第13話 何ですとver. 2
月曜日の放課後。
一条で席についた途端、斉藤は言った。
「大体書けました」
「まじか」
幾ら有名どころの怪談を流用したとしても、こんなに早くに上がるとは思っていなかった。
素直に驚く俺に、斉藤は四枚のルーズリーフを差し出す。
それの一枚目を目にした俺は思わず訊いた。
「え、何で小説形式?」
「え、違うんですか?」
てっきり、
『トイレの花子さん:夜中に三階の女子トイレに行き、手前から三つ目の個室を三回ノックすると、おかっぱ頭の少女が現れる。』
ぐらいのものが書いてあると思っていたのだが、差し出されたルーズリーフには、びっしりと小説が書かれていた。
どうやら、俺と斉藤の認識はかなり違っていたようだ。
「こう、ネタ? みたいな感じのつもりだった。すまん、言い方が悪かったな」
「なんか、私もごめんなさい」
「いや、俺が悪い」
軽く謝罪しあってから、ルーズリーフに再度目を落とす。
左上をホッチキスで止められた一枚目。その一番上に書かれていたのは、
「『薄暮の怪談』……?」
どうやら全編通したタイトルのようだが、怪談なのに薄暮とはどういうことだろうか。怪談と言えば、夜の方がイメージしやすいが。
と、内心の疑問が滲み出ていたのだろう、斉藤が理路整然と説明してくれる。
「私たちが船出君に目撃されたのは夕方です。だから、旧印刷室の怪談は夕方の話になるんですけど、他の怪談はそのまま流用すると、夜の話になっちゃうんです」
「ほお」
「それで、一つだけ夕方っていうのも不自然だったから、他の怪談も全部夕方の話に揃えました。だから、『薄暮』です。
旧印刷室の話を夜にするっていうのも考えたんですけど、船出君に目撃された以上、夕方は変えられなくて」
なるほど。賢明な判断だ。
それから、俺はざっくりと目を通し始めた。
怪談は、双子の兄妹が七不思議を巡るという
一話一話はあまり長くなかった。大体一話でルーズリーフの
各話のタイトルは全て「○○の怪」で統一されていた。
そうして十分ほど経った頃だろうか。
俺は全てを読み終えた。
顔を上げた俺に、斉藤が目を遣る。
「どうでした?」
「一つ訊いていいか?」
「何ですか?」
「旧印刷室の怪談、男女の話なのに、恋愛系にしなかったんだな」
「それは、その」
斉藤は、少し気まずそうに目を伏せた。
最後の七不思議「旧印刷室の怪」は、それまで七不思議を巡っていた双子の兄妹自身が旧印刷室の七不思議となる、という話だった。
別に兄妹という設定だからと言って、何か問題があるというわけではない。ただ、どうしてここまで恋愛というテーマを避けるのか、不思議だったのだ。
恋愛というワードでふと思い出した。
「そう言えば、斉藤。お前、隼人となんかあったのか?」
「船出君と?」
「そう。こないだ、俺の友達が隼人かどうか確認してただろ」
斉藤は俺の顔を驚いたように見つめた後、何か苦いものを飲み下すような顔をする。
俺を、そして自分自身を諭すように、
「いや、そういうことはないですよ。私が一方的に知ってるだけです。ほら、船出君目立つタイプじゃないですか。だから」
語尾が自信なさげに溶けてゆく。斉藤は、それを誤魔化すように、手元のミルクティーに手を伸ばした。
なんだか、やけに言い訳がましいな。
未だ斉藤と隼人の関係が見えないので、もう少し突っ込んでみる。
「隼人も斉藤のこと知ってたぞ」
「えっ、なっ、何で、ですか?」
面白いぐらい狼狽えている。それにしても「何で」か。どういう経緯だったかと思い出していると、
「あの、早坂君」
斉藤はぐっと身を乗り出して、潜めた声で言った。
「この小説、何があっても、ぜっっったいに、船出君には見せないでくださいね」
「お、おう」
意図するところはよく分からなかったが、込められた圧に、俺はただ頷くことしかできなかった。
****
翌日の放課後、掃除の後。
俺は、おおかた仕上がった七不思議の総仕上げについて斉藤と話し合うため、旧印刷室へ向かおうとしていた。
本当は「一条」の方が安全なのだが、生憎今日は休みときた。というわけで、仕方なく旧印刷室にしたのだ。
まあ、前回見られたのは、たまたまサッカー部が白菜のイントネーションで喧嘩したからであって、そんな頻繁にあんなくだらない喧嘩が起こるわけではない。多分、大丈夫だ。
掃除がない斉藤は先に旧印刷室に向かっている。
ほうきを掃除用具入れに突っ込み、リュックを肩にひっかけると、俺は急いで旧印刷室へ向かおうとした。が。
「創ー」
「えっ」
教室の後ろの入り口に、なぜか隼人が立っていた。
「え、おま、今日部活は?」
「んー? あー、なんか顧問が出張とかで無くなった。
んで、創。怪談思い出したー?」
「え、あ、まあ、その」
「ならさー、」
隼人は心底楽しそうに言い放った。
「今から旧校舎に肝試しに行かね?」
何ですと⁉︎
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