第7話 旧印刷室

 そうして、放課後がやってきた。


 人目を忍ぶために旧校舎にしたので、一緒に旧校舎に向かってしまえば意味がない。ということで、俺たちは旧校舎の正面玄関を入ったところで待ち合わせすることになった。



 掃除当番を終え、旧校舎の正面玄関に向かうと、斉藤さつきはすでにいた。校内の案内図を暇潰しがてら見上げているようだ。

 足音に気づいたのか、ふっと顔をこちらに向ける。

「遅かったですね」

「悪いな、掃除だ」

「そうですか」


 挑発した件が後を引いているらしい。斉藤さつきは、間違いなく不機嫌そうだった。

 これから謝罪するというのに、相手を怒らせるとは、俺はもしかしたら阿呆なのかもしれない。


 そんなことを思っていると、冷淡ながらも斉藤さつきが訊いてきた。

「それより、場所どこにします?」


 なるほど。案内図を見ていたのは暇潰しではなかったのか。

 俺も斉藤さつきに倣って、案内図を見てみる。


 いろいろな教室があるが、俺はとある教室を見つけて声を上げた。

「旧印刷室は?」

「印刷室? どうしてですか?」

 斉藤さつきがきょとんと見上げてくる。

 俺は至極当たり前のように答えた。

「そりゃあ、人目につかないから」


 確かに旧校舎に人が来ることは滅多にない。しかし、可能性はゼロとは言えないのだ。

 今は四月、これからいろんな部活が夏の大会に向けて練習に励んでいく時期だ。練習場所が足りなくなった吹奏楽部とかがやってきてもおかしくない。


 しかし、旧印刷室は使えないコピー機が二つ置かれているだけで、かつ教室のサイズも、他の教室の半分以下しかない。さすがに旧印刷室でわざわざ練習したいというような輩はいないだろう。


 斉藤さつきを見ると、なぜか口を開けて、鳩のような間抜けな顔をしていた。



 旧印刷室には机の類がないので、隣の旧進路指導室から机と椅子を二セット拝借してから、斉藤の小説を読む会? はスタートした。

 向かい合わせに座ると、早速斉藤はリュックを漁り始める。


 ちなみに、呼び方がシンプルに「斉藤」になったのには、ちょっとした経緯がある。


 旧印刷室にたどり着くまでのことだ。

 場所を旧印刷室にしたのは少し強引だったろうか、と、他に意見はないか訊いてみることにした俺は、斉藤に声を掛けようとした。そこで、ふと迷う。


 同級生の女子のことは基本的に、そこそこ親しければ名字呼び捨て、そこまで関わりがなければ「名字プラスさん」で呼び分けている。


 しかし、斉藤はそのどちらでもなかった。親しいわけではないが、「さん」を付けるのも不自然。

 カテゴリーエラーが発生していた。


 そこで、俺が迷い迷い「斉藤……さん」と言うと、「別に今更『さん』が付いてないくらいで怒りません」とぴしゃっと言われたのだ。斉藤は一ミリも表情を動かさなかった。


 というわけで、シンプルに「斉藤」と呼ぶことにした。それに伴い、脳内でも呼び名も「斉藤」に統一したというわけだ。

 脳内とは言え、何気に「斉藤さつき」とフルネームで呼ぶと長くなることに悩んでいたので、助かった。


 斉藤がリュックから水色のノートを取り出す。喧嘩の原因になった例のノートより色褪せているので、昔使っていたものなのだろう。やはり、名前は書かれていない。


 それをぞんざいに手渡された。そして、斉藤は冷たく言う。

「読んで欲しいものには、目次に丸を付けてるので」

「目次?」

「最初のページにあります」


 言われてノートを開くと、確かに一ページ目には、数字と小説のタイトルらしきものが列記されている。

 数字に付けられた丸は全部で五つあった。


 納得していると、斉藤がまたもや冷たい口調で言い放つ。

「じゃあ、読み終わったら声かけてください。私は課題をしているので」

 言うが早いか、すでに斉藤の手元には漢文のノートと教科書が用意されている。もう、俺の方は全く見ていない。


 なんかこの態度、無性に腹立つな。

 せっかくこっちは歩み寄ってやろうとしているというのに。いや、まあ、まだ態度にも行動にも出せていないが。


 少なくとも、斉藤が昨日のことで俺を毛嫌いしており、俺と違ってあまり反省の色が見えないことは確かだった。

 こうして整理すると、やっぱり腹立つな。


 しかし、そうも言っていられない。それに、そろそろ活字不足で、俺の体からは落ち着きが失われつつあった。


 俺は丸を付けられた数字の小説のページを開くと、ざっくり目を通し始めた。

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