「機兵」9
<9>
これは、わしが祖父に聞いた話じゃ。
祖父の、そのまた祖父の時代、世界は光に包まれていたという。
その時代、人々は鉄の箱に乗り、空を飛び、馬よりも早く大地を駆けた。
夜は昼のように明るく、空に星は要らなかった。
あらゆる病気は治り、人々は今よりもずっと長く生きた。
働かずとも生きていけたという。労働は鉄の人形が担ったという。
人々は実りだけを享受し、快楽に
平和で、満ち足りた時代だったという。
ところが人々は飽き足らなかった。
人々はさらに求めようとした。人類が、古代から抱いていた夢を。
永遠の命という夢を。
しかし、いつしか人々の暮らしに異変が生じ始めた。
永遠の命どころではない。
人が若くして死ぬようになった。新しい命が生まれなくなった。
種の多くが滅び、空が汚れ、川が汚れ、大地が汚れた。
天が乱れ、海は荒れ、陸は干上がった。
些細な事故があちらこちらで起こるようになり、やがて大きな事故が次々と起こるようになった。
たくさんの人が死んだ。
人々は考えた。この星を、元に戻さなければならない。
人々は託した。その答えを、人ではない別の存在に。
その存在が何であるかは伝えられていない。
だが、それによって、人類は滅亡の一歩手前まで追い詰められた。
わずかに残ったご先祖たちが、その存在の暴走を止め、今の世界を作ったという。
それが、今からそう、180年前の話じゃ。
嘘か真かは知らぬ。
ただ、祖父の祖父は、そう話していた、と。
それだけのことじゃ。
「何か手助けになったかの?」
老人が語りを終えた。
「いや…。そうか…。そうだな、鉄の箱…。昼のように明るい夜…。人ではない別の存在…」
長老の言葉を繰り返す。
そして呟くように言った。
「鉄の人形…。鉄の怪物…。労働を担う…。鉄の…人形?」
そこで晨鏡は
「そうか。電気禁止法か!気付かなかった。いや、その意味を知らなかった。そうか、そういうことだったのか」
椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、晨鏡が叫ぶように言う。
驚く
「ほっほっほ。そなたは州試及第だとか。さすがじゃの」
いつもなら
「そうか、電気禁止法か。そうだったのか」
繰り返す晨鏡に星鉱が尋ねる。
「し、晨鏡様。その、『でんき』?きんしほう?というのは?」
星鉱に振り向き、晨鏡が答える。
「星鉱殿。この国には、王国憲章と並ぶ最古の法があるのです。いえ、あると言われているのです。存在すら秘密とされ、何のために制定されたのか、いや、その書かれた言葉の意味すら定かではないと言われる法。それが電気禁止法です」
いわく、電気を作ってはならない。電気を研究してはならない。電気を使用する機械装置を作ってはならない。
「電気を使用する機械装置。鉄の怪物、いえ、鉄の人形の正体は、おそらくそれです」
星鉱に説明することで晨鏡は冷静になっている。
「なんと!そ、それで、その、で、『でんき』とは??『でんき』とは何なのですか??」
星鉱はまだ言葉の意味を掴めていない。
「わたしにも分かりません。なにしろ電気に関するあらゆる研究が禁止され、文献を残すことすら禁止されているのです。言葉すら失われているに等しいゆえ、おそらく王国広しと言えども、その内容を知る者は皆無に近いでしょう。電気を研究しようとしただけで、最悪死刑になる可能性すらあるわけですから」
「死刑!!」
星鉱だけでなく、
「ええ。電気とはなんぞや。それを公然と口にしただけで罰せられる。興味を持つことすら許されないのです。そう言われると、かえって興味を持ちたくなります。それゆえ、電気禁止法は、存在そのものも秘密とされているのです」
晨鏡が続けた。
「わたしも今まで、電気禁止法はおとぎ話の存在だと思っていました。調べようにも調べようがない。調べなくても、日々の生活に何の影響もない。学術的興味があったとしても、他にいくらでも研究材料はある。手掛かりすらないその存在に、ずっと興味を持ち続ける人間など、そうはいない」
「なるほど…。し、しかし、それならなぜ、晨鏡様はその鉄の化け物が、その『でんき』?とやらに関わるものだと?」
星鉱の質問に晨鏡が即答する。
「他に考えようがないからです。説明がつかないもの。説明がつかなかったもの。あの鉄の化け物は、我々が今まで持っていた知識では説明がつかないものです。電気禁止法もそうです。我々の知識では説明がつかない。説明がつかないものは、説明がつかないもので説明できる。そうは思いませんか?」
その答えに長老が笑う。
「ほっほっほ。面白いことを言うの」
そして興味深い顔つきで言う。
「祖父の祖父が言っていた鉄の箱、鉄の人形が『でんき』とやらで動いていたのだとすれば、そなたの言う鉄の怪物とやらも、その『でんき』とやらで動いているのかもしれん。その理屈は成り立ちそうじゃの」
「はい。電気で動く機械の兵士。そう、確か、『
そして晨鏡は言った。
「ご教授に感謝します。長老」
「なんの。わしは、昔話をしただけじゃ」
長老はこの日一番の笑顔で言った。
長老に礼を言い、家の外に出る。
まだ時刻は午後の3時を過ぎたばかり。
夜の8時に戻れるのであれば、すぐに郷に引き返す選択肢もあると考えられた。
星鉱は尋ねた。
「晨鏡様は郷にお戻りになられますか?わたしは県伯に今の話を報告しようと思いますが」
「そうですか…」
少し考えてから晨鏡は言った。
「ならば、わたしもご一緒してよろしいですか?」
「ええ、もちろんです。心強い。わたしだけではうまく説明できるか」
「わたしも自信はありませんが」
晨鏡が苦笑する。
「いえいえ。わたし一人では、おそらく何を言っているか県伯は少しも分からないでしょう」
肩をすくめる星鉱に晨鏡が言う。
「怒鳴られないように説明しないといけませんな」
すると、星鉱が驚いたように晨鏡を見た。
「な、何か?」
「いえ、晨鏡様も冗談を言うのだな、と」
晨鏡は脱力した。
「星鉱殿は、私を何だと思っているのです?」
「え?そ、それは…。お、おや?」
説明に困る星鉱。
「ははは。そう
「ど、同級生!そ、それは、まあ、確かに、そう言われればそうなのですが…」
晨鏡の思惑と異なり、かえって星鉱が困惑した様子を見せる。
晨鏡は寂しそうに笑った。苦笑するかのように装いながら。
その横顔を、冬壱が見ていた。
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