第9話 新しい管理人
《そっか、そんなことがあったんだ……ルイ、大変だったね》
ぼくはここ数日連絡をしていなかったレティに
《テトもいなくなって、ラゴンはしんじゃった。さびしくてかなしかったけど、いまはちょっとだけへっちゃら……ラゴンはね。ぼくたちにさいごまでいろんなことをおしえてくれたんだ》
《いい人に出会えたね。うらやましいわ。わたしも一度ラゴンさんに会ってみたかったな》
《でも、ラゴンむかしはけっこういろいろとひどいことしてたみたい》
《俺も昔は悪かった、みたいな?》
《ん、そういうこと?》
たまにレティはわからないことを言う。
レティの住んでいる方の言い回しなのかな。
《ははは、ごめん。なんでもない。あ、笑い話じゃないのにね。ごめんね》
《いいの。ラゴンだってわらってくれたほうがいいとおもう。ぼくはちょっとまだつらいけどね》
《……ルイ、たった数日会話しなかっただけで別人みたい》
《えへへ、ぼくはつよくならないといけないからね!》
そうさ。ぼくがシズクを守ってあげなきゃいけないんだ。
これから魔法だってもっと上手になるなきゃいけないんだから。
でも、どうしよう。ぼくはこれから魔法をどうやって学んでいけばいいんだろう。
ちょっと思いつかないけど、なんとかなるかな……?
と、魔法のことを考えていたらレティの魔法の方も気になった。
《ところで、レティはまほうのれんしゅうはどう?》
《……うん、そうね。ルイやラゴンさんのおかげでみるみる上達してるよ》
さっきまでのレティとちがって嬉しそうに日々の成果を報告してくれた。
いつしか、ぼくはレティに魔法を教えることになっていた。
レティが魔法を使えないのは呪文を唱えているせいかもしれない、そうラゴンが言ったことをそのまま伝え、ぼくがはじめて最初に魔法を使ったときのことをレティに説明してあげたんだ。
そうしたらレティは魔法が使えるようになったんだって。
今では周りからは天才と褒め称えられて困ってるって言ってた。
……普通のことなのにね?
こんな風にぼくたちは毎日どんなことをしたかって神託を通して報告しあっている。
《ねえ、闇魔法っていうの先生に聞いたら、詳しく知らないって言ってたよ》
《ぼくもやみまほうっておしえてもらえなかった。でも、ラゴンがいうにはちゃんとせいぎょ? できないうちはやみまほうをつかうとしようしゃのからだをむしばんでいく? っていってた》
《え、何それ怖い》
《だから、ちゃんとほかのまほうがうまくできるまではおしえないっていわれちゃったしね》
光魔法と闇魔法はどちらも生み出す魔法ってことだけは聞いている。
――火・水・風・雷で有象を知り、木・金・土で無象を知り、最後に光と闇で無から有として表して消すものにする。
そんなことをラゴンは言っていた。
光魔法の方はまわりを照らす光を作るもの。どこにでもあってないものを作る魔法。その説明ではよくわかんないけど、治癒魔法は光魔法になるみたい。
じゃあ、闇魔法って何?
もう、答えを聞くことはできない。でも、ぼくは強くならなきゃいけない。
いつの日か覚えなきゃいけない。
そのためにも今できる魔法をもっと鍛えておかないと。
◎
ラゴンが亡くなってから数日たった。
あんなにも涙が出たのは生前の世界でもなかったから、今思うと自分でもびっくりしている。
前の世界で両親が死んだと聞かされた時、放心状態にはなったけど涙は出なかった。
悲しくなかったと言えば嘘になる。でも、連絡のない状況で両親の事故死を聞かされた時、すんなりと受け入れ納得できてしまったのだ。
この差は多分、目の前で命の灯火が消える瞬間を目の当たりにした差じゃないかな。
ラゴンは僕が知る20年弱の人生の中で唯一最後を看取った人だ。
彼が死を告白した日、彼が最後に僕らに語った日、彼が亡くなる瞬間、僕は大粒の雨を流した。
ラゴンはこの世界で唯一頼れる存在だった。心の支えとなっていた存在に僕の心が激しく揺さぶられた。
この身体がまだ未発達で、そういう感情の起伏の制御がうまくできてないのかもしれない。この身体は僕の感情にすごく敏感だった。
嬉しい時は身震いを起こすほど歓喜し、怒りには我慢しきれないこともある。悲しみには柔らかな綿みたいに直ぐに通す。
……だから、つまり、僕はとても悲しかったんだ。
◎
その日、仕事も終えてルイと一緒に晩御飯を食べている時、珍しく女の奴隷(最近入った人だ)が僕たちに話しかけてきた。
彼女の話を聞くと今夜ご主人様から何やら報告があるらしく、彼女は伝言係として他の奴隷のところにも触れ回っているらしい。
「シズクなんだとおもう?」
「新しい住民の紹介じゃない?」
「かなあ」
通例なら新しい奴隷の紹介だろうか。
新しく奴隷が入ってきた時、僕らは顔合わせをすることが決まっている。
そういうわけで僕とルイは食事を終えると大広間に向かった。
大広間には数名の奴隷が先にいて、談話をしながら他の人が来るのを待っていた。
彼らは僕たちに気が付くと、会話をやめて嫌悪と嫉妬をない交ぜにしたような眼差しを向けてから直ぐに目を逸らす。そして、ゆっくりと雑談を再開した。
(……話したこともないのに一方的に嫌われるのはいい気分はしない)
ルイは気にしないのか、それとも気が付いていないのか、とてとてと先を歩き、壁際の4人掛けのテーブルに落ち着いた。僕も遅れてルイの体面に座る。
3つある4人掛けのテーブルのうち、いつしかその一角は僕たちの指定席となっていた。
以前座っていた人たちはもうずいぶんと昔に買われていったし、それから次に座った人も買われた。以前からいた人たちも消えて順番とばかりに僕らが座ることになったのだ。年功序列もとい、この奴隷市場に入った順ってことなんだろう。
他の奴隷たちは僕らがいつも座るテーブルにはまず座ることはない。
僕とルイは備え付けられていたテーブルについて他の人たちが来るのを待った。
次第に他の奴隷たちも大広間に姿を見せ、他2つのテーブルも男グループと女グループが座りだす。
手持無沙汰でルイはテーブルに突っ伏し、椅子の上で地面に届かない足をプラプラと振らせている。
「……失礼する」
声をかけられて僕は顔を上げた。
ん、珍しい。と、視線を向けた先にあのイルノートがいた。
彼は僕らが返答する前にテーブルに座っていた。
そういえば、一番の古株って僕らよりもこの人だよね。いつも壁にもたれかかってる印象しかなかったから本来この場所に座るのはこの人だ。だから、僕たちがどうこう言う権利はない。
むしろ、譲る場面じゃ?
「ああ、いい。座っていろ。最初に座っていたのはお前たちだ。退く必要はない」
「そうですか」
それから彼は腕を組んで目を瞑った。……座っても立っても同じポーズね。
でも、随分と様になるな。
彼が俯くと、さらさらの白に近い銀髪が動きに合わせて波立つ。
「あ、あの!」
ついつい見蕩れているとルイが声を上げた。
いつものルイらしくない少し焦った声色だ。何を話すというんだろう。
イルノートは一呼吸開けて目を開けてルイを見た。ルイと同じ赤い瞳だ。
「あの、ラゴンのこと、てつだってくれて、ありがとう、ございます」
「あ……そうだ。イルノートさん、手伝ってくれてありがとうございます」
忘れていた。
彼の出現で驚いてたけど、もっと早めに感謝を言いにいかなくちゃいけなかったんだった。ルイ、ファインプレーだよ。
僕もルイに続いて感謝を伝えた。
……さんはいい、とイルノートは僕らに言う。
「私も……ラゴン、には随分と世話になった。こんなことでは感謝しきれないほどにな。当然のことだ」
「でもね。やっぱりありがとう。ぼくたちだけじゃもっとじかんかかった。ラゴンもきっとよろこんでるよ」
「……気にするな」
そこで会話は終わった。ルイはもっと話したがっていて「あの」とか「ねえ」とか声をかけたけど、イルノートは手で制した。
遠回しに話しかけるな、ってことだろうか。残念そうに「むー」ってルイは唸り声を上げる。
また無言タイムだ……重圧が半端ない。息苦しくてふう、と息を吐いて背伸びをする。
重苦しく感じるのは無言のイルノートと相席しているからじゃない。周囲から視線を……主に女奴隷の人からの視線を集めているからだ。まあ、わかる。
イルノートは男の僕が見蕩れてしまいそうになるほどにいい男だ。チョコレートのような肌、整った顔立ちに艶のある細い銀髪。まじまじと見るがやはり女性以上の美しさがある。
これが男だっていうんだもん。そりゃあ女性陣の注目だって集めてしまう……いや、僕が見られてるような気がするけど、気のせいだよね。
僕たちは嫌われてるはずなんだ。それにまだ四歳児だよ。お姉さま方から熱い視線を得ることなんて無理無理無理。
◎
その後、イルノートへの熱い視線の巻き添えになりながら待つこと暫し……聞きなれた鐘の音が鳴った。
鐘が鳴ってしばらくすると、重い鉄の扉が開いていつも通り2人のボディーガードを引き連れご主人様が姿を見せる。続いて後ろに男女3名の新しい奴隷たちと別に1人の男がいた。
前3名は僕らより若干新しい服を着てるから奴隷だってわかる。あ、犬耳のついた亜人種のお兄さんだ。珍しい。
ただし、残った1人はどうやら奴隷でも客でもないようだ。
その人は無精ひげの背の高い小太りの男だった。
着飾りはしてないが、僕らだけでなく、前にいる3人と見比べてもはっきりとわかるほど清潔な服を着ている。肥えた体格とは違って頬がこけていて疲れたような顔をしている。
ご主人様は先に前3人の奴隷を紹介し、続いて男の紹介をした。
「最初に言っておくとこいつは俺の息子だ。今日からここの新しい管理者となってもらった。まだわからないことだらけだ。最初のうちからこき使ってくれるなよ」
最後の方はご主人様なりのジョークなのか、男の――息子の肩を叩きながら大口を開けて笑っていた。
言われれば似てるかな。でも、なんだか感じが悪い。
「……ん?」
今、男がじろりとご主人様を睨みつけたような? 気のせいかな。
「どうしたの、シズク?」
「……ううん。なんでもない」
男は集まった奴隷たちに一瞥をくれて、何か話すといったこともなく、無愛想なままご主人様の後ろに下がった。
以上、とご主人様の言葉でその場は終わりとなった。
根暗で態度の悪い人。
最初の印象はそれくらいだった。
◎
管理人の仕事がどういうものか僕は良く知らないが、ラゴンの時は女性陣の仕事を学ぶ上での掃除とは別の範囲でこの場所の掃除をこなし、男性陣の洗濯、奴隷たちの汚物処理を担当していた。
ラゴンは魔法が使えたから肉体的にさほど苦にはならなかったはずだ。精神的なものはあるとしてもね。だが、それはラゴンの場合だ。
新しい管理人の場合……ご主人様の息子だと言う男はまったくと何もしなかった。男は一日中部屋に籠っているだけだった。そして、男が外に出るのは奴隷市が開かれた時だ。
その為、男の仕事の代わりは他の男奴隷が渋々と引き受けることになった。誰も不満は口にしないけどやっぱり内心面白くないと思っているに違いない。
ご主人様の息子ってことで何も言えはしなかった。
前々から言われてたけど、ラゴンの使っていた部屋は現管理人が使っている。だからもうあの部屋はラゴンの部屋じゃない。
男の部屋の前を通ると甘ったるい香りがするようになった。匂いは扉の隙間から漏れているらしく、中で何かを焚いているのだろう。
このきつい匂いを嗅ぐたびに、ラゴンの部屋は本当に無くなったんだと嫌でも思い知らされるようだった。
◎
ラゴンが亡くなってから僕とルイは自室で勉強と魔法の練習をするようになった。
いつもならラゴンが課題を出してくれるけど、もうラゴンはいない。
だから僕たち自身で工夫をしていかなきゃいけないんだ。
勉強の方はラゴンが用意してくれた同じ本を使うことしかできない。
出来れば新しい教材を入手したかったが奴隷という立場で購入は難しい。
外には出れないし、この世界での売買方法というものもわからない。物価も知らない。この世界のものの価値でわかっているものはこの奴隷市場での奴隷の値段だけだ。
人間の男性が3リット金貨。女性が半値の1.5リット金貨。
子供がさらにその半値。後は他種族やご主人様の采配で色が付く。逆もしかり。
僕とルイの値段がおおよそで10リット金貨ほどだというのわかるけど、それがどれだけ大きいのかも知らない。
1リット金貨で100リット銀貨分、1リット銀貨で100リット銅貨分。そういうことはご主人様とお客さんのやり取りで知った。
1リット銅貨って前の世界でいくらなんだろう。
魔法の方も同じだ。勉強と同じく、知らないことはできない。
たとえば「あ、い、う、え、お」とか「A、B、C、D、E」もしくは「1、2、3、4、5」でもいい。そこまでの言葉は知っていても「か」「F」「6」以降を僕らは知らない。
だから、火、水、風、雷。それに光魔法である治癒魔法の5種。これを僕らが知る限りでの反復練習だ。
木、土、金。それと最後の闇。最初の3つはいずれ教えてもらえるはずだったけど、今更悔いても仕方ない。闇なんか説明すら不足してるしなあ。
僕らは僕らでラゴンに教えてもらったことに工夫をこなすしかない。
安全を考慮して一人が待機して、もう片方の魔法を見る。もしも魔法を暴走させたとき、なんらかのアクションを使って相手の魔法を打ち消すことにする。
……大きな水を作って暴走した魔法にかける程度だけどね。
危険が及ぶ魔法の時は念入りに。水と風に比べて危ない火魔法や雷魔法は特に注意して使うようになった。
……あれ? 雷魔法を使ってる時に水をぶっかけるって大丈夫……なの?
「じゃあさ、まほうのくふうってどういうものなの?」
「うーん、そうだね。僕が考えているのは……」
僕がルイに提案したのは他種魔法の同時発動であった。
水や火を複数出したみたいに片方は水球を出してもう片方は火球を出すってみたいにね。
でも、実際に提案しやってみたら……。
「あ、シズクみてみて! ぼく、かぜとひとみずいっしょにできたよ!」
「え、なっ、なんだって!?」
あっけなくできた。
魔力の消費もちょっと増加したけど、気になるほどではない。だいたい別属性の魔法を2個作るのと同属性の魔法を3個作るのは同じ魔力を消費した。
魔法を学んで1年ちょい。
最初のころと比べてもかなり上達している。火球も5つ作るだけで苦戦していたのに今では10を楽々と作り上げることできる。勿論火力を調整してね。
元からこの身体には才能が……魔力があったおかげだろう。
でも、そうして2人で学んでいっても限界を感じてくる。
この狭い世界で自由に魔法を使うことは難しい。部屋の狭さで火球を10以上作るのは危ない。だからそこで歯止めがかかる。
ちょっとお手上げ状態だ。
もしも、ここにラゴンがいれば叱咤の1つでも来るんだけどね。
正直に言うと、これ以上進みようがなかったんだ。
◎
ラゴンの死から半年が経った。僕らの買取り先は未だに決まっていない。
ただこれは幸せなことなのかもしれない。
ルイが一人前になるまで僕はルイを守る。そうラゴンと約束したからだ。今はまだルイを見守ってあげることができる。
そう、今は、だ。
僕らは多分別々に買われることになるはずだ。2人分合わせて奴隷7、8人分の大金をぽんと出してくれる気前のいい奇特なお方がいるとは思えない。
(……いっそ、2人で逃げるか?)
いや、ない。
この世界のことを僕は何も知らないんだ。僕の世界は薄暗く埃臭いこの場所だけで、あの重厚な扉の先を見たことはない。逃亡したところですぐに捕まるんじゃないか。
体力だってない。
運動不足で直ぐに根を上げてしまうだろう。それに、ご主人様がいつも連れているボディーガードたちから逃げる? あの体格が見かけ倒しだとは思えないしスタミナの差も目で見て取れる。
じゃあ、魔法を使って攻撃は? 可能性があるとしたらこれだ。
でも、僕らの使う魔法は人に対して効果があるんだろうか。ん……雷なら以前ルイが感電して倒れたから……十分使えるかもしれない。
でも、万が一にも逃げれたとして、その後はどうする。
住む場所、働く場所、食料の確保、他……年齢の問題もある。4歳児の僕らだけで未知の世界で生きていく?
思わず吹き出してしまう。
「シズク、なにわらってるの?」
隣で作業していたルイが手を止めることなく聞いてくる。
ルイと一緒に逃げようか考えていたんだ、なんて答えられるはずもない。
「いいや、なんでもないよ」
「そう、わかった」
ふう、と息をついて僕も作業に戻る。
今日は機織りの日。
テトリアが着ていたような真っ白な綺麗な服とは程遠い粗末な糸を紡ぎ合わせて1枚の織物にするのが今回の仕事だ。使っている糸が安物か粗悪品なのか、見るからにぼろぼろで所々で黒かったり茶色かったり斑模様の布ができる。ここで出来た生地を別の場所で染め直して服飾に販売するそうだ。
もう手慣れたもので、この場所にいる人たちよりうまく機織り機を使えると思う。
ルイは除くけどね。彼女は別格。扱い慣れたらすぐにこなす。勉強だけじゃなくてこういうことも要領がいい。
新しい人が入ってきたら1から手順を教えることができるくらいに上手になったと思う。
「……それ、ほんとに?」
ツーっと通してガタンガタンと叩く……糸を紡いでいると、隣の席から話し声が聞こえた。
作業を続けたまま目線だけを送ると、仕事の手を止めて小声で話をしている2人組がいた。
顔を上げて周りを見ても周りの奴隷たちは作業に向かっている。聞き耳を立てている様子も見られない。
多分彼女らの会話が聞こえるのは僕とルイがいるところまでだろう。
(サボりか? 困ったな……)
でも、注意することはない。困ったと思ったのはルイが不機嫌になるからだ。
それも以前、ルイが手を止めて談笑している人に注意してかなり険悪なムードになったことがある。注意された人たちはもう買われていないが、彼女たちがいる間、仕事に関して見えないところで邪魔をされたことがあった。あれが結構苛々する。
そういうわけで僕だってあまりいい気はしないが変に恨みを持たれるよりも無視をすることに決めた。
勿論、今もだけど、ルイは良い顔をしなかったよ。僕もルイが正しいと思う。
でも、ごめんね。これもルイを守るためなんだ。
(……ああ、こういう時に力があればあの人たちに言うことを聞かせられるのにね)
だから僕らは彼女らがサボっても気にしない方向にしている。
けれど、聞こえてくるものは仕方がない。
「……夜中、トイレに行こうと外の通路を歩いてたら急に意識無くなって、気が付いたら大広間で裸になって横になってたって……」
「それって襲われたんじゃない?」
「うん……手首に縄で絞められた跡も残ってて……あと……彼女には言わなかったけど、背中にはいくつもの小さい痣があった。今日は怖がって部屋で寝てるよ……」
「まさか、男たちが……?」
「わかんない。でも、そんな馬鹿な真似する人がいると思う?」
「だよね……」
そういえば……名前は覚えてないけど、いつも彼女たちは3人だったはず。今日は2人だけだ。
もう1人は部屋で寝込んでいる、と。
うーん、憶測だけどやっぱり……暴行されたってことだよね。
どの世界でもやっぱりそういうことってあるんだよね。
しかし、誰が? やるとしたら男だよね。同性愛者の可能性は……いやいや。
こんな隔離された禁欲の日々。襲っちゃうのかな……。
結構深刻そうだ。
「シズク、どうしたの?」
「あ、ああ、ルイ。なんでもない」
気が付いたら僕の手は止まってた。
ルイも聞こえていたんだろうけど、彼女の顔を見る限り軽く唇を突き出してちょっと怒ってる感じだ。たぶん話の内容は理解できてないはずだから、サボってるなってくらいにしか思ってないんだろうけど。
いずれ知ることになるんだ。わざわざこんな小さいころから知る必要もない。
……出来ればそういう世界とは無縁ですくすくと育ってほしい。
そう願いながら僕はすぐ作業に戻った。その話は機を織っていると頭の底へと沈んでいった。
詳しく聞くこともしないし、話ができるほど仲がいいわけでもない。
それに、そこにいた2人も、その話に出てくる女の人も次に開かれた奴隷市で売られていっちゃったしね。
誰かは知らないけど、男性奴隷による婦女暴行。
言葉にすればおぞましいものだが、その話はこれで終わるはずだった。
その話はその場限りのものになるはずだったんだ。
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