第6話 挑発

 第5話の早坂がさつきに謝罪しようとしている理由を少し追加しました。

 酷いことをしたからという理由に加えて、第6話にもあるように、関係が拗れたままなのは気持ちが悪いから、と付け足しました。あと、進んで謝罪したいというより、人として謝罪しなければならないというニュアンスに変更しました。

 いろいろ書き直してすみません。今後もいろいろ書き直すと思います。


 それでは本編です。



 ****



 俺と斉藤さつきは今まで仲が良かったどころか、会話を交わしたことすらなかった。そして、斉藤さつきがどうかは知らないが、俺はほいほい異性に話しかけるタイプではない。加えて、斉藤さつきは学年でも有名な美少女だと言う。


 こんなにごちゃごちゃ言って、結局何が言いたいかというと、俺が斉藤さつきに直接話しかけると目立つ、ということだ。

 もし、下手に注目を浴びてしまうと、斉藤さつきが小説を書いていることもバレてしまいかねない。小説を書いていることは隠したい、と本人から直接聞いたわけではないが、バレるのは極力避けた方が良いだろう。


 というわけで、俺は前回のようにメモを使って、情報伝達を図ることにした。


 現在は木曜一限の世界史が展開されている。世界史で使うのは普通の大学ノートではないので、机の中から現代文のノートを取り出し、端の方をちぎり落とす。


 少し考えてから、文字を書いた。

『昨日言ってた小説を読んで判断するって話だけど、放課後に旧校舎のどっかの教室で良いか?』


 我が清北高校には、新校舎と旧校舎がある。

 高校としての機能は、全て新校舎に移行されているが、多分取り壊すのにも金が要るのだろう、旧校舎はそのまま放置されている。

 下校時間までは基本的に鍵が掛かっていないので、誰でも出入りが出来るが、その古臭さ故に誰も近寄らない。非常におあつらえ向きの場所なのだ。


 世界史のノートの回収に紛れて、先ほど書いたメモを斉藤さつきの机に置くと、二限、英語表現の時間の頭に返事が来た。


 そこには、『本当にやるんですか?』とあった。

 いや、お前が言ったんだろうが。確かに「望むところだ!」とかこっぱずかしい台詞を吐いて、引き受けたのは俺だが。

 あれは本当に恥ずかしかった。今後、俺の黒歴史になるのは言うまでもない。


 まあ、斉藤さつきも俺と同様、昨日はついかっとなって、正常な判断ができていなかったのだろう。落ち着いた今、断りたくなるのは充分理解できる(というか、今朝の俺は、断るという選択肢に辿り着けなかった。傍から見ると、今朝の俺は恐ろしく滑稽だったろう)。


 しかし。その気持ちを理解できるからと言って、ここで「はい、分かりました。じゃあ、やめましょう」と返してしまえば、謝罪の機会がなくなる。

 謝罪ができず、一生拗れたままというのは、やはり些か気持ちが悪い。ちゃんと喧嘩を終わらせるのが、一番健康的だ。


 少し考えてみる。

 下手したてに出て頼むというのもありではある。だが、どうしても、素直に頼む気にはなれない。

 俺だって分かっている。理性では、人として謝らなければならないと分かっている。が、本能では、斉藤さつきへの苛立ちを消化しきれているわけではなかった。

 となれば……ふむ。


 俺は英語表現のノートをちぎると、シャーペンを握り、文字を綴る。

 そのメモを二限の終わり、斉藤さつきの机に置くと、三限に入ってすぐに返事が来た。


『分かりました、放課後に旧校舎ですね』

 その文言には、静かな怒りが滲んでいる。


 それもそのはず。

 俺が送った文面は『昨日はあんなに威勢が良かったのに、今更怖気付いてるのか?』。


 要するに、挑発だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る