第12話 話し合い②

 話し合いに入る前に斉藤はミルクティーを頼んだ。


 そのミルクティーが到着するのを待ってから、俺は口を開く。

「最初に確認しておきたいことがある。今更だが、そもそも一週間以内に七つも怪談を考えろっていうのは、可能な話なのか?」


 隣の椅子に置いたリュックから、A5サイズの水色のリングノートを取り出そうとしていた斉藤は、顎に手を掛け、少し考え込む様子を見せる。そして、苦い口調で言った。


「ちょっと怪しいところですね」

「すまん、二週間にしておけば良かった」

「いえ、下手に期間を伸ばし過ぎると、怪しまれます。一週間が妥当かと」


 しかし、だからと言って、期間が短いことに変わりはない。とするならば、

「あ、じゃあ。隼人に目撃された印刷室の話は絶対要るとして、他の六つはテンプレートに頼ろう。それなら、そんなに時間はかからない」

「テンプレート?」


 首を傾げる斉藤に説明する。

「要するに、『トイレの花子さん』とか、『理科室の動く人体模型』とか、あのへんの有名な怪談を流用するってことだ」

「なるほど」

 斉藤は俺の言葉に冷静にうなずき、先ほどのリングノートにメモをし始める。リングノートは随分使い込まれた形跡があるので、小説のネタ帳として使っているものなのかもしれない。


 大方の方向性が決まったところで、俺はスマホで有名な七不思議を検索し始める。そんな俺を見て、斉藤は「本当にスマホで調べて、出てくるんですか?」と、随分懐疑的だった。斉藤も普段からスマホを使ってるだろうに。


 そして。

「やっぱ有名どこは『トイレの花子さん』、『理科室の動く人体模型』、『音楽室でひとりでに鳴るピアノ』、『段数の増える階段』とかか」

 調べたところ、やはり花子さんはかなり情報が多く、次いで人体模型やピアノ、階段が多かった。


「これで四つか」

 俺が言うと、リングノートに俺の話をメモしていた斉藤が顔を上げた。

「いや、待ってください。旧校舎に理科室はありませんよ」

「あ」

 そうだ。そこを忘れていた。


 清北高校は前身が女子校なので、旧校舎には科学室や生物室などの理科室がないとかいう話を聞いたことがある。確か、昨日見た校内の案内図にも載っていなかったはずだ。


「となると、オリジナルで考えないといけないのは、印刷室の話を除いて三つか。使えそうな教室とかあっかな」

 俺が頭の中で旧校舎の案内図を思い浮かべながら言うと、斉藤がぽつりと、しかしはっきりと言った。


「家庭科室、とか。被服室と調理室があるので、実質二つです。その二つで怪談を考えるとして、あと一つ」

「あと一つぐらいなら、一般教室で良いんじゃねえか」


 言うと、メモを取りながら斉藤がざっくりと纏めた。

「そうですね。じゃあ、この土日でアイデアを固めておきます」

「おお。俺の方でも考えてみる」

 そして、月曜も一条で話し合いをすることを決めると、今日はお開きとなった。


 コーヒーの代金を払うため、席を立とうとする。と、

「あのっ」

 斉藤がか細い声を上げた。俺はその声に引っ張られるように振り向く。


 斉藤はまだ椅子に座っていた。そのまま机に向けて、何やらぼそぼそと声を出す。

「……今朝は、その。えっと、……うございました」

「え? なんて?」


 聞こえなくて訊き返すと、やや怒ったように言われた。

「今朝は、ありがとうございました!」


 はて。今朝のこととは?

 少し考えて、急に立ち上がった斉藤をフォローした今朝のことを思い出す。

「いや、別に礼言われるようなことじゃねえよ。俺も関係あったわけだし」


 そう言って目をやると、斉藤は頰をうっすら染めて、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 可愛いとこもあるじゃねえか。



 その後、俺たちはそれぞれ代金を支払い、店の出口へ向かった。

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでしたー」

「またお越しください」


 俺たちの挨拶に、カウンターの中からにこにこと手を振っていた小野さんは、ふいに「あ」と声を上げる。

「早坂君は残ってもらっていいかな。ちょっと話したいことがあって」


 何だろう。バイトの話だろうか。

 俺は斉藤に帰るよう促すと、小野さんのもとへ向かった。


 カウンターの前に立つやいなや、俺は急にがしっと肩を掴まれた。そして、がたがた揺さぶられる。

「早坂君、彼女いたなんて、何で教えてくれなかったの⁉︎」

「えっ、彼女?」

「さっきの可愛い子だよー‼︎ 何で教えてくれなかったの⁉︎ びっくりしたんだよ、おれ‼︎」


 小野さんは裏切られたと言わんばかりの調子で喚く。しかし、とんでもない勘違いだ。


「いや、斉藤は彼女じゃないんで」

 がくがく揺さぶられたまま訂正すると、小野さんは「えっ、そうなの?」と間の抜けた声を上げて手を離してくれた。

 小野さんは、この辺りとても素直だ。そのうち、悪い人に騙されそうで心配である。


「はい、彼女じゃないです。っていうか、小野さん。他人のこと言ってる場合ですか」

 流石に今までの経緯全てを説明するのは面倒くさい。むりやり話をすり替えると、小野さんの顔がぼっと音が聞こえそうなぐらい真っ赤になった。それはもう面白いぐらい一気に。


 そして、

「ちょっ、えっ、な、なっ、何の、何の、こと、かな?」

 可哀想なぐらい、動揺していた。

「いや、なんか良心が咎めるんで、いいです」


 一つ息を吐く。

 小野さんは長らく片思いをしているのだ。名前も分からない、数少ない『一条』の常連客の女性に。


 本人は隠しているつもりらしいが、俺にはバレバレだった。というか、その女性が来店した時、小野さんは穴が開くほどずっと眺めているので、他の客も気付いているんじゃなかろうか。


 真っ赤になった顔を誤魔化すように小野さんが咳払いする。実際は、全然誤魔化せていないんだが。

「まあ、彼女じゃないならいいよ。それにしても、可愛い子だったねー。男の子たちは放っておかないんじゃないの?」

「さあ……」


 どちらかと言えば、常に女子と共にいるイメージで、男子と関わっているところはほぼ見たことがない気がするが。どうも人見知りのきらいがあるようだ。


 しかし、隼人も斉藤を「有名な美少女」と称していたし、俺が知らないだけで、斉藤を狙っている男子は多いのかもしれない。



 それから小野さんと少し会話を交わして、俺は店を辞した。


 外はすっかり濃紺に包まれている。

 店の横に停めた自転車のロックを外しながら、ふと思い出したことがあった。


 斉藤はどうして俺の友達が隼人かどうか確認したのだろう。あの時は斉藤が七不思議考案を引き受けてくれたことに気を取られてスルーしてしまったが、よく考えれば不思議なことである。


 隼人が何かしたのだろうか。例えば、美少女の斉藤にちょっかいをかけた、とか。

 いや、それはありえない。


 ロックを外した自転車にまたがり前を向くと、灰色の雲に覆われ、星一つない夜空が見えた。

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