第10話 日立アキラ

「ここは僕の書斎でね。あまり気を張らなくていい」


 日立アキラは棚へと本を整頓していて、俺達にはその背中しか見えない。机にはカップが四つ、薄い金色の帯が縁どられている。カップの中には珈琲が、下町では嗅ぐことのできない上品な香りを燻らせている。書斎は適度に配置された観葉植物と何かの鉱石、シックな絨毯に木製の机といったもので、俺が想像していたような極彩色なインテリアとは真逆の空間だった。俺、瑞穂、犬童、小山は、横に長いよく沈むソファに一列で座っている。


「どうかしたかい」


 日立アキラは書棚を向いたまま尋ねてきた。


「いえ、想像していたのと違っていたので」


 機嫌を良くしたかのように鼻を鳴らすと、やがて本の整理を終えて俺たちの向かいへと腰かけた。同じ席に座る他の3人は口を開こうとしない。


「なぜ俺たちも一緒に呼ばれたのです」


 なぜ聖騎士になる犬童だけでなく、俺たち全員が呼び出される必要があったのか。そもそも、なぜ騎士団でもない犬童がいきなり聖騎士になるのか。本当に犬童には聖騎士の素養があるのか。疑問は他にも山積みだったが、俺はその質問に全ての意味を含んで投げかけた。聖騎士の素養であるなら、この中では断トツに瑞穂が有しているはずだが。


「もちろん君たちにもこの昇任試験に関係があるからだ。だがその前に、君たちはわれわれ枢軸教会が何を目指しているか理解しているかい」


「信仰に目的でも?」


「そりゃあね。なにも布教だけが目的じゃない。この街は教会が支配しているから警備活動のために武装だってしているが、そのためにわざわざ騎士団を立ち上げて、精鋭である聖騎士が必要かな?」


 俺たちはお互いに眼を合わせ、瑞穂が疑問を投げかけた。


「だったら騎士団、ひいては聖騎士は別に存在理由があると」


 日立アキラはその通りといって口角をあげた。


「そもそも騎士団は不穏分子を制圧するためのものじゃない。神へと近づくために、その調査のためにある」

 

 日立アキラは背後の書棚から地図を引っ張り出した。綺麗に折りたたまれたそれを広げると、街の外、開発されていない地域に細かくメモが記されていた。街から離れた位置に指を置く。


「試験の内容を伝えよう。君たちには騎士団に同行してここを調査してほしい。それが犬童くん、君が聖騎士に昇任するための条件だ」


 そう言うと俺たちを見まわした。反して俺たちは話の主旨が見えずにうろたえるばかり。


「君たちも知っての通り、教会の目的は神の下へと信徒を導くことにある。だが我々は神について知らないことがおおすぎる。何が言いたいか分かるだろ?」


「本気で神に会いに行くために、その神について調査しろと?」


 日立アキラは頷いた。教えに従う敬虔な信徒の模範的なその言葉は、教区長という立場なら満点といえるが、こうもあっけらかんとされると何か恐ろしい勧誘を受けている気にもなる。


「知っている人間は少ないが、大戦禍グレート•ウォーの直後、貴重な文献には神の存在が確かに仄めかされている。だったらそれが何なのか確かめたくもなるだろう?」


 そう言ってほほ笑む日立アキラの振る舞いは、いたずらを企む幼子に似ていた。


「我々はここを未調査地区と呼んでいる。文字通り、何があるのかまだ完ぺきには分かっていない未開の地だ。試験内容はただの調査の協力だが、侮らないでくれよ。騎士団が君たちの一挙手一投足を見て合否を判断するのだから」


 犬童は戸惑っていた。騎士団入りもしていない信徒が聖騎士になるというのは異例すぎる。


「なぜ俺なんです」


 そうして出てきた言葉はあまりに平凡で当然なものだった。


「聖騎士の素養がどのように定められているかは教えられないし、教会でも一部の人間しか知らない。だが君たちの日頃の努力はよく知っているよ。良い人材はこちらとしても多く吸い上げたいのさ。そしてこれはこちら側の事情なんだが、騎士団は今あまり多く人を調査に割けない。機械派ユニオンという名を聞いたことは?」


「いや・・・」


 ここにいる日立アキラ以外には初耳だった。下町にいると怪しい集団の名前をよく耳にする。ギャングまがいのゴロツキたち。彼らの衝突や抗争は日常茶飯事で、どこの誰が死んだというのは下町では何も珍しい出来事ではない。


「機械派ユニオンは枢軸教会から分離した信徒たちだが、目的は我々と変わらない。神へと至る道を探ること。だが彼らは我々のやりかたが気に食わなかったらしい。そしてその分離した機械派ユニオンが何やら教会の不利益になるようなことを企んでいると情報がある。騎士団はその対処に追われているのさ」


 騎士団も人手不足になるのかと呑気に構えてもいられない。これは、下町のゴロツキ同然の生活に甘んじるしかなかった俺たちにとって千載一遇のチャンスだ。日立アキラが犬童以外の俺たちにも声をかけたということは、メリットは何も犬童だけではないとみえる。期待の眼差しで日立アキラを見ていると、察したように口を開いた。言質はとるべきだ。


「もちろん、これは犬童くんだけの話じゃない。他の3人もいずれ騎士団になれるように手を回しておく」


 俺と小山は顔を合わせると、心の中でガッツポーズをとった。瑞穂はため息を吐くとそんな俺たちを見て腕を組んでそっぽを向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る