「攻略」4

<4>

 

 細身の長身。波がかかったような長髪を後ろで一つに束ねている。

 本人は平均的な男よりも背が高いことを気にしているが、その長身は馬上に映える。弓の技量にも優れ、瑤陽ようようの騎射術を初めて見たとき晨鏡しんきょうはその姿に見惚みとれた。


 騎射術に接するきっかけは作良の誘いだったが、のめりこむ決め手となったのは瑤陽の姿だった。

 作良は少し離れた場所で若者たちの質問に答えている。


 瑤陽と晨鏡を遮る者はいない。

 視線が合うと瑤陽は目を逸らした。


 だが、立ち去ろうとはしない。

 近づいていくと、目を背けたまま瑤陽が言った。


「作良に頼まれて揃いの服を仕立てに来たんだ。制服作るって、馬鹿みたい」


 両肘をそれぞれ反対の手で掴んだ姿勢のまま瑤陽が言う。

 瑤陽は郷城で仕立て職人の見習いをしていた。いつか都に行ってみたい。都ではどんな洋服が流行っているのか見てみたい。目を輝かせてそんな話をしていた瑤陽が懐かしい。


「そうか。…夏蘭からんは元気か」


 気の利いた言葉の一つも晨鏡はかけることができない。

 瑤陽がちらりと晨鏡を見る。背の高さは同じくらい。視線が同じ高さで合う。


「元気だよ。こんなことになっちゃったから、式は延期すると言ってたけど」

「そうか」


 夏蘭の結婚。晨鏡が悪酔いした原因は、そこにもあったのかもしれない。淡い恋心。それが無かったわけじゃない。


「作良がさ、『晨鏡様は、もう別の世界の人なんだから』って、そう言うんだけど、ごめんね。あたし、そんなすぐに、切り替えられない」


 瑤陽が晨鏡をまっすぐに見た。その目は潤んでいるようにも見える。

 この3か月、晨鏡は瑤陽と一番長く時を過ごした。


「ああ…、構わないさ」


 晨鏡はようやく、それだけ言った。


「ほんとは、まだどうやって話したらいいか分からないんだけど…」


 そうだな。晨鏡が頷く。


「だけど…」


 続けて瑤陽は何を言いたかったのだろうか。瑤陽は言葉を継ぎかけ、そしておそらく思っていたことと違うことを口にした。


「仕方ないよね。狭い世界だし」


 ああ。頷きは言葉にならない。


「ねえ、晨鏡。これからどうなっちゃうのかな。あたしたち、元に戻れるのかな」


 城門が閉じてから、誰からとなく、幾度となく聞いてきた言葉。

 機兵を見るまでは、人が死ぬまでは、いや、機兵を見てからも、支城で多くの者たちが命を落としてからも、日常はそこにあり、いつもの暮らしもそこにあった。


 だが、日常は変化していく。些細なことで変わっていく。

 口にした言葉、行動、出来事が、日常を変えていく。言葉は人を傷付け、行動は過ちを引き起こし、出来事は容赦なく人の命を奪う。


 しかし、言葉は人を助け、行動は人を救い、出来事は新たな出会いを呼び起こす。

 いつもの暮らしは変化する。別れと、出会いと、その相反する2つによって。


 そうだとするならば、元の暮らしには戻れない。変わってしまった日常は、二度と取り戻すことができない。

 手に入れられるのは、新しい未来だけ。


 門を閉じたのは王だと、王の命令だと、県伯けんはくは言った。

 少年の王だと聞いていた。

 5年前に、10歳で即位した王だと。


 晨鏡は王に会ったことが無かった。見たことも無かった。

 噂に聞くだけの存在。王国宰相の傀儡かいらいと言われ、何の権限も持たない少年の王。


 彼は何を手に入れようとしたのだろう。

 どんな未来を思い描いたのだろう。


 その心は分からない。

 ただ、分かっていることは、王の命によって門が閉じ、それによって人が死んだということ。


「そうだな…」


 晨鏡は空を見上げた。

 空は青く、雲は白い。風は木立を揺らし、太陽は空に輝いている。

 瑤陽も見上げた。


 その空を生涯忘れることはないだろう。

 なぜか晨鏡は、そんな風に思った。

 

 

 

 

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