「機兵」6

<6>


「言い訳?」


 晨鏡しんきょうは慌てた。詩葉しようは一体、何を言っている。


「そう。せっかく議長になる機会を貰ったのに、階級を言い訳にして断った。会議の時もさ、意見を言って良かったんじゃない?求められなきゃ、意見を言っちゃいけないの?求められなかったから。それも言い訳だよね」


 詩葉の言葉に晨鏡は息を呑んだ。

 そうか。そうだな。確かにそうだ。

 妙に納得する自分を晨鏡は感じた。


 自由に意見を出し合うべきだ。そう言ったのは、昨晩の自分自身ではなかったか。

 会議なのだ。合議体で進めると決めたのだ。参加者ならば、意見は自由に言っていい。意見を求められるまで、黙っていなければならない理屈はない。


 だのになぜ、自分は意見を求められるまで黙っていたのか。なぜ、自分の考えを口にしなかったのか。


「…おれは、弱いな」


 晨鏡が自虐的に笑うと、詩葉が言った。


「そうやってさ、自分の弱さを認められるって、晨鏡の長所だよね。多分、だけどさ」

「え?」


 またしても晨鏡は詩葉に驚かされた。


「自分の弱さを認められる人は、人に優しくなれるよね。それって、長所だよね。でもさ、自分の弱さを言い訳にするんだとしたら、それって短所だよね」


 詩葉の言葉に晨鏡は目を見開いた。

 反論することはできなかった。


 何も言えない。ということは、自分は詩葉の言葉に納得しているということだ。


「長所でもあり、短所でもある、か」


 晨鏡が呟くように言った。


「そういえば昔、友達に言われたな。お前の長所はすぐに自惚うぬぼれるところだ、と。なんだそれは、短所じゃないのか。そう聞いたら、自惚れて調子に乗り、結果を出すのは長所だと。だが、調子に乗りすぎて足元をすくわれることは、短所なのだと」


 晨鏡が苦笑交じりに話すと、詩葉は真顔で答えた。


「ふ~ん。いい友達だね」

「そうだな」


 晨鏡は頷いた。詩葉の前では、いくらでも素直になれる。


「それにしても、すぐに自惚れるくせに自分に自信がないって、我ながらろくでもないな」


 自嘲気味に話すと、詩葉が言った。


「分かっただけ、いいんじゃないの?」


 そして、続けて言った。


「まだ間に合うでしょ。明日から、またやり直せばいいじゃない。失敗は、そのままにしていたら失敗のままだけど、それを反省して次につなげれば成功のもとになるって、誰かが言ってたよ」

「なるほどね。そうかもしれないな」


 詩葉の言葉に晨鏡は笑った。

 そうだな。明日、機会があれば、意見を言おう。求められなくてもいい。自分が思ったことを口にしよう。


 頼まれたら引き受けよう。相手が求めるのならば、それを素直に受け容れよう。

 そんなことを考えていると、店に南信なんしんが現れた。


 もう一人、体格のいい若者を連れている。

 騎射術きしゃじゅつ仲間の作良さくりょうだった。

 晨鏡が腰を浮かせる。


「作良…」


 6日前、酒に酔って暴言を吐いて以来の再開だ。気まずくないはずがない。


「よう、晨鏡」


 作良もぎこちない。


「南信に聞いたよ。大変だったんだってな」

「あ、ああ…」


 以前はどのように会話をしていただろうか。ほんの少し前のことが思い出せない。


「何飲んでるんだ?隣、いいか?」

「あ、ああ」


 晨鏡は答えた。


「詩葉、杯をもう一つ」

「はいよ」


 既に心構えができていたのだろうか。即座に杯が差し出される。

 晨鏡が作良の杯に酒をぐ。

 杯を合わせ、口に含む。

 少しの沈黙の後、晨鏡が言った。


「その、この間は、悪かったな」

「ああ。いや、おれは別に、いいんだけどな」


 怒っているのはおれではない。作良の言葉にその意味合いが読み取れた。


瑤陽ようよう、まだ怒ってるか?」

「そうだな。瑤陽は…、時間が必要かもしれないな。夏蘭からんは、仕方ないと、そう思っているようだな」

「仕方ない、か」


 それは許しの言葉なのか。それとも別の言葉なのか。

 次の言葉を失う晨鏡に、作良が言った。


「それで、南信に聞いたんだが、自警団を作るって?」

「え?あ、ああ。その方向で話が進んでいるが、それがどうかしたのか?」

「あ、いや、村で作るんなら、いい人材がいるって知らせたくてさ。冬壱とういって、覚えてるか?」


 作良の問いかけに、すぐに一人の若者の姿が思い浮かぶ。


「ああ、もちろん、覚えてるさ」

 

 

 

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