第4話 悪夢
霧が包む荒野は、魔女が住むおとぎ話のような悪意に見えた。路面は赤土で水捌けは最悪。一歩進む毎に靴に粘土質の泥がまとわりつく。抜き足と差し足で前へ前へ。敵に見つかったらすぐにでも・・・敵が?
敵とは誰だ。そんな疑問が生まれ、だがこの先には間違いなく敵がいるという確信めいた予感。身体が重い。なのに脚は止まってくれず、この最悪な足場をものともせず突き進み続ける。隣を見ると10メートルほど離れた先に、俺と同じように歩き続ける者がいた。更にその先にも、そのまた先にも。濃い霧にはボヤけた影しか見えないが、左を振り返っても同じように、歩き続ける者の影が多数見える。彼らはどこに向かっているんだろう。横に広がって、まるで押し寄せる壁のように列を作って、俺たちは同じ方向へと歩み続けていた。足に何かをひっかけ、つまづきそうになる。足もとのそれは、土に埋まりかけた人の頭だった。目は開かれたまま虚空を見つめ、そのズレた瞳の焦点は生を終えた者の虚ろ。なのに死体はパチりと瞬くと、埋もれた体を引き起こして列へと加わった。赤土まみれの体は激しく損傷している。腕は千切れ、肌は爛れていた。後頭部にはまるで隕石でも落ちたんじゃないかと思える大きな穴が空いている。よく見ると、列に並ぶ他の者たちも同じように激しく損傷している。歩いている者はみな死体だった。だから俺も死体だ。
「どこに向かっているんだい?」
隣の死体に尋ねると、表情なんてありはしないのだが、なんとなく優しく微笑んだ気がした。
「生者の世界だよ」
それを聞いて安心する。なんだ。このまま侵食するだけでいいんじゃないか。彼らの領域へ。
と、大きな鳥が頭上を駆け抜けたかと思うと、すさまじい爆音が鳴り響く。1メートル隣に雷が落ちたかのような轟きだ。そして閃光、荒野は白く消しとんだ。次に視界が開けたときは、おびただしい炎の群れ。列の死体たちは炎のムチで薙ぎ払われる。だが死体は自身の体が燃えていようが意に介さず行進を続けていた。自分が肉体だったことなど忘れてしまったのか、はたまた既に興味を失ったのか。焼けた死体の行進は、霧の荒野を夕焼けにも似た朱に染めた。まるで地獄の夜明けのように大地が燃え盛り、そしてまた、あの大きな鳥が空を舞った。同時に鳴り響く轟音。視界は混じり気なしの白。すると頭に風景が駆け抜けた。桜。空。雲。光のつぶて。そして声。
"つかまえた。MMCのおかげ。諦めた?それって本心?違うって私には分かる。だってほら。あなたはもうたった1つに括れない"
そして俺の目玉は転がり落ちた。世界がぐるりと回転すると、何かに貫かれたかのように膝をつく自分の体を他人事のように見上げる。隣では誰かが赤土の湿っぽさめがけて汚い罵りを吐きかけていて、目玉は踏み潰されてブラックアウト。
黒。
闇。
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