第22話 奴隷の制約、奉公のはじまり

 僕らの主ゼフィリノス・グラフェイン様の父であるオーキッシュ・グラフェイン候はこの国でも5指に入るほどの大貴族様だ。

 僕らがいるサグラントを中心に周辺の3つの農村とケッテンバング港、そして、こことは遠く離れた4つの領土の統括と統治が彼の領主としての仕事でもある。

 前グラフェイン候の嫡男であり、12歳で王都グランフォーユにある高等学校へ進み、その先で優秀な成績を修めていた。

 剣の腕もなかなかのものらしく在学中は剣術大会でも好成績を取っていたと聞く。

 5年間の在学期間を経て、首席卒業。在学中に恋仲となったホルカ様を連れて帰郷し数年後に父親から家督と領地を任される。領主となったオーキッシュ様はみるみる才覚を現し、前グラフェイン領主以上の盟主として人々から慕われたそうだ。

 5指にまで昇り上げたのも彼の功績だそうで、今では王都に住む王家の門外顧問の末席にまで名を連ねている……等。

 

 いつの日のことか、トラスさんがまるで自分のことのようにオーキッシュ様を褒め称えていた。





 僕がこの町、サグラントに到着して2日目のことだ。

 宿舎で一夜を明かしたその翌日、朝一番でトラスさんを通してゼフィリノス様の部屋に呼ばれた。

 ……僕1人で。


 ルイじゃなくて僕? 一体何事だろう。初日から億劫だ。

 イルノートは関係ないとばかりに他人事のような顔で、ルイは一緒に行くって騒いだけどトラスさんに止められて、むっとした表情で見送られた。


 ゼフィリノス様の部屋は屋敷2階の左翼側端の部屋にある。逆に右翼側端に夫妻の部屋がある。

 3つになった頃からゼフィリノス様は1人部屋へと移されたそうだ。これも教育のためだとか、互いのプライベートをなんたらとか。

 ……つまり、両親の夜の仲良しイベントのためだと遠回しの遠回しにトラスさんが教えてくれた。そんなの4歳児の僕にわかるわけないのにね。

 まあ、夜になったら緊急時や主人たちに呼ばれる以外、誰も夫婦の寝室周辺には近づいてはいけないそうだ。ルイやイルノートにも教えておいて欲しいと言伝を預かる。

 

 宿舎を抜け、大きな庭を挟んで裏口から屋敷の中へ。

 玄関ホールに入ったところでついつい足を止めてしまう。

 昨夜はいろいろあって気にする暇もなかったけど、あらためて眺めるとこの屋敷の玄関はでかい。ホールだけで前の我が家の土地が全部入りそう。

 うお、天井にはでっかいシャンデリアだ。

 散りばめられた透明な石が虹色にきらきらと輝いて――発光していて驚いた。この時はまだあれが魔道具で光っているって知らなかったこともある。

 そんな感想も何のその。トラスさんに声をかけられ慌てて彼の後を追いかける。

 男女で転がり落ちれば意識が入れ替わりそうな階段を上り、それからちょっと歩いて突き当りのゼフィリノス様の部屋へ。

 こんこん。ノックは忘れずに、とトラスさんがしてくれた。


「ゼフィリノス様、シズクを連れてまいりました」

「はい……どうぞ」


 失礼しますの一言と共にトラスさんの後に続く。

 部屋にはメイドさんが2人いて、彼の着替えを手伝っているところだった。

 その光景を見て何かしら思うところはあるが、顔には出さなかったつもり。けど、まるで心の中を見透かされたみたいにゼフィリノス様は僕を見た――ぎくりとしたけど考え過ぎ。ただ、タイミングが合っただけだ――そして、言う。


「シズク、“伏せろ”」

「は?」


 伏せろ? 開口一番訳のわからないことを…………え?


 僕はゆっくりと地面に膝をつき、両手もついて頭を下げる。伏せっていうより土下座だ。

 僕の意志じゃない。身体が勝手に動いて床へと伏せていた。


 一瞬、トラスさんが無理やり僕の身体を押し付けたのかと思った。でも、トラスさんは隣で立っている。足だけ見える。メイドさんたちがどうしたのかと慌てふためく。逆に僕が慌てちゃうよ。なんで?

 直ぐに立ち上がろうとするにも体は言うことを聞かない。無理やり立ち上がろうと抗おうにも体はプルプル震えるだけだ。


「ふーん、なるほどね」


 何がなるほどね、だ。こっちは無理やり筋を伸ばされたみたいに体の節々が痛いんだぞ。

 ゼフィリノス様は僕を無視して狼狽えるメイドに着替えを再開させた。そして、着替え終わったら終わったで彼女たちに退室するよう命令を下す。トラスさんも同じく部屋の外へと出ていく。

 部屋には土下座をする僕とそれを見下ろすご主人様だけが残った。


「もういい」


 ゼフィリノス様がそう口にすると僕の身体を縛るものはすっと消える。

 支えるものが無くなって僕は顔を床へとぶつけてしまった。酷い……。


「何れすかいったい!」


 鼻を押えながら僕は喚いた。痛みで呂律が回らない。目に涙が滲む。

 うう、鼻血出てないかな。よかった。痛いだけだ……よくない!

 僕の辛さがわからないのかゼフィリノス様はベッドに座ってメイドたちが淹れたであろうお茶を足を組みながら優雅に飲んでいる。ふう、と1つ息を吐いた。


「何って契約がちゃんと効いているかの確認だけど?」

「契約? 契約って、ああ……」


 契約の時の書類に書かれていた10か条の1ね。

 1.奴隷は主人の命令に可能な限り従わなければならない。

 従わなければってこんな強制力が働くの? もっと自分からはいはいなんてふて腐れながらやるものかと思ってた。

 でも、こんなことで伏せなんて犬じゃあるまいし……。


「犬だろ? 奴隷なんて家畜と一緒じゃないか。おかげでいいものが見えた」

「……っ……もういいです。で、ご用件はこれだけですか?」


 昨晩の熱弁は一体何だったのか。思わず口答えしそうになって口を閉ざした。

 無駄だ。これが今の僕の立場なんだ。

 それでも、本当に勘弁してほしい。主人の暇つぶしやご機嫌取りも奴隷の仕事だとでもいうのか。

 ゼフィリノス様は飲みかけのカップを置いてベッドの上から立ち上がる。

 次に僕に“跳ねろ”と命令を下した。


「はい? は、い!?」


 すかさず僕の身体はさっと起き上がるとぴょんと1回だけ跳ねた。

 痛い。もう、本当に痛いんだって。例えが伝わるかわからないけど、ボールでも何でも思いっきり蹴ろうとした足を逆方向へと引っ張られる感覚だ。


 ふむ、と口にしてまた命令で“飛べ”と言った……が契約書通り飛ぶことはできない。言われても僕の身体は全くと言っていいほど反応しなかった。ゼフィリノス様の口が歪む。面白くなさそうだ。

 次は“逆立ちをしろ”。僕は床に両手を付けて足を蹴った。数秒ほど倒立をしてゆっくりと後方へと倒れ込む。背中痛いっ!

 “跳ね続けろ”って言われてその通りにぴょんぴょんと跳ねる。20回ほど跳ねたところで僕の足は悲鳴を上げてその場に転がった。もう辛い。涙が出てきそう。

 そして、最後に“走れ”はこの部屋で可能な範囲でぐるぐると全力で走りだした。やめて。

 永遠と走らされるかと思ったけど、4、5周したら僕の体は悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。

 はあはあと肩で息をするほどに苦しい。こんなにも体力が落ちた……いや、無いのか。


 体力の戻らない状態で“転がれ”と言われたけど、僕の身体は命令を受け付けなかった。身体が無理だと判断したんだろう。

 呼吸が乱れる中、なるほどと思う。出来ることでも出来ない状況なら命令は発動しないんだ。

 息が整うまでゼフィリノス様は詰まらなそうにベッドに腰を掛けていた。

 はあ……と最後の一呼吸で息を整えた僕は上半身だけ起こして、その場に座り込む。

 ご主人様は手間をかけさせるな、なんて悪態吐いて次の命令を下す。

 その命令は最悪だった。


「“靴を舐めろ”」

「は、はいぃ!?……いや、やめて! やだ、やりたくない!」


 その命令に僕は四つん這いになり、猫みたいに主人の足元へと向かう。

 やめて、本当に!

  拒絶しようにも身体が言うことを聞かない。無い筋肉に抗おうとも全くの無意味。ゼフィリノス様の部屋履き用の靴の先を、僕は躊躇もなくペロンと舐めた。

 いやあ……舌の上をざらざらとした感触が這う。……最悪!!

 なんでこんな目に! ここまでするか! こちとらまだ4歳児だぞ! 児童虐待よくない! パワハラ反対!


「惨めだな。……こんなことでも命令ができるのか……いや、本人が惨めと思っていなかったら当然のことか」

「いやいや! やめてって言ったじゃないですか!」

「それもそうか」


 そうしてにっこりと笑って満足げな顔をしている。くそ、僕はちっとも面白くない!

 こっちの心情も何のその、うーん、と悩んで、ふと彼の顔がいやぁな悪い顔になった。6歳児が見せる顔じゃない。


「じゃあ、シズク。お前あの窓から“外に飛び出ろ”」

「……いやいやいや!」


 何を言ってるんだ。そんなことしたら怪我じゃすまない!

 一瞬不安が過ったけど、僕の身体は反応しない。よかった。助かった。

 これには詰まらなそうな顔をする。いえいえ、それが正しいんですよ。


「じゃあ、そうだな。……“を殴れ”」

「え?」


 その命令よりも一人称の方に気を取られた。あれ、以前は僕って言ってたのに。

 俺といったゼフィリノス様の命令に僕の身体は直には行動に移さなかった。

 10か条の1と2が相反するこの命令。ご主人様もおやとばかりに驚いている。


「構わない。俺を殴ってみろ」

「……いいの?」

「ああ、今回に限っては許そう。だが、今回だけだ」


 今回だけだと再度念を入れて来いと言う。目は開いていても歯は食いしばっている。

 よし、と僕はこの小さい身体で思い切り振りかぶる。

 くだらない命令で鬱憤は溜まりまくりだ。手加減なんてしないぞ。よしよし、鼻に入れてやろう。ぶはっと鼻血を勢いよく出させてやる。くっくっく! よし、やってやるぜ――……あれ?

 振りかぶったところで身体が止まる。その先にはまったくと進めない。

 

「主人の命令でも危害を加えることはできない、か……」

「みたいですね。……けっ」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」


 これこそ何とも詰まらない。


「……じゃあ、次だ」

「まだやるんですか?」

「当然。だが、時間も押している。手早く行くぞ」


 本当勘弁してほしいです。もう何をするっていうんですか……。


「“ルイを嫌いになれ”」

「……え?」


 ルイを嫌いになれ。そんなことできるわけ……あ?

 まずい。これが命令なら僕はルイのことを嫌いにならなくてはならない。え、そういうものなの?


 ルイを嫌いになるなんて僕には無理だ。

 ルイは僕とずっと一緒にいた片割れともいうべき存在だ。

 苦しい時も悲しい時も一緒にいたんだ。そんな彼女をどうして嫌いになれる?

 彼女は僕の生きる意味だ。

 ルイは僕が生きる全てだ。

 嫌いになんかなれるはずない――なれるはずが……。


「やだやだ、やめてやめてやめて! ルイを嫌いになんかさせないで! …………って、あ、れ……特に何もない、かな?」


 内面に対しての命令だとしても、僕はついつい自分の身の回りを確認する。

 が、心身共に、特に何かが起こったり変わった感じはしない。


「会いたくないとか嫌悪とかそういう感情はない?」

「……ええ、まったく。今すぐにでも会いに……いえ、僕の中でルイを嫌うような気持ちはありません」

「……制約で操れるのは身体までということか。もしくは本人を前にしなければならないとか?」

「本人を前に嫌いになれっていうんですか?」

「まさか。そんなことをして俺の株を下げる必要もない」

「はあ……」


 何この子。人の評価とかそんなこと言う年頃じゃないだろ。随分と大人びてるなあ。可愛くない!


「シズク“答えろ”。“お前は俺が嫌いか?”」

「………………はい。嫌いです」


 少し間が空いたのは本心から言うかどうか迷ったからだ。そして、結局発言したけど、僕の意志じゃない。

 身体が勝手に僕の心を読んだみたいに言葉が出た。


「ふん、察してはいたがな。じゃあ、“俺を好きになれ”」

「…………」


 今度は口にしなかった。どんなに待っても僕の口は開かれることはなかった。


「やっぱり心までは操れないんだな」

「そうですね」

「なるほどな。面倒な……いや、何でもかんでも思い通りっていうのも楽しみに欠けるか」


 意味深。わけのわからないことを……。

 ただ、それでやっとこの実験? はどうにか終わりだと告げられた。





 ゼフィリノス様はメイドさんたちを呼ぶと、部屋の外に待機していたのか直ぐに扉をノックして入ってきた。

 2人を近くに寄せて耳元でひそりと話しかける。メイドさんたちは目を見開くとちょっと驚いた素振りを見せて「かしこまりました、坊ちゃま」とひとりが部屋の外に出て行った。

 何か嫌な予感。

 出ていくときメイドさんがこちらを見て笑ってたし。


「シズク、命令です」


 終わりじゃなかったのかよ。口調も変えてさ。

 はあ、と溜息をついて僕はゼフィリノス様の命令を待った。


「“君は今日から女として振る舞ってください。話し方も改めてね”」

「女って、え? 男のが女として振る舞っても気持ち悪いだけですけど……はあ!? 私!?」


 今僕、私って……。

 自分の口から出た一人称に狼狽えてしまう。

 その言葉は、まるで今までずっと使い続けていたかのようにすんなりと口から出たんだ。

 ゼフィリノス様は口角を上げ、動揺している僕の腕を引いてあるの前に立たせる。

 そこには一人の男の子? が立っていた。がりがりのひょろひょろで、長めのぼさぼさ頭の子供がいる。一見して男の子か判断がつかなかったのはその子の顔立ちが中性的だったからだ。また、その少年の隣には彼の腕を握るゼフィリノス様の姿があった。

 つまり、それがであることに僕が気が付くまで若干の時間を必要としたのだ。


 ……自分の顔を手で挟む。

 前とは全くと言っていいほど違う自分の顔を見て……開いた口が塞がらない。

 だって……。


「シズクは初めて自分の顔を見たの?」

「……え、ええ。初めて見ました……。これが私なんですね……」


 あ、また私って言った。


「もしかして、自分の顔に見蕩れちゃった?」

「い、いえ! そんな……!」


 ……そんなことは……いや、実は見蕩れてた。

 この世界で生まれ直したこの4年もの間、僕は自分の顔を見ることはなかった。器量は良いと聞かされてはいたが、鏡なんてものはあの馬車にはなかった。水面なんかで見ようにも室内は常に薄暗くて全然と言っていい程見えなかったしね。


 違うとわかっていても、16年ほど生きてきた前世の顔ががっちりとこの体にセットされてたんだ。それがどうだ。

 こうして自分の顔というものを初めて見てたが、まるで他者の視点から見ているような気持ちにさせる。

 ――だから言える。


 美少年だ。

 中性的な顔立ちで、ぱっちりとした二重瞼の切れ長な目。顎も細く、年相応ながらに形も良い鼻。今は間抜けにもぽかんと開けた薄い唇。

 ついつい自分へと笑いかけてみる。

 ああ、まずい。かわいい男の子が鏡越しで笑いかけてる。笑うと女の子にしか見えないかもしれない。

 ただまあ、切れ長と表現したが、つんとした目つきのせいで人相が悪いようにも見えるけど、これが僕か……ルイ、そうだと言っておくれ……これが、僕なのか!

 もしかして、イルノートになれる!? 目で女性陣を射抜ける美青年になれる!?

 うおおおおおおおおおぉぉぉぉ…………おおお……おっおおぅ…………。

 自画自賛しているようで気恥ずかしさも覚える。

 整形をして初めて包帯を取った時ってこんな気持ちなのだろうか。


「君の顔なら女装しても男の子なんてばれないよね」

「いいい、いやっ、わか、わからないじゃないですかあ!」

「おやおや、噛みまくりだね。もしかして、シズクはいつか池に映った自分の姿を求めて溺れてしまうんじゃないのか?」

「は、はあ? どういう意味ですか?」


 なんでもない、なんてくつくつ笑う。

 馬鹿にされているのは何となくわかった。


「じゃあ、彼を連れて行って。そうそう、ルイも一緒にお願いね」

「承知しました。では、シズクさんこちらへ……シズクさん?」

「……は、はい」


 呆然と頭の活動が極端に停止した状態のまま、僕は呼ばれるままにメイドさんの後に着いて行くしかなかった。

 嬉しいやら悲しいやら。どうしたらいいもんか。

 昔の自分の容姿は別に嫌いではなかった。でも、僕だって普通の人だから、1つや2つ自分の容姿に気に入らないところももちろんあった。でも、この身体は……。


 他人の芝が青く見えるからかもしれないけど、このシズクの容姿はまるで昔の自分を否定されたような気もしてちょっと悲しかったんだ。


 部屋を出る時、後ろから腕を掴まれ転びそうになりながらまた中へと引っ張られた。

 ゼフィリノス様だ。


「言い忘れたが」


 表情は変えなかったが不思議そうにじっとこちらを伺っているメイドさんに聞こえないくらいの音量で彼は僕の耳元でささやく。


「俺もお前が嫌いだ」


 そして、とんと背中を押されて部屋を追い出された……。





 それから待ち惚けを喰らってぶう垂れていたルイと合流して、僕らは宿舎のリネン室へと連れていかれた。

 ここは主に屋敷の従者のためのシーツや毛布、タオルなんかを保存、管理している場所だったけど従業員の作業着も一緒に仕舞っているみたい。

 そして、先に着いていたメイドさんの1人がすでに僕らの衣装を用意してくれていた……。

 頭の中でないよなーって思いながらも想像通りのものを受け取り、僕は深く溜め息をついた。

 ルイはなんだなんだとはしゃいで受け取った衣装を広げていた。

 

「……これ、着なきゃだめですか?」


 僕らの後ろで立ち構えるメイドさんに訊ねる。彼女は無表情のままに頷いた。


「若様の命令ですから」


 ですよね。

 でも、最後の砦とばかりにスカートの下はルイとは別のものに変えてもらった。スカートの膨らみを持たせるフリフリのフリル付きのパニエは勘弁だ。それよりも大人しめのドロワースを受け取った。

 先に着いたメイドさんにルイを、案内をしてくれた無表情メイドさんに僕の着替えを手伝ってもらい、最後にリボンの結び方を説明しながら結んでもらう。

 サイズが無かったのか僕らの身体には合わずぶかぶかだけど、こうして2人のちびっこメイドが誕生した。


「次からは自分で着替えてくるようにお願いします」


 ルイは嬉しそうにその場でくるんと一回転。盛り上がったスカートがひらりと舞う。

 そして、僕を見てうわあと声を上げるほどにご機嫌だ。


「さっきまできてたおようふくもいいけど、それもにあってるよ!」


 言われても嬉しくない。ルイの方こそとても可愛らしいよ、と今の僕には彼女を褒めてあげる元気もない。

 着替えが終わったら、メイドさんたちの後をアヒルの親子みたいに着いて回り、他の従者たちの前でお披露目をする。

 ルイを見て歓声を上げる人もいれば、僕を見てあれ、っとばかりに首を傾げる人もいる。ひそひそと僕を見て内緒話はやめて!

 初めて穿いたスカートと周りからの奇異な視線に僕の男という尊厳は握りつぶされているかのよう。恥ずかしい……。

 でも、そんな辱めに晒されている間もなく、僕たちは直ぐに仕事に駆り出された訳なんだけど……。





 その日から僕らはメイドとしての仕事に追われる日々を迎えた。

 最初はゼフィリノス様に命令されて仕事の邪魔をされることもあったけど、髪が伸びて女の子にしか見えなくなっていくとそれも減っていった。

 女の子にしか見えない僕に手を出しにくくなったのか、単に飽きたためかはわからない。でも、身体を張るような命令は減っていった。

 まあ、馬屋の馬糞の掃除中に2回転をしろなんて最悪な命令を受けたことはもう思い出したくない。


 髪は毛先を整える以外では切ることは許されず、日に日に女の子らしくなっていく自分に複雑な心境だった。

 最初は一喜一憂したこの顔も今では恨めしい……。

 

「シズクはもう女の子だね! おちんちんとっちゃおうよ!」

「……怒るよ」

「おこった顔もかわいい! ほら、シズクわらってわらって!」


 凄んでもルイには喜ばれる。まあ、ルイが笑うならいいかなって思ったり……だめだめ! と自分を叱咤することも多い。

 でも、最近はこの女装にも余裕みたいのが生まれた気がする。


 今となってはこの長い髪の状態がデフォルトになってるから、破損から譲り受けた鏡越しで見る自分に違和感もなくなってきている。朝一はポーズも取っちゃうしね……。


 慣れっていやだなぁ……。

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