこんな小さな身体では縦横無尽に動けやしない。

 視界内であれば今まで全部これで倒してる。攻撃として火弾や水魔法である氷弾を撃つこともあるけど、やっぱり剣ばかり使って倒している。

 それは立ち回りを意識してだけじゃなかった。


 ――剣で斬るという行為に僕は……心底楽しんでいたんだ。


「イルノート、終わったよ」

「……ふん」


 イルノートは後にも先にも何も言わなかった。

 ただ、腕を組んで近くの木々に寄りかかって僕らの戦闘を見ていただけだ。でも、僕を見るイルノートの目は毎回、そして今回もとても冷めたい。

 落とした松明がゆらりとイルノートの顔を薄く色づけていた。

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