第26話 突撃都市

 構築するべき社会構造は見つかった。そのためにはまず教会と機械派の争いを止めなければならない。俺は甲賀麟太郎に詰め寄った。


「あんたはQED量子電磁場でここにいるんだろ。その技術を使えば教会と機械派の戦場の時空間の歴史も辿れるのか」


 麟太郎は顎に指を当てて思案した。深い黒のサングラスの奥にある目は窺い知ることができない。


「難しい。戦場ほど広大な量子電磁場の形成には強力な装置が必要になる」


「装置ならあります」


 論議する俺たちに八千代が答えた。


「軌道都市には地球帰還に備えて強力なQEDを発生させる高周波アンテナが装備されています。それを地球に投射すれば或は——」


「それでいこう。あんたのように時空間の歴史を辿るにはどうすればいい」


MMCマイクロ・マシン・サイバネティクスを使えば簡単だ。だがお前は時空間に干渉するアプリケーションを持っていない。冷血コールド•ブラッドを介したアップデートが必要になる」


「冷血なら地上にいる俺たちの手元にある」


「だったらどうにかなりそう」


 八千代が胸を撫でおろす。ここで冷血が必要になることを翠さんはは想定していたのだろうか。彼女のキレすぎる頭に恐怖したが、今はその恐ろしさが頼もしい。恐怖を味方にできれば、これ以上に心強いことはないのだ。そしてこれから俺は恐怖そのものを駆使することになる。


「QEDでどの"歴史を辿る"つもりなんだ」


 侵略行為は混乱を激化させるだけだという麟太郎の無言の圧力を感じながらも俺は至って正直に答えた。


「地獄を呼ぶのさ」





 世界は核の炎に包まれたなんて切り出し方があったように、俺たちは宇宙空間に包まれた。八千代が指をパチンと鳴らしたと同時に、共感覚幻想が宇宙空間の描写へとシーケンスしたからだ。深淵の足元には水晶玉のように青い地球。うねる蒼海と蒼天、万余の夜。軌道都市が高周波アンテナの発射フェーズへと移行する。衛星カメラで外部から360度撮影されているこの映像から見える軌道都市は、一昔前の人工衛星そのもので、内部に秘める仮想世界の存在など微塵も感じさせない。俺はなんとなく、共感覚幻想を可視化すると、オーロラのように揺れる光の雲みたいになるんじゃないかと想像していたが、その実態はひどく前時代的だ。いつの間にか八千代と麟太郎の姿はなく、八千代は都市民へと地球帰還作戦の説明、麟太郎は作戦遂行の準備に移った。作戦開始までのフットワークの軽さをみるに、量子的世界で生きる八千代たちに有識者の説得なんて無駄な時間は皆無なのだろう。


”メインシステム突撃都市モード起動。ヒューエルポンプ加圧開始。チャンバーチェック・・・異状なし。ライフリング動作正常——発射”


 機械音声が準備完了の報告をあげた刹那、軌道都市からアンテナが射出された。煙の尾を引きながら数多のアンテナが綺麗な平行を描いて並ぶ。黒い背景に四散する星々を燃えるエンジンの炎が十字架を切って遠ざかり、白いラインの尾が宇宙空間を切り分ける。


”再突入軌道の算出、修正完了まであと5秒”


 地球の曲面に沿うように、高周波アンテナはゆるやかな角度に軌道を修正し始める。地球の裏側へと回り込めそうなほどに緩やかな角度をつけながら熱圏と中間圏を越え、成層圏へと突入していく。上を見れば黒、横は群青、下には青と大気のミルフィーユが完成する。セラミック製のアンテナの表面はやがて大気との摩擦熱で赤く燃え始めた。

 街の上空を音速で通過し、更には戦場の上空をも通過する。枢軸教会アクシズの大聖堂と尖塔群、戦場の兵士たちをソニックブームが襲い、兵士たちは一瞬停止して敵味方問わずに上空を見上げて唖然とした。

 高周波アンテナの先にあるジェットノズルが逆噴射し、強力のGで軋みながら急激に減速していく。十分に減速したアンテナ群は戦場のあちこちの地面に突き刺さると、次々に卵の殻を割るように真っ二つになった。兵士たちは目の前に落下したそれらに驚愕し、訝しみながら遠ざかる。中には敵の新型兵器だと騒ぎ立てる者もいる。卵の中から天を衝く槍のように鋭いアンテナが飛び出して駆動音をたてて時空間へと干渉し始めると、俺の意識は共感覚幻想から引きずり出され、元の鞘へと帰っていった。

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