第19話 奴隷として、けれど従者として


 外で立ち話もなんだからと僕らは屋敷の中へと通されることになった。

 馬車や積み荷は屋敷の使用人たちに任せ、僕ら奴隷組とゼフィリノス様ら一行、そしてグラフェイン夫妻は応接室へと移動する。


 部屋に入って直ぐに目に入ったのは純白のクロスがかけられた長机だ。机は部屋の中心に置かれていて、その周りには意匠の施された背もたれを持つ椅子が等間隔に並んでいる。この椅子きっと高い。職人の手による逸品だ。

 クロスで隠れてるけど机もきっと同じようなデザインだろう。クロスも絶対高い。よおく見ると所々に細かな金刺繍が入っている。いいものだ。きっと……。

 僕たちが大広間で使っていたテーブルと椅子なんて傷だらけだったり脚の長さが合わなくてガタガタ揺れてたしね。

 やっぱり、違う世界の住民だったんだね。


「では、はそちらへ」


 と、執事であるトラスさんに促され、僕ら3人は入口端の席に座ることになった。

 その後、奥の上座にオーキッシュ様、彼を挟むようにゼフィリノス様に奥方……ホルカ様。ホルカ様から1つ席を開けてシーナさんとゴドウィンさんが隣同士に座る。

 最後にグラフェイン夫妻の背後にトラスさんが立った。

 皆が席に着いたところを見計らい、オーキッシュ様は組んだ両手を額に当てて、テーブルへと膝をつく。そのまま両目を瞑りだす……何とも重苦しい空気に包まれる。

 あ……天井にシャンデリアがある。すごい、初めて見たかも。綺麗だな……と現実逃避。

 いやいや、しゃんとしないと。


 奴隷の購入って悪かったのかな。人身売買自体は前の世界でもあった話だ。

 僕自身は良くはないって思う。なんでだろう。人間の自由を奪うから、かな。安直な言葉しか出てこない。


 実のところ、この世界の奴隷について、僕は何もわかっていない。


 ゴドウィンさんとシーナさんは雇用って立場をとってるから、奴隷は雇用とは違うってことはわかっている。じゃあ、雇用と奴隷の違いって。

 それは多分ってところだとは思う。

 そして、僕たちは幸運にもやめるという選択肢がこの先にある。


 でも、普通、奴隷っていうのはやめることができないものなんだろう。

 命令には絶対厳守。人を物扱いする行為。その命すら奪うことを許される。どの世界でも奴隷ってそういうもの、だと思う。魔道具である契約書なんてあるしね。

 人の尊厳を奪う、人として許しがたい行為、ってところかな。だから、僕は良くないって思ったんだろうけど……やっぱり、ありきたりな答えしか出ないや。


 でもこの世界の人はどう思っているの。奴隷の購入者って他の人からどう見られているの。

 

 けど、禁止されないから人身売買がある。自分から売り込んで奴隷になる人がいる。どっちもどっち。

 この世界で奴隷を買うってことは正当化されているはずなんだ。


 じゃあ、なんで今ゼフィリノス様が責められているのかっていうと……。

 両親の視線は何度か僕やイルノートにも向けられたけど、やっぱり一番はルイに集まってた。

 つまり、奴隷を買うってことよりも女を買ったってことを問題視してるのではないか、と僕は思う。

 はあ、と深いため息をついてゼフィリノス様はこの沈黙を破いて話し始めた。


「……以前、サグラントに来た行商人から話を聞いていたんです。天人族の女の子が奴隷市場にかけられているって話を……それで僕、どうしてもその女の子のことが気になってしまって」

「まあ!」

「ゼフィ、それはお前の歳からしたらちと早いんじゃないか?」

「お、お父様! は、話は最後まで聞いてください!」


 おや、声が裏返った。

 そうね。そんな小さいころから人を、ましてや女の子を買うような人じゃないよね。

 小さいころから唾をつけておくとかありませんよね。


「あなた! 何をいってるの! ゼフィはまだ6つよ! そんなふしだらな話はおやめください!」

「お、おお。すまない。それでどうしたんだ?」


 え……まだ6歳だったんだ。あと1か2くらい上だと思ってた。って、いいや。それはそれ。


「ええ、聞いてください。それでですね――」


 ゼフィリノス様曰く、元々天人族という魔族に興味を持っていて、この町を訪れた行商人からとても可愛い女の子が奴隷として売りに出されているという話を耳にしたそうだ。

 一目だけでもその少女を見てみたくなり、ゴドウィンさんに無茶を言って今回の旅に同行させてもらうよう取り計らったらしい。


「しかし、ゼフィよ。お前は最初、私たちに欲しいものがあると言ってたじゃないか。一目でと最初からその少女を、買うつもりでそこのルイと言ったか? 」

「……それは……はい。正直に言えば、そうなります。でも、僕はその女の子を、ルイを助けたかったんです!」


 ゼフィリノス様曰く、奴隷というものが何かそうだが、


「奴隷は酷い目に合うという話をその商人は言っていました。その話を聞き、僕は……顔も名前も知らないとしても、その女の子が酷い目に合うって思ったら僕は、僕は居ても立ってもいられなかったんです!」


 と、椅子から立ち上がり、テーブルをばん、と力強く叩きつける。

 何かしら思うところはあるのだろうが、実の息子の熱弁にご両親は困ったような顔を見せ始める。


「ま、まあ、そうだったの。やっぱりゼフィはそんな邪な考えなんてないわよね……」

「ああ……そうだな。疑って悪かったよゼフィ。お前はそんなことをするような子ではなかったな」


 女の子を助けるために購入した、と息子の善意を頭ごなしに間違っているとは言い辛いように見える。


 ちなみに、僕とイルノートの場合は、その奴隷市場でである僕が大きな失敗を犯し、姉弟きょうだい離れ離れになりそうだったところを、ゼフィリノス様が憂いで買ってしまった、と付け足されて説明は終わった。

 概ね間違ってはいない。そこのところだけは感謝している。

 オーキッシュ様の後ろに控えていたトラスさんの眉が僅かに動く。だが、反応はそれだけで、横からは口を挟むことは一切なかった。


「よかった……お父様たちならきっと信じてくれると思っていました」


 と、にっこりと笑うゼフィリノス様の首が若干こちらへと曲がり、僕を凝視してきた。細めた瞼の奥で視線が動く。え、なに?

 口角は吊り上がったままだけど、その笑っていない瞳でぎろりと睨みつけられ、小さく顎でくいくいと示す。……フォローに入れってことかな。

 面倒だけど、と僕は席を立ち一礼してから声を上げた。


「はい、今回ゼフィリノス様がいなかったら僕たち姉弟きょうだいは離れ離れになっていました。ゼフィリノス様には感謝しても足りません」

「え、きょうだい――むぐっ!」


 そこを透かさずイルノートがルイの口を押える。うん、ありがとうイルノート。余計な話はしないほうがいいと思う。


「ふむ……しかし、ゼフィが言っていたように、その子は天人族だろ。君は我々と同じ人間じゃないのか?」


 げ、しまった。オーキッシュ様がルイの耳を見て答える。あと、僕は魔人族です。それは口にしないけど……どうしよう。

 と、そこをごほんと咳払いしてイルノートが代弁してくれた。


「彼らは腹違いの姉弟きょうだいなんです。ただ、このルイの方の天人族の母親は流行病ですでに他界し、シズクの母も事故で無くなりました。父親の方は行方知れずでわかりませんが……身寄りのなかった2人はその時まだ赤子。奴隷として売られる他、生き残る道はなかったのです」


 まあ、と一驚し口元をおさえるホルカ様。じんわりと目元に涙を浮かばせる。


「そんなことが……さぞ大変だったでしょうね……ちなみにあなたは?」

「私はイルノート。実は、私が彼らを奴隷市場へと送った本人でもあります。そして、自身も奴隷の身に堕ち、同じ場所にいて2人の世話役をかっていました。そして、心優しいゼフィリノス様は彼らが早く独り立ちできるために私もと……感謝の言葉もありません、ゼフィリノス様」


 ぺこりとイルノートがゼフィリノス様に頭を下げる。


「あ、ああ。そうです。彼らはまだ幼く、両親もいません。ですから、彼らが独り立ちするためにも親の代わりであった彼は必要でした」


 ふっ、なんてイルノートの笑い声が聞こえた……気がした。

 同時に、きらん、とイルノートの目が光ったような……気がする。


「巣立つ雛の背を後押しする親のように、私もゼフィリノス様と同じく2人の巣立ちを見守りたく思っています。そして、一刻も早く2人が独り立ちできるよう、尽力を尽くしていく所存です」

「は、はあ……はっ、あ、ええ。そうですね」


 と、訳がわからないとばかりに目を丸くするゼフィリノス様であったが、両親2人から微笑ましい視線を送られて、直ぐにニコニコと笑顔を作る。


「そうかそうか。なるほどな。合いわかった。3人のことは認めよう。ただし……君たちは奴隷として買われた事実はかわらない。幼い身で大変であろうが、それなりの労働は覚悟してもらおう」

「もちろんです」

「まあ、今日は長旅で疲れたであろう。もう休まれるといい。寝床はトラスに任せる」

「は、かしこまりました」


 そうして話は終わり、僕たちは奴隷としてこの館に住まうことを許された。





 ゼフィリノス様はその後両親と共に席を立ち、ルイを尻目に部屋から出ていった。

 3人が消えたのを確認してからシーナさんとゴドウィンさんが深く溜め息をついてテーブルに伏せる。何か言いたげな視線で僕らを見て、同じように席を立った。

 最後に残ったトラスさんが僕らに着いてくるようにと声をかけてきた。彼もまた、苦笑いを浮かべている。言われるままに僕らはトラスさんの後を歩き、屋敷の外へと出る。


 その後、彼の後ろを追い、大きな庭の中を歩いて離れの別館にたどり着いた。この屋敷で働く使用人たちが使う寮らしい。

 別館は2階建てだったけど、僕らは1階の奥の部屋に通された。中は壁際に2段ベッドが置いてあるだけの部屋だ。

 天井からランプが吊るされていて、トラスさんが手早く明かりを灯してくれる。他には空のクローゼットが置いてある。殺風景な部屋だ。

 でも……


「うわあ……きれいなおへや。しかもおっきい!」


 そう、それだけでもこの部屋は大きい。ルイが部屋の中でぴょんぴょんとはしゃい喜ぶ。 

 僕らが使っていた奴隷部屋よりも奥行きは倍以上ある。今のままの背丈なら3人でも十分だ。あの汗っぽいような埃臭いような異臭なんて当然しない。木造の真っ白に塗られた壁は隙間風なんて吹いてこない。


「では、明日から働いてもらいます。朝は準備のために早めに起きてくださいね。寝坊しないように。仕事内容の方は折り入ってお教えします。それではおやすみなさい」

「はい、トラスさんおやすみなさい」

「トラスさんおやすみ!」


 僕とルイは挨拶をし、イルノートはぺこりと頭を下げる。トラスさんは足音を立てずに部屋の外へ向かい、ゆっくりとドアを閉めた。歴然の執事さんだ。奴隷な僕らにも丁寧に対応してくれる。

 荷物もない僕らだし、マントを脱いでクローゼットに仕舞う。


「奴隷にここまでの部屋を用意するのも珍しいだろうな……」


 珍しくイルノートが室内を見渡してぼやいていた。

 本当だよ、ありがたく思わないとね。


 することも無いし、明日も早いと聞かされているので、着いて早々、今日はもう寝ることにした。

 寝床は話し合いの結果、僕とルイが上でイルノートは下の段になった。2段ベッドって子供の頃憧れたな。今は子供だけどね――おお、寝具の方も驚きだ。スカスカの藁じゃなく、厚い布を重ねたものだ。敷布団に似てる。その上に真っ白のシーツが掛けられていて、もふもふのやわらかな新品の毛布まで用意されている。これは気持ちよく寝れそうだ。

 僕ら2人は上段できゃっきゃとはしゃいでいた横になったところで、イルノートはランプの灯を消した。


「じゃあ、イルノートおやすみ」

「おやすみ、イルノート」

「ああ、おやすみ」


 僕とルイは互いにイルノートに挨拶をした後、暗闇の中で目を合わせた。

 2人で寝るのも久しぶりだ。見つめ合って微笑んじゃう。


「おやすみ、ルイ」

「おやすみ、シズク」


 もっとこの安らぎを味わっていたかったけど、気が付いたら意識は消えていた。

 たった数日だっていうのに隣にルイがいなかったことが大きかったのかもしれない。それだけルイは僕の心の支えであり、癒だった。

 おかげで、幸せな気持ちのままぐっすりと眠ることができた。

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