「攻略」8

<8>


「何のために訓練をしてきたのだ!へたれどもが!」


 緑延りょくえんの怒号が響く。

 城門から少し離れた移動式のやぐらの上で県伯が顔を真っ赤にしている。

 反対に、周りを囲む役人たちは一様に青ざめている。


 城壁に飛び乗った機兵きへいの大将は、その能力を考えれば城壁から櫓に飛び移ることも容易に思えた。

 しかし、孔鶴こうかくたちが遭遇した機兵と同じく、大将の機兵であっても城壁を超えて攻撃してくることは無かった。


 城内と、そして城壁上に守備隊員がいなくなると、大将の機兵は城中心部の建物内へと帰っていった。


「直ちに第二陣を編成する。残った兵を集めろ」


 緑延が命じる。

 晨鏡は思った。

 間違っている。

 無理なのだ。


 兵ではない。

 兵士ではないのだ。

 そう思ったら言葉にしていた。


「失礼ながら、『兵』ではありません」

「なんだと?」


 緑延が睨み付ける。


「兵ではありません。彼らは『守備隊員』です。軍隊ではない。兵士ではないのです」

「貴様…」

「これ以上、彼らに戦いを強いることは、いくら県伯とはいえ、ならぬことかと」


 緑延の体から青白い炎が立ち上る。

 爆発する。

 その寸前、側に控えていた楠祥なんしょうが前に出る。以前、晨鏡と陽河ようがが県伯を訪ねた際、手引きをしてくれた側近だ。


「わたくしからも申し上げます。これ以上の作戦継続は不可能かと。守備隊員たちの表情をご覧ください」


 言われて櫓の上の役人たちが眼下を見下ろす。

 恐怖に怯える顔。

 友の名を呼び涙する顔。

 負傷兵の手当てに必死の顔。


 数字上は800のうちの211が失われただけかもしれない。まだ500以上残っているのかもしれない。

 だが、その数字はすべて人なのだ。

 211は、そのすべてが感情を持った一人一人の人間なのだ。


「ここで下がれというのか。あと一歩だというのに」


 そう言いながら緑延も分かっていた。立て直しが必要だと。


「おそれながら、そのようにすべきかと」


 楠祥が膝をついて言う。

 緑延は城内を睨み付け、そして大きく息を吐いた。


「分かった。貴殿の進言に従おう」


 そして晨鏡を睨みつけて言う。


「立て直しには数が必要だ。守備隊以外からも多くの『兵』を集める必要があるだろう。攻略のための『軍』を作る必要がある」


 これだけの人命を失ってもなお、県伯は県単独で攻略を続けようと言うのか。


「州侯に…、州侯に報告すべきではありませんか?」


 櫓の上の役人たちがざわめく。何ということを言い出すのかと、県伯の逆鱗げきりんに触れたのではないかと、後ずさる者すらいる。

 晨鏡が想像しているよりも、県伯は県城で恐れられているのかもしれない。恐怖で支配しているのかもしれない。


 だが自分は部外者だ。部外者であればこそ、言える言葉もある。

 少し前ならば、部外者であることを言い訳に何も言わずにいただろう。


 しかし、もう言い訳はしないと決めた。詩葉しようと言葉を交わしたあの夜から。

 居合わせる多くの者たちの予想に反して、県伯は笑った。鼻で笑って、晨鏡に言った。


「ふん。州侯か。報告したければ好きにするんだな」

「それは、どういう…」


 困惑する晨鏡に、緑延が言う。


「それはその目で確かめることだ。だが、晨鏡よ。州侯に何を報告するのだ。『兵』を貸せとせがむのか?」

「そ、それは…。しかし、失敗の、失敗の責任は誰かが負わねばなりません」

「失敗の責任?なるほど、確かにそうだな。誰かが負わねばならぬだろうな」


 緑延が残忍に笑う。そう見えた気がして晨鏡は寒気を感じた。


「さて、誰が責任を負うべきかな?」


 問われて唾を飲み込む。蛇に睨まれた蛙とは、このような状況を言うのだろうか。


「そ、それは…」


 勿論、あなただ。

 それを口にすれば殺されるかもしれない。その恐怖が晨鏡をたじろがせた。

 その隙に、楠祥が言った。


「責任は、攻略隊を編成したわたくしにありましょう」

「な…」


 これには星鉱せいこうも驚いた。周りの役人たちも驚いている。楠祥が攻略隊を編成したという話は聞いていない。


「そうか。ならば沙汰さたは追って知らせる。県城にて謹慎しているが良い」

「は」


 膝をついた姿勢のまま楠祥が頭を下げる。


「お…」


 お待ちを。そう言おうとして、今度は緑延に先手を取られる。


「これから忙しくなるな。晨鏡。どうだ。私の下で働かないか。郷では貴様の居場所は無いだろう」


 これは一体、何の誘いなのか。晨鏡は戸惑った。


「我が幕僚ばくりょうの一人となるが良い。相応の地位は保証しよう」


 楠祥を切り捨てたその口で、楠祥がひざまずくその横で、緑延はそんなことを言う。

 この県伯は何者だ。

 晨鏡の背中を冷たい汗が伝った。

 

 

 

 

(第5章・完)

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る