第4話 奴隷としての仕事

 僕たちはラゴンに魔法を教わることとなった。

 また、それとは別に日常でも覚えなきゃいけないことができた。


 一つは奴隷としての仕事だ。


 この世界の女・子供の奴隷は掃除や洗濯、料理といった家事仕事から、はたまた庭師や畑といった農耕仕事を任されられることが多いらしい。お手伝いさんとか家政婦っぽいぞ。

 男はやはり力仕事を任せることが一般的で、買われる前は実際に現場に行って身をもって覚えさせられるらしい。筋トレの役割もあるのかな。詳しいことはよくわからなかった。

 ちなみにラゴンは奴隷ではなくこの場所の管理人だそうだ。

 僕たち子供の面倒、他の奴隷の監視を兼ねた世話、ゴミや排泄物の処理等の雑用もこなしてるらしい。

 他に教えてもらってないけどすることがあるらしくて、僕たちが仕事を教わっている間は姿を消すことが多くなった。

 だから男仕事はよくわからないけど、僕たち子供は話す機会も少ない年上女性陣たちと室内で仕事を教わるようになった。


 初日、僕とルイは料理を教えてもらっていた。

 僕はともかく何も知らない子供に刃物を渡して「はい、じゃあ皮むいてね」ってそれはひどいんじゃない? 口頭であーだこうだと皮むきの仕方を教えてくれるもそれでおしまい。怪我しても知らないよ!……まあ、するしかないんだけどさ。

 ルイは両手を使ってお玉で鍋をかき混ぜている。見ててあぶなっかしい。

 僕が切って、ルイが煮込む。

 味付けは他の人がしてくれるんだけど、それも覚えていかなくてはいけない。

 料理を教わり、これでできた食事が日々の僕たちのごはんとなる。

 わかっていたけど、食材は良いものじゃない。痛んでたり腐ってたりするものばかりだ。鶏肉が食卓に並ぶことがあるが、それも女奴隷たちが鶏肉を捌く練習として使われた時くらいのことで、結構貴重だ。

 ただ、話を聞く限りだとここで教わった料理を生かす機会はないかもしれない。

 奴隷にやらせるよりも腕の立つ料理人を雇うことが多いのだそうだ。

 そんなこんなで料理の合間に衣類の整頓や食器洗いや荷物整理、庭園のいじり方を口頭で教えてもらい、後日別室で行うという流れ。これを入れ替わりのローテーション。


 で、ここまで説明しておいてなんだけど、仕事を教わる時間は全体から見れば一部のことで、残りの大半は在宅ワークがある。元の世界でいえば造花作りとかおもちゃの組み立てとかそういうの。

 それで発生した賃金が、僕たちの食費や生活費としてご主人様の懐に収まる。


 ……ん、作業中ちょっと聞き耳を立てていたらベニーに向かって一番年上の女性がひそひそと話しているのを聞いて――いや、聞こえてしまった。

 ベニーは顔を赤くして泣きそうな顔をしているけど……うん、そっか女の人ってを強要されることもあるんだ。

 聞かなかったことにしよう。


 僕は年齢的にルイやベニーたちと一緒に家事仕事を習うけど、そこにハックの姿はなかった。

 別行動から帰ってきたハックに話を聞いてみた。


「最初はベニーたちと同じことをしてたよ。でも、去年あたりから外にある道場に行って剣や槍の扱い方を受けているんだ」


 剣。剣か。

 それも憧れる。

 だって、チャンバラごっこすごいやったもん。雨の降った日は誰もが剣士でしょ? 小雨程度なら傘閉じて叩き合う。そして、壊して怒られるんだよ。


 興味津々な僕を見て気を良くしたのかハックは僕の前でえいや、と槍を突き刺す真似をする。

 突然のことに思わず僕は驚いて尻もちを付いてしまったが、それを笑ってハックは僕を抱き起した。

 抱き起してくれたハックの手は色形は違えどまだ小さな子供の手。

 でも、薄い布越しからでもごつごつと硬かったことにびっくりする。タコだろうか。以前のバッドを振っていた時の僕の手に近い。今の自分の軟かな手の平とは全く違う。

 ハックは胸を張り自分が買われたら兵士や衛兵、または剣闘士として働くのだと言う。


 剣闘士。

 華々しい立ち振る舞い、幾重もの死闘をこなし、そして傷つき倒れるも果敢にもまた立ち上がって戦いに向かう……そんなことをハックから聞かされた。

 けど、それってつまり、生死にかかわる職業に就かされるということなんじゃないの。かっこいいところだけをハックに聞かせてるんじゃないのかなって邪推が生まれちゃう。

 誇らしげに語るハックを見てたら、そういうことは言えないけど……。

 僕ももう少し大きくなったらハックと同じように剣を握るのだろうか。けど、それはまだ当分先の話だ。

 僕たちは仕事を覚えながら買われるまでの日々を過ごすのだ。


 話を戻し、2つ目に僕とルイはラゴンから勉強を教わることになった。

 初仕事を終えて晩御飯を食べ、ベニーたちと軽く遊びを交えた交流を行った後、僕とルイは寝る前にラゴンから文字の読み書きや計算を教えると言われた。

 魔法を教わるものかと思っていたこともあって僕はちょっと肩を落として、ルイはむすっとしていた。

 でも、この世界で生きるためにも読み書きは出来ないとだめだ。嫌でも覚えないといけない。

 僕は納得できたんだけど、ルイは納得できない様子。


 ラゴンは苦笑しながら授業を始め、僕たちに見えるように本を文字を指さして発音する。

 どうやら「あいうえおの本」のようだ。

 ラゴンの後に続いて僕も声を出す。それを見てルイはぷい、と顔を横に逸らすも僕は気づかないふりをしてラゴンの後に続く。それから、何度か声を上げていくと、仲間外れにされるのが嫌なのかルイも怒鳴り気味に声を上げてくれた。

 何度か発声しているといつしか楽しくなったのか、ルイは笑ってラゴンの後に続いていったけどね。


 一通り読み終えて、今度はペンを渡されて紙……? に文字を書く練習が始まる。

 紙ってよりも何かの皮みたいだ。

 ラゴン曰く、「文字を書いた後は水で洗い流せる」とのこと。

 ペン代わりに使うのは黒炭をチョークくらいに細くしたものだ。


「ああ、ルイ。持ち方はこうだ」

「ううっ、もちにくーい!」


 ぐーで握るルイに持ち方をラゴンが教える。なるほど、この世界でもペンの持ち方は同じだ。今更こういう持ち方をしろって言われたら僕もルイと同じ状況に陥ってしまっただろう。

 後はゆっくりと2人で本をまねて文字を書く。

 それを毎晩と行い、文字が書けるようになったら今度は計算だ。算数の引き算足し算割り算掛け算……懐かしい。


 奴隷というものは馬鹿でなくてはならない――いつの日かラゴンが言った。

 余計な知恵をつけさせないために基本的に奴隷は知識を持たせてはいけない。また、奴隷側も持っていても悟られてはいけない。

 そういう暗黙のルールがあるらしい。

 前者は幼いころから奴隷として売られた人。後者は自分から奴隷として売られることを望んだ人を指すことが多い。勿論その限りではない。

 このことは他の子供たちには内緒にしなければいけないと言われた。

 ラゴンは彼らには勉強を教えていないというのだ。

 理由を尋ねると「知らないほうが幸せってこともあるのさ」なんてあっけらかんとして答えた。

 先にラゴンに釘を刺され、ルイは不満げながらに口をへの字にして頷いた。たぶん、わかってはいないんだと思う。


 ……ラゴンは僕たちを贔屓している。


 なぜ? その答えは聞くことはできず、僕も半分納得して半分納得できなくて……でも、頷くしかなかった。

 そうして、言葉を読み、文字を書き、計算を解き……そして、最後に魔法を教わる。


 そう、魔法だ。

 念願の魔法だ。

 

「まずは水魔法から始めようか」


 ……驚いたことがある。


 僕は以前の記憶があるから計算は出来て当然だけど、ルイは一から覚えたわけだ。なのに、ルイの飲み込みは物凄い早くて読み書きも計算も直ぐに覚えていってしまった。

 恥ずかしい話、その時の僕は2桁の足し算ですら瞬時に答えを出せなかった。でもルイは直ぐに答えることができるのだ。

 3歳児と合計で20歳前の僕。

 これが天才なのかもしれない。


 仕事を、魔法を教わってまた1年が経った。





 もう4年だ。

 未だに外というものを知らないけど、僕たちのこの小さな世界は劇的な変化を見せていった。


 大人たちは次々に消えた。

 おっかないウォーバンも消えた。

 新しい人も来たけど、それもすぐに消え、また新しい人が来た。

 それを何度も繰り返し、新しく入っては見送っていった。大人たちの入れ替わりは早い。

 ドワーフの2人もいつの間に消えた。

 ベニーが消えた。ハックが消えた。

 遅れてテトリアも消えて子供は僕とルイだけになった。

 新しい子供は入ってこなかった。

 子供は僕らを残して全員、消えた。


 消えた。違う、消えたんじゃない。みんな買われていったのだ。

 初めて顔合わせをした面々で残っているのはラゴンと僕とルイ、それと一度も話したことがないイルノートだ。

 他はもう見知った人は誰もいない。





 テトリアが買われたその日、僕たちはいつもより早くラゴンの部屋で授業を受けていた。けれど、まったく授業は進まなかった。ルイが原因だ。

 ルイはテトリアとの別れが悲しくて延々と泣いていた。これには僕もラゴンもお手上げで、僕がつきっきりでルイを慰めそのまま泣き疲れて寝たところで解散となった。

 ラゴンはルイを抱き上げて僕たちの部屋へと運んでくれた。

 とぼとぼとラゴンの歩幅に合わせて歩き、先に僕が自室の部屋を開けてラゴンを招く。

 ふう、と一息ついてラゴンは寝具へとルイを優しく寝かせた。


「なあ、シズク」

「ん、なに?」

「以前から聞きたいことがあったんだが……聞いてもいいか?」


 涙で顔を汚しながら寝息を立てるルイの頭を撫でながら、ラゴンはそう口にする。

 珍しい。いや、初めてかもしれない。

 いつも聞かれる側のラゴンが僕に何を聞くというのだろうか。

 ラゴンは僕の前に立って僕を見下ろす。僕はラゴンを見上げる。


「…………」

「…………ラゴン?」


 ラゴンは険しい顔をして、ちょっと間をおいてから口を開いた。




「お前、別の世界から来た人間か?」

 

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