「機兵」4

<4>


 翌日、晨鏡しんきょうが東門付近の仮天幕へ向かうと、途中で陽河ようが伊魁いかいの二人が待っていた。


「晨鏡様にお願いがあります」


 陽河が切り出す。


「お願い?」


 朝から何だろう。晨鏡が身構えると、陽河は真剣な顔つきで言った。


「議長を務めてもらえませんか」

「議長?」


「はい。今朝方、課長職全員で話し合ったのですが、何かにつけて高長こうちょう様の判断を待っていてはらちが明かない。そこで、今後は合議制で進めてはどうか、と。その取りまとめ役を晨鏡様にお願いできないか、と。そういう話になりまして」


 つまりは郷主ごうしゅを排除する密約が成り立った。そういうことらしい。

 取りまとめ役に推されたことは嬉しかったが、晨鏡は躊躇ちゅうちょした。

 自分よりも、もっと相応ふさわしい人間がいるのではないか。


「光栄ではありますが、私で良いのでしょうか。伊魁様こそ相応しいのでは」


 陽河の横で面白くなさそうな顔をしている伊魁に矛先を向けてみる。


「ふん」


 伊魁は鼻で笑った。


「私に議長など務まるものか。威圧は得意だが、他人の話を聞くことは不得意だ。見れば分かるだろう」


 直球を返されては苦笑せざるを得ない。


「副郷主や郷城副官にお願いすることはできないのですか?」


 自分より等級が高い役職者、同等級の役職者を推薦してみる。


「ふん」


 これまた鼻で笑われた。


「副郷主など、郷主以上の飾り物ではないか。郷城副官に至っては、存在価値すら分からん」


 不満がそうさせるのか、伊魁は晨鏡に対する礼を忘れている。皆が決めたから渋々従った。それなのになぜ、素直に引き受けないのか。そんな様子にも見える。

 それでも晨鏡は二の足を踏んだ。


「そうはおっしゃられましても…」


 本来、望んでいた立場ではなかったか。窓際で無為な時間を過ごしていたとき、力を発揮できる場所を望んでいたのではなかったか。

 支城での惨劇を見たからなのだろうか。責任ある地位を任されることに気が引ける。

 決断できずにいると伊魁が怒気をあらわにする。


「何を躊躇ためらわれているのか。昨夜の様子を見て、皆が決めたのだ。そのような態度では、郷主と変わらぬではないか」


 失望させるな。伊魁の顔にはそう書いてあった。

 しかし…。


「いや、やはり副郷主にお願いするのが筋でしょう。私の出る幕ではない」


 伊魁の顔が真っ赤になった。

 陽河は目を見開いた。

 そして、はっきりと失望の色を見せた。


 心が痛んだ。

 だが、晨鏡は踏み出すことができなかった。


「お力になれず、申し訳ない」

「いえ…」


 陽河が言葉を切る。


「無理を言って申し訳ありませんでした。伊魁殿、戻りましょう」

「他でお役に立てることがあれば、何なりと」


 背中に声をかけたが、陽河は振り向かなかった。


 会議は開始から紛糾した。

 昨晩に引き続き郷債ごうさいの発行が最初の課題となったが、一夜明けても高長は決断することができなかった。

 その姿に、伊魁が合議制の採用を主張した。


 高長は目を白黒させるだけで、これもまた決断できない。

 陽河が議長の選出を議題に上げた。


「本来ならば郷主閣下が務められるのが相当であると思われるところ、司法課長によると特段の定めはないのではないかとのこと。そもそも合議制を採用して良いかも定かではありませんが、郷主閣下がご決断できぬのなら、そのお手伝いをさせていただきたい。席次に従い、副郷主閣下に取りまとめ役たる議長をお務めいただきたく、お願い申し上げる」


 高長は陽河の姿に目を見張った。

 どちらかといえば目立たない男ではなかったか。物静かだと思っていた男が、別人のように意見を述べている。


「異議なし!」


 伊魁が大声を出す。


「い、いや、そんな、議長などと、そういった役割は…」


 白羽の矢を立てられた副郷主がたちまち混乱に陥る。


「ご、郷主が自ら務められるべきだ!そ、そうでしょう!高長様!」

「そんなことを言われても、私はそのようなことをしたことがない!」

「わたくしもです!」


 これでは駄目だ。

 やはり自分が引き受けるべきだったか。晨鏡は悔やんだ。しかし、だからと言って、今更名乗り出ることも気が引けた。


「とにかく!!!!」


 伊魁が大声を出し、言い争う郷主と副郷主を黙らせる。


「どちらかにお願いしたい!決められぬというのなら、くじでもなんでも、どんな形でも良い。今すぐ、直ちに決めてもらいたい!!」


 結局、議長には陽河が選ばれることとなった。

 

 

 

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