「県伯」4

<4>


「なんだ、あんたら。どこの役人だ。どっから来た」


 声の主に目をやり、晨鏡しんきょうは軽くひるんだ。

 軽く6尺5寸(約1メートル96センチ)はあろうかという大男が近付いてくる。

 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうという言葉がまさに相応ふさわしい。


深泉しんせん郷郷城から来た。県城を目指している。ひどい有様だが、何があった」


 晨鏡が尋ねると、偉丈夫いじょうぶが答えた。


「昨日から城に入れない。支城の役人らが門をこじ開けようとしたがビクともしねぇ。なので、支城の役人らが城壁に登り、中から開けることになった。おれたち職人連中にも声がかかったから、梯子やらなにやら、使えるものを持って集まった」


 男は職人集団の頭領のようだった。

 話の内容は南東支城で行われたこととほとんど同じだったが、城内に入ろうとした手法が違っていた。


「城壁に登ったは良いが、やぐらの戸も開かないという。じゃあ、ぶち壊すかってんで、城壁に丸太を上げることにした。ところが、こんなでっけえ丸太を使っても、ビクともしやがらねぇ。門と一緒でどうにもならねぇ」


 男が体の前で輪を作り、丸太の太さを示す。その大きさが本当ならば、丸太の太さは1尺5寸(45センチ)ほどといったところか。


「そうこうしていたら、奴が現れたのさ。あんたら、信じられるか?鉄の塊だぜ。たぶん鉄、だけどな。鉄の塊みてぇな人間が、鬼のような速さで動くんだ。両手に剣を持ってやがってな。剣といっても、これがなげぇ。1本8尺(2.4メートル)くらいあったんじゃねぇかな。それを振り回して、そいつは城壁に飛び乗って来た。信じられるか?20尺(6メートル)の高さをひと跳びだぜ?」


 ちょっと待て。

 晨鏡が話を止めた。剣を持っていた?城壁に飛び上がった?


「おれたちも南東支城で化け物を見た。だが、そいつはあんたが話しているのとは違う。紙と筆はあるか?」

「紙と筆だと?あるぜ。おい、お前。すぐに紙と筆を持ってこい」


 言われた職人がすぐに走り出す。

 周りの人々の動きも統率が取れている。指導力のある頭領のようだ。


「お待たせしました」

「おぅ」


 頭領が受け取り、晨鏡に渡す。

 記憶を頼りに晨鏡が昨日見た怪物の絵を描いた。


「なるほど。だいぶ違うな。まず形が違う」


 頭領が筆を受け取り、二枚目の紙に絵を描く。その姿は晨鏡が描いたものよりもかなり細い。晨鏡の描いた物体は丸みを帯びていたが、頭領の描いた物体は細身に描かれている。

 二人が情報を突き合わせる。


「身の丈は7尺(2.1メートル)ほど。これは共通のようだな」


 頭領の言葉に晨鏡が頷く。


「横幅はだいぶ違うようだ。おれが見た怪物は幅が4尺(1.2メートル)近くあった。そっちはどうだ」


 晨鏡が言うと、頭領が絵を見ながら答えた。


「そうだな。2尺(60センチ)、とまではいかないが、胴のあたりは細かったな。胸板は厚かったが、あんたのほどじゃない」

「力はどうだ。南東支城の奴は、15尺(4.5メートル)近い大木を引き抜いて城壁に投げ飛ばしやがった」


「そいつは尋常じゃないな。こっちのも8尺(約2.4メートル)近い長剣を2本も振り回していたんだから、たいした力だろうが、力任せ、といった感じはなかったな。ただ、とにかく速かった。気付くと懐に飛び込まれてるんだ。あれは戦いと呼べる代物じゃない。一方的な殺戮だった」


「こっちのも速かったが、それよりも力が目立った。城壁に飛び移る力はなかったようだ。体型もあるかもしれん」


 そう言ってから、晨鏡が頭領を見つめて言った。


「よく生きて戻れたな。あんたも城壁に登ったんだろう?」


 その問いかけに、頭領が無念そうに答えた。


「おれは飛び降りたんだ。逃げるしかなかった。飛び降りて足を折った奴もいたが、職人仲間は大半が生き残った。商売柄、命綱を付けていたからな。鉤爪がうまいこと城壁に引っかかった。役人は駄目だった。飛び降りる前にやられたか、落ちて死んだ。何人か生き残った奴もいるが、みんな重傷だ。瀕死の奴もいる。化け物は城の外まで追ってこなかった。だからおれたちは助かった」


 晨鏡が頷く。


「おれはちょっと違う。おれたちは城壁の上で負けを認めたんだ。叫んだ、と言ってもいい。こちらの負けだ、と。そうしたら奴は手を止めて出てきた建物に戻っていった。だが、あんたらが相手をした奴には、その方法は通用しなかったかもしれないな」

「叫んだだけで、攻撃が止んだのか?」


 信じられない。頭領の目がそう言っていた。


「ああ。南東支城の奴は、城内に入らない限り攻撃をしてこなかった。あんたのところもその可能性はあるな。戸を破って城内に入ろうとしたから攻撃された。城壁に登っただけなら攻撃されなかっただろう?」


 晨鏡に指摘され、頭領が腕を組んだ。


「なるほど。その可能性は考えなかったな。試してみる価値はあるが、こっちのは城壁に飛び乗ってくるからな。命懸けだな」

「そうだな。さしずめ…」


 晨鏡が絵を見比べて言った。


「おれたちが対峙したのが怪力型なら、あんたらが対峙したのは高速型。そんなところか?」


 違う型がいるとは思わなかったな。晨鏡が言うと、頭領が唸った。


「これ以外には、いないだろうな?」

 

 




 

 

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