「機兵」5

<5>


 郷主ごうしゅも副郷主も合議体の議長を受けたがらない。

 ならば別の者を。

 場の流れがそうなったとき、晨鏡しんきょうは朝と同じように自分が指名されるのではないかと緊張した。


 しかし、晨鏡の名前は出なかった。

 代わりに選ばれたのは陽河ようがだった。


 晨鏡はそれを意外に思ったが、安堵あんどもした。

 自分は「相談役」という、本来であれば郷には存在しない役職。いわば部外者に過ぎない。


 相談されれば答えるし、助言を求められれば意見を出す。

 それをしていれば足りるはず。


 だが、議論が進んでも、陽河ようがは晨鏡に意見を求めることはなかった。他の参加者も、自分の意見を口にするが、晨鏡に助言を求めることはない。


 会議は高長こうちょう躊躇ためらいを押し切る形で郷債ごうさいの発行を決め、仮役場を建てる候補地を決めた。


 当面の業務は仮役場が建てられるまで、この仮天幕の中で最小限度のものだけを行うこととなり、民や村に課せられた届け出の義務や納税の義務などは延期されることが決まった。


 晨鏡の提案した「自警団」の設立も、総務課が主体となって進めることで話がまとまった。

 その手法や内容について、晨鏡の考えとは少し違うところがあったが、郷のことは郷に住む人間のほうが良く知っている。彼らがそれで良いと思うならば、口を出す必要は無いだろう、と晨鏡は黙っていた。


 会議は昼過ぎに終わり、郷は業務を再開した。


 郷債発行のために財務課が、仮役場建設のために土木課と司法課が、自警団設立のために総務課が動き出した。

 産業課は財務課と土木課の支援に回り、教育課は総務課の支援に回った。


 晨鏡には役割が与えられなかった。

 残念に思ったし、力になれない寂しさもあったが、満足感もあった。


 やるべきことはやった。提案することは提案した。

 他にやるべきことはない。


 会議の後、今日は会議に参加していなかった南信なんしんを見かけたが、会話はなかった。

 南信は南信で、郷のために働けばいい。


 自分はこれからどうしようか。支城の様子でも見に行こうか。

 まだ午後の三時前だったが、手持ち無沙汰となった晨鏡は、一旦家に帰ることにした。


 支城の様子を見に行くにしても明日だろう。

 今日は他にやることもない。

 夜になったら酒を飲むだけ。


 そう。いつも通りだ。

 日常が戻ってきた気がした。


 単純なものだな。

 晨鏡は思った。


 支城での惨劇を目の当たりにしたときは、日常はもう戻らないと思った。

 それなのに、郷城に戻って二日も経たないうちに、もう違う思いを抱いている。


 結局どこにも自分の居場所はない。


 夏蘭からん瑤陽ようように謝りに行こうかとも思ったが、足が向かなかった。

 どんな顔をして会えば良いのか分からない。騎射術きしゃじゅつの練習場に顔を出すこともできなかった。


 夕方の五時を過ぎた頃、詩葉しようの店に向かった。


「随分早いね」


 詩葉が意外そうな顔をする。


「まあ、な」


 昨日と同じ席に座り、酒を注文する。


 一口飲んで、ため息をつく。


「どうしたの?何かあった?」

「ん~。そうだな、何かあった、というよりは、何もなかった、が正解かな」


 晨鏡は話した。

 議長を頼まれたこと。断ったこと。会議が進んだこと。陽河が議長に選ばれたこと。意見を求められなかったこと。会議が無事に終わったこと。


「引き受けるべきだったかな?」


 晨鏡が尋ねると、詩葉は答えた。


「晨鏡は、どうしたかったの?」


 晨鏡は考えた。

 議長を引き受けたほうが良かった気もする。自分なら陽河よりもうまくやれた気がする。しかし一方で、やはり自分には荷が重かった気もする。自分が引き受けるべきではなく、郷の者が務めた。それが良かった気もする。


「どうなんだろうなあ。引き受けたほうが良かった気もするし、結果的に引き受けなくて良かった気もする」

「そう」


 詩葉が呟いた。そして言った。


「なんかさ。晨鏡って、言い訳ばっかりだよね」

「え?」


 まっすぐに自分を見つめる詩葉の目に、晨鏡は驚いた。

 

 

 

 

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