「県伯」11
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「いかがでしたか?」
望む結果は得られたか、と星鉱が尋ねる。
「おかげさまで、最低限は。取り次ぎいただけて助かりました。ありがとうございました」
「いえいえ。お役に立ててなによりです。これからどうされますか?すぐに郷に戻られますか?一泊していかれるのであれば、宿をご案内しますが」
時刻は正午を過ぎたばかり。昼食を挟んだとしても、馬なら夕暮れ前に北西支城に着くだろう。
晨鏡は陽河と顔を見合わせ、食事をしてから出発する、と答えた。
「よろしければ、ご一緒しても構いませんか?定食で良ければ、よく行く店があるのです」
急いで戻りたい思いもあったが、20分、30分は変わらないだろうと、晨鏡は星鉱の申し出を受けることにした。
星鉱という人物を見極めたいという思いもあった。
店は県城広場にほど近い一角にあった。
昼時ということもあり、多くの客で賑わっている。
「ここは鶏の香草焼きがうまいんですよ」
星鉱が嬉しそうに二人に説明する。
厨房では四人の男が忙しく働いている。
その姿を見て、晨鏡はふと思った。
「なぜ郷城と県城で扱いが違ったのでしょうね。県城には近衛が来たが、郷城には来なかった。そこが引っかかっておりまして、郷城にまで人が
肉を頬張りながら星鉱が話す。
晨鏡と話せるのがよほど嬉しいのか、星鉱は良く喋った。
「もっとも、県城でも誰が閉めたかは分からないのですが。晨鏡様、『鉄の怪物』についてもう少し詳しくお聞きしてもいいですか?」
構いませんよ、と晨鏡が頷く。
「実は、あれからずっと考えていたのですが、どこかでその話を聞いたような気もするのです。どこで聞いたのか、まるで思い出せないのですが、もしかしたら村の長老から聞いたのかもしれません。晨鏡様にご紹介できれば良いのですが…。わたしが州城学校に入ったときに、すでに90を超えていましたからね。まだ生きているのかどうか…」
「長老、ですか」
「ええ。ちょっと調べてみて、何か分かったらお伝えします。それと…」
星鉱は声の調子を抑え、辺りを見回してから小声で晨鏡に言った。
「どうも県伯閣下は、何か隠しておいでのご様子です」
「と、いいますと?」
晨鏡が反応すると、星鉱はますます声を潜める。
「何が、とは断言できないのですが、何かを知っているのではないか。そんな気がするのです。お二人の前に、南部郷と西部郷からも使者が来たのですが、県伯はその前から郷城が閉ざされているのを知っていたのではないか。どうもそう思えてならないのです」
「それは、県城が閉ざされていたからではないのですか?出張所も閉ざされておりましたし」
「それにしては落ち着かれていた気がするのです。
それを聞いて晨鏡がちらりと陽河を見やる。その目の動きを星鉱は見逃さなかった。
「晨鏡様も何かご存じなのですね」
まっすぐに問われて、晨鏡は苦笑せざるを得なかった。自分の腹芸はまだまだらしい。
「星鉱殿には敵いませんね。場所を変えてお話ししましょう」
三人は会計を済ませると、北西出張所方面へ向かった。
晨鏡と陽河、二人の馬は北西出張所に近い宿に預けてある。
途中、星鉱の行きつけの喫茶店に立ち寄る。
昼時を過ぎ、客足は引き始めている。
「ここの二階はいつも空いてるんですよ。内緒話には最適です」
星鉱がいたずらっぽく笑う。
なるほど、二階に上がると他に客はいない。また、席が机ごとに格子板で区切られており、誰か来たとしても真後ろに座られない限り話を聞かれる心配はなさそうだ。
晨鏡は星鉱に郷城にあったという立て看板の話をした。城を制した者に統べる権利を与えると書かれていた、その看板の話を。
「ふぅむ。『統べる権利』ですか。普通に考えれば、郷城の支配権、統治権ということになるのでしょうか。支城はどうなっていたのですか?」
「支城には立て看板のようなものはなかったと聞いています。少なくとも深泉郷南東支城には無かった。中央郷北西支城は上級役人がいなくなってしまいましたので定かではありませんが、見た者はいないようです」
ふぅむ。再び星鉱が考え込む。
「支城に無かったとすれば、支城を制しても支配権は得られない、ということになるのでしょうか。『制する』というのがどういう状況なのかも謎ですが。お二人が見たという、その『鉄の怪物』を止めれば、城を制したことになるのでしょうか」
分からないことだらけですね。星鉱は言い、そして続けて言った。
「郷城を制すれば郷の支配権を得られるというのなら、県城はどうなのでしょう。県城を制すれば、県の支配権が得られるのでしょうか。わたしは県伯閣下が妙に落ち着いているのが気になっているのです。これは晨鏡様ですから言うことですが、あの短気な県伯閣下が、少なくとも出張所の中の様子を確認せずにいる、そのことが納得できないのです。県城以外の城もまるで放置ですし。郷城や支城の様子を確認しないというのも…。それが、いきなり今朝になって正門前に仮役所を作れ、ですしね」
待機命令が出ているとはいえ、少しも探ろうとする気配が感じられないのは、中の様子を知っているからではないのか。
晨鏡も考えた。考えたが、晨鏡と陽河の二人が鉄の怪物の話をしたときは驚いているようにも見えた。
それを伝えると星鉱がまた唸った。
「そこまで…とは思っていなかった、ということなのでしょうか。こればかりは、ここで考えていても分からなそうですね」
星鉱は残念そうに笑った。
出張所の近くまで二人を送ってから、星鉱は「何かあればすぐに知らせます」と県城広場に戻っていった。
その足取りや話しぶりは、どことなく興奮しているように見えた。
もしかしたら、晨鏡もそうなっていたのかもしれない。いや、そうだったのかもしれない。
支城での惨事を知らなければ。支城での惨事を知るまでは。
何かが起こっている。自分の知らないところで、知らない何かが起こっている。
そのことに胸を高鳴らせていたのかもしれない。
三日前を思い出してみる。
ひどい二日酔いで体調は最悪だった。
だが、どこか期待していなかっただろうか。
何かが始まったと。
「物語…か」
晨鏡の呟きに陽河が聞き返す。
「え?」
「いや、何でもありません」
これが物語の出来事だったなら。
晨鏡は自嘲の笑みを浮かべると、視線をまっすぐに向けて表情を引き締めた。
「戻りましょう。郷へ」
その横顔に、陽河が頷いた。
(第3章・完)
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