第14話 肝試し①

「今から旧校舎に肝試しに行かね?」

 隼人の言葉で思考が完全に停止する。


「え、」

「何? なんか都合悪い?」

 めちゃくちゃ悪いわ。


 ただ、口に出して言うわけにもいかず、なんとか筋の通った断る理由を考えていると、


「お、ビビってんの? だいじょぶ、今夕方だから何も出ねえって」

「じゃあ、何で肝試し行くんだよ」

「んー、ノリ? 旧校舎行ってみたいし。とりあえずしゅっぱーつ!」

「あっ、ちょっ、おい!」


 俺は隼人に右腕を掴まれ、そのまま旧校舎へずるずる連行されていった。



 ****



 ついに旧校舎の玄関に来てしまった。

 まずい。非常にまずい。


 肝試しというからには、七不思議の場所を一つ一つ訪ねることになる。そうすると、現在斉藤のいる旧印刷室にも向かわなければならない。


 即席で、7つ目の旧印刷室の怪談を、異なる場所の怪談に変えることも考えたが、前回俺たちの姿が旧印刷室で目撃されている以上、変更はできない。


 もし変えでもしたら、「あれ、旧印刷室の怪談なくね? 俺がこないだ幽霊らしきもん見たの、旧印刷室のあたりなんだけど」と言われることうけあいだ。


 というわけで、


「さーて、来たぞー、きゅーこーしゃー!」


 この、旧校舎とさいたまスーパーアリーナを取り違えているこいつをどうにかせねばならん。


 まずは正攻法で。

「なあ、隼人。やっぱやめないか?」

「何で?」

「教師にバレたらどうすんだよ」

「別に旧校舎に入ること自体は止められてないんだし良くね? つーか、バレるってのも一興じゃね?」


 駄目だった。


 じゃあ、方策その2。

「あ、肝試しに行く前に、トイレ行かないか?」

 別に肝試し自体を止めなくても良い。要は、斉藤を旧印刷室から逃しさえすれば良いのだ。


 幸いなことに、旧校舎にあるトイレは全て使用禁止だ。トイレに行くとなると、新校舎の方に戻らなければならない。その隙に斉藤を逃し——


「トイレはもう行った」

「……そうですか」


 駄目だった。


 じゃあ、方策その3。

「あ、俺、今週の週末課題まだ出してないから、職員室行かないと」

「そーなん? じゃあ、いってら」

「え」

「ん?」

「こう、ついて来てくれる、とか、は……」

「えー、職員室遠いじゃんー! 絶対嫌‼︎」

「……」


 駄目だった。


「てか、早く行こうぜ。最初どこ? どんな怪談?」

「あー、と、その」

「何? 何か隠してる?」


 心臓がぎゅっと縮んだ音がした。

「いや、そういうわけじゃ」

「じゃ、行こ」


 これ以上の抵抗は、余計な詮索を生む。

 俺は一旦隼人について行くことにした。



「まずは、女子トイレの怪談だな」

「へえ、どんなの?」


 一階の廊下を隼人と歩きながら、頭の中で斉藤の書いた小説を思い浮かべる。


「えーと。確か、清北うちがまだ女子校だった時の話だ」

「つーと、大正時代とか?」

「大正から昭和に掛けて、ぐらいか。

 うちの高校に、美智みち春子はるこという名前の女子生徒がいたそうだ。この二人は幼い頃からの友人で、ずっと一緒にいるという約束を交わした仲だった」

「それで?」


 何か斉藤を逃す方法はないか考えながら、続く物語を説明していく。

「しかし、美智は頭が良く、更なる学びのため推薦状を書いてもらえることになったのに対し、」

「春子はそこまでの頭じゃなかった、ってことか」

「ああ。それと、春子の家は旧家で、女学校を卒業したあとは結婚させられることが決まっていた。つまり二人は引き裂かれることになったわけだが、美智は春子との約束を守るため、推薦状を断ろうと思っている旨を春子に話した」


 へー、と気の抜けた返事を返し、隼人が物騒なことを言う。

「で? どっちが死んだの?」

「お前、言い方……まあ、死んだ。と言っても、不慮の事故だ。美智から推薦状を断る話を聞いた次の日に、春子は台風で増水した川に足を滑らせて落ちたんだ」


 と、隼人が間抜けに顔を上げた。

「え、女子トイレは?」

「この話にはまだ続きがある。美智が勘違いしたんだ。春子は美智自分のために、自ら命を絶ったんじゃないか、と。

 そのことに罪悪感を覚えた美智は、進学の推薦状を書いてもらった日の放課後、遺書を一枚残して、女子トイレで自ら首を吊った」

「なるほどー。で、ここが例の女子トイレってことねえ」


 話しているうちに、女子トイレの前に着いていたようだ。今の話をした後だと、女子トイレが禍々しいものに見えなくもない。


「てかさ」

「ん?」

 隼人の言葉に顔を上げる。隼人は俺の方を見ずに続けた。


「美智は自ら首を吊ったんだろ? 未練ないのに幽霊になって出るか?」

「あー、出るのは春子の霊の方だ」

「え?」


 隼人がこちらに目を向ける。

「春子は不慮の事故で亡くなったから、死んだ後も成仏せずにこの世にとどまっていた。そしてその最中、美智が自ら命を絶ったことを知る。遺書から美智の勘違いを知った春子は、女子トイレの前で謝り続けてるらしい。『ごめんね』とな」

「なるほどー」

「その謝る声が聞こえてくるらしい。あと、人によっては春子の霊を見た人もいるそうだ。

 で、どうする? 中入って、確認してみるか?」


 すると、隼人はふいと視線を逸らした。苦笑いしながら、

「いやー、それはやめとこうぜ」

「ビビってんのか?」


 旧校舎に来る前、隼人に言われたことを仕返しとばかりに言うと、隼人はぶつぶつと言い訳がましく何かを言い始めた。

「別にビビってるわけでは……いや、ある意味ビビってるか。いくら誰も使ってないとは言え、ちょっと抵抗が」


「は?」

 俺が首を傾げると、隼人がありえないものを見る目で見てきた。


「何だよ?」

 隼人は噛んで含めるように言った。

「創。ここは、トイレ。俺たちは

「あ」

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斉藤さんは物書き。 久米坂律 @iscream

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