第17話 港町と船旅

 馬車による進行も2日が過ぎた。道中何事もなくなぞるように街道を進むだけだった。

 途中、薄暗い林道を走ることもあった。

 こういうところは盗賊が出て通行者を襲うこともあるらしい。でも、先頭の馬車を操るのは熊みたいな大男のゴドウィンさん。多少の牽制にはなるらしく迂闊には襲ってこないだろうとはイルノートの談。


「あの巨漢を見てやれると思うほどやつらも馬鹿でもあるまい。最低でも2、3人の犠牲を覚悟して行うはずだ。そこまでするメリットは……ああ、私たちの主人は指折りの貴族様だったな」


 ははは、と笑うイルノートの口ぶりは他人事のように軽い。

 でも、用心に越したことはないからって僕は馬車の中で待機。後ろから誰かが乗り込んで来たら躊躇せず魔法を放って追い出してもいいと言われた。

 人に向かって放つのは初めてで、どきどきしながら身構えていたけど、そんなこともなく無事に林道を通過する。


 ちなみに2台目の馬車を駆るのは執事のトラスさんだ。

 車内には僕らの主人であるゼフィリノス様とルイ、ゼフィリノス様の護衛としてシーナさんが同乗している。


 途中、何度かに休憩を挟む。

 その都度ルイがあの立派な馬車から一目散に僕の元へ駆け寄ってきた。僕も喜んで伸ばされたルイの両手を握る。

 その後、2人で周囲の景色を見渡していると、たっぷりと時間をかけて僕らの主人であるゼフィリノス様が降りてきた。本人は何ともなさそうに振る舞っていたが、どうやら車酔いのようだ。

 休憩ってもしかしたら馬よりもゼフィリノス様のためにあるんじゃないのって思っちゃうほど深刻そうだ。


 時には道外れの平原に2人並んで座ってランチタイムも楽しんだ。

 朝の作り置きだったけどやっぱり美味しい。塩分が多いのがいい。ルイが隣にいてくれるだけで尚更に美味しい。

 酔いのせいで食欲のない主人であるゼフィリノス様からの視線が痛い。でも、ルイは気にせずに僕に構う。僕も彼の視線に気が付かないふりをしてルイと食事を楽しんだ。

 大人たち見たら僕らの関係はほのぼのとしたものらしく、シーナさんやゴドウィンさんなんかには微笑ましく笑われてしまうほどだった。


 小さな農村に立ち寄ることもあった。

 僕とルイとイルノート、それにゴドウィンさんは馬車の番をし、その間にトラスさん、シーナさん、ゼフィリノス様は村へお買い物だ。

 ルイはつまらなそうにしていて、これも仕方ないよと宥めるんだけど、僕が年上ぶる(そんなつもりはないんだけど)行動をとるとすぐにむくれるから厄介。

 僕だって村の中を見てみたいんだという気持ちがあったため、ついルイと口論をし始めそうになる。その後は2人でいつも通りぷいってお互い顔を背けて主人たちの戻りを待った。

 帰ってきたシーナさんに喧嘩でもしたの? って笑われるんだけど、こんなの喧嘩のうちにも入らないよ。

 いつも通りですって答えてたらもっと笑われた。





 僕が目覚めてこの2日と半日、1日の食事は3回あった。

 僕等がいた奴隷市場での極めて質素な食事は2回だったのでこの世界ではそれが当然だと思って聞いてみたら、別に回数に決まりごとはないみたい。

 もちろん、3食取るのは裕福層に限る話だそうで、ルイは不思議がっていたが、もともと3食で、さらに間食もあった僕にしてみれば元の生活に戻ってきたような懐かしさを感じるほどだった。


 食事は毎回イルノートの手作りで、毎回頬を落としそうになるくらい美味しくいただきました。

 こんなことなら市場でもイルノートに食事当番やらせればよかったのにって思うんだけど、あの場所で彼が普段どこにいるかはさっぱりわからなかったと思いだす。交流どころか、初めて言葉を交わしたのだって出る直前だったしね。

 やっぱり、男奴隷と一緒に外で働いていたのかな。

 この世に生まれて間もない頃は、女性陣に紛れて頻繁に面倒を見てくれたことは覚えている。 


 そうして、個人的にはピクニックっぽいなぁ、と思い始めてきた頃、僕らはとある街に着いた。

 その街に近づくにつれて嗅いだことのある香りが風に乗ってくる。

 なんだっけ。このしょっぱい……あ、潮の香りだ。


「ほら、見えてきたぞ。キグルキ港だ」


 ……いや、キグルキ港。

 漁港はもちろん貨物船、貨客船も往来するこのエストリズ大陸でも有数の港町。

 もともとは漁村であったものを拡張整備され、今では有数の貿易都市である。海の玄関口とまで呼ばれ、他国の船が入国を許可されたこのエストリズでも数少ない場所である。


 そして、何より特筆すべき点は……と、イルノートよりそのキグルキ港まで到着するまでに説明された。

 3メートルほどの石で組まれた防壁に囲まれた港町だ。

 解放された巨大な門扉の前で、門番である守衛さんたちと簡単な手続きを済ませると僕らは馬車のまま中に入った。


 そこで何をするか――ご主人様であるゼフィリノス様よりも先にイルノートが行ったことは馬車を売り払うことだった。

 え、使い捨てなの? え、馬車ってこんな扱い? いやいや、馬車を購入するって車を買うくらいの問題があるそうだ。


 普通、馬車を購入したら問題が起こらない限りは使い続けるそうだ。でも、馬の管理費と馬車の置場がネックになったりで、一般家庭だとなかなか手の届かないものらしい……まあ、頻繁に遠出をする人以外はいらないだろう。買う人は街の外に共同で置くこともあるって。

 ただ、イルノートの場合、元々ここまでの移動のためだけに購入したと本人から聞かされた。それでもすごいけど。


 長距離移動なら乗合馬車でお金を払って乗せてもらったりもできるそうだ。

 でも、出発する時間は決まっておらず、前の世界のバスみたいに融通は利かない。じゃあ、タクシーとして辻馬車ってのもあるそうだけど、昏睡していた僕のことを考えたら馬車を買ったほうが手っ取り早いって早々に購入を決めたらしい。

 まったく、イルノートの懐事情がわからない……。


 ちなみにゼフィリノス様達が使う2台の馬車は自宅から持ってきたものだそうだ。

 だから2台はそのままで、馬車を売却後、僕とイルノートは徒歩で彼らの後ろを追った。


「……うわあ、人がいっぱいだ」


 町の外ではすれ違った荷馬車程度しか人を見なかったけど、やっぱりこの世界にも人がたくさんいたんだ。

 多分この港の住民や他の村や町から訪れた人、行商人なんかだと思うけど、初めて目にする大勢の人は懐かしくて涙がこぼれそうになった。

 本当、この身体になってから感情の起伏が激しい。


「シズク。どうした?」

「え……ううん。目に何か入ったみたい」

「そうか……世界は広い。こんなことで驚いていたら身が持たない。お前はこれから先、これ以上のものを見ていくんだぞ」

「な、なんのこと?」

「ふふ、気にするな。なんでもない」


 ばれてる……。

 こすり過ぎて真っ赤になったまぶたが恥かしかったけど、僕はしっかりと前を向く。イルノートも黙って歩を進めてくれた。


(それにしても……)


 薄々そうじゃないかなぁと思っていたけど、やっぱり、真っ白で高級感漂うこの箱馬車は人の目を惹くみたいだ。

 この通りで馬車に乗ってる人は僕たちやゴドウィンさんが乗っていたばかりだし、箱馬車はあってもこのカラーリングとか、装飾品の類は殆どついてない。

 物珍しさからか僕らの進む道は割れた海みたいに道が開け、一定の距離感を取られる。

 移動する分には楽だけどなんだか視線がこそばゆい。


 そして。

 そして、そして、だ。


 馬車に負けず劣らずと注目を集めている存在がいる。

 僕らから距離を取る人波から、女性陣のため息交じりの黄色い悲鳴が聞こえ、彼女らの視線の先を線で追えば、そこには僕の頭の上を通ってイルノートにたどり着く。

 イルノートはやっぱり人気なんだなあ。

 流石イルノートと感心しているとふと、前を進む馬車が速度を上げたことに気が付いた。

 子供の歩幅じゃちょっときつい。む、このままじゃ置いていかれるかも――


「ほら、掴まれ」


 え? なんて声を上げる間もなく、僕はイルノートに抱きかかえられた。

 イルノートは器用に僕を腕の中に抱えると、馬車の移動に合わせるよう早足で歩きはじめる。


「ちょ、ちょっと恥ずかしいよ! 歩ける、1人で歩けるから!」

「ふふ、気にするな」


 僕の抵抗も無視して前へ。

 駄々をこねてると思ってイルノートが笑う……う、どアップで微笑むの反則!

 いつもむすってすまし顔の印象しかないのに、いつもはちょっと口元を吊り上げるくらいなのに。今回はそっと目を細めて笑うんだ。


 笑ったのは一瞬だったけど、こんな間近で彼のスマイルを見てつい胸がどきどきしそうになる。同性なのに思わず目を逸らしてしまう。


(……ん? ああ、後ろでご婦人が倒れた!?)


 多分笑った瞬間に近くにいた人だ。イルノートは倒れた夫人を不審に一瞥するけどそれだけで、今ではいつも通りの表情で前を向いて馬車を追う。

 うう、悔しいけど彼が歩く速度は今の僕が走ったよりも早い。

 仕方なく、僕はむっとしながら彼に抱きかかえられるしかなかった。





 周りの視線に我慢しながら埠頭にたどり着いた。

 埠頭には地元民の漁船から大きなマストを掲げた帆船まで、様々な船が停泊している。その中でも特に大きな船の前にゼフィリノス様ご一行を乗せた馬車は止まった。


 その船は200メートルくらいありそうな大きな船で、甲板から頭みたいに船橋を覗かせていた。周りの船と比べちゃうともう僕とゴドウィンさんくらい違うんだ。

 特に目立つのは船体から延びる左右の分厚い板だ。何だろう、これ?

 あとは大きなオールがその分厚い板を挟むように左右に4つ突き出ている。


「わぁ……」


 やっとこさイルノートから降ろされた僕はついつい口をぽかんと開けてその巨躯を見上げてしまう。

 すっごいでかいし、こんな近くから船を眺めるなんて初めてかも。


「私たちのご主人様はわざわざこんなものに乗ってまで足を運んでらっしゃったのだな」

「うん、この船すごい大きいね。とっても楽しみだよ」

「……多分そんないいものにはならないだろうけどな」


 こんなに大きな船を前にしてイルノートはなんだか冷めている

 船嫌いなのかな。それとも乗り心地かな。この2日はなんとか凌いだけど、馬車での移動は結構きつかったもんね。


 その後、乗船の手続きが済んだのか、トラスさんに呼ばれて僕とイルノートはみんなのもとへ向かう。

 ゴドウィンさんを先頭に手で馬車を引きなら乗船。

 甲板の上に上がってわくわく! と胸を弾ませていたら、ここから僕とイルノート、それとゴドウィンさんはゼフィリノス様たちとは別の場所に……貨物室だ。


 ……奴隷は荷物扱いでその分安くなる。

 そう、馬車を引くゴドウィンさんが教えてくれた。

 貨物室の中には僕らと同じように奴隷らしき人たちが何名かいた。あれ、みんな厚着してるな。暑くないのかな。

 また、室内は薄暗くてこの場にいた人たちには悪いけど、またあの場所に戻ったかのような気分になる……。





 2台の馬車を指定された位置に固定する。

 車輪から馬車の本体まで紐でぐるぐると巻きつけ、箱馬車の方は傷がつかないように念入りに繋げられていた。

 馬具を解いた馬たちは厩舎きゅうしゃがあるらしく、そこへと連れていかれた。

 預け終わったのかゴドウィンさんは僕らに飲み水として水筒だけ渡すと、別れの挨拶を告げてさっさと貨物室から出ていった。


「ま、ちょっとの辛抱だ。後は到着するまでがんばんな?」


 最後の言葉が意味不明だ。

 なんだよ、それ。

 大体、お金持ちって言うんだからこれくらい払ってくれればいいのに。ゼフィリノス様は案外ケチだ。


「お前とルイを引き離すって意味合いもあるかもしれないな」


 なんてイルノートがくつくつ笑って茶化してきたけど、僕たち奴隷は荷物であり荷物番でもあるんだって。

 納得はできないけど文句なんて言える立場じゃない。

 今頃ルイがぴーぴー喚いてそう。そうだったらちょっと嬉しいな……なんて、さもしい願望を浮かべる。

 ルイのことだからおーおーとはしゃいで船旅を喜んでるかもしれない。


「ほら、さっさとこっちに来い」


 準備が終わるとイルノートは僕を呼んで幌馬車の中に入っていった。

 ちなみに箱馬車は体臭が残る可能性があるため、ゴドウィンさんが引いていた幌馬車にお邪魔させてもらう。

 何をするの? って出航で船が大きく揺れるから中にいた方が安全だとイルノートは言う……ここからは睡眠をとるそうだ。

 僕はまだ眠くない(……船の中を探索したかったから)って言おうとしたけど、外は危険だからって必ず入っていろと言われて渋々従うことにした。


 ゴドウィンさんが牽いていた馬車の中は僕らの幌馬車よりも荷物が多い。

 3人が使ったテントとか調理器具なんかもここにある。諸々物で溢れた車内で、なんとか人ひとりが寝れるような隙間にイルノートは横になった。海に浮かんでいるせいか、若干揺れる。


 窓もないから外も見えない。食事も到着するまで辛抱。到着してもご飯を食べる時間を与えられるとは思えないけどね。

 トイレは奥に個室があって、置いてある樽だか壺にらしい……本当に我慢できない時にだけ行けと言われた。

 ……ああ、なるほどね。

 多分、うん。すごいことになってそうだ。

 僕もすることもないからイルノートの横になって出発を待つ。

 場所がない分、彼とは密着してしまうが、拒絶されないからいいってことだよね。


 イルノートはもう目を閉じてる。

 寄り添うように横になったので彼との距離は近い。顔が近いので思わず凝視してしまう。

 あんな不衛生な場所に何年もいたのに、彼の肌は荒れひとつない。

 鼻も高い。眉も細いし、まつ毛も長い。小顔で引き締まっていて、さらに身体も細見で羨ましいほどの美人さんだ。嫉妬しそう。


(一体、何人の女を泣かせてきたんだろう。でも、イルノートなら許せそう……)


 まだ数日程度の間柄だけど、不愛想だけど優しいし、心配してくれるし。でも、意地悪な面も見る。

 あ、吐息がかかりそう。呼吸が聞こえる。


(うわ……さっきの抱っこといい、なんか僕どきどきしてる……)


 別に男性趣味はない。

 無いのに、頬が熱くなるのを感じた。


「……あ、動き出した」


 同性であるイルノートにドキドキしていると、波とは別に船が小刻みに揺れだした。出発の時間だろうか。


(う、なんだか思ったよりも揺れが酷くなっていく……)


 固定されてる車内の荷物が震え出す。

 崩れないか心配して、きょろきょろと荷物の様子を伺っていると不意にイルノートに抱き絞められた。そのまま引き寄せられて彼の胸に顔を預けるような姿勢になる。

 こつん、と彼の胸板に額が触れる。


「これからもっと揺れが激しくなる。この方が安定するだろう」

「あ、ありがとう……でも、ちょっと恥ずかしいよ」

「ん、ああ、そうか。気にするな」


 何がそうかなのかはわからないけど、気にします!

 うう、やっぱりいい匂いがする。彼の胸に包まれているとこの数日よりも強く甘い香りが鼻に届く。

 別に嫌な臭いじゃない。ルイみたいな優しい匂い。

 恥ずかしさをごまかすために僕はイルノートに悪戯目的で聞いてみることにした。


「ねえ、やっぱりイルノートって女の人?」

「は……はあああああっ!?」


 うわ、びっくりした。イルノートのこんな素っ頓狂な声初めて聞いた。


「ばっ、馬鹿なことをいうんじゃない!」

「え? え?」

「ほら、私の目を見ろ! どう見ても男だろうが!」


 言われて、じーっと目を合わせる。

 あ、ルイと同じ赤色の瞳だ。綺麗だな。なんだか瞳孔開いてるけど……。

 でも、目を合わせるって意味がわかんない。目を見たって男か女の区別なんてつかないのに。首を傾げるしかない。


「なんで動揺してるの?」

「動揺っ!? 何を言ってるんだ! 私がなぜ動揺する必要がある! なんなら確認してみるか!? お前と同じものが付いてるから!」

「え、ちょっと、いいって!」


 無理やりイルノートが僕の手を下へと引っ張る。自分のものに触れさせようとしてくる。

 そんな他人のものなんて好んで触りたくないよ! なのに僕の右手を強く引っ張って自分の下腹部へといざなう。僕の身体は片手でがっちりと彼に固定してるから腕だけ伸ばそうとするんだ。


「ちょ……やめ、て……!」

「いいから、ほら、触ってみろ! 大きさは違うかもしれんが同じものがな!」

「痛っ……痛いって!! やめてってイルノート!」

「あ……」


 そこで僕の悲鳴を聞いてかやっと力を弱めてくれた。

 痛くて思わず右腕の付け根を擦る。


「すまない……気が動転していたようだ。痛い思いをさせてしまったな……怖かっただろう。ましてや、お前はその……」


 そう謝罪と共に口ごもる。

 ん……ああ、男に襲われたことについてかな。でも、もう正直、そこまであれは気にしてない。いや、うん。思い出すと落ち込みはするよ。

 でもさ。

 多分、僕を傷つけた人間がもうこの世にはいないってことが大きいのかも。


「ううん、大丈夫だよ。でも、僕こそごめんね。イルノートがあまりにもかっこいい、っていうのかな。美人さんだったからさ、ちょっとからかっちゃえって思ったんだ」

「……私は男だ」

「うん、悪かった。本当にごめんね」

「いや……気にするな。お互いさまってことだ」

「うん」


 それからは僕も口を閉じてイルノートに抱き締められるままになった。

 そして、無言のままイルノートに抱きしめられていると、彼が言った通り進行方向から急な加速を身に受けた。イルノートに抱き締められてなかったら多分寝たままころころっと後転してたかもしれない。


(む、何これ。急速に移動してる。荷重が体にかかる。この世界の船ってこんな早いの?)

 

 今度は上から押しつぶされるような感覚が襲ってくる。


(むぅ……これ……以前どこかで感じたような。でも、うん。結構つらい。あれ、耳が変……。圧迫されてる。若干頭も痛い、かも……いや、痛い。え、これ大丈夫なの? 唾をのんで耳抜きを……耳抜きって、え? まるでそれは……)


 時間にしたら1、2分くらいで落ち着いたけど、きつい時間だった。


「大丈夫か?」


 そう言って、イルノートは力を抜いて僕の身を解放してくれる。

 もう起き上がれるほどには船は安定していた。


「何いまの……すごい早く移動したんだけど……船ってこんな早いの?」


 もちろん、この世界の船という意味でだ。


「この船は普通の船とは全然違う。嵐の中ならばまあ、こんな感じにはなるが、今のは浮上によるものだ」


 浮上?

 なんだそれ、って言葉としての意味ならわかっているけど、僕は首を傾げる。すると、イルノートは何かを思いついたかのように頬を緩ませた。


「ん、ああ。ははは、そうだな。今、この船は空を飛んでいるんだ」

「え、飛ぶ? 船なのに?」

「そうだ。船は船でもだ。この船は空を泳ぐ船なんだよ」


 ……はい?

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