第11話 話し合い

 結局、コーヒーはブラックで飲むには苦く、小野さんにミルクを貰った。


 ほんの少し舌に優しくなったコーヒーにちびちび口を付けつつ、店の本棚から出した本を読んでいると、入り口のドアから軋む音。

 見遣ると、やや息を弾ませた斉藤が、なぜか腰を屈めて立っていた。


 斉藤は店内をきょろきょろと見回し、俺に気づくと腰を屈めたまま、寄ってくる。

「何だ、その姿勢」

 訊くと、斉藤は声を張らずに喚いた。

「だって、いつ誰が見てるか分からないじゃないですか‼︎」

 そうですか。


 その姿勢を保ったまま、斉藤は俺の向かいに腰掛ける。そして、ぐっと身を乗り出した。

「な、何だよ」

「それで、何でバレることになっちゃったんですか?」

 その顔には、隠しきれない不安と焦りが見えた。


 どこから話したものか。俺は軽く咳払いしてから、話し始める。

「あー、その、昨日俺の友達が、部活中に死ぬほどくだらん理由で先輩たちと揉めて」

「死ぬほどくだらない理由って何ですか?」

「白菜のイントネーション。平たく言う派か、『は』を高く言う派かで揉めたんだと」

「え?」


 斉藤がなぜかきょとんとこちらを見る。そして、

「あの、平たく言う派と、『は』を高く言う派ってどっちが一般的ですか?」

「平たく言う派じゃないか?」

 俺がそう答えると、斉藤は少し曲げた人差し指を口に当てて「そうか、私、少数派だったんだ……」と呟いた。斉藤よ、今そこはどうでもいい。


 斉藤の思考を断ち切るべく、大袈裟に咳払いをしてから、俺は続ける。

「そんで、確か『は』を高く言う派が怒って、練習ボイコットするために、旧校舎の方に逃げ込んで、その時に見られたらしい。

 その友達以外の部員が俺たちを見たかは分からないが、少なくともその友達は、俺たちの顔までは見てないって話だったから、一応その場で否定はした」

「そういうことだったんですか……」

「で、だ」


 今度は、俺が身を乗り出した。

「否定はしたけど、それじゃ不十分だ。だから、斉藤に一つやってほしいことがある」

「やってほしいこと?」

 首をかしげた斉藤に、俺は言い放つ。


「旧校舎を舞台にして、ホラーの短編を七つ考えてほしい」

「……え?」

「旧校舎を舞台にして、ホラーの……」

「言葉自体は聞こえてます! そういうことじゃなくて、どういう経緯でそうなったのかって意味です!」


 そう言えば、そこをまだ話していなかったか。

 昨日の会話を頭に思い浮かべる。

「昨日、否定する時に、俺が『旧校舎でお前が見たのは、幽霊じゃないか。ほら旧校舎には七不思議があるとか言うだろ』って言って」


「うちの高校の旧校舎に七不思議あるんですか?」

「いや、多分ない。ただ、フィクションで出てくる旧校舎には、大体七不思議あるだろ? だから、説の補強として言ったんだけどな」

「けど?」

「友達が、その話を真に受けちまったんだよ」


 昨日、隼人に確認をされた俺は「隼人が見たのは幽霊説」を推していくことにした。

 しかし、この科学技術が発展した現代で「幽霊」などというのはあまり荒唐無稽だったので、その説を裏付けるために「(フィクションに出てくる)旧校舎には、七不思議とかあるっていうだろ」と言ったところ、


「え、清北うちの旧校舎に七不思議なんてあんの? 何それ、面白そう! もっと詳しく教えて!」

「えっ、そのー、どうだったかな」

「えー、何だよ。忘れたのかよー。じゃあ、明日までに思い出しといて。で、帰る時に聞かせてちょ」

 こうなった。


 かいつまんで事情を話すと、「なるほど」と斉藤が頷く。

「だから、ホラーの短編七つ、ですか」

「ああ、七不思議を考えてくれってことだ」


 隼人に「七不思議はド忘れしちゃった、てへぺろ」ということもできる。いや、流石にこんな言い方はしないが。


 しかし、今後のことも考えるなら、きちんと七不思議をでっち上げた方が安全な気がするのだ。そこで、普段から創作に慣れているであろう斉藤に、七不思議をでっち上げてもらうことを思いついた。


「言い出しっぺは俺だから、俺も出来る限り考えるつもりだ。でも、普段から創作に慣れてる斉藤が主体となってやる方が、リアリティが出るかと思って。

 やってくれないか?」


 そう問うと、斉藤がさっきと同様に、軽く曲げた人差し指を口に当てて俯く。


 そして。

「早坂君の言う『友達』って、七組の船出君のことですか」

「え? ああ」

 なぜ急に隼人かどうか確認されたのか分からないが、とりあえず肯定すると、斉藤は重々しく頷いた。

「……分かりました。私も当事者ですし、七不思議、考えてみます」

「助かる」


 俺は、コーヒーに手を伸ばした。喋り続けて乾いた口に含もうと、コーヒカップの縁に唇を付けると、

「って、今日じゃないですか⁉︎」


 唐突に放たれた素っ頓狂な声に、思わずコーヒカップから手を離しそうになった。

「おい、急にどうした?」

「急にどうした、じゃないですよ! 船出君は昨日『明日までに』って言ったんですよね⁉︎ じゃあ、実質今日じゃないですか‼︎」

「ああ、それなら。さすがに明日はきついから、一週間以内にしてもらった」


 そう言うと、

「先に言ってくださいよ! 心臓止まるかと思いました‼︎」

 と、なぜか怒られた。


 そうして、斉藤と俺の七不思議考案は始まった。

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