第3話 魔法による部屋の掃除と適正診断

 魔法の授業が始まってもうひと月が経った……今は目を閉じて、瞑想と呼ばれる精神集中の最中である。

 目を閉じて先生に言われた通り、自分のおなかに意識を向けて魔力を練る? という行為を行っている。……正直、意味がわからない。

 実際にこの目で魔法を見て驚いたが、いざやってみたところで当然とばかりに何も出やしない。

 先生の説明も皆の言うことも全く理解できない……焦っていた。

 かなり焦っていた。


(……能無しフルオリフィアだって? ざけんな!)


 ふざけるな。

 言った本人はわたしのことを差して言っていることは理解しているし、わたし個人が馬鹿にされるのはいい。でも、能無しフルオリフィアと言われるのだけは我慢ならない。

 だってそれはお母様のことも悪く言われているようなものだ。お母様の為にも、わたしは絶対に魔法を扱えるようにならなきゃいけない。


 このひと月でわたしだけがスタート地点にすら立てず、皆がちゃくちゃくと前に進んでいるのを指を咥えてみていることしか出来ていない。能無しと言われても言い返すことすらできやしない。


(……ヤバい。どうしたらいい)


 先生に言われて目を閉じて瞑想だなんだと根気強く続けているものの、これにどんな意味があるのかすらわからない。まったくと手応えを感じられない。

 出来るはずなのに。わたしだってやれるはずなのに。

 わたしはあの偉大なお母様の一人娘なんだから。

 でも、なんで?


(なんで、わたしだけが……)


 わたしだけが魔法を使えないの?





 僕とルイの身体を吹き抜けた風は魔法によるものだった。

 魔法。魔法だ。

 僕の中で魔法と言えば、某ロール・プレイング・ゲームが頭に浮かぶ。タイトルに竜の名前が付き、水色のぷるぷるとしたゼリー状の敵がマスコットキャラのやつだ。

 その作中で、戦闘中やフィールド中に選択できるコマンド『まほう』を選ぶとテロテロって効果音が鳴って……いや、いい。

 とにかく、僕の中で魔法と言えばゲームってイメージが強い。


 ラゴンは僕たちにもわかりやすいように魔法について説明してくれた。


 1.この世界に存在するありとあらゆるものは大なり小なり魔力を擁している。

 2.それを操って好きな魔法にする。


 ……とのこと。

 わかりやすい? 言葉だけなら確かにわかりやすいけど、僕の中では一層謎が深まるばかりだ。


 ルイはわかってるのかわかってないのか「へー」と感心した様子で、僕は口をへの字にしてとりあえずと頷いた。

 ラゴンは魔法を再開した。


 部屋の中でまたも風が吹き荒れ、僕とルイの2人は抱き合って地面に伏せる。僕たちの体重では簡単に吹き飛ばされてしまいそうだ。

 風は一通り暴れまわると壁の方へと流れ、幾らかして止んだ。


「こんな感じかな。ほら、もう立ち上がっても大丈夫だぞ」

「ラゴンすごい!」

「うん……すごい……臭いがほとんど無くなったよ」


 壁に所々にある隙間に風を送り込んで、外気と入れ替えたと説明された。壁の隙間というが、煉瓦の継ぎ目と継ぎ目程度の隙間だ。しかし、部屋の空気はとても清々しい物へと変わっている。

 この部屋いっぱいの空気を短時間で入れ替えるなんて元いた世界でもそうできることじゃない。

 ここでの3年間と生前の15年ほど、数えてみれば成人一歩手前の歳だというのに、年甲斐もなくルイと一緒にはしゃいでしまった。


 次にラゴンは寝具から汚れた毛布とシーツを取り外しひらりと宙にひるがえす。僕らはおおーと歓声を上げた。

 ラゴンは風の魔法を使って2枚の布を浮かばせる。布を中心として水がどこからともなく溢れ出し、球体となって布を包んだ。今度は水の魔法だ。

 布は水球の中で回転し揉みくちゃにされる。勢いのあまり、飛沫が起こるも地面に落ちたり、僕たちに飛びかかる前にすぐに球体へと吸い寄せられた。

 最後にぱんっと音を立て水だけが弾け飛ぶ。四散した水は床に水たまりを作り、あとは宙に漂う布だけになった。


「最後に乾燥だな」


 ラゴンは少しだけ離れていろ、と僕らを壁際へと移動させて作業を続ける。

 ふと、部屋の中が暖かく……いや、暑く感じる。

 熱風だ。

 目の前の布は激しく宙を乱れ舞い、その余波として熱風が僕たちに吹き付けてきたんだ。


「洗剤でもあればいいんだがな」


 呟いてラゴンは魔法の発動をやめ、同時にすとんと床に落ちそうになった布を手早く掴みとる。悪戯っぽく僕らを包み込んだ。

 毛布は乾燥機を使った直後みたいに暖かくて、ルイはほかほかと顔を綻ばせている。

 臭いも……うん、かなり和らいでる。ちょっと気になる程度には残ってるけど、遥かにマシだ。

 寝具に敷き積まれていた干し藁も風で一撫で。今度は風だけを使用し、宙に浮かんでは回転し、また元ある場所に戻った。


 最後の後始末と、びちょびちょになった床の水へと手をかざし魔法を使う。ぼっと音を立てて水は蒸発し、部屋の中は白い水蒸気で覆われる。

 また風を操り壁の隙間へと白いモヤは吸い込まれていった。

 

「これで終わりだな。どうだ? もうジグに悩まされることもないだろう」

「うん、もう全然気にならないって言ったら嘘になるけど、すごい良くなったよ。ありがとう、ラゴン」

「うん、くさいのだいじょうぶ! ありがとラゴン!」

「なあに、これくらい朝飯前さ。よかったよかった、はっはっは」


 ラゴンは誇らしげに笑った。

 前と比べるとこの部屋の悪臭は極端に薄くなった。他人の家に遊びにいった時の自宅とは違う臭いくらいまで改善されたんだ。

 部屋が綺麗になったことは喜ぶべきことだった。でも、僕の頭には今見た魔法のことでいっぱいだ。

 

「ラゴン、今のもっと教えてよ」

「ルイも! ルイもおしえて! ルイもまほうする!!」

「……え? ルイ、今なんて……」


 ルイの言葉に僕の胸は高鳴った。

 考えてもみなかった。

 僕が何気なく使ったとはもっとどういうことができるのか見せてほしい、ってことだったんだ。けど、ルイにとってとは、自分で文字通り習うってことなんだから。


(僕にも……魔法が……使える……!?)





「ラゴン、僕にも魔法使えるの!?」

「ルイも! ルイは!」

「まあ待て待て……魔法を使うには素質が必要だ。人間には使えるものは少ない」


 その言葉に落胆する……素質か。

 こればかりはもって生まれたものだ。


「私の部屋にこい。お前たちには必要ないと思うが……一応、素質があるか見てやるよ」


 なんでも、ベニーやハック、テトリアには無理だったそうだ。

 意外だったのはウォーバンで、彼は簡単な魔法なら使えるみたい。直接は見ていないそうだが、大広間にいた小人の2人も使えるそうだ。

 後は、僕らの世話をしてくれた褐色の美男子(イルノートと言うらしい)はかなりの実力者らしい。


 素質があるかどうか試す道具があるらしく、説明されながら僕たちはラゴンの部屋へと招かれた。 

 そこで待っていろと僕たちを寝具の上に座らせ、ラゴンは探し物を続けながら会話を続ける。


「先に言っておくが、お前たちは十分見込みはある。2人は魔族だからな」

「魔族?」

「魔の種族で魔族だ」


 むむ、この世界で初めて聞く言葉だ。なんだか悪そうなイメージだ。


「ああ、魔族。私やシズクやルイ、それとイルノートも魔族だ」

「ほんと!? ラゴンもシズクもルイもいっしょ!」


 まあ、魔族と言っても様々らしい。

 僕はルイや褐色の彼、イルノートはてっきりシルフとかエルフとかそういうものかと思っていた。

 ラゴンは説明を続けてくれた。


 魔族は3つの種族に分けられる。


 1つは人間と同じ容姿をしたタイプ。魔人族と呼ばれ、僕がこれにあたるらしい。人間と見分けがつかず自分が魔人だと知らずに過ごしている人もいるのだとか。


 もう1つはルイのように耳の長い人たち。天人族と呼ばれ、耳の長さは両親の血筋で左右されるそうだ。名前の由来は空から降りてきたとか、そういう物語があるみたい。


 最後に、人と同じ容姿を持つも、頭部に突起物……角のある鬼人族だ。角の数はだったり、2本だったり、ラゴンは今まで5本の角を持った鬼人をことがあるらしい。


 おまけ程度に、ベニーはそのまま人間。他種族からは地人族、地の人、地上の人っていろんな呼び方をされる。

 ウォーバンやテトリアは獣人。ハックは龍族。

 この3人は亜人族と一括りにされていて千差万別、ラゴン自身も知らないほどに種類がいるらしい。


 あ、広場にいた髭の生えた2人は以前の世界と同じくドワーフという亜人族だ。

 なんで彼らだけドワーフって読み方なのかはラゴンも知らないっていう。

 ……ルイをエルフだどうとか言ってた手前、僕の名前と同じ感じがするよ。


 さて、長い耳を持つルイはともかく、なんで普通の人と同じ外見をしている僕が魔族なのかわかった。

 どうやら僕とルイの出生時に秘密があるそうだ。


「ほら、机の上に魔殻片が……青と黒の石ころがあるだろ。元は魔石だったものでな、お前たちはそこから生まれたんだ」

「は……? え、っと、魔石? から、生まれた?」


 言われて机の上を見てしまう。

 年季の入った机の上にさっき見た時と変わらず青色と黒色の透き通った石が置きっぱなしだ。


「そうだ。まあ、滅多にないがな、魔族の中には魔石の中から生まれてくる奴もいるんだ」


 普通は男女の営みがあって、ちゃんと母親の腹から生まれるそうだ。

 でも、魔族の中には稀に自身の魔力を大量に消費して子供を作り出す人がいるらしい。ラゴンが若かった頃、とある理由から頻繁に魔石を生み出していた時期もあったとか。


 魔石だからと売ってもあまり高い値はつかないらしい。かといって安いというわけでもないらしいが。

 理由としてまず魔石としての価値がないからだ。

 魔石と銘打っても、魔力を擁しているわけでもなく、魔力によって守れた頑丈な石という意味での魔石だそうだ。加工をすることも極めて困難らしい。


 2つ目に、いつ生まれてくるかわからないことにある。

 それは明日だったり数週間後だったり、数か月後、数年後……とそんな具合だそうだ。一応生まれる兆候はあって、数日前から微小な発光を繰り返すという。


 3つ目に、赤子の世話にある。

 卵が孵化したら赤ん坊が生まれるわけでして、その赤ん坊の世話にかける労力・養育費の問題にぶつかる。

 ルイを身近に見てきた僕にもわかる。赤ちゃんのお世話は付きっきりになっちゃう。


 最後に、生まれてくる魔族の種類。

 僕やルイみたいのが生まれるならまだしも(それでもいろいろと大変らしい)、鬼人族が生まれた場合はやっかいなことになるらしい。

 ……凶暴だから暴れまわることが多いんだって。


 また、魔石から生まれてくる子供は膨大な魔力を所持してることが多い。だからラゴンは僕らにも素質があると読んでいるそうだ。

 普通の魔族でも魔力を暴走させ村や町一帯を火の海に変えてしまったなんて話が少なからずあるそうだ。


 いつ生まれるのかもわからず、生まれたとして食い扶持を増やす可能性、そして、身の危険を追うリスク。これらを踏まえて魔石を欲しがる人は一部の人間に限られてくる。  

 ただ、やはり希少価値はあるらしく、気まぐれや長期的に将来を見えた末に購入する人もいたり、ここから“北の大陸”にはコレクターなんかも存在するという。

 金になるなら売れるものは何でも売るという商人も多い。


「シズクはルイのきょうだい?」

「はっはは、違うぞ。ルイは耳長いし、顔だって似ていない。ルイは訳あって私が…………いや、私もとしか聞かされていない。血縁ではない……だろうな」


 しょぼんと落ち込むルイ。僕は励ますみたいにルイの肩をぽんぽんと叩き、ルイはそれに気をよくしたのかにぎにぎと両手で僕の手を掴む。

 そう話しているとラゴンの手は止まった。


「ああ、あったあった。そういうわけでお前たちは魔族だって話だ。――おお、何年も使ってないから埃がすごいな」


 ラゴンが手にしたのは銀色の輪っか4つと、僕たちの頭ほどあるガラス球だ。どれも埃を被っていて、ラゴンはふうっとひと吹きかけて埃を飛ばした。


「この世界のものは誰しも少なからず魔力を持っている。だが、それを使うことができるは少ない」


 ラゴンは人間という言葉を強く強調する。


「そう、は、だ。だが、私たちは魔族だ。魔族っていうのは古い歴史からも魔力と共にあった。彼の厄災である夜行鬼神ノイターンはその圧倒的な魔力に同族からも恐れられたほどだ。やつの周りには視覚化できるほどの魔力が漂っていた」

「夜行鬼神……ノイターン?」


 ああ、聞いたことがある。

 確かラゴンが僕たちに言葉を教えるにあたって聞かせてくれたお話だ。

 盛り上げるためなのかノイターンノイターン! って叫んで、それをみてルイがきゃっきゃ笑うからノイターンはいないいないばーと同義語かと思ってたんだけど……人、いや魔族の名前だったんだ。

 ま、意味合いとしては同じか。肝心のノイターンの話自体はわからなかったけどね。


「今となってはおとぎ話の登場人物さ。ふっ……まあ、実在していたし、人間にとっては化け物の類だったなぁ」


 一瞬遠い目をしてラゴンだったが「それはいいとして」と言ってルイにガラス球を持たせようとして……膝の上に置いた。

 この大きさの球をルイが持てるかって聞かれたら落とすだろうしなあ……。


「ルイ。それに手を触れて、目を瞑れ。それから私の言うとおりにしてみろ」

「うん!」

「よし、まず頭の中で青色を思い描け。自分の髪の色だ。一番想像しやすいだろう。それから、青色を頭から指先へと流し込むようイメージだ。まずは頭から首へ、首から胸、胸から腕へ、腕にいったら最後に手に集中させて……」


 何を言ってるのかちんぷんかんぷんだ。

 こんな説明でどうやって魔法を発動できるというのやら……あ、え?

 隣のルイを見ながら呆れていた僕だが、なんとルイが持つガラス球の中心が青白く発光していくのだ。


「ルイ、見てっ!」

「……っ!?」


 僕の呼びかけで目を開けたルイは目の前のガラス球が青く光り輝いてるを見て声もなく驚いた。

 ラゴンは小さく微笑を漏らしていたが、ガラス球の光はさらに強くなり、強くなればなるほど彼の表情は驚愕した面持ちになった。


「ルイっ! シズクに球を渡せ!」


 言われてルイは放り投げるように僕にガラス球を渡し――受け取った途端にピシッとガラス球はひび割れてしまった。

 僕の膝の上に乗せられたガラス球はしばらく発光し続けていたが幾らか経って光を失う。後には稲妻が走ったかのように中心から外側へといくつかの裂け目を残した元のガラス玉に戻った。


「驚いたな。ルイの魔力量は私の想像を遥かに超えている。……さすが、といったところか」

「これ、大丈夫なの? 壊れちゃったんじゃ?」

「いや、シズク。大丈夫だ。これは魔力を込めると光る球で、安いものじゃないが、それ以外の使い道もそうそうない。2人の魔法のきっかけになるなら安いものだ」


 でも、安くはないんでしょう? なんて聞く暇もなくラゴンは次だと急かす。

 仕方ない。じゃあ、やってみますか……。

 正直なところ半信半疑だ。でも、実際にガラス玉は光ってみせたのだ。

 僕はひび割れたガラス球に意識を集中する。

 まずは自分の中で色をイメージする……だったよな。自分の髪の黒だから黒っていうのもちょっと嫌だし、それならルイと同じ青だ。

 だって同じくらい毎日見てるもん。


「シズク、がんばれ!」


 ルイの声援を耳にしながら目を閉じて頭の中で青を思い描く。

 薄暗い部屋なのに、目に届くルイの青色。最近は伸ばし始めたのか僕よりもやや長い青色。まだ女の子っていうよりも、無邪気なままの青色。いつも僕の周りにいて一緒に数年過ごしたあの青色……。

 思い描いたルイの色を頭から下へと流し込み、腕へ送って指先に……募る!


 ――ピシンっ!


 食器を落とした時みたいな音が僕の膝から聞こえた。同時に僕の手の平に痛みが走る。


「いたっ……あ……」


 だら、だら、と……目を開けると思い描いていた青とは違い赤黒い血が流れ出していた。


「「シズク!」」


 2人の叫び声が聞こえた。

 膝の上のガラス球はバラバラに崩れていて、手の平には破片が突き刺さっていた。他にも手首の方にも小さな切り傷が付いている。


「シズク! シズク!! シズク!!」


 怪我をした僕よりもルイが狼狽えている。直ぐにポロポロと涙をこぼして、泣きじゃくりだした。


「うぇぇぇんっ、シズクがっ、シズクがぁぁぁっ!!」

「ルイ落ち着け。大丈夫だ。おとなしくしていろ……シズク、怪我を見せろ。それと、手の平以外に痛いところはないか?」


 僕は自分の周りを見渡す。

 手の平以外は大丈夫のようだ。服にはいくつもの破片が飛んでいるが、怪我にまでは至っていない。

 それを聞いてかラゴンは安堵の笑みを浮かべる。いや、血が出てますけど……?

 結構、痛い。

 これは傷が残りそうだ。それくらい奥まで刺さっている。


「これくらいなら大丈夫だ。治る治る」

「大丈夫じゃないよ。痛くて泣きそうだよ……」

「……シズク。お前随分と我慢強い子なんだな。普通なら泣いて当然だけど……」

「え、あ……そういえば」


 小さい頃なんてちょっと転んだだけで泣き叫んでいたのを思い出す。

 カッターで指をちょっと切っただけで泣いたもんだ。そういう時はよく幼馴染のあの子が手を引いて水道まで連れて行ってくれたっけ………………あ、まずい。

 昔のことを思い出すのやめよう。別の意味で落ち込む。

 怪我をした本人でもないのにルイは今もぴーぴー泣いているし、これが当然の反応なのかもしれない。3歳児にしてはね。

 

「まあ、お前は夜泣きは酷かったが転んで泣くことは一度もなかったしな。逞しく育ってくれてうれしいよ」


 なんて言いながら、ラゴンは僕の手から破片を抜き取る、って突然過ぎる! いやいや、痛いって! 抜けたところから血がじゅわじゅわと流れてるし。ほら、血がぼたぼたと地面に落ちていくしさ!

 

「ほらほら、痛いの痛いの飛んでけ」


 そう、ふざけた様な口調で僕の手の平にラゴンは自分の手を近づける。


「ラゴン! 傷口を握っても血は止まらない……って、あれ?」


 僕の手を覆ったラゴンの手は淡く薄緑色に光っている。


「どうだ、もう痛くないだろう? 治癒魔法だ」


 僕の手の上で放たれている光は瞬時に僕の傷を癒していった。

 ラゴンの言う通り、痛みはもうない。けど、傷があったところがなんだか少し痒いや。手首についた小さな傷すらも一緒になくなっている。

 ついつい手をにぎにぎと動かす。虫刺されみたいな痒さはあるけど違和感はない。


「すごい……」


 これには風とか水以上に驚いたよ。と、感激のあまりラゴンへと顔を向けたところで、ふと、僕の手の平を見てラゴンがぴくりと眉をひそめた気がした。


「……と、まあ。突然のアクシデントはあったものの、お前たちにも十分素質があることはわかった」

「じゃあ、じゃあ!」

「僕たちにも?」

「ふむ、いけるだろう」


 やったー! と、僕とルイは抱き絞めあってその場で飛び跳ねた。

 僕も魔法が使えるんだ……!

 さっそくと2人で目を輝かせてラゴンの師事を受けようと思っていたのに……その日はそこで終わり。

 僕たちはラゴンに見送られて自分の部屋へと戻ることになった。


「ちぇ……」

「もう遅いからな。また明日からだ」


 ラゴンに見送られて自分たちの部屋に帰っている最中、僕の顔はにやけていた。

 頭の中ではいろいろな妄想が膨らんでいったのだ。

 自分の放つ炎で敵を攻撃したり、風で空を飛んだり、水で……水で何をするんだ? 大量の水を作り出して敵を流す……? エンカウントした敵を消す魔法になるのかな……ってとにかく! 僕は魔法を使えるんだ。

 隣を楽しそうに歩くルイを横目にちょっと試したくなった。

 思い描くのはあのゲームの回復魔法だ。

 序盤で覚えて、薬草代わりの重宝するあの魔法だ。……終盤の戦闘では使うことは殆どなくなっちゃう初級魔法だ。

 歩く足を止めずに、腕はそのままに指先に力を籠める。

 やり方はわからなかったが、ラゴンの真似だ。

 力を籠めたら出そうだし?

 さあ、出るか……!


「……ホイ――」

「ん、え……シズク、なにかいった?」

「えっ、い、いや、何も?」

「そっかー、きのせい?」


 なんて周りを見渡して首をかしげる。

 あ、あぶな……。

 さすがに冷静になった。あれはゲームの中の話であって、この世界のとは違うんだ。しかも、ラゴンは魔法の名前なんて呟かなかったし。普通に魔力を使えば出るはずだ。

 架空の回復魔法の名前を唱えるのを3歳児だとしても聞かれるのは恥ずかしい。

 ……ルイって案外耳がいいのかな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る