第6話 語り掛けてくる声
あの日、僕は幸せの絶頂から一気に飛び降りたかのように絶望の底まで落ちた。
目指していた目標も消え、両親も亡くなった。
あの日、僕の目の前で長年の幼馴染であり僕の初めての恋人を失った。
地震によって脆くなった建物から崩れ落ちたブロック片の下敷きになって死んだんだ。
あの日、僕という人生を終えた。
彼女が目の前で潰されて、泣き叫んでいる数秒に同じようにブロック片が落ちてきて……。
◎
ぼくがぼくっていうようになったのはシズクが僕って言ってたから。なのに、シズクはぼくがぼくって言うと注意してくる。
女の子っぽい話し方をしなさいって言うの。
シズクは僕って言うのにね。
でも、ぼくはぼくって言い方にもう慣れてるし、いまさらやめれるもんじゃない。
それに年下のシズクに命令されるのはなんだか気に食わない。
嫌いじゃないよ。むしろ大好き。この世界で1番大好き。
シズクが泣いてたらぼくも悲しいし、シズクが喜んでたらぼくもうれしい。
シズクはぼくだけのもの。
ラゴンが欲しいって言っても渡さない。それくらい大好き。
けど、気に食わない。ぼくの方がおねえさんなんだ。
おねえさんのぼくがシズクにあれこれしろっていうのは良いけど、シズクがこれこれしろっていうとむかむかする。
だから、ぼくはやめない。
ぼくはぼくだ。
◎
ぼくたちが初めて魔法を教えてもらった日。
その日、ぼくは初めてのお仕事(……面白かった!)で頑張れたのはその晩に教わる魔法にわくわくしていたから。でも、やっと魔法を教えてもらえるのかと思ったら全然違うこと、勉強をするって言われてぼくはむくれていた。
だからラゴンが勉強を始めても、ぼくは知らんぷりをしていた。
でも、ぼくのことを気にかけないでラゴンとシズクが2人っきりで勉強しているのを見てたら悲しくなって、だから勉強した。
(……これがなかなかにたのしい!)
知らないことを知ってることにするのは楽しい。
数字を合わせたり引いたりするのも楽しい。
文字を書くことが楽しい。
ぼくは筆の握り方を知らないのにシズクは知っていた。これはずるい。
もしかしたら、ぼくに秘密でラゴンに教わってたのかもしれない。
その時のぼくは怒るよりも書く方が楽しかったから気にしなかった。
今思うとむかむかする……。
紙いっぱいに文字を書き終えた後、ラゴンはやっと魔法の勉強をはじめてくれた。
最初は水を出す魔法だ。
「まずはこれを付けてもらう」
言われて渡されたものは、素質があるかどうかを試す透明な球とは別に取り出した4つの輪っかだった。
それを2つずつぼくとシズクに。渡された輪っかはいろんな文字や模様が彫り込まれていて、銀色でぴかぴかに光ってる。
「これは魔力抑止の腕輪と呼ばれるものだ。腕輪と銘打ってるが別に腕に付けなくてもいい。まだお前たちは小さいからな。足にでも通して落ちないようにしておけ」
はい、ラゴンに言われたとおりに足に通す。
でも、輪っかはまだまだ大きくて、少しでも足を動かすと地面に当たってじゃらじゃらと音が鳴った。
シズクは腕に通してたりする。ちゃんとラゴンの言うことを聞きなよ!
ぼくが注意するとシズクは同じように足に付け直した。よしよし。
「まず水魔法から始める理由として、目に見えて、触ることができ、造形をいじることができるためだ。他の者は知らんが、私が魔法を教えるにあたって最初はこの水から教えていることにしている。何より水はそこらにたくさんあるからな」
ラゴンは不思議なことを言う。
この部屋に水なんてないのにね。でも、ジグのにおい取りをしたあの時も周りに水なんてなかったし、もしかしたらぼくが知らないだけで近くにたくさん水があるのかもしれない。
「ラゴン。魔法はいくつ種類があるの?」
シズクが手を上げて質問をし、ラゴンは説明してくれた。
「魔法は大まかに火・水・風・雷の4つ、木・金・土の3つ、最後に光と闇の2つ。この3種に区分される」
ラゴンは続けた。
「先の4つはその場に当然とあるもので、扱いが容易である」
……あるもの? ないのにあるの?
「木・金・土はその魔法に依存する媒介が必要となる。物がないこの場所で教えることは難しい」
――とのこと。
また、最後の2つのうち、闇魔法はちょっと特別なものらしく、後日説明をすると言われた。
ちなみにシズクの手を治した治癒魔法は光魔法なんだって。
「だから、私は火と水と風と雷。この4つの魔法に治癒魔法としての光の魔法を中心にお前たちに教えることにする。じゃあ、さっそく軽くやりかたを説明するからやってみろ」
うん、って頷いてぼくとシズクは並んで初めての魔法を試すんだ。
ラゴンが言うには、あの透明な球に力を入れるようにすればいいらしい。
あの時は色だったけど、今度は水を想像して手の平に集めるんだって。
ぼくは目を閉じて水を想像する。
水って何だろう。
水瓶から柄杓を使って取ったときのたぷたぷとした水だよね。コップに口をつけてごくごくと飲める。手で触れれるのに掴めない。いつもは当たり前のように水に触れて飲んで身体を洗ったりするけど、水ってよくわからないや。でも、水は水。うん、水はわかる。だから水。水を。
水を水を水、水、水、水、水……。
頭の中で思い描き、ぼくは力を……あの日、透明な石にやったみたいに魔力を込めて、自分の手に水が集まるように願った。
(…………どうかな?)
手ごたえはあった。力を込めた時、手のひらがじゅんって熱くなったんだ。
ぼくは恐る恐る目を開く……と、そこには、ぐにゃぐにゃとした丸い透明なものが浮かんでいたんだ。ぼくの指の隙間から覗く程度の大きさのやつが!
できた、水だ。水だ!!
「シズク! みて! ルイのみずが……あ……」
嬉しくてシズクを呼んだ途端、ぼくが作り上げた水は地面に落ちてぺしゃとつぶれた。
ああっ!
(せっかくできたのにな……。こんなんじゃシズクにじまんできないよ……)
落ち込んでたところでやっとシズクは閉じていた目を開いてこっちを見てくれた。
(おそいよ!)
でも、シズクは濡れた床とぼくを交互に見ると、
「すごい! ルイすごいよ! もうできたんだね! 僕も負けてられないや!」
なんて、驚いてくれた。
できればもっと前に見てくれればよかったけど、ぼくはそんなシズクの言葉についつい嬉しくなっちゃう。
だから、シズクは好きなんだ。
「ルイ、その調子だ。まずは形をその場にとどめることに慣れろ。慣れてくれば出しているのが当然になるが、最初のうちは気が緩むだけですぐに魔法は解ける。なあに、お前ならすぐにできるさ」
ラゴンも褒めてくれた。嬉しい!
どうやらシズクよりもぼくのほうが上手みたいだね! ぼくのほうがおねえさんだしね!
もっとうまくなって上手にできないシズクにぼくがいろいろと教えてあげたりしたりなんかして……。
そう考えると口元が緩んだ。
よーし! がんば――
「……えっ!」
ふと、肌がざわつくっていうか、ふわりと触られたような気がした。
妙な気配を感じて思わずシズクを見る。
……シズクの手の平にぼくの頭くらいの大きな水の塊がもわもわと現れて、すぐにはじけ飛んだところを見てしまった。
床にはぼくが作ったよりもすごい大きな水たまりができてる……。
「ルイ、見た!? 今見た!? 僕もできたよ!!」
「すごいな、シズク。初めてでその大きさのものが出るなんてな。ルイも負けてられないな」
「…………ふん!」
……シズクの馬鹿!
その晩、ぼくはラゴンのいいつけを無視して大きな水を出すことばかりに夢中になった。くやしいもん。
だから、何回も何回もやって、シズクと同じくらいの大きさの水を出すことができたんだ。
でも、それを出した記憶はあるのに、気が付いたら自分の部屋で目を覚ました。
目の前にはくーくーと寝ているシズクの顔があって、ぼくはちょっとむかむかしてシズクの両頬を引っ張った。
シズクの頬はびろんと伸びて面白い顔になった。
ちょっと気がすっとする。
くすくすと笑ってたらシズクが起きた。
「おはよう。ルイ。痛いからやめて」
「おはよう。シズク。おもしろいからやめない」
「もう……昨日はルイが突然倒れたから心配したっていうのに。この様子だと大丈夫そうだよね」
「たおれた? ルイがたおれたの?」
「そうだよ。魔力の使い過ぎだって。ラゴンから怒られるよ」
「えー……」
ラゴンは優しいけど、怒るときは本当に怖い。
悪戯をし過ぎた時なんかはもうガミガミ怒る。怖くてぼくは泣いちゃうんだけど、そこをシズクが庇ってくれる。そのあとにラゴンもちょっと困った顔をして怒るのをやめてくれる。
……シズクは優しくて大好き。あ……でも、いつもぼくばかり怒られてる。
シズクが怒られているところはあんまり見たことがない。
こんなのずるい!!
◎
そういえば、ぼくが魔法を使った初めての日――丸い石に魔力を込めたあの晩の日ね。
《…………しら?》
自分のお部屋に帰っている途中で突然、女の子の声が聞こえた。
「ん、え……シズク、いまなにかいった?」
「え、い、いや、何も?」
「そっかー、きのせい?」
最初はシズクが何か言ってたのかな? って思ったけど、シズクじゃないらしい。
なにか慌ててたけど……。
だから、その時は気のせいだと思ってたんだけど、魔法の勉強をしていくと日に日にその声は強くなっていった。
声が聞こえる時間は決まってて、魔法を使っている最中だ。
その日もシズクといっしょに並んで魔法の練習をしていると聞こえてきた。
《――にして!!》
急に届いたその声に驚いて、ぼくは作っていた風の塊を四散させてしまう。
その時、ぼくら砂を風で包めてその場で一定の流れを作る練習をしていた。砂は風の流れを見やすくするためにラゴンが用意してくれたものだった。
《……はあ、で、瞑想の次はなんだっけ。詠唱の発声練習だっけ……あーあ、つまんないの》
おかげさまで魔力で流れを固定にしていた風は勢いよく吹き飛んだ。
いっしょに包まっていた砂も巻き上がり、ぼくは砂まみれになった。もちろん、隣のシズクやぼくたちを見ていたラゴンも同じく砂かぶり。
シズクも集中が切れたのか、ぼくのように風を暴発させた。ぼくよりも風の勢いは強くて、それだけ強く砂はぼくに向かって叩きつけられた。おかげで目に入るわ口に入るわ……。
シズクはじとーっと恨めしそうにぼくを見てくる。……ぼくのせいじゃないよ!
魔法を邪魔されたことと、ぼくよりもシズクのほうが魔力が強いことに不満が募る。
「ルイ。集中が足りないぞ。眠いのか?」
ラゴンはしかめっ面で部屋中に散らばった砂を風魔法を使って集める。
ラゴンが作り出した風に一撫でされてぼくの身体にかかった砂は一粒残らず払い去った。口の中に入ったのは消えないからじゃりじゃりする。
ぼくはむぅっと頬を膨らませる。
「ラゴン、ちがうよ! ルイね! へんなこえがきこえたの! それのせいでとぎれちゃったの!」
「変な声……?」
きょろきょろと二人は周りを見渡す。
ラゴンは扉を開けて部屋の外を見るが誰もいないっていうの。
「仕事もあったしな。聞くところによると、初めての鶏の解体もあったそうじゃないか。疲れているのかもしれないな」
「ルイ、大丈夫?」
確かに今日は鶏の解体をした。
ぼくたちに仕事を教えてくれる大人の中の一人、マーユがぼくたちに鶏のさばき方を教えてくれた。
たしかにあの時は怖かったけど、マーユがしっかりとぼくに付き添って捌き方を教えてくれた……って、その話はいい! 今は声を聞いたこと!
本当だもん!
「風切り声か……幻聴……?」
「もういい! きょうはやんない!!」
ぼくはムカムカしながらラゴンの部屋から飛び出ていった。
シズクが急いでぼくの後をついてきてくれたけど、ぼくは無視して自分の部屋へ。
すぐにベッドに入る。
いつもならシズクの方を向いて寝るのに、背を向けて横になった。シズクの顔を見たくなかった。
「ルイ怒らないでよ」
「しんじてくれないんだもん!」
「信じるよ。信じる」
「うそ!」
ふん、って鼻を鳴らす。
「もー……」
溜息をついてシズクは部屋の明かりを消してくれる。
それから、もそもそとぼくの隣に入ってくる。
「……明日には機嫌直してね」
「…………」
返事はしなかった。
信じてくれない。
二人が信じてくれなくて、悲しい気持ちになって、ぼくはシズクに八つ当たりをした。
シズクの声はさびしそうだった。それでもっと悲しくなった。
シズクはぼくの方を向いて寝ている。シズク……。
「シズク……」
「……なに?」
「て、つないで」
「いいよ」
ぼくは後ろを向いたままだったけど、シズクはぼくの出した手を握ってくれた。
あたたかい。シズクの手……。
シズク、ごめんね……。
◎
次の日も仕事を教わり、ベニーたちとご飯を食べて遊んで、それから寝る前のラゴンの授業だ。
文字や数字の勉強を終えると魔法の時間だ。
水、風、火、雷という具合に使う魔法を教わってる。
水と風と火はわかるけど、雷はいまいちよくわかんない。ラゴンから説明されてシズクは何か言ってラゴンは頷いてた。なっとくいかない……。
昨日は風を使ったから今日は火だ。
火はぼうぼうと燃えて熱い。お肉を焼くときや、スープをぐつぐつ煮る時に火を使う。とっても危険だから、ぼくやシズクはまだ一人で火を点けちゃいけないって仕事を教えてくれる大人の人と約束している。
初めて火の魔法を使った時もラゴンから何度も気を付けろって注意された。
「火は私たちにとって欠かせないものだ。物を焼き、暖を与え、光となる。だが、扱い方で火は私たちに牙を剥き傷つけ襲い掛かってくる。忘れるな。火は優しくも怖いものだと」
魔法っていうのは自分自身の感情に左右されるみたい。
「火の魔法は特に顕著だ。怒り狂っている時は荒々しく全てを飲み込もうとする。逆に悲しい時は弱々しくなる」
ラゴンが言うには、怒っている時に使う魔法は威力が上がるわけだから、悪いわけじゃないらしい。でも、そのせいで周りが見えなくなって死んでいった魔法使いも多いって。
ぼくにはわからないことばかりだ。
「では、まずいつも通り指先に小さな火を灯すところから始めよう。それから、火力の制御だ」
ラゴンは自分の両方の手に1つずつ水の塊を作り出す。水の球は空中に固定されてその場を漂った。
万が一火事になった時の消火用の水だ。
今のところそういう事故は起こってないけど、起きないとも限らないしね。
これで準備は整った。
「では、はじめ!」
ラゴンの合図に、シズクといっしょに並んで火を灯す。
目を閉じて指先に熱い熱い火を思い描く。イメージとしてはローソクに灯した火くらいの大きさだ。
さっと、思い描いて想像通りの火をつける。
これはもう楽々。目を開ける。
隣を見るとぼくよりも2回りは大きな火をシズクが灯しているが、これはラゴンに言わせれば魔力の出し過ぎだそう。こればかりはぼくの方が優秀ってことで鼻高々だ。
《あー! 退屈だ――!》
(きた……!)
ぼくが魔法を使うとやっぱりと声が届いた。
昨日みたいなことにならないように無視する。
《……魔力を練る、魔力を練る。うーん、練るって言われてもね……》
次は火力を上げて若干火を大きくする。
じわじわと魔力を上げてシズクが出したくらいの火から炎にする。
《……わたし本当に魔力があるのかな。練るって言われても実感ないし……》
隣のシズクも火力を上げる。
ぼっ! って音を上げてシズクの頭よりも大きな炎になった。シズクがわっと驚いてるのが面白くてちょっと笑っちゃった。ラゴンの方も座っていたベッドから思わず腰を上げたけどすぐに座りなおしたみたい。
「シズクは出す量は多いのに、調整は下手だな」
「そうみたい。なかなかに苦戦してる」
「ルイのかちだね!」
「まだまだこれからさ。別に負けてないよ」
「むー! シズクのまけずぎらい!」
「ルイのほうが譲らないよね」
むー! シズクは負けたのに!
頬を膨らませてぷいっとそっぽを向く。
「ほらほら、喧嘩しないしない。だが、こんな言い争いをしながらも2人の炎はあまり変化もなく優秀だ。とくにルイの方は揺らめきも少ない。偉いぞ」
「う……確かに。僕の負けだね。ルイの勝ちでいいよ」
「ふふん、とうぜんだよ!」
やった。シズクに勝った!
でも、ここで喜んでてもすぐにシズクは追い抜いてくる。
もっと先に行かないと!
次は火力を下げて最初に作った火よりも小さくする。
《この後は呪文の発生練習かあ……呪文を唱えるのはなんだか気恥ずかしいんだよねえぇ》
魔力を搾って火力を弱め……弱め……と、できた。
ぼくの指先には豆粒程度の火が灯った。
楽々だ。
こんな風に、火力を上げて下げて。これを何度も繰り返していく。
最初のうちはゆっくりと大きく、そして小さく。次第に早くしていく。
《そういえば、晩御飯に出たリンゴの糖漬けっぽいの美味しかったな……ああいう甘いもの食べるの久々かも。もうちょっと冷えてるとよかったんだけどね》
魔力を込めて、魔力を搾って、魔力を込めて、魔力を搾って……。
それを20回行う。
なかなかに辛い。
10を越えたころから疲れてくる。初日に大きな水を作ろうとして頑張ったときに似てる。
一度魔法の発動を止めれば楽なんだけど、この訓練は1回目からずっと魔力を使いながら強めたり弱めたりしないとダメ。
15。16。17。18……。
《だ――もうわけわかんない。こんな目を瞑ってばかりじゃ退屈! なんで出来ないのよ、わたしは! せっかく魔法が使えるっていうのに、もうずっと目を閉じててもらちが明かない! ばんばん魔法使ってみたいぃッ!!》
頭の中でぶつぶつと文句ばかり。
19回目を行おうとして指先に灯した火の火力を上げにくい。
習いたての時、魔法を使うは集中力が大事ってラゴンが言ってた。慣れてきたら大けがを負っていても使えるとか。怪我なんかしたくないよ。
でも、結構疲れてる状態で振り絞ろうとも、女の子の声がかき乱すんだ。うるさくてたまんない!
それでも、どうにか19回目を終える。
残り1回。
《早く魔法! 早く魔法! ばんばん魔法!! ばんばん魔法!!》
……残り1回なのに、その言葉で力が入らない。
集中力を乱すっていうよりも力が抜けるって感じ。
さすがにぼくも我慢の限界で、身体の中にある魔力を振り絞るかのようにはその見知らぬ声に対して頭の中で叫んでいた。
《いいかげんにしてよ! まいかいまいかいうるさい! ルイはべんきょうしたいの! ルイもまほうつかいたいの!!》
《えっ!? 声!? 声がした!?……空耳?》
「えっ?」
と、そこでぼくの灯していた火は消えてしまった。
驚いて魔力を行使することを忘れてしまった。
「あ、ああっ! やっちゃった!」
あと1回だったのに!
「おや、残念だったな。あと1回で連続クリアだったのにな」
指先に火を灯して瞬時に1回分こなす。ほら、20回終わり……って、そんなのだめじゃん。
「うう……こえのせいだ……」
その場でうなだれる。
「ふう、終わった。あれ、ルイどうしたの?」
ぼくより若干遅れてシズクも終わったみたい。
あの声さえなければもっと早く終わることができたんだ!
昨日の二の舞はやだけど、もう一度ラゴンに相談してみることにした……。
「ラゴン、ルイのあたまのなかにおんなのこがいる。これどうにかならないかな」
「頭の中に女の子が……?」
「ルイ、大丈夫?」
「もう! シズクそればっか! ほんとうだって!」
シズクはごめんごめんって笑ってたけど、ちょっとこういう時のシズクはムカムカする。
でも、シズクと違ってラゴンはおもむろに立ち上がり、その場をふらふらと歩いて考え事をする。
「声はどんな風に聞こえる?」
「ぐわんぐわんってあたまのなかでとんでるようなこえ」
「もしかして、あれか。ちょっと待ってろ」
ラゴンはぼくの頭に手を置いた。
《こんな声か?》
頭の中に音が届く。
「そう! そういうの! でも、もっとベニーみたいな、でもベニーとはちがうおんなのこのこえだったよ」
「それはそうだろう。これは私の声だからな」
「え、ラゴン。ルイになにしたの?」
ラゴンは同じようにシズクの頭に手を乗せた。
シズクはまるで飛び跳ねるかのように驚いてその場を見渡していた。
「これも魔法の一種で『
「へえ、それって僕にもできるのかな」
と、シズクがそこでラゴンに尋ね、ラゴンは首を振った。
「いや、無理だろうな」
「なぜ?」
「血筋による特殊な魔法らしい。私の場合はその家系の鬼人族から……借りたようなものだ」
「借りる?」
「……ああ、そうだ。借りたんだ。その話は今はいい。今はルイのことだ。ルイ、その少女はどんなことを話していた」
「うん、えっとね――」
そこでぼくはとぎれとぎれの女の子の会話を思い出して2人に教えた。
ほとんどが面倒とか、つまんないとか、そういう話だったけどね。
聞こえる時間も一応教えておく。魔法を使っている時だ。
「どうやら神託を使えるのはルイと彼女が互いに魔力を行使した時ということだな……妙だな。本来そんな制限など聞いたことはないが。互いに魔力を使用している時にしか使えないなど使い勝手が悪い。神託とは違うのかもしれん。これが幸か不幸か、さてはて……。ちなみにルイは話せるのか?」
「わかんない。けど、さっきうるさい! っていったらへんじした」
「ふむ……じゃあ、ちょっと試してみるか。シズク、悪いな。ちょっと授業は中断だ」
いまいちわかってないのかもしれないけど、シズクもしぶしぶと頷いてくれた。
ラゴンに言われてぼくは先ほどと同じように指先に火を灯す。強弱の調整はなし。ただ火を点けるだけだ。
するとまた声は届いてきた。
《……ちが悪い。たくっ……ブロス先生やみんなに心配された。中でもドナくんなんかこれ見よがしに茶化してきたし……これ以上周りの評価落としたくないのに……》
「ラゴンきこえたよ」
「じゃあ、今度はルイが話しかけてみろ」
言われてぼくは心の中でその女の子に話し掛けてみた。
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