「県伯」5
<5>
城内に入ろうとしなければ攻撃してこない。
城壁を超えて、攻撃されることはない。
その2点が共通していることを確認し、
頭領は名を
支城長を始めとする支城の上級官僚は、城壁に登らなかったにも関わらずその姿を消していた。
おそらく逃げたのだろう、というのが孔鶴の言い分だった。
残った郷試出身の役人たちは、50人ほどが孔鶴の指揮下に入って働いていた。
「あんたはその辺の役人とは違うようだ。帰りにまた是非寄ってくれ。県城の話を聞かせてほしい」
そう言って携帯用の食料も持たせてくれた。少量の酒も。
支城で時間を使った分、日が暮れるまでに県城に着くのは難しくなった。
近隣の村で宿を借りることも考えられたが、晨鏡と
誰とも関わらずに済む時間が欲しかったからだ。
平原に荷を下ろし、火を起こす。
天幕は持ってきていなかったので、火の回りで雑魚寝することとなった。
7月とはいえ、北国の夜は涼しい。
二人は交代で火の番をしながら休むことにした。
まだ酒を飲む気にはなれなかった。
昨日の出来事を、今日見た街の惨状を、思い出すと震えが来る。
晨鏡が焚火に手を当てて揉んでいると、先に横になっていた陽河が背を向けたまま言った。
「これからどうなるのでしょうか」
陽河は直接鉄の怪物を見たわけではない。だが、陽河も目の前で人が死ぬのを見た。城壁の上から人が落ちてくるのを見た。大木が人を
晨鏡は答えることができなかった。
明日のことも分からない。今日これからのことも分からない。無事に夜が明けるのかも分からない。
ただ城門が開かなかっただけ。閉じられただけ。それだけのことが、遠い過去のことのように思える。
多くの人にとって、城に入れないことなど大したことではなかったはず。
それなのに、この2日間で多くの命が失われた。
これは一体、どういうことなのだろう。
焚火を見つめて晨鏡は考えた。
なぜ、彼らは死ななければならなかったのだろう。
なぜ、多くの人が命を落とすような事態が生じたのだろう。
考えても答えは見つからなかった。
見上げる夜空も、答えを教えてくれなかった。
ただ思った。
世界はおそらく、変わってしまったのだ、と。
***
翌朝、孔鶴の持たせてくれた携帯食料で簡単な朝食を済ませてから、晨鏡と陽河の二人は8時過ぎに県城の外門をくぐった。
県城は一見平静を保っているように見えた。
市場は盛況に見えたし、往来する人々の様子も落ち着いているように見えた。
しかし、街の至るところに普段と異なる空気が潜んでいた。
見れば各所で人々が集まり、城の方角を見やりながら話し込んでいる。その顔には苛立ちや戸惑いといった感情が浮かんでいる。
「先に出張所を見ていきましょう」
晨鏡が陽河に提案する。
県城は郷城の10倍を超える規模をもつ大きな城だ。城内には中央郷の郷城もあるほか、人口も平均的な郷城の10倍近い5万人を数えるため、市街地に「城内の支城」ともいうべき複数の出張所を備えている。
ここ北西県の県城にも北西、北東、南西、南東のそれぞれに1つずつ、計4つの出張所が備えられている。
規模は支城とほぼ同じ。高さ20尺(約6メートル)の壁で囲まれていることも同じだ。
果たして県城内の支城でも門が閉ざされているのか。
二人が北西の支城に到着すると、案の定、ここでも内門は固く閉ざされていた。
人々が正門前に集まり、守衛に詰め寄っている。
「一体、いつになったら開くんだ」
「解体の許可がいるんだ。許可なしでもいいのか」
「戸籍の証明がいるんだが、困ったな」
そんな声が聞こえる。
そこには来る途中で見かけた苛立ちや困惑があるが、深泉郷の南東支城や中央郷の北西支城で感じた恐怖や悲しみといった感情は見当たらない。
この違いは何か。
門の前に立つ守備隊員たちも、住民と同様に困惑している。いつ開くのかと問われても、自分たちも分からない。そんな顔に見える。
押し問答する人々から少し離れたところに立っていた当惑顔の守備隊員に晨鏡が声をかけた。
「失礼。私たちは深泉郷城から来たのですが、何かあったのですか?」
素知らぬ顔をして聞いてみると、意外な答えが戻ってきた。
「何かあったも何も…。三日前に退去命令が出て以来、この騒ぎですよ」
「退去命令?」
首を傾げると、守備隊員もさらに困惑した様子で仲間の隊員と顔を見合わせる。
「どういうことです?」
晨鏡が重ねて尋ねると、隊長格の守備隊員が歩み出てきた。
「県城では3日前から郷城、出張所も含めて、全職員に退去命令が出ておりまして、以来ずっとこんな調子なんですよ。一体どうなっているのか。退去したのは良いが、それから何の連絡もなく。このように門が閉ざされたままなのですが、深泉郷城は違うのですか?」
晨鏡と陽河が顔を見合わせる。
だいぶ事情が異なるようだ。
そう認識し、晨鏡は守備隊員に答えた。
「ああ、いえ、その後の指示を仰いで来るよう郷主に命じられまして、ここに来たのですが、そうですか。県城に行く途中で立ち寄っただけですので、県城に行ってみることにしましょう」
「そうですね。
肩をすくめ、守備隊員が苦笑した。
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