「機兵」8

<8>


 翌日、晨鏡しんきょう南信なんしんと一緒に、作良さくりょう冬壱とういの2人に会うこととなった。


 当初は、作良と冬壱の二人を陽河ようがに紹介し、総務課の主導の下、双木そうぼく村での自警団設立を進めてもらう予定だった。

 詩葉しように背中を押された晨鏡は、その主導的役割を担わせてもらおうと、陽河に頼むつもりだった。


 しかし、そこに県城から星鉱せいこうの知らせが届いた。

 若い官僚は、名を仁典じんでんと言った。

 昨晩のうちに郷城に到着していたらしいが、開庁時間まで待機していたという。


 仁典は晨鏡に伝えた。

 北西県西部郷、通称「河東こうとう郷」の北、大倉だいそう村というところに鉄の怪物を知る長老がいる。


 できれば今日中に大倉村に来てほしい。

 星鉱は既に、村に先乗りして待っている。


 深泉郷城から大倉村までは徒歩だと7時間ほどの距離にあるという。馬を使えば5時間前後といったところか。


 晨鏡は悩んだ。鉄の怪物のことも知りたいが、作良や冬壱との約束もある。自警団設立に関与したい気持ちも強い。

 体が二つあれば、と決断できずにいると、作良が言った。


「晨鏡様は河東郷に行ってください。こちらは南信がいれば大丈夫です。そうだよな、南信」

「はい。おれも晨鏡様と一緒に行きたいところですが、情報収集はお任せします」


 南信も頷く。


「冬壱、おまえは晨鏡様と一緒に行け」

「承知した」


 作良に言われて冬壱が二つ返事で頷く。

 晨鏡は戸惑った。まるで時代劇か何かのように芝居がかってはいないか。


「お供します。晨鏡様」


 何かがおかしい。

 世の中で異変が起きているのは分かる。昨日まで考えもしなかったことが起きていることも分かる。だが、元に戻れないわけではない。


 少なくとも晨鏡はそう思っていた。

 だから、こんな態度はおかしいと思った。これ以上、壁ができるのを嫌だと思った。


 そんなに自分を遠くに追いやらないでくれ。高みに上げないでくれ。一緒にいさせてくれ。


 だがその一方で、詩葉の言葉も耳に残っていた。明日から、またやり直せばいいじゃない。

 そうだ。もう断らないと決めた。求められたなら、引き受けると。


「分かりました。では、冬壱さん、よろしくお願いします」


 晨鏡は陽河に手配してもらい、冬壱と二人、再び馬上の人となった。

 天候に恵まれ、大倉だいそう村までは順調な旅となった。


 途中、2つの村を経由したが、普段通りの暮らしが営まれているように見えた。

 午後の2時過ぎに大倉村に着くと、仁典じんでんの案内で晨鏡と冬壱は星鉱と合流した。


「よく来てくださいました。晨鏡様」


 満面の笑顔で星鉱が出迎える。


「こんなに早くとは驚きました」


 県城を出てからまだ4日しか経っていない。県城まで片道2日の距離にあることを考えれば、星鉱は1日2日のうちに情報源を突き止めたことになる。


「晨鏡様たちをお見送りしてからすぐに休暇を申請しまして。善は急げ、と言いますから。まあ、上司には小言を言われましたが」


 屈託なく星鉱が笑う。


「何にしても、長老がまだ生きてて良かったですよ」


 村の最長老で、今年で100歳になるという。

 案内された民家に入ると、薄暗い客間の奥に老人が待っていた。

 顔に深いしわが幾本も刻まれている。


「これは、まぶしき男が現れたものよ」


 老人が口を開いて笑う。前歯は2本しか残っていない。


「眩しき、ですと?」


 晨鏡が不信感をあらわにする。老人の目が自分を見ていないように感じたからだ。


「わしはもはや光を失った。光を失ったからこそ、見えるものもあるのじゃよ」


 長老がくつくつと笑う。


「若者よ、名を何と言う」

「晨鏡と申します」

「そうか。では晨鏡よ。何が聞きたい」

「おれが見た、鉄の化け物の正体を」


 老人が声に出して笑う。


「ほっほっほ。鉄の化け物か。わしもこの目で見たことはない。だが、耳にしたことはある。長くなるぞ。聞く気はあるか?」


 老人の見えない目が光った気がした。


「もちろんです。そのために来たのです」

「よかろう。ならば語ろう」


 老人は語り始めた。

 

 

 

 

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