第24話 休暇中のお仕事

「では、留守中の屋敷を頼む」

「「「いってらっしゃいませ」」」


 グラフェイン家の皆さんを見送った後、屋敷での雑務をこなし何事もなく初日を終えた。

 初日はまだグラフェイン家の朝食があったため、コックさんたちも午前まではいてくれる。おかげで保存の効かない食材で作り置きをしてもらい昼食と夕食の確保は出来た。

 でも、2日目以降はお役目御免。入れ替わりで休みを取る僕らとは違い、コックさんたちは10日まるまる暇を頂くので屋敷には料理を作る人はいない。

 そのため、他の従者たちは外で食べるか買い込みに出ると聞く。


 僕とルイは雇用とは別の奴隷というちょっと変な立ち位置であるため、給料は今のところ雀の涙程度。まあ、子供のお小遣い程度だ。ほぼ無一文の僕らじゃ容易に外食などできるはずもない。

 そんなお金もない僕らはお腹を空かせながらに屋敷から出発した。

 外はもう夕焼け色だ。


「まず最初に服を買ってくる。私が勝手に見繕うが構わないな」


 うん? まだラゴンからもらった服は着れるけど……。

 イルノートは閉店間際の服屋に入り子供用の服を2着買ってきた。それから裏路地に入って進み、人気のない寂れた安宿に入った。

 フロントには誰もいなくて、イルノートは無造作に置かれた汚れたベルを鳴らす。少し時間をかけて中年のおじさんが奥から億劫そうに顔を出した。


「……らっしゃい」


 イルノートを見て宿屋のおじさんが少し目を見開く。それから僕ら2人を見て怪しげに眉間に皺を寄せた。


「部屋を借りたい」

「前払いでな……厄介ごとは勘弁してくれよ。花を愛でている間に他のやつに襲われたって言われてもこっちは責任取らないからな」


 花を愛でる? どういうこと?

 顔色を変えることなくイルノートは言われた金額分の銅貨を出すと、おじさんは面倒臭そうに近くの革袋に投げ入れた。壁にかかっていた鍵をひょいってイルノートに投げる。

 印象悪いなあ。立地条件が悪いとは思うけど、そんな態度じゃお客さん来ないんじゃないの?

 気に食わないけどイルノートの後を追う。


「ここだ」


 着いた先は何もない部屋だった。

 家具の1つもなく、壁には落書きや染みが目立つ。角には蜘蛛の巣が張っているほどだ。

 何もないのに僕とルイが寝泊りをしていた、あの異臭のする部屋よりも汚く思える。


「イルノート……こんな部屋に泊まるの? これなら野宿の方が……」

「うん……ぼくもいやだな……」

「ここは着替えるために用意しただけだ。嫌だと思うならさっさとこれに着替えろ」


 言われて僕とルイはイルノートから先ほど購入した服を渡され、意味もわからず着替え始めた。

 黒一色の飾り気のない長袖と長ズボンだ。それとターバンみたいな帯を頭を巻いて首元に深々と襟巻を巻く。

 最後に外套を纏い完成。

 ルイは青色の髪の毛が全部覆われ、眉の下まで布で隠すよう指示がされた。これには指示を出したイルノートも手伝っていた。


「じゃあ、行くぞ。着ていた服はこの袋に入れていけ」


 言われた通り、今まで着ていたラゴンの服を袋に仕舞い込む。口元を紐で縛り、背負うようにイルノートがその袋を担ぐと、最後に受け取った鍵を床の上に放り投げ、僕らは借りた部屋を出て行った。

 直接返さないんだって聞いたら、面倒だからいいと返された。それ以降あの宿を使うことは無かったから別にいいけどね。

 これだけなら路上で着替えてもよかったと思う。念には念を入れてだそうだ。ふーん?


 僕とルイの恰好はいかにもな不審者だった。

 黒づくめで顔を隠したこの姿は、児童というナリじゃなければ職質を受けてもおかしくないと思う。

 人通りの少ない場所を歩いてもやっぱり住民の方とはすれ違うわけで、僕らを見て驚きかなり距離を取られる。壁際を背にして僕らの横を通る人もいた。

 なんだか恥ずかしいな。女装の次は仮装かあ。

 そうして周囲から隠れるように路地裏を歩きに歩き、辿り着いたのがそこだ。

 そこは僕らがこれから数年間お世話になる建物が構えていた。


 冒険者ギルド。


 町民の小さなお使いから、凶暴な魔物の討伐まで幅広い依頼をこなして日銭を稼ぐことができる職業斡旋所みたいなところらしい。

 どの町にも大抵は冒険者ギルドがあるらしくて、会員であれば国外の人間でも自由に依頼を受けることができる。


 依頼報酬も銅貨数枚から銀貨ウン10枚なんてものもある。

 ただし高額の依頼は数をこなして段位を上げ、受注条件を満たさないと受けれない。

 段位の区別は色。一番下は緑。若葉マークみたいだ。

 そして、命の保証はない。

 なんだかおもしろそうだ。ランク制度もゲームの世界っぽい。


 曲がり角から冒険者ギルドを盗み見るように身を隠しながら、そんなふうにイルノートに説明を受けた。


 また、ここからは別行動をとるそうだ。

 先に僕らがギルドに向かい、その後遅れてイルノートが来るらしい。


「今からお前たち2人で会員登録を行ってもらう。ギルドを利用するにもギルド会員証が必要だ。ただし、登録するときは偽名にしろ」

「え、なんで?」

「それはこの町の領主であるグラフェイン候に出来るだけばれないようにするためだ。お前たちが依頼を次々と達成していけば自ずと目立っていくはずだ。いつしか領主であるグラフェイン候の耳に届くかもしれん。そこで偽名を使っておくことで可能性の1つという疑惑だけで済む。変装をするのもその理由の1つだ。名前の変更はいつでもできるからそこは安心しろ」

「グラフェイン家にばれたらまずいの?」

「正確にはグラフェイン家ではなく、お前たちの主であるゼフィリノスにばれるのが拙い。まだ彼は2人のことをただの子供と見ているため、制約の10である金を集めて解放っていうのを先の話だと考えているはずだ。だが、金を集めることができると知ったらどんな行動を起こすかわからん。父親の力を使ってこの町のギルド利用を禁止するかもしれない」


 それは困ったな。でも、ギルド利用禁止なんてできるのかなって思ったらこの町では、領主の命は第一みたい。

 何かしら言いくるめれば父親から僕らの利用を禁ずることもできるそうだ。

 依頼の失敗でグラフェイン家に泥を塗るかもしれない、とか、小さいうちから危ないことはさせたくない、とかさ。


「うーん。わかった。でも、僕たちこんな小さいけど大丈夫?」

「大丈夫だ。冒険者ギルドと名乗ってはいるが、そこの住民が登録していることは多い。簡単な依頼を受けさせて家計を支えている子供もいる。お前たちも同じようにみられるはずだ」

「わかった。じゃあ、行こうか」

「……ああ、うん、いこ」


 僕らはイルノートを背にして冒険者ギルドへと向かった。

 ここからは他人のふり。僕らが登録を行っている間にイルノートが僕らに合う依頼を探してくれるってさ。

 とぼとぼと歩いている間にルイ聞いてみる。


「で、名前どうしようね? ルイ何かある?」

「うーん、あのばしょにいたひとの名前でいいんじゃない?」


 僕らがもともといた奴隷市場かあ。でも、名前知ってる人なんてほとんどいない気がする。


「ベニーたちやラゴンの名前は使いたくないかな」

「じゃあ、ぼくはウォーバンにする!」

「は、え、ウォーバン?」

「シズクはジグでいいんじゃない?」


 ……え、ジグ!?


「も、もしかして僕臭いっ!?」

「ちがうよー。シズクとジグってにてるからそれでいいかなって思っただけ。それにぼくシズクのにおいすきだよ」

「そ、そう。わかった。じゃあジグでいいや」


 巨漢のジグって呼ばれてたけど僕らの認識は汗くさジグだ。

 僕が汗臭いのかと思ってびっくりした。でも、本当に臭くない? ルイは好きっていうけど、僕臭くないよね?


 そんな話をしつつ、両開きの扉を開いて僕らはギルドの中に足を踏み入れる。

 中は煙草の煙やお酒の臭いが充満していた。うっと顔をしかめる僕らに視線が集まる。

 バーも兼業しているのか、いくつかのテーブルにはジョッキを片手に談話している人たちがいた。

 顔を真っ赤にしているが、どの人も身なりの人ばかりだ。

 殆どは人間みたいだけど、中にはハックみたいな茶色の鱗を持った竜人や、猫……いや、黒豹のような顔をした獣人もいる。あ、奥にひとり、ルイやイルノートと同じ天人族の人もいる。

 多種多様の人種が思い思いにお酒を楽しんでいる。

 そうやって周り冒険者たちを観察しつつ、人と人の隙間を縫いながら僕らはカウンターへと進んだ。


「おい、ママのお使いか!」

「ガキは昼間に来い。酒がまずくなる!」


 野次を飛ばしてくる飲んだくれの罵声に、ルイがおっかなびっくりと身体を震わせた。

 気にすることはない。そうルイの手を引いてそのままカウンターへと向かう。

 カウンターには筋肉質のおじさんがいて、僕らを見るなりふんって鼻を鳴らした。


「ここは冒険者ギルドだ。依頼の発注か?」

「いいえ、登録に来ました」

「そうか。じゃあ文字の読み書きは出来るか? 出来なかったら代筆をするが、別途に5リット銅貨かかるぞ」

「……大丈夫。書けます」

「そうか。じゃあこれを読んで同意したらこの板に署名し、最後に手の平を合わせろ」


 そうおじさんはつらつらと文字が書かれた皮紙を僕ら2人に手渡し、前世で使っていたノートほどの大きさの半透明な長方形の板がカウンターに置いた。この板も魔道具の1つなのかな。

 おっと、それよりも先とルイと一緒に皮紙を読む。

 皮紙に書かれた内容はイルノートに言われたとおりだけど、聞いていない項目もある。


 受注した依頼を失敗した場合、そのうちの2割を違約金として払う。

 受注した依頼が他会員と重複した場合、先に報告したほうが優先される。

 段位は下から緑、黄、青、紫、赤、黒、白。受けれるのは自分の色を挟んで上下のランクまでだ。ただし、白に限っては白の有段者でないと駄目。

 昇格の条件として各段位ごとに定められた依頼数をこなし、昇格を望む旨を伝えた後、上位の依頼を1つ受けて達成すること。それを認定試験とし、もしも失敗した場合、同位もしくは上位の依頼を2度こなして受験資格を再度得らなければならない。

 緑色以上の有段者は任意で緑へと降格することができるけど、一度段位を降格した場合、元の段位には戻せない。


 なるほどね。僕の方は大丈夫だ。隣を見るとルイもこくんと頷いた。

 ペンを渡されて板に文字を書く。ペン先が板に触れると金色の発光した線が現れた。

 おお、て思わず声が漏れちゃう。シズ……あ、間違えた。


「すみません、間違えたんですが……」

「はあ……お前本当に書けるのか?」

「大丈夫。書けます」


 おじさんは眉間に皺を寄せながら板を雑巾みたいな布でさらっと拭いた。金色の文字は消えてまっさらな半透明板の復活だ。

 今度は間違えないようにジグと書いてその文字の上に右手を乗せた。ぺたり……おお?

 すると板から光を放ちながら緑色をしたカードが生み出された。

 お、すごい。まさしく魔道具って感じだ。


・登録名 ジグ

・段 位 緑

・種 族 魔人族

・性 別 男

・年 齢 5歳

・達成数 0(昇格まで残り10)


 手に取ったカードにはそう表記されていた。

 あ、ルイも終わったみたい。


「できたよ」

「うん、ル……ウォーバンのも見せて」

「じゃあ、ぼくにもみせて!」


・登録名 ウォーバン

・段 位 緑

・種 族 天人族

・性 別 女

・年 齢 5歳

・達成数 0(昇格まで残り10)


 互いにカードを交換して確認。

 うん、名前もちゃんと書けてるし間違ってない。


「カードの紛失には1リット銀貨かかるから気を付けろ」

「わかりました」

「ありがとうございました」


 2人でぺこりと頭を下げる。

 そんな僕らを見て調子が狂ったとでも言いたげに、おじさんは口元を緩めて頭を掻いていた。


「お前ら本当に大丈夫か? お前たちみたいな子供は無茶な依頼は受けずに町の中での簡単なお手伝いとか近場の安全な採取とかそういうのを薦めるが……」

「わかりました。考えておきますね」

「あ、ああ……せめて、10歳を過ぎるまでは無茶をするなよ。後、次来るときは日中に来い」


 今度こそお別れを告げて僕らは掲示板へと向かった。

 たまたま誰もいなかったのか、それとも夜はもう仕事はしたくないってことなのか、依頼の張ってある掲示板の前には1人しかいなかった。イルノートだ。

 話しかけるなって言われてたから無言で隣に並ぶ。イルノートは僕らを見ないでそっといくつかの依頼書を指さした。


・郊外に出るスライムの討伐。段位:緑

・郊外に出るゴブリンの討伐。段位:緑

・郊外に出るウルフの討伐。 段位:黄


 ……全部討伐じゃないですか! しかも1つだけ上位だし!

 思わずイルノートを睨みつける。あ、目を逸らされた!

 まあ、僕らは他人なんだ。そのままって訳にもいかないし、ルイと目を合わせて頷き合う。鋲で止められた依頼書をはぎ取ってまたカウンターのおじさんに渡した。


「おいっ、俺の話を聞いてなかったのか!? もしもこれで死んだりしたら夢見が悪いってもんじゃねえぞ!」

「ええ。すみません。でも、これでお願いします……」

「……化けて出るなよ?」


 死ぬことを前提で話されている……。

 最後まで引き止められながらもこうして僕らの初めての受注は終わった。


 ギルドから出る時に僕らのやり取りを聞いていた飲んだくれ共が、僕らが生きて戻ってこれるかと賭けをしていた。

 僕らが魔物の胃袋に収まったら結果がわからないってところでどっと笑いが溢れた。





 次の日には討伐対象だった魔物の部位を持って現れた僕らを見てカウンターのおじさんは度肝を抜いていた。


「……もしかして、誰かに手伝ってもらったのか? そうして段位を上げても苦しむのはお前たちだぞ……」

「いえ、自力で討伐しました」

「うん……ぼくたちちゃんとたおしたよ……」


 ルイが元気がなかったのは初めて魔法で命を奪ったことに対する罪悪感からだった。

 でも、僕らは足を止めることはない。


 外出を許されたこの2日のうちにほかにも依頼を5件受けてすべて達成していった。

 採取から討伐まで。その5件の依頼は比較的易しいものばかりを支持されて受けた。イルノートにしてみたら多分一連の流れを教える、ってことだったのかもしれない。

 そうして僕らの長期休暇は終わり、屋敷に戻って主人たちが帰るのを待った。

 結局、今回手に入った報酬はその10日分の食事に変わっちゃったけどね。





 それからの僕らは休日になったら各自でギルドへ赴き、細々と依頼を受ける日々を送った。

 強化魔法を実戦で使えると判断された後は3人で夜に出向いて依頼を受けるようにもなった。

 お金は少しずつ溜まっていっている。

 けれど、自分で稼いだ報酬なのに自由に使わせてあげられないルイには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。なのにルイは何も言わずに僕に着いてきてくれる。

 奴隷として開放されたら好きなものを買ってあげたいって思うけど、それが叶うのは何年後かわからない。

 でも、頑張ろう。


 僕たちは昼はメイドとして振る舞い、夜は冒険者としてこのサグラントという町で生きていった。

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