「攻略」3

<3>


 深泉しんせん郷に戻った晨鏡しんきょうは、郷主らに<機兵きへい>の存在を簡単に伝えた。

 電気のことについては説明を避けた。ただ、旧時代の遺物である可能性がある、と。現代の科学水準より高い水準の産物と思われるため、より慎重に行動すべきだ、と。


 そして、現在のところ、<城の外>において機兵による被害は確認されていない、と。

 それゆえ、安心して行動して良い、と郷内に通知を出すように、と提案した。


 通知は司法課長である香紗こうさによって直ちに発令された。

 各地で設立が進んでいる自警団に伝えられる。


 双木そうぼく村でも自警団の設立が済んでいた。南信なんしんによると初代団長に作良さくりょうが選ばれたという。

 村に戻るという冬壱とういに同行し、晨鏡も双木村に行ってみることにした。


 村の人口は1000人余り。200世帯ほどが暮らす。

 自警団は100人の若者で編成されたとのことだった。

 村に着くと30人ほどの若者が広場の脇に新しい建物を建てている。


「随分と大がかりじゃないか」


 晨鏡が声をかけると、作良が嬉しそうに笑った。


「せっかくなんで、『詰所つめしょ』を作ろうって、そういう話になったんですよ」


 林業が盛んな深泉郷では、利用できる木材が豊富にある。また、普段から木材の扱いに慣れている者が多く、建築職人も多い。

 冬壱とういもその一人だった。大工の見習いをしている冬壱は、目の前の光景に我慢できなくなったらしい。


「おれもちょっと手伝ってきます」


 言うなり足場を組んでいた若者に指示を出す。そこはそうじゃない。もっと角度を付けて。


「さすがは本職、といったところかな」

「そうですね。あいつは良い大工になりますよ」


 作良の言葉遣いが気持ち悪く感じる。


 役人の地位が高いこの国では、役人に対して一般人が敬語を使うことは特別なことではない。むしろそれが標準だ。

 しかし3か月ほど前、作良も行っている騎射術きしゃじゅつの仲間に入れてもらってから、晨鏡は作良たちに「普通に」接してほしい、と頼んできた。


 年頃も変わらない。騎射術においては晨鏡のほうが後輩になる。役人として接しないで欲しい。仲間の一人として扱ってほしい。

 その願いは叶えられていたはずだった。

 だが、どこかで壁を感じていた。出会って3か月。完全に打ち解けるには時間が足りなかったのだろうか。


 ―― 晨鏡はあたしたちと違うから ――


 その言葉が引き金となった。

 酒に酔った晨鏡は言葉にしてしまった。


 ―― そうさ。お前らとは違うんだよ ――


 自分のほうが上だと、そういう意味で言ったのではなかった。むしろ逆だった。

 輝いている仲間たち。きちんと職を持ち、働いている仲間たち。それに比べて自分は何をしているのか。ただ<郷主相談役>などという名目だけ与えられて、何も為すことができていない自分は、一体ここで何をしているのか。


 おれはお前らとは違う。お前らと違う、腐った野郎なんだよ。

 そう言いたかったのに。

 そう言いたかったのに、出てきた言葉は逆だった。


 ―― こんなところにいる人間じゃないだと?ああ、そうさ。ここはおれの居場所じゃない。だったら有難く思えよ。おれはお前らと違う人間なんだよ。相手にしてもらって、ありがたいと思えよ。なんなんだよ ――


 その翌日、城門が閉じた。

 ただそれだけのことが、世の中を変えた。

 晨鏡と作良たちの関係も変わってしまった。


 吐いた言葉のせいなのか。門が閉じたせいなのか。その両方なのか。そのどちらでもないのか。

 作良は一線を引いてしまった。


 晨鏡は嬉しくなかった。あなたは違う、そう言われても嬉しくはなかった。

 そんな言葉よりも、言ってほしかった。話しかけてほしかった。


 ―― どうした、晨鏡。おれたちがそばにいるぜ ――


 そんな風に。

 その思いはもはや叶わないのか。

 そこで晨鏡は気付いた。自分を見ている視線に。


瑤陽ようよう…。どうしてここに」


 あたしたちと違うから。誉め言葉で言ってくれたはずのその人。瑤陽がそこにいた。

 

 

 

 

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