「機兵」7

<7>


 作良さくりょうの住む双木そうぼく村は、深泉しんせん郷の郷城から徒歩で2時間ほどの距離にある。

 郷城から最も近い距離にある村と言ってもいい。


 作良と知り合い、馬上から弓を射る騎射術きしゃじゅつの魅力にとらわれてから、晨鏡しんきょうは双木村にもよく練習のために顔を出していた。

 作良と同い年の冬壱とういは、大工の見習いと言っていた。


「あいつ、短剣術が得意でさ。親父さんが免許皆伝だかで、みっちり仕込まれたらしい」

「短剣術か。珍しいな」


 建国以来平和が維持されているこの国では、武器を使う機会はほぼ無く、守備隊以外は武器の携帯を平常は禁止されている。

 しかし、晨鏡たちが行っている騎射術のように、武芸はいわゆる「たしなみ」の一つとして、老若男女を問わず広く取り組まれている。


 馬を日常的に扱うことの多い北部では、騎射術、弓術のほかに、馬上で使える武器として槍術そうじゅつ棒術ぼうじゅつの人気が高く、剣術、特に短剣術は競技人口が少ない。


「長剣も一流だけどな。村の剣術大会じゃ冬壱の右に出る奴はいないな」

「へえ。そいつはすごいな」


 州城学校までは剣術に取り組んでいた晨鏡だったが、王都に出てからはほとんど行っていない。

 久しぶりに剣術もやってみたいな。そんなことを考えながら、晨鏡は冬壱がどれほどの腕前なのか空想した。

 そんな晨鏡に、作良が言った。


「んで、まあ、おれも青年団の一員として、自警団てやつに参加したいな、とは思ってるけど、具体的に何すればいいんだ?」


 作良は双木村の青年団長を務めている。


「そうだな…」


 晨鏡が少し考える。


「詳細が決まっているわけではないから大雑把にしか言えないが、南東支城の話は聞いたのか?」


 南信なんしんに目を向けながら尋ねると、作良と南信の二人がそろって頷く。

 既に南信が作良に伝えてあるようだ。


「そうか。北西支城でも守備隊が何人かやられたようだが、南東支城は守備隊が壊滅した。支城長の陸剛りくごう殿が健在なので、支城自体は安心だが、支城に属している村々は、何か事件が起きても対処できる守備隊がいないことになる」


 各城の守備隊は、地元の警察組織を兼ねている。


「北西支城もそうだな。郷の守備隊は無傷だが、支城に回す余力はないし、今後は郷の治安維持、城壁の見回りで精一杯になるだろう。だからといって、今すぐどうこうなるとは思えないが、村のことは後回しになる可能性は大いに高まってくる。そのために、自治組織として自警団を組んでほしい、ということだな」


 ふぅむ。作良が唸る。


「村の見回りをしていればいい、ってことか?」


 確かめるように言う作良に、晨鏡が答える。


「それもあるが、正確な情報を知っておいてほしい、ということだな。流言りゅうげんに惑わされず、不必要に村人の行動を制限したり、疑心暗鬼になって村人同士を分断したりするような真似をしないでほしい、ということさ」


 門がいつ開くか分からない。今後どうなるか分からない。見通しが明らかでないと、人は不安になる。

 不安は猜疑さいぎ心を呼び起こす。


 誰かの陰謀じゃないか。

 そんな風に考えると、他人を疑いだす。

 ありもしない流言に惑わされて、誰かが誰かを私刑にする、そんな事態が起こらないようにしてほしい。


 そういうことさ。

 晨鏡が説明すると、作良がまた唸った。


「う~ん。分かったような、分からないような」

「まあ、つまり、暴動が起きないように、村人同士が不必要な喧嘩をしないように。仲介役を務めてほしいってことさ。見張るんじゃなくて、仲介役な」

「ああ、それなら分かる気がする。自警団を作ったからって厳しく取り締まるんじゃなく、何か起きたら仲裁にいけ、ってことだな」


 合点がいったと作良の顔が輝く。


「まあ、そんなところだな」


 晨鏡が笑うと、作良も笑った。


「了解した」


 そして言った。


「やっぱり…」

「ん?」


「やっぱりあんたは違うよ」

「え?」


 何を言い出すのかと、晨鏡が驚く。


「いや、瑤陽ようようもさ、分かってたんだよ。おれも、夏蘭からんも。いずれあんたはさ、ここから出ていかなきゃ行けない人なんだって」


 作良がうっすらと涙を浮かべて言う。


「あんたは、いつまでもこんなところにいちゃダメな人なんだよ。おれたちとは、違う人間なんだよ。いや、聞いてくれ」


 否定しようとする晨鏡を制して、作良が言う。


「いや、聞いてください。晨鏡様」


 晨鏡が言葉を失う。


「あなたはおれたちと違う人間だ。それでいいんです。それでいいんですよ」


 南信が無言で聞いている。


「おれたちは、ほんの一時でも、あなたのような人と友達でいられて幸せだった。それで満足なんです。今日は、それを言いたくて来たんです。南信が、あなたが落ち込んでいると、そう言うから、気にしないでください、と。そう伝えに来たんです」


 作良は言った。


「力になります。いえ、力を貸してください。おれたちに何をすれば良いか、教えてください。あなたは、おれたちの誇りです」


 これは別れの言葉なのだと、友達ではなくなる決別の言葉なのだ、と。

 晨鏡はそう思った。

 

 

 

 

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