「県伯」3
<3>
陽はすっかり西に落ち、辺りは夜の
城壁の外ではかがり火がいくつも焚かれている。
多くの命が失われ、街は悲しみと
帰らぬ者の名を呼び泣き叫ぶ母、あるいは妻、友、恋人、そして子どもたちの声が聞こえる。
人気の無い城内に明かりは無く、はっきりと物を見ることはできないが、鉄の巨人が現れる気配は感じられなかった。
晨鏡も消防隊長も、城内側の石壁に近づこうとする意図は示さなかった。
乗り越えようとすればどうなるか分からない。
近付かなければ巨人は現れない。
それが確認できただけでいい。
二人は黙って城内を見つめていた。
引き抜かれた大木はどうなったのだろう。
鉄の化け物はどこに潜んでいるのだろう。
そして、消防隊員の遺体はどうなったのだろう。
守備隊員の遺体は、どこへ行ったのだろう。
知りたいことはたくさんあった。
しかし、すべては闇に閉ざされていた。
その手を緩めなければ、力を抜かなければ、助けられた命もあった。
自分が死なせたようなもの。そう思うと悔いしか残らない。
何もできなかった。ただ、人を死なせた。
晨鏡は闇を見つめたまま拳を握った。痛いほどに。
やがて、晨鏡は言った。
「戻りましょう」
消防隊長が
「また、ここに登る日があるでしょうか」
晨鏡は闇を見つめて答えた。
「必ず」
***
翌朝、晨鏡は南信と別れ、
支城から県城までは、歩き詰めでも12時間の距離にある。馬を使っても8時間はかかるだろう。
昨夜はほとんど眠れなかった。朝になって、体のあちこちが痛んでいた。
夢ならば、朝になれば覚めると期待した。
だが、現実は変わっていなかった。
いつもと変わらず朝日は東から登ったが、死者は死者のままだった。
一滴も酒を飲まなかったのはいつ以来だろう。
別れ際、南信は泣きそうな顔をしていた。
自分はどうだっただろうか。
晨鏡は思った。
また、笑える日が来るのだろうか。心から笑える日が。
ほとんど言葉を交わさないまま、晨鏡と陽河は北西県中央郷に入った。
県城との間にはもう一つ支城がある。
その支城、中央郷北西支城は、深泉郷南東支城よりも酷い状況に陥っていた。
「火災が起きているようですね」
街から黒煙が幾本も上がっている。
近付くと、街の外れに家財道具を山積みにした荷車が集まっているのが目に入る。
街から逃げ出してきたのだろうか。人々が呆然と立ち尽くしている。
支城の西側はほとんどの建物が消失したようだった。
「何があった?」
晨鏡が尋ねると、住民の一人が半ば呆然としたまま答えた。
「分からねぇ。何もかも燃えちまった。化け物が出たと。城で騒ぎがあって、火の手が上がって、一晩燃え続けて、街が消えちまった」
「支城の役人はどこに?」
「それも分からねぇ。みんな死んじまったって、そんな噂だ」
支城には規模によって150人から200人ほどの役人が勤めている。
ここ中央郷北西支城は、規模としてはやや小さめに映る。
だとしても、住民の言葉が本当ならば、150人以上の役人が死んだことになる。
集まった住人の中には頭に包帯を巻いている者もいた。
負傷者は多いようだが、重傷者は少ないようだ。火事や逃げる際の混乱で負傷した者がほとんどなのだろう。
「城に行ってみましょう」
陽河に促され、晨鏡は
城は石造だが、街は木造建築が多い。
一晩燃えたという炎はまだ各所でくすぶっており、庭木か何かが爆ぜる音も聞こえてくる。
臭気に口元を覆いながら、二人は城を目指した。
城壁が不自然なほど白いままその姿を残している。
街が焼けても、城は傷一つ付いていない。
城門前の通りに複数の染みが見て取れた。
南東支城と同じく、飛び降りて死んだ者がいるのだろうか。
人の声が聞こえる。
二人は城の東側に回った。
こちらはまだ半分以上の建物が残っており、街の住民と思しき人々が動いているのが見える。
半焼、全焼した建物の破壊や負傷者の救助を急いでいるようだ。
誰が指揮を執っているのか。
辺りを見回していると、長身の
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