第14話 その小さな世界の外
「……ん、あ……?」
重い瞼を薄く開け、ぼんやりと霞む視線に映った天井はやけに低く見えた。見慣れた天井ではない。ここはどこ?
がくんがくん、と先ほどの夢同様に視線が揺れる。心地よかった列車のものとは違い不安定で雑な振動だ。おまけにこの状況で寝転がされていたためか、体のあちこちが痛い。
腕を摩りながら身を起こし、目覚めたばかりの頭で周囲を見渡す。
いくつかの木箱と雑に積まれた小樽があるだけの、大人一人立ち上がれば頭が付いてしまいそうな小さな部屋だ……独房ってやつだろうか。
それにさっきから断続的に続く揺れは一体なんだろう。地震って訳でもないし。
前後にかかる暗幕が、部屋の中を揺らす振動に合わせてちらほらと室内に光を運んでいる。
「……」
これが罰かと薄暗い部屋で思う。
僕は人を殺した。
その代償がこの場所なのだろう。独房に入って処分を待つ身分ということなのだろうか。
多分、僕はこの場所を去ることになるはずだ。以前犯人とされて飛ばされた男のように別の売り場へと移送されるか。それとも、この世から去る、か。
この世界での殺人罪はどれだけ重いか僕は知らない。
でも、本心から思う。今の僕は罪を犯しても悔いはなかった。
ルイを穢されずに済んだ。ルイを守ることができた。それでいい。
ただ、心残りがあるとしたらルイを一人にさせてしまうことだけだ。
願わくば、良き主人に買われることを心から祈って……ん……祈って……うーん。
「えーっと……人を買うような人が……良い人……ねえ?」
いやいや、悪い人と決めつけるのはよくない。
この世界では人を雇うのが人身売買という形なのかもしれない。優秀な人材を求めて購入し、健康管理に人権を尊重した職場が待っているかも……いや、以前、奴隷に料理をさせるよりも料理人を雇うとかなんたらって話を聞いたっけ。
後は……そう、なかなか子供ができない夫婦が里親として買ってくれることだって…………うーん。
……不安になってきた。
だって、奴隷だもん。
だめだ。
以前の記憶で奴隷っていうと鞭で叩かれながら神殿造りに勤しむイメージしかない。不衛生で劣悪な環境で神殿完成後は魔物たちに食べられちゃうような……。
そこから逃げるには仲間と一緒に大樽に入って海に流されるしかない。
ルイ逃げて! 流れ着いた教会で助けてもらって!
あ、でも、ルイには仲間って呼べるほどの知り合いはいないしな……そこはイルノートに頑張ってもらおう。うん……だめだ。混乱してきた。
わんわん泣いてないかな。ご飯ちゃんと食べれるかな。
ひとりでも寝れるかな。怖い夢を見た時なんて手をつないであげないと寝られないんだ。
これから一人で大丈夫かな、ルイ……。
「ルイぃ……」
情けない声が出た。
「起きて早々ルイの名前を呼ぶか。まったく……似た者同士だな」
「えっ!?」
突然かけられた人の声の方へと顔を向けると、ぱさり、と暗幕がひるがえった。
「痛っ!」
目に何かが入ってきて、ぎゅっと目を瞑り手で擦る。……いや、何も入ってない。とても強い光が目に差し込んできたんだ。
今も僕の身体全体を照らして、蝋に灯った火とも違う、仄かな温かみを全身で感じ取る……これは、太陽の光!?
「たいよう……?」
響くような痛みは僕の目にはない。今だけはルイのことも忘れて、外から洩れる陽の光に心を奪われ、そして、駆けだした。
外にいたイルノートにも気が付かないまま、光刺すその先へと体は前へ。
光へ。光へ。光を求めて身を焦がされることも厭わない夜の虫のように光へ。
光へ。
暗幕の上がった先は眩しくてよく見えないけど、外へと繋がる入口の手前に段差があったので、それを足場に強く踏み込み、飛び出した――ところで、ぐっと首根っこを掴まれた。
「おわっ!?」
「馬鹿者。死にたいのか」
衣服の首周りで吊るされて僕はぷらぷらと宙に揺れ、視線の先にはとても大きな馬の後ろ脚が見えた。以前の記憶よりも一回りも大きな馬の後ろ脚だ。目の前で規則的に前後する馬の脚は今の僕の身体3つ分は優にある。
馬は馬具に繋がれ、今僕が出た小部屋……幌馬車を牽引していた。僕が飛び出した先は、そんな巨大馬と馬車の隙間なのだ。
大人ならどうにか手足を引っかけて落下から免れたかもしれないけど、僕の今のサイズだと……運が悪いと馬に蹴られるか車輪に轢き潰されていたかもしれない。
「あ、ありがとう……イルノート」
「驚かせるな。ここに座っていろ」
ぷらぷらと揺れる僕を引き起こし、そのまま自分の隣に僕を座らせる。
馬車が前に進むたび、ごつごつとお尻を叩きつけてくるので座り心地は最悪だった。
「ごめんね。外の光に夢中になった」
「……ああ、そうか。お前は初めてだったな。命あるもの光には惹かれる。これが、外の世界だ」
イルノートに言われて周りを見渡す。
僕らを乗せた馬車は今、長い一本道の上を走っていた。
よく人や馬車が往来するのか、坊主頭をカミソリで前から後ろまで一気に剃ったような薄茶の道路は地平の先まで続いている。
その一本道のわきは僕の足首くらいまで伸びた緑の絨毯がどこまでも敷かれている。野生の動物でもいるのか、あちらこちらで無数に動きを見せた。
そして、そのだだっ広い草原の先は高い山脈が壁みたいに続いていた。
空を見上げた。
太陽が顔を見せる。白い大きな雲がいくつか漂う。
きーきー、と鳥らしきものが飛んでいて鳴いた。この世界の生物なのだろう。
この世界でも、空も太陽も全てが僕の知る色なんだ。
「これが外、世界……太陽が眩しい……」
変わらない世界がそこにはあった。
あの狭い場所では見られなかった先の世界がそこにはあった。
待ち望んだ光景に、感嘆のあまり溜息だってあげてしまう。
「あまり長く見るな。目をやられるぞ。お前たちはずっと暗闇の世界にいたんだ。太陽も慣れないうちはあまり浴びないほうがいい。もう少ししたら後ろに戻れ」
「うん……わかった」
でも、もう少しくらいいいよね。
魔法じゃない、自然の風が僕の頬をくすぐる。ちょっと冷たいけど嫌じゃない。風ってこんなにも気持ちいいものだったんだ。
そうそう、今僕の恰好は前に着ていたボロじゃないんだ。
膝下まである藍色の半ズボンに黒い作務衣っぽい服を着て、その上にフードのついた栗色のマントを羽織っている。
気を失う前まではずっと素足だったのに、今では黒の皮ブーツを履いていて、なんだか足の裏がくすぐったい。
これも先に出ていった皆と同じく、ラゴンが用意してくれたものみたい。
イルノートも僕のと似た茶色のマントに頭をフードですっぽりと覆っている。中は何を着ているかわからなかったけどマントから覗く手足からは黒い袖が見えた。
イルノートなら何を着ても似合いそうだ。だって、幌馬車を繰ってるだけなのに、イルノートはとてもカッコいいんだから。
彼は姿勢を正して手綱を握り、足場にがっちりと足を乗せているけど、僕の足は見っともなくへろへろと馬車の揺れに合わせて動いてしまう。
◎
僕とイルノートが乗る幌馬車の前方に2台の馬車が走っていた。
先頭を走る馬車は僕らと同じ幌馬車で、その後ろを走る馬車は人を乗せるための箱馬車だ。
「あ、前から馬車が来た」
イルノートは前の2台に倣って右側へと馬を移動させる。2台を通り越し、すれ違った馬車に乗るおじさんがそっと会釈をした。僕は軽く手を振ったけど、イルノートは目深く被ったフードの奥で、前を向き続けていた。
雨にでも抉られたのか、たまにデコボコ道になってて、そこに車輪が嵌るとぼこって更に強くお尻を叩きつける。痛いし、舌を噛みそうになって驚く。
イルノートはまったく表情を崩さない。実は痛いんじゃないの? 強がるイルノートに座布団をあげたい。
と、車体が弾むたび、僕の足元からちゃらんと金物が当たる落とした。
首にはラゴンからもらったペンダントが垂れ下がっていたけど、足元を見ると銀色のリングが1つだけになっていた。
「あれ? リングが1つなくなっている」
「いや、正確には2つだ。それはルイが昨晩お前に付けていた」
「どういうこと? なんでないの?」
「さあな。考えられるのは放出した魔力に魔力抑止の腕輪が耐え切れなかったくらいだが……」
そういえば、あの時足元で何かが割れる音が聞こえた。
これだったんだ。ちょっとラゴンに申し訳ない。そして、ルイにも。
でも、放出した魔力に耐えられなかったじゃあ、あれは……?
僕は頭に浮かんだ疑問をイルノートに聞いてみることにした。
「ねえ、僕が使った魔法って何だったんだろう」
「……どういうものか覚えているか?」
「えぇっと……」
僕はあの時のことを言葉にしながら思い出して伝える。
自分の中に生まれた意志に従って男に飛びかかり、そのまま右手を突き出したこと。凄まじい昂揚感となんでもできるという全能感に満たされていたこと。終わった後に右手を見たら真っ黒な籠手みたいなものに覆われていたこと。その後、突き刺した男のお腹が燃え上り、直ぐに火だるまになってしまったこと。最後に急激な眠気が襲ってきたところまで。
前を向いたままだったが、イルノートはもしやと呟く。
「……それは、闇魔法だろうか?」
「闇魔法? 僕、教えてもらってないよ」
「……それも知らん。だが、ラゴンからも言われていると思うが、半端な実力で闇魔法を扱うと使用者に反動が襲ってくる。今回の眠りもその一つだろう」
ふーん、闇魔法を使うと眠くなっちゃうのか。
「いや、まだそれはまだ序の口だろう。未熟なものが闇魔法を行使した時、腕や足が動かなくなったり、目が見えなくなったという。廃人になったものもいる」
「へえ、そうなんだ。そんな大変なものだったんだね。じゃあ、なんで闇魔法が使えたんだろう」
「お前が殺意に溺れるほどあの男に憎悪を抱いたからだろう。魔法は怒りに身を任せるほど威力が上がるという話はラゴンから聞いたか。あれは闇魔法を無意識に使用魔法に混ぜてしまっているためだ。全てがそうだとは言わないが、闇魔法は人の心に強く反応する。だから、もっと心身ともに上達してからでないと身を亡ぼす結果になるだろう」
また、闇魔法の使用中は随分と心が荒れるみたい。
冷静さを欠いて自身にも及ぶほどの魔法の被害を出したって話をラゴンから聞いていたしね。
じゃあ、あれって闇魔法が働いたせいなんだ。
「そんな状況に陥って無理だとは思うが、できるだけ心を保てるようにしておけ。でなければ、守りたかったものすらその牙にかけてしまうことになる」
「ん、わかった。ありがとうイルノート」
「気にするな」
闇魔法ね。
……口止めはされたけど、早いうちに覚えておきたい。
あの時の高ぶりは凄かった。全てを敵にしても勝てる気がした。
心から渇望した力だ。それだけの力があれにはあった。
あの力があれば誰にも邪魔されないで生きていける。そう確信できるほどに。
でも、今は我慢。一度は手に触れることができたんだ。
いつもみたいな疑惑はない。見えたものもあるし、後は信じてもう一度あの力を手に出来るよう、もっと精進しないとね。
「……」
「どうした?」
「なんでもない」
ついついイルノートを見つめてしまう。
今まで関わりがなかったから知らなかったけど、イルノートがこんなにも長く話すのを初めて見た。寡黙ってイメージがあったからちょっと意外。
話をしていたら早速目がしばしばしてきた。頭の奥に軽い鈍痛が迫る。この辺が限界か。身体が太陽に慣れるまで、これくらいしか外に出れないのかな。
「イルノート、後ろに行くね」
「ああ、揺れるから立ち上がるときは気を付けろ」
返事をして車内へと戻る。
中では四つん這いになって後方へ。反対側の暗幕を開け、日陰の中で外の景色を再度楽しむ。
置き去りにされる世界は次第に大きく広がっていく。
先ほどすれ違った馬車はまだ見える。屋根がないから積荷は丸見えだ。先ほどは積み荷に隠れていたのか、2人ほど後ろに乗っていることに気が付いた。フードを被ってるからよく見えないけどがっちりとした体格のいい男みたいだ。
日は高い。晴天。雨の降る気配はない。
でも……僕の頭の中はどんよりと曇りがちになっていく。さっきまであんなにはしゃいでいたって言うのに。今ではもう雨も降りそうだ。
だってね……。
「ねえ、イルノート。僕はこれからどこに売られに行くの?」
僕がここにいる理由が思いつかないんだもん。
イルノートが運び屋なのかな。前を走る馬車はご主人様が乗っているのかも。
別の奴隷市場か……はたまた違う場所か。
今度はもっと奴隷の人たちと交流を持つようにしよう。もう、一人は嫌かな……。
「ん……ああ、すまない。言うのが遅れてしまった。意識を失っている間にお前は売られてしまった」
「……売られた!?」
え……? 売られた? 僕が? 移動じゃなくて?
こんな僕を買う人がいるの?
「どういうこと? だって僕あの日――」
「言わなくてもいい。お前のことは皆が知っている。売買が行われたのは翌日のことだ」
イルノートは僕が気を失った後のことを簡単に教えてくれた。
偶然にもルイを買いに来た人間が事件の後に来て、僕ら2人も一緒に買っていった、とのことだ。
ルイも一緒なんだ。ほっと息をつく。
あ、なんでも、ルイは休憩や野営をするときは僕を心配して様子を見てくれたそうだ。ルイはやっぱり僕がいないと駄目だよね。
じゃあ、ルイはどこって、ルイは今僕らの目の前を走る箱馬車に乗っているそうだ。
高そうな馬車だ。あちらこちらに鉄材を使っていて、白塗りの外装に金縁の装飾も付いている。それに比べて僕らのは必要最低限のところ以外は木肌をそのまま晒した木造のものだ。幌もよおく見ると今まで着ていたボロ服みたいなほつれが目立つ。雨漏りの心配なさそうだけど、まったくもって違う。
(あそこに僕たちを買ったご主人様がいるのか。どんなやつだろう……)
さてさて、僕とイルノートは奴隷として購入されたらしいが、信じられないことに僕ら2人で4リット金貨だそうな。
随分と値下げしたなぁ、と思ったら、そこはまた話が一つあるらしい。
「私が自分で金を出したんだ」
「というと?」
「私の本来の価格は20リット金貨。そのうちの19リット金貨と50リット銀貨を自分の懐から出した。更にお前の元々の価格8リット金貨から4リット金貨と50リット銀貨分も私が出した。だから、私たち2人を4リット金貨で購入させたんだ」
イルノートが自分で出したという資金は奴隷市場に入る前から彼が持っていたものだそうだ。お金があるのに奴隷ってどういうこと? って思ったけど、その時の僕は聞けず仕舞いで話は続く。
そのお客さんは僕らを買うことにいい顔をしなかったけど、ルイのためだと渋々と購入を決めたとそうだ。
ご主人様もあまり納得はしてなかったみたいだけど、人殺しをして処分をどうするかって悩んでいたらしく、売るにしても価値の下がったはずの僕をそのままに回収できたからよしとした……。
イルノートは淡々と説明してくれた。
ちなみに、この馬車はイルノートが買ったものだそうだ。僕らの購入者は前2つの馬車だけで、どこに僕らを乗せるかってそこにも一悶着あったらしくて面倒臭く思ったイルノートは何も言わずに馬車を購入したみたい。
「そうなんだ。僕が寝ている間にいろいろとあったんだねえ。……なんだか結構長く寝てたみたいだけど、僕どれくらい寝てたの?」
「3日だ。この馬車が出発して2日目でもある」
「3日も……」
ついさっきのようにしか思えない。
長くても1日くらいだと思ってたのに3日ってすごいね。僕そんな長く寝たの初めてかも。
ただ……うーん、自分が寝ている間にいろんなことが起きてて色々なことが決まってるなんて、なんだか気持ち悪い。
まだまだ僕の心の中は晴れが見えない。
「はあ……で、これから僕は奴隷生活を行っていくんだね」
「奴隷もそう悪いものではないだろう。お前が従順に従い、仕えているうちは食事も寝床も用意される。気の持ちようだ」
「そんなものなの?」
「では、どんなものだと思っていたんだ?」
イルノートに僕が奴隷に持つイメージを伝えてみた……ふっ、って鼻で笑われる。
奴隷を酷使する買主は極稀だそうだ。むしろ、奴隷は家具に近いと言われた。
確かにそうだ。高い金を出して購入した家具を壊す人間もそういない。やる人はやるけどね。
そして、度々聞いていたが、僕らがいたあの奴隷市場は他の奴隷市場よりも質がいいらしい。奴隷の値は他の場所より張るが、売るお客さんは厳選していたそうだ。
基本的に一見さんお断り。誰かしらの紹介、もしくは、名のある貴族か騎士、はたまたそれと同等の位持ちじゃないと入館を断られるみたい。
それにしても、ギラギラと欲望にまみれた目をした人が多かったような気がするけどね。
「私たちの購入者はグラフェインという有数の銘家。周りの目を気にして奴隷も恥ずかしくない生活を送らせるはずだ。普通の平民よりもいい暮らしができるんじゃないか」
ただし、と付け加える。
「女の奴隷は別だ。妾としての意味合いも含むこともある。まだ先に話した通り、我々を購入した人間はまだ子供だ。しかし、彼の目は子供のそれと違い大人のものと近い……いや、同じだ。ルイは妾に近いものとして買われただろう」
「……妾? 妾っていや、言葉はわかる。わかるけど……」
嫌な予感がする。
「ふん、この世ではよくある話さ。大っぴらに色町に行くことができない立場の人間がすること。こそこそと周りの目を気にして足を運ぶよりも安全さ。ましてや、ルイは…………美しくなる」
「何、いまの間は?」
「何でもない。気にするな。……幼いお前にはまだこういう話はわからないかもしれないが、いつの日かお前もルイを求めたいと強く願い焦がれる日が来るだろう」
「しな――……」
しないよ! ……とは心の底から言えなかった。
僕はルイに欲情した事実がある。
今は全くそのような気は起らない。本人に今ここであってもそんな気にはなれない。これは本心から言える。
まだ幼いルイだよ。あんな赤ん坊が育ったくらいの大きさの子だ。男と女の部分以外では、僕の身体とまったくと一緒じゃないか。
でも、そう。
ルイを自分だけのものにしたいって言う醜い独占欲は今も胸の奥で疼くんだ。
こんなこと絶対に間違っていると思うのに、彼女のことを欲しいって思っている自分がいる。
今でも傍らにいてほしいって僕の心のどこかで囀る。隣にいてほしい。触れたい。抱きしめたい。隣でこの青い景色を一緒に見てほしい。隣で一緒に笑いたい。
でも、それが他の人間に渡ったら……外の景色がぼやけそうになる。慌てて目をきつく瞑った。
「お前がこの先、ルイの幸せを願うなら、お前は笑ってルイをその男のもとへと渡してやることだ。家のためにルイではない正妻を迎えることにはなるが、それすらも笑って励ましてやれ」
「そんなこと……我慢できないよ」
出来るはずない。ルイは今僕が生きてることの最大の理由でもある。ルイを見守るのは僕の役目だ。誰にも渡したくない……のが本音だったりする。
「だろうな。だから……まず、お前がこれからすることを教えるとする」
「何……僕は何をすればいいの?」
「なあに、簡単だ――」
そうしてイルノートは僕がすべきことを教えてくれた。
イルノートの簡単だということ――それがどれだけ大変なのか僕にはわからない。前の世界では部活に精を出してたからそっち方面は一度もやったことはなかった。
でも、僕はその簡単で大変なことをする。
決心はついている。イルノート、僕は何でもやるよ。目標は僕とルイの2人分だ。
……イルノートの分は自分でやってもらおう。
「よしっ!」
気合を入れる。
僕がやるべきことは見つかった。頑張るしかない! う……でも、どうやってやるんだろう。
一抹の不安を覚えながら馬車は前へ進んでいく。
――シズク、お前は金を稼げ。
前を向くイルノートはそう僕に告げた。
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