第21話 メイド姉妹の昼の顔 その2
普段よりも豪勢な朝食は直ぐに終わっちゃった。
楽しい時間ってどうしてこうも早く過ぎるんだろう。
「「ごちそうさまでした」」
食事の後、洗顔と歯磨きを終わらせると、僕の目を気にすることなくルイは服を脱いでいく。
まだ羞恥心って言葉とは無縁の年頃だ。
がりがりだった昔と比べてルイの肉付きはよくなった。ほっこりとしたお腹が可愛いらしい。
下着みたいな姿で着ていた服を畳んで、クローゼットから取り出した仕事着に着替え始める。
ルイの仕事着というか、メイド服は僕と同じデザインだけど若干違う。
同じ紺の裾付きワンピースは僕よりもスカート丈が短く、中はパニエを着用してスカートが揺れると白のフリルが顔を覗かせる。
胸元のボタンを一番上まで閉じ、真っ赤なリボンで飾り付け。まだちょうちょ結びは練習中ということになっている。
ルイがちょうちょ結びをやると結びの輪の大きさが左右で違ったり上下になったりしちゃう。今ではすっかり出来るようになってはいるが、着やすいからとリボンは最初から形が固定されているタイプのものをずっと使っている。
ルイは器用にこなすし物覚えも早い。なのに、どうしてか、こういう手作業は苦手みたいだ。鉛筆の握り方も文字を覚えるよりも時間がかかったしね。
以前こんな会話をしたことがある。
「なんでシズクはちょうちょむすびできるの? いっしょにおしえてもらったのにずるい!」
「ずるいって……それはルイの問題でしょう? 僕関係ないじゃん」
「やだっ、シズクもいっしょじゃなきゃやなの!」
「わがまま言わない。ほら、直ぐに覚えるって。それまで練習練習」
「むー」
この屋敷に入って一緒にちょうちょ結びを教えてもらったけど、僕が知っていたのはご愛嬌。
今はまだ僕が少しだけそういうことを知っているだけで、これから先大きくなっていったら僕よりもルイができることの方が多くなると思う。
それだけ僕は彼女のことを評価しているし、可能性を感じる。だから、自分よりもできる僕っていうものは早く消してほしい。ちょっと悲しいけどね。
さてさて、最後に僕と同じ真っ白なフリル付きのエプロンに、フリル付きヘッドドレスを装着すれば、メイドとしてのルイの完成だ。
「シズクやってやって!」
「はいはい、わかってるって」
それからは僕の仕事で、鏡の前に座らせたルイの髪を櫛で整える。その間にルイは衣服の乱れがないかチェックをする。
ルイは僕と同じくらいまで髪を伸ばした。ルイの髪は僕の自慢なんだ。
3年近くこの街で過ごしたけど、青髪を持つ住民はいなかった。
この街は茶髪の人が多い。後は金髪か黒髪かな。それ以外で色の付いた頭髪の人は街の外から来た人なんかだと思う。だから、遠くからこの青色を見かけたら十中八九ルイだとわかる。それだけ彼女の髪は目立つ。
ルイの髪に触っていると幸せになれるんだ。
1日の中でこの朝の時間は僕の中で一番大切な時間だ。髪を触られているルイも気持ちよさそうにしてるしね。
鏡越しでルイと目が合って笑い合う。
「うれしそうだね」
「ええ、ルイの髪綺麗ですからね。私のお気に入りです」
偽りのない言葉。
以前とは違って櫛で梳いても引っかからない。お風呂は無かったけど、あの場所よりも遥かに衛生的に彼女の髪を洗ってあげることができるようになった。
でも、そんなルンルン気分の僕の心境とは裏腹にルイの頬は膨らむ、むくれる。
「その話し方やめてよ。ぼくだけの時はふつうに話して」
「あ……うん、気を付けているんだけどごめんね。癖になっちゃってる」
ルイは僕の女装は許してるのに話し方は嫌がるんだ。なんでだろうね。
逆に僕もそろそろルイが使うぼくって一人称を直してほしいとは思うんだ。
やっぱり女の子だしね。将来、恋人を作るときなんか苦労するだろうし……恋人なんて作ってほしくないけど! 出来れば僕のそばにずっといてほし――いやいや、それも違ってるって思う。やっぱり、依存しちゃってるせいかな。
でも、ゼフィリノス様は絶対にいやだ。私怨が混じるけどあの人だけには許さない。
だから、別の人だ。僕が認めるほどの男じゃないと許さない。ハードルは高い!
やっぱり、それでも嫌だけどね。
最後に香油を使って髪に馴染ませる。
あまりこういう整髪料は使いたくないんだけどゼフィリノス様からの命令だから仕方ない。艶が出て綺麗だけど僕は人が作ったようなこの臭いがあまり好きじゃない。
そして、日課の、いや僕が勝手に日課にした最後の仕上げ――ルイの耳をぎゅっと握る。
「あっ!!」
ルイの身体がぴくんって震える。鏡越しでルイの目が見開かれる。本当に楽しい。
もう、この反応が見たくてやってるのかも。もう一度ぎゅっとすると反射みたいに小さく声を上げるんだ。
ほら、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ。あ、あ、あ。って面白いんだよね。
これはルイで遊ぶのが1つの理由だけど、個人的な恨みからやっている。
実は最初の1回だけでもよかったんだけど、気が付いたら次の日もやってて、そしたら毎日やるようになっちゃった。だって、ルイの反応楽しいんだもん。
でも、どうしよう。このままだと僕ルイの耳フェチになっちゃうかも。
「ちょっとシズク!」
「はい、ルイさん怒りました」
「おこってないっ、けど! そろそろやめない? 毎回毎回びっくりするの」
「えー、でもそんなこと言って本当は気持ちいいんじゃないの?」
「べ……べ、つに、気持ちよくなんてないし。いいから、さわるのはやめて」
おや、今日はいつもより強情だね。
でも、やめてって言ってても目が泳いでるように見える。
「そっか……残念だなあ。ルイ気持ちいいのかと思ってたんだけど、僕の勘違いか……あーあ……じゃあ、もうルイに触るのはやめないと駄目かな。……髪も自分でやらないとね!」
「え? え? え?」
「うん、悲しいけどルイは僕に触ってほしくないもんね」
「え、いや、ちがう!」
「何が違うの? ルイは嫌なんでしょう。悲しいなあ」
「ちーがーうの! 髪は良いの! シズクに髪さわってもらうの好きなの!」
「ふーん、でもさ。髪はいいのに耳はだめなんだ? 好き嫌いはよくないと思うけど?」
「そういうもんだいじゃないの! いきなりさわられるのがやなの!」
「じゃあ……触るね?」
今度はちゃんと断りを入れてから握らせてもらうことにした。
「えっ! あっ、あっ、あっ、あっ!」
「うんうん。幸せだなあ」
と、顔を真っ赤にしたルイをよそ目に時間も時間だしと切りのいいところでやめる。
朝から疲れた顔をするルイと一緒に室内用のブーツを履き直し今日の服装チェックをお互いに行う。買い出しに出た人は特にね。
「今日もばっちりだね」
「……だね」
「あれ、元気ないね? 今日の朝ごはんはあんなに美味しかったのになあ?」
「知らない!」
そうして、僕――……いえ、私たちは部屋から出て屋敷へと向かいます。
またこれからメイドとしての私の時間が始まります。
◎
屋敷に着いたらこの屋敷で唯一のダイニングルームへ。
テーブルには新品のテーブルクロスを引いて、椅子も奥へと音を立てずに仕舞う。
きらきらに光る銀の食器を並べる前に一つ一つ磨きなおす。
それらを並び終えれば私たちの出番はひとまず終わり。
最後に手が空いてそうなメイドさんを1人呼び、確認してもらいにっこりと笑ってもらいます。
まだ料理を運ぶといったことは危なっかしいということで遠慮されています。
その後、腕自慢のシェフが作った料理を乗せたカートを執事さんが運んできてくれたところで私たちの主人であるグラフェイン親子3人が姿を見せます。
父であるオーキッシュ様と母のホルカ様は支度を整えられていて、外出用の衣服に着替えられていました。
お二人とも領主という大変な地位にいる為とても忙しいそうです。
朝食も手軽に口にできるものが好まれます。
お二人に遅れて我らが主、ゼフィリノス様は部屋着のまま姿を見せます。まだ眠たそうです。
3人が席に着いたところで朝食は始まります。
カートから続々と料理が運ばれてきます。私たちはその様子を少し離れた場所で他のメイドさん、執事さんたちと並んで見守ります。
基本的に私とルイは何もしませんが、他のメイドさんや執事さんは何か問題が起こったら……フォークやナイフといった食器を落としたときなんかにすぐに迎えるようにしています。
今日のメニューは買ってきたばかりの少し炙ったパンにカリカリに焼かれたベーコンとチーズの入ったプレーンオムレツです。
ホルカ様はカリカリは好みじゃないとのことでベーコンは少し焦げ目をつけたものを召し上がります。オーキッシュ様は固めがいいとのことで二人よりも火が通ったオムレツです。
しかし、オーキッシュ様の好みはもったいないなって思っちゃいます。今日のオムレツはふわっふわの半熟卵にチーズを抱かせた逸品です。今日の朝食で頂いたものはまさしく同じもので、建前上は練習として失敗したものでした。
朝食の当番を任されたモルニルさんはその若さでグラフェイン家のお抱えシェフに選ばれるほどの力量です。下手なわけがないじゃないですか。
だから、できればあのやわらかい最高のものを食べてもらいたかったです。
そして、何事もなく3人とも食事を終えて席を立ちます。
椅子を引いて部屋を後にするまで私たちは微動だにしてはいけません。3人の姿が見えなくなったところで私とルイは他のメイドさんたちと一緒に部屋の片づけを済ませ、その後は別行動を取ります。
私が向かうのは玄関で、グラフェイン夫妻のお見送りです。
日中オーキッシュ様とホルカ様は馬車に乗って町内の役場へと向かいます。ちなみに以前、ゼフィリノス様が使っていた箱馬車とは別物です。
なぜこの豪邸を職場として使わないのか、それは仕事とプライベートは別にしたいという理由からでした。
その後、身支度が整ったおふたりを、ルイを含むゼフィリノス様のお付きのメイドさん以外の従者たちでぺこりと頭を下げてお見送りします。いってらっしゃいませ。
次はゼフィリノス様のお見送りの番ですので、そのまま玄関で待機を続けます。
おふたりに比べて時間にルーズなのか、たっぷりと従者を待たせた後、ルイと共にゼフィリノス様は現れます。トラスさんも一緒です。
そのまま3人を箱馬車で出発するところまでを見送ります。
日中、ゼフィリノス様は学校に通っていらっしゃいます。この街唯一の学校で裕福層のお子様と共に学んでいるそうです。平民の子も数名通っている方がいらっしゃるとか。ただ、私が通っていたような学校とは違って、10数名程度の学習塾みたいなところらしいです。
そして、ルイもメイドの1人として付き添って学校へ行かせてもらっています。
話に聞くと一緒に授業を受けさせてもらっているそうです。
こればかりには感謝しています。ルイの世界を広げてくれると期待しているのです。実際に学校から帰ってきたルイは楽しそうにその日のことを教えてくれます。
ただ、最初はやはり気恥ずかしかったみたいですね。
見知らぬ場所で初めて大勢の同年代の子供に囲まれるわけですから。何より彼女は贔屓目に見ても可愛い。そのため、話しかけてくる子も多く、戸惑ってしまったそう。
でも、そこはゼフィリノス様が睨みを利かせると大人しくなるそうです。鼻高々なところもあるでしょうね。
しかし、1つだけ言っておきますね、と心の中で呟きます。
――ルイは僕のものだと。
では、ルイが学校へ行っている間、私は何をしているかというと、家政婦の仕事を覚えていくわけです。
主人のいない屋敷は広く、掃除の手は猫の手を借りたいほどでした。
洗濯から掃き掃除、ベッドメイキング、馬小屋の掃除からブラッシング、はたまた庭師の仕事を手伝ったりと屋敷が広い分手間はかかります。
作業中、お日様が真上で顔を利かせるようになったら従者の皆さんと揃って食事を摂ります。その時はイルノートも一緒です。あ、ルイたちは学校でシェフが作ったお弁当を食べているそうです。
イルノートは日中の門番を任されています。執事服を着た彼を見てみたかったので、これはとても残念でもあります。
また、門番以外にも屋敷の外の掃除なんかも行っていると聞いています。掃除は魔法で済ませてしまうそうです。これも彼が気難しそうに掃き掃除をする姿を見てみたかったですが、その願いは叶いそうにはありませんね。
なかなかに退屈だと呟いていました。
そして、やはりというかイルノートはここでも女性陣の人気者のようでした。ただ、恋愛は禁止されているみたいなので、遠巻きに眺められている程度ですね。
以前も他のメイドたちに彼のことを聞かれることがたびたびありました。父とは言えず、兄のような存在ですと答えておきました。
休憩も終わり仕事再開。午前の続きに手をかけ、時間は瞬く間に過ぎていきます。
どうにか与えられた仕事を終わらせても、直ぐに学校を終えて帰ってこられるゼフィリノス様のお迎えが待っています。
私は帰宅したルイと合流し今度はゼフィリノス様の付き添いをすることになります。
彼は学校から帰ってくると広い庭である練習を行います。
魔法の練習です。
◎
彼は人間なのに魔法が使える稀有な存在でした。
元々、母であるホルカ様が魔法が使える人でして、その遺伝として魔法が使えるらしいのです。
なので、ゼフィリノス様はルイと共に学校から帰宅された後の時間を魔法の勉強に費やしています。
ちなみ天人族であるルイは魔法の器量を見出され、この屋敷に来てから魔法を覚えた、ということになっています。
ゼフィリノス様はまるで自分が育てたとばかりにルイをお共に魔法の練習を行っています。私はただの人間ですので、魔法に関しては一切触れさせてもらえませんでした。
それなのに私は少し離れたところで2人は魔法の練習を眺めています。トラスさんも一緒にいます。あ、門のところでイルノートも壁にもたれかかってこちらを見ているのが見えました。暇なんですね。
「じゃあ、ルイ。今日は火魔法を練習しようか」
「はい、ゼフィリノス様」
「僕がお手本を見せるからそれを真似するように」
「はい、わかりました」
そうして、ゼフィリノス様は両手を前に突き出し一節、呪文を唱えます。
『燃え盛る火。我が声のままにその姿を見せよ。汝の身を我が力となり焼き払え【ファイヤーボール】』
するとゼフィリノス様の両手に自分の頭と同じくらいの火の玉が現れました。
私を見て得意げにふふんと笑うのが見えました。
ええ、すごいです。普通の人間である私にはできませんよという感じで落ち込んで見せます。
私の落胆っぷりを見てか調子を良くしたゼフィリノス様はそのまま火の玉を前へと飛ばしました。そして、火の玉は一直線に飛んでいき、壁にぶつかり、ぼっ、と音を立てました。
直ぐに笑ってルイが褒め称えます。
後には黒く丸い痕のついた壁が残ります。ああ、後で掃除が大変ですね。
「じゃあ、次。ルイやってみて」
「はい、わかりました」
ルイも同じく両手を前に突き出しゼフィリノス様の唱えた呪文を真似して見せます。
「もえさかるひ。わがこえのままにそのすがたをみせよ。なんじのみをわがちからとなりやきはらえ……ふぁいやあぼおる」
一瞬の間を開けてルイの手にはゼフィリノス様が出した火の球よりも2回りほど小さな火の玉を生み出しました。
む、ちょっと棒読みしすじゃないですか? それに呪文の後の発動が遅い。
きっ、と私はルイを睨みつけます。それに気が付いたかルイはぴっと背を伸ばしました。
ゼフィリノス様はそんな弱々しい火の子にも満足げな顔をします。
ルイには魔法が苦手な天人族として振る舞うように言いつけてあります。ルイはそういうものを嫌う性質ですが、ここは主人の顔は立てないといけません。
自分よりも幼い子が自分よりも強い力を持っていたなんて中々に許せないはずです。
私だって――僕だって彼女の才能を誇らしく思う反面、嫉妬を覚えるんだから。
僕が――……私が小さいだけでしょうか。
「……よし! そのまま壁に向かって飛ばせ」
「はい」
そして、前へとふらふら弱々しく飛ばし……壁にたどり着く前に火の玉は宙で消え――ルイは火の玉を消しました。
うん、そこは正解です。にっこりと笑います。ルイもこちらを見て口元を綻ばせます。
でも、それを見て勘違いしたのか。
「む、シズク。お前がいるとルイの気が散って力が出せないんじゃないか。僕が見えないところでルイを笑わせているだろう?」
えーっ!
「そんなことしてませんよ!」
「うるさいぞ。お前はあっち行ってろ」
はいはいそうですか。と、ここで私がこの場から去るのも気に食わないとのこと。自分が魔法を使えるところを見せつけたいみたいなのです。
それは以前にもあったので学びます。
「それでは失礼します……」
私はトラスさんに声をかけてからイルノートの元へと向かいます。同じように壁に背を預けました。
ゼフィリノス様の楽しそうな表情が遠くからでもよくわかります。
「苦労してるじゃないか」
「ええ、そうですね。ルイがうまく魔法を使わないかひやひやしてます」
「私は見てて滑稽で面白いがな」
「もうっ、他人事だと思って!」
そんな会話をばれないように2人の練習風景を眺め続けます。
退屈なので私はゼフィリノス様から見えないところに水魔法を使って水やりなんてします。
柄杓でぱさーぱさーとかけるくらいの量で……飽きた。この時間は本当に暇です。
欠伸を噛みしめながら練習を見続けていましたが、そろそろルイの買い出しの時間が近づいてきました。
午後はルイが行く番ですから早めに切り上げてもらいます。
邪魔が入ったとばかりにゼフィリノス様に睨みつけられます。でも、こればかりは主人であっても私は引きません。
だってゼフィリノス様は一緒に同行するって言うんですから。したらルイは走っていけませんし、歩いていかなければいけません。
寄り道もするかもしれません。その往復分を考えると今の時間に行かないと間に合いません。
もちろん、私が買い出しの番ならばもっと遅く出ます。だって1人ですもの。ゼフィリノス様は着いてきません。ずっとルイといます。
けっ、いいんですけどね。
もしも一緒についていくなんて言われても邪魔なだけですしね。
◎
2人……いえ、お付きであるトラスさんを含めた3人を見送った後、一度キッチンへと向かいコックさんたちにルイが買い物に出たことを伝えます。
皆さんわかってらっしゃるようで苦笑しながら頷いてくれました。
では、ルイたちが買い物へ行っている間に私は他のメイドさんたちと一緒に洗濯物を取り込みアイロンがけ。このアイロンもどうやら魔道具らしいです。
私が担当するのは他の従者さんたちのものです。グラフェイン家の洗濯物は他のメイドさんたちが行います。でも、最近は私の働きが認められたらしく、そう遠くない未来に私に仕事を任すと言われました。これにはゼフィリノス様関係なく嬉しく感じます。
今は自分に任された仕事を全うするだけです。
時たま他のメイドさんの下着を間違えて渡されることがあり、顔を真っ赤にしてしまうことがあります……。
この世界ってパンツだけじゃなくてブラジャーもあるんですね。
皆さん私のことを男だと知っているのに、今では女の子と扱ってもらってるのか、ああ間違えたなんてメイドさんたちはくすくす笑うんです。確信犯です。
あ、もちろん私たちの洗濯物とグラフェイン家の洗濯物は別々に洗っています。
従者と同じに扱ったら失礼ですし、何かあった後では遅いですしね。グラフェイン家の洗濯物の残り水で洗わせてもらっています。
その後は、屋敷の明かり付けを行います。
点灯といっても、壁や天井に取り付けられた照明に手をかざすだけです。
聞くところによると人間の体内に存在する微力な魔力に反応して灯りが点くとのこと。魔法は使えなくてもこの世界のありとあらゆるもの、例外なく人も魔力を持っています。
皆さん脚立を持っていくのですが、私は如何せん身長も低いので届きません。ですので主に小道具持ちが私の仕事です。
この屋敷のものの殆どは魔道具を使っています。これがどれだけすごいことかはもう学びましたから言われなくても十分です。私たちが使わせてもらっている宿舎は1つとして魔道具はありません。
……スイッチ1つで全て点灯させる生活を送っていた私ですから、あまり良いものだとは思っていないのが本音ですが。
ただ、今では魔道具の技術も発達してて、壁の魔石に手をかざすだけでそのフロアの照明全てを操作できる屋敷もあるそうです。
この屋敷はグラフェイン家の先祖代々の屋敷らしく、これらの魔道具の設置で何度か改装はしているらしいですが、今のところ新たに、といった話は考えていないそうです。不便です。
全ての明かりを点け終わるころにはルイたちも戻ってきます。
今日は鶏ですか。パンと野菜を両手で持つルイと、ゼフィリノス様が吊るした2羽の鶏を持って現れました。ただ、トラスさんの顔色は優れません。
ゼフィリノス様がまた我儘……いえ、恰好つけて……いえ、紳士的な振る舞いでルイの荷物を持ってあげたのでしょう。
直ぐに私が駆け寄り荷物を受け取ろうとしても拒みます。最後まで自分で持っていくそうです。でも、ちょっと息が上がってらっしゃるのが目に見えました。
坂登るの大変だったんでしょうね。ルイとトラスさんはけろりとしています。
さてさて、その後はグラフェン夫妻のお迎えの準備をします。
オーキッシュ様とホルカ様のお帰りです。門番のイルノートが鐘を鳴らしたらすぐさま屋敷の入口へと向かいます。
左右に並びおかえりなさいませと一礼。
最初はこのタイミングが中々掴めなくて大変でした。箱馬車からおふたりが降りて1歩足を踏み出す瞬間が狙い目です。
その後、おふたりは着替えを済ませて食堂へ。席に着いたところで朝と同じく3人分の食事を用意して私たちは後ろで立ち続けます。
以前、ゼフィリノス様がルイを食卓に招こうとしましたが、それはさすがにトラスさんが許しませんでした。
ご両親方も口にはしませんでしたが、あまりいい顔をしていませんでしたしね。
雇用でもなく奴隷の立場である私たちが主人と食を共にするということは、他の人たちにとってもいいものではありません。
今でこそ仲良くしてもらっていますが、あそこでゼフィリノス様の行いが許されていたら私たちの今の立場は変わったものになっていたと思います。
夕食を終え、主人たちが部屋から出ていくと私たちは後片付けをこなし、最後に皆で夕食を取ってその日は終わりを迎えます。
屋敷には執事長であるトラスさんとメイド長、他に従者から選ばれた当直の3人だけが滞在を許されています。夜中に何かあったらその3人がお世話をすることになっていますので、後の時間は私たちにとって自由時間となります。
ただ、屋敷の外に出ることはできないので他のメイドさんや執事さんは宿舎でささやかな晩酌程度を行うと話を聞きました。
宿舎に向かう前にルイにちょっかいを出すゼフィリノス様を内心毒づきながら、ルイにお別れをしてもらい自室へと戻ります。
これが私とルイのメイドとしての1日です。
……そう、メイドとしての1日の終わりです。
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