第16話 僕は心から笑って答えた

 挨拶の最後に笑顔も忘れずに。

 そうだ。シーナさんのおっぱいを注視ししていたなんて思わせないほど、純粋無垢な子供らしさってやつを見せつけてやった……つもりなんだけどね。むむ。

 僕に向けられた大人たちの表情は歓迎するという言葉からは離れている気がする。


 まず、執事のトラスさんは何やら子難しそうに眉をひそめている。シーナさんは口をぽかんと開けて呆けてる。大男のゴドウィンさんは腕を組み不思議な顔をして首をかしげてる。

 ゼフィリノスはうんうんと頷いてるだけだけど……。


「シズクとやら、歳はいくつだったか?」


 大人たちを代表するかのようにトラスさんが聞いてきた。


「4歳です」

「4つか……ルイと同じ歳でその身のわきまえ方を知るか。なかなかに聡い子ではないか」


 え、どういうこと? と、首を傾げていると、シーナさんが困った顔をしてトラスさんの後に続く。


「ルイちゃんなんてよろしく、くらいにしか言わなかったのに……」


 え……そんな短いの?

 では、僕はどこでその自己紹介を聞いた? 思い出せ思い出せ――あ、そだ。

 年長さんのベニーが失礼のない挨拶の仕方をラゴンに教わっていたのを耳にしたせいだ。

 やられた。奴隷市場から出ていった時のベニーの歳ならまだ理解できる範囲かもしれない。


(まずいな……変に勘繰られなきゃいいけど……)


 こんな些細なことで聡い子ども(中身は20歳近いけど)だと思われるのは非常に困る。

 今後、どこで足を引っ張るようなことが起こるかもわからないんだ。出来れば、文字も読めない、計算も出来ない。

 ましてやお金を稼ぐなんて考えすら思いつかない子供らしい子供として見られなきゃいけなかったんだ。


「……それ、ベニーのやつのまねだよね」

「え、ああ、うん。そう。それ」


 なぜかむくれっ面のルイが割り込んできてくれた。何で怒っているかわからない(……嘘だけど)けど、助かった。

 突発的に出た自己紹介ではあったが、ルイの横槍もとい、助け舟でどうにか知人から引用したことを正直に話してみる。

 すると、他の大人たちはどうにか納得してもらえたらしく、なるほどと頷いてくれた。

 さらに最後の一押しで負けず嫌いなルイも立ち上がって、


「ルイっていいます。ゼフィリノスさまこのたびはシズクとともにかっていただきありがとうございます。まだわからないことばかりでおてをわずらわせるでしょうが、せいっぱいしょうじんします。またほかのかたがたもよろしくおねがいします」


 なんて言い直してくれた。ふふん、って得意げな顔をこちらに向けてくる。

 や、別に構わないけど。おかげで他の人たちの表情の硬さが和らいでいったし、うん、本当に助かった。


「ゼフィリノス様といい……流石に、出来のいい子がこんなごろごろといたら自分が子供産んだ時、我が子に自信が持てなくなりそう……」

「ガハハハッ、子供が欲しいならいつでも手伝ってやるよ」


 微笑みながら脇に挿した相棒に手をかけるシーナさん。冗談だと笑ってゴドウィンさんはシーナさんから若干距離を取った。


「しかし……人を殺めたと聞いていましたが、この様子では問題はなさそうですね」


 そう、トラスさんは頷いていた。ほか2人の大人も唸り声を上げて同意している。


(……ああ、そっか)


 やっぱり僕が人を殺したことは耳に入ってるんだね。当然か。


「まあ、では最後にシズクくん」


 と、なんとか挨拶も終わったところを見計らってか、ゼフィリノス様は布袋から一枚の皮紙を取り出して宙に掲げ始めた。

 なんだろう? ってまじまじと取り出された茶色い皮紙をぼーっと見つめていると、小さく咳払いしたゼフィリノス様が目を細めて睨みつけてくる。続けて、くいくい、って掲げた皮紙を小刻みに動かす。

 ああ、僕に取りに来いってことか。




『奴隷契約書』


 受け取った茶色の皮紙の始めはそんな言葉が、他の文字よりも大きめに書かれている。

 その下には小難しい言葉で書かれた10の項目と最後にゼフィリノス・グラフェインの名前と濃茶の指紋が押されていた。


「1番下に君の署名と血印を押すと僕との奴隷契約が完了する。ただの紙切れと思わないでください。その紙には魔力が籠っていて、契約が完了した瞬間からその紙に書かれている制約が強制的に君を縛ります」 

「魔力(が)?」

「はい。魔力……魔法だ。この世界に存在するものには多少なりとも魔力を帯びている!」


 と、急にゼフィリノス様は立ち上がって魔法について説明を始める。いきなり立ち上がったものだから、隣にいたルイもびっくりしている。

 でも……その話は以前ラゴンから聞いたものと全くと言っていいほど同じだ。多分僕が魔法について知らなかったと思われちゃったんだろうな。

 う、結構身振り手振り使ってノリノリに話しちゃってる。シーナさんやゴドウィンさん、執事さんまでまるで我が子を見守るように微笑んで彼の説明を見てるし。ただ、ここで割ってその話知ってますなんて言ったら反感を買いそうだ。

 素直に最後まで聞こ――


「ねえ、そのはなししってるよ」

「……っ!?」


 ――と、ルイのその一声に静寂が訪れた。


 え、ちょ、ちょっとルイさん! ご主人様指一本立てて固まってる!! 周りの大人たちも固まってるし!

 ルイ! そこは知ってても黙って――


「ね、シズク?」

「え!?」


 や、やめて! こっちに話振らないで! そんななんで焦ってるのって顔しないで! 空気読んで空気って4歳児に期待しても無理! そんな技術持ってたらあの場所でももっとうまく立ち回れたしね! ああ、もう、そんな正直なルイも好きだけどさ!


「……なんだ知ってたのか。なら、わざわざ煩わせないでよ」


 まだ10もいってないだろう少年からの湧きたつ怒りを感じる。

 まずい。まずいぞ。出来れば波風立てずに穏便に済ませたかったのに。

 くそ、なんでこんな子供の顔色を窺ってるんだ。一応年上だからか。いや、ご主人様だからか。そりゃそうだ!


「……すみません。魔力が籠っているっていうのがよくわからなくて。この紙はそんなにすごいものなんですか?」

「……ふ、ふふん、なるほどなるほど。を見たことがなかったんですね。そうかそうか」


 あれ、機嫌よくなった? こんなのでいいの?

 愛想笑いを浮かべて周囲を見渡すと、ああ、周りの大人たちもほっと胸を撫で下ろしている。これでよかったらしい。

 なら、と僕はうんうんと大袈裟に頷いて見せる。


「は、はい! ずっと外の世界を知らずに育ったので。そういったものは見たことがないんです。ね、ルイ」

「あ、うん。そとのせかいってすごいことばっかり。ぼくもまどうぐ? っていうのよくわかんなかった」


 おまけにルイを出汁に使えば、先ほどまでのゼフィリノス様のご立腹はなんとか落ち着いてくれたらしい。

 納得顔でうんうんと頷いてる。

 よかった。まだ僕は落ちてない。


「では、説明してやろう。この世界には――」


 と、彼の話を聞く分にはどうやらこの世界には魔力を込めた魔道具というものが存在するらしく、直接媒体に魔法をかけたものと、コアと呼ばれる魔石を埋め込んだり混ぜたりして出来たものを魔道具と呼ぶみたい。

 本来は魔法を使うことができないとある魔族が作り上げたもので、それが他種族である人間の手に渡り、研究の末に広まって今ではかなりの数が出回ってる。

 結構日常品にも多いらしいが、値は張るみたいだけどね。


 というわけで、この皮紙にも魔力がかかってるらしくて、購入者の名前と奴隷の名前を書くと魔力で結び付け制約で縛るという。

 またこの皮紙は僕らがいた奴隷市場で発行しているものだそうだ。市場ごとに発行している契約書の制約内容は違う。


 更にうちの奴隷市場が奴隷から人気なのは客層が名のある貴族というだけでなく、この契約書の制約内容もあったからだとこの時になって知った。

 ひどいところだと『お前はずっと一生買主の命令を聞かなければならない。逃亡も反抗も許さんぞ』的なことだけが書いてあるところもあるらしい。

 制約に従わないと身動きが取れないほどの苦痛が奴隷を襲うそうだ。


「シズクくんも文字は読めますか?」

「……はい、読めます」


 文字が読めない馬鹿だと思われた方がよかったんだけど、ルイのことだから読めるって素直に言ったはずだ。僕もって言ってたし。

 ここで僕が読めないなんて言ったらルイが読めるよ! と正直に答えるだろうしね。わざわざ嫌われる行動をとる必要もない。


「では、僕の奴隷になりたかったらそこに名前と血印を押してください。まあ、なりたくなかったら……このまま帰ってもらうだけだけどね」

「あはは……」


 うん、それはない。

 帰ってもらいたいみたいだけど、それはない。

 ルイが心配そうにこっち見てるし、このままルイと離れ離れになるの嫌だ。それにルイをこいつ……いや、ゼフィリノス様の(妾、かはまだわからないけど……)ものになるなんて嫌だ。

 僕の目が黒いうちはルイを他の男になんて渡すものか。あと、そのルイの耳はぼくのだ。2人っきりになったらお前が触ったことすらルイが忘れるくらいにぎにぎしてやる。

 早速、その契約書に目を通す。


【奴隷契約10か条】


1.奴隷は主人の命令に可能な限り従わなければならない。

2.奴隷は主人に対して手を上げてはいけない。

3.主人は奴隷に寝床と食事を用意しなければならない。

4.奴隷が問題を起こした場合、その責任は例外を除き主人が負う。

5.奴隷の契約は奴隷本人の前であればいつでも解約できる。

6.奴隷の逃亡・消息不明等、不在時は1年後でなければ解約できない。

7.解約された奴隷は主人の許しがない限り、主人に近づいてはならない。

8.所有奴隷が犯罪、行方不明、逃亡等で処罰された場合、主人は文句は言えない。

9.5年以内は購入金額の同額か2倍までの支払いに応じれば、全制約は購入者へと移る。

10、奴隷は自分の購入時の金額を支払うことでこの契約の全てから解放される。


 簡単に言うとそんな感じだ。ただ、色々と省いたところがある。


 1で可能な限りって言ったのは安直に、空を飛べって言われても飛べないってくらいの無茶ぶりを要求された時とかね。自傷行為も出来ない部類に含まれるみたい。ただし、自分でできると思ったことはやらないと駄目だ。

 3と4それと8なんて実際主人には何の強制力もない。建前でしかなさそうだ。

 また、解約と解放の違いもある。解約って言うけど本当のところは解かれてない。2や7に繋がってくるんだ。解約した途端に襲われたらたまったもんじゃないからね。でも、そこで10が絡んでくるけど、そこは奴隷としての最後の要みたい。

 お金を払えば全て解決できるという希望。

 主人側としても何かあった時に全ての権限を放棄したいこともあるだろうしね。わざとお金を渡して解放させる人もいそうだね。

 9は主人と購入者、両者の同意がないと駄目。5年後は同額、もしくはそれ以下なら好きな値段にしていいとも書いてあった。


 こういう契約書っていうのは名前を書くどころか手に持つのも初めてだ。

 よく聞くよね。契約書はちゃんと目を通してじっくりと時間をかけて考えてから書きなさいって。

 でもさ。僕はそんな迷える立場じゃない。


(全てはルイのためルイのためルイのため……)


 すぐさま名前を書き、指を噛み千切りぐっと力を込めて印を押した。

 すると、押した指から電流が走ったみたいに僕の身体に何かが入り込んできた。

 これにはちょっとびっくりした。

 魔法を使うとき、魔力を放出するのとは違って魔力が逆流してくる感じ。これが魔力による契約なんだろうか。


「ふーん。まあ、これにて契約完了だ。よろしく頼むよ、

「はい、ゼフィリノス様」


 深々と頭を下げた。もうくん付けで呼ばれることもない。

 こうして僕はゼフィリノス様の奴隷になったんだ。





 その後は見計らったかのように現れたイルノートが食事を運んできてくれた。

 どこにいたんだと思っていたら彼が食事当番だったみたい。鍋を片手に皆にスープをよそっていく。

 これが外で食べる初めての食事だった。


「お、美味しい……!」


 干し肉と野菜を煮込んだスープ。固いけど保存の効くパン。さらに塩をまぶした川魚。

 あの場所で食べたのはべちゃべちゃの水多めの粥っぽいものや、痛んで食べれそうにない野菜や男奴隷たちのために作ったものの残りかすのぼろぼろのくず肉とか。

 調味料なんてほとんどなかったから、自然のままの味……質素を極めた食事とは格段に違くて、食べる手が止まるほどの美味しさだった!


 パンは最初硬くて食べにくかったけど、がつがつと噛みしめた。

 更に他の人たちがスープに付けてふやかしているのを真似したら、これがもう味覚に飢えた舌が踊り出しそうになるほどだ。

 僕とルイは美味しい美味しいって食べてたけど、他の人たちは普通そうだ。


 美味しすぎておかわりをしたかったけど、うん……そんなことできるはずもない。ルイはあまりの食欲っぷりに見かねてゼフィリノス様からパンと魚を分けてもらっていたくらいだ。くう、羨ましい。


 食後、湖で使った調理器具や食器を洗うことになり、僕がひとりで赴くことになった。

 これが初めての奴隷としての命令だったけど、あんな美味しい食事の後なら快く引き受けれる。

 人間――僕は魔族だけどやっぱり美味しいものには弱いんだよね。


 ルンルン気分で食器を洗い終わって皆のところに戻ってくるとテントが1張り建っていた。ゼフィリノス様の寝室だそうだ。

 ……どうやらゼフィリノス様だけじゃなくてルイもその場所で寝るらしい。

 シーナさんも護衛を兼ねて一緒だそうだ。僕らは馬車の中だ!


「今日は寝かせないぞ」

「ゼフィリノス様。そういうことはもっと身長が伸びてから仰いなさい」


 ゼフィリノス様がシーナさんの腰を抱いて……いや、腰に抱きついてテントに入っていった。これが、子供の、特権、か! いやはや、あんな小さいころから嘆かわしい。実にうらや……嘆かわしい!

 2人がテントの中に消えていったのを確認して僕もイルノートに続いて馬車の中に入った。僕はまだ手足を伸ばせるけど、イルノートなんて窮屈そうだよね。って、あれ?

 気が付けばルイが後ろに。なんだかもじもじしているけどどうしたんだろう。


「ぼくもいっしょにシズクとねてあげようか?」

「……ルイ」


 うん、僕も一緒にルイと寝たい。

 でもね。


「機嫌を損ねてゼフィリノス様が僕らを買うことをやめた、とか言い出したら困るでしょ? 2人一緒に買ってくれる人なんてそういないんだからね。我慢しなさい」


 やめるなんてことありえないけどね。もう契約も結んだし。さらにルイに限ってはね。ルイに限っては!

 実のところ、我慢しなさいは僕自身への言葉だったりもする。

 それに契約の1がかかってくるから、ここで僕と一緒に寝たら多分ルイには罰が来るはずなんだ。苦しむルイの姿は見たくない。


「むぅ! シズクのくせになまいきだよ! ぼ、ぼくはシズクがひとりぼっちでさびしいかなっておもっただけだし! いいもん! シズクなんてしらない!」


 そう怒らせてルイをテントへと向かわせる。

 ……彼女がテントの中まで入るのを見送る。複雑な心境。今はもうテントの中は3人だ。

 シーナさんもいるし大丈夫だと思うけど、内心はどきどきだ。


(く……抱きしめるまでは許そう。だが、それ以上は許さん!)


 もしも、それ以上のことに及んでいたらこの一帯は火の海に代えてしまうかもしれない。湖の水すら干からびさせてやる。あ、契約で直接攻撃することはできないだった。

 くそぅ、じゃあどうやって息の根を止めてやろうか!


(いやいや、頭を冷やせ。まだ5つにもなってない子供をどうこうするなんてないでしょう)


 イルノートは妾だ何だって言ったって彼はまだ7か8くらいの子供じゃないか。僕も子供だけど。まだ子供も子供よルイは。そんな小さい子に手を出すなんて……。

 あの管理人が異質だっただけで、この世界の人はまともだということを願っておく。


「顔がさっきからコロコロと変わっているぞ。……安心しろ。この2日見ていたが何もない」

「ベ、別に何も心配してませんよ? な、何をまだまだ子供ですし!」


 横になっているイルノートがくつくつと小さく声を出して笑っていた。

 彼の顔は暗くて見えないけど、こんな反応をするんだってちょっと親近感が湧いた。

 いやいや、ほらまだゼフィリノス様は毛も生えてないでしょうし? 何を心配するというんですか。

 そんなことは口にできないから、さっさと僕もイルノートの横に並んで目を閉じた。





 風の音が聞こえる。

 暗幕は閉めているけど、時折隙間から風が吹き込んできた。

 寒くはない。気候のおかげでもあったけどラゴンが用意してくれたマントもあった。マントって昔は正義のヒーローのトレードマークとしか思ってなかったけど、今はこうして防寒具としてちゃんとその機能を果たしている。

 風の音を聴きながら、ふと、花のような甘い香りがした。すんすん、と鼻を鳴らして出所を探してみる。イルノートからかな?


「イルノートって甘い香りがする」

「……料理に使った香料か何かだろ」

「そうなんだ。でも、いいにおい……なんだか女の人っぽいね」

「…………何を言ってるんだ。怒るぞ?」

「ですよね。すみません」


 女性って言われるの嫌なのかな。妙に怒気の籠った声で注意される。

 美形だから女性と間違えられること気にしてるのかも。昔何かあったのかもね。


 ……それにしても。


(……なんだか目覚めてから僕、すごい興奮してる)


 やっぱり外に出れたのが大きいのかな。

 自分でもわかるくらい気持ちが昂っている。今もまったくと眠くならない。3日眠りっぱなしだったこともあるんだろうか。

 まあ、後ろでぼけっと風景を楽しんでいた僕と違って1日中馬車を操っていたイルノートには悪いか。

 これ以上は話すのはやめと――


「……なあ」

「ん?」


 やめとこうって思ったところでイルノートから話しかけられた。 


「なんとも、無いか?」

「……? 別に、普段通りだけど?」

「普段通り……か」


 まあ、かなりテンションが高いから、普段通りって訳じゃないけど。

 至って普通、あんな美味しい食事を口にしたんだから前以上に調子がいいまである。


「なんで? 僕、どこか体調悪そうに見える?」


 すると、イルノートは首でも振ったのか、小さく身じろいで見せた。

 夜の闇はイルノートと同化している。


「いや……あんなことがあったばかりだ。もしかしたら気を病んでしまったかもと心配していたが、杞憂だったようだな」

「あんなこと、ね」


 ははは、って笑っておく。


「心配かけちゃったんだね。ごめんね、イルノート」


 そしたら、気にするな、ってさ。


「……なあ」


 だけど、彼は間を開けてもうひとつ聞いてきた。

  

「お前は……まだ子供だ。なのに……人を、あの男を殺して……辛くはないか?」

「うーん……」


 隣に寝ているイルノートは暗くてよく見えないけど僕へと顔を向けていることはわかった。

 僕はちょっと首を傾げて……考える。

 

(あの管理人を殺して……辛い……?)


 考えるまでもない。

 僕は頭の先に出た本音を素直に吐いた。


「――


 暗くてイルノートには見えていないはずけど、僕はにっこりと笑ってみせた。

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