第3章「県伯」
「県伯」1
第3章 「県伯」
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城壁上の遺体を回収し終えるには、それから更に1時間を要した。
城壁に投げ付けられた大木の下から負傷者を救出し、あるいは遺体を回収するのに人手を要したからだ。
最終的には城内で6人、城外で1人が命を落とし、城壁上でも10人が命を落とした。
重傷者は5名。
軽傷で済んだ晨鏡たち5名は
「鉄の塊が動いていたというのか?それも人型だと?」
百聞は一見に如かず、とは良く言ったもの。
晨鏡たちはありのままを話したが、陸剛たち外にいた者たちは俄かにその言葉を信じかねた。
しかし、5人が5人とも同じことを口にする以上、陸剛たちはその内容を受け入れざるを得なかった。
「城内に入った者は、全滅した、と?」
「はい。そう考えて間違いないでしょう。遺体を確認したわけではありませんが、城内に降りた消防隊員が血の跡を見た、と」
その隊員も命を落としましたが。と、晨鏡が付け加える。
「鉄の人型。鉄の巨人か。晨鏡殿、心当たりはあるか?」
「いえ、あのようなものは初めて見ました。文献でも見たことはありません。自分の目で見ても信じられません。そして、今、ここにこうしていることも信じられません」
全滅は必至の状況だった。だが、唐突に攻撃は止まった。
「なぜ鉄の巨人は攻撃を止めたのだろうか。晨鏡殿が何か叫ぶと同時に攻撃が止んだ、と?」
晨鏡は頷いたが、自分が何を叫んだのか、記憶に自信がなかった。代わりに
「晨鏡様が、『もう止めてくれ』と、そう叫んだ直後に攻撃が止まりました。『もうたくさんだ。おれたちの負けだ』と、晨鏡様は叫んでいらっしゃいました」
「『負け』という言葉に反応したのだろうか。だとすれば、素直と言わざるを得ないが」
「そうですね。声が届いたのだとしたら、あの化け物には耳があることになる」
「中に人がいた気配は?」
陸剛の問いかけに晨鏡が即答する。
「ありませんでした。あれは、人ではありません。人の形はしていましたが、中身は
唯一生き残った消防隊長も頷く。
「あんな人間がいるとは思えません。大きさもさることながら、あの速さ。4人がやられるのは一瞬でした。そしてあの力。大の大人を軽々と放り投げ、15尺(約4.5メートル)もの大木を根元から引き抜き、振り回す力など常人にはおよそあり得ません」
大木の枝葉が城壁を何度も襲う様子は陸剛たちも見た。
「100人力…。そう、100人力という言葉がしっくりくるでしょうか」
思い出すだけで震えが来る。
「しかし、攻撃は止んだ。何が鍵だったのかは分からないが、とにかく貴殿らは生き延びた」
陸剛が晨鏡の右肩にその右手を乗せた。
「よく、生きて帰ってくれた」
陸剛の両目から涙がこぼれる。泣きつくした、と思っていた晨鏡たちも、その涙につられて涙を流した。
涙を拭い、陸剛が言った。
「郷に報告せねばなるまいな。独断で大きな犠牲を出した。その責任は取らねばならん」
「それでしたら、私も支城長に
陸剛の右の眉がぴくりと動く。支城の役人たちがざわめいた。
「どういうことか」
陸剛の問いかけに、晨鏡は素直に答えた。
「郷城も朝から門が閉じており、対策を練っておりました。郷主から我ら3人に下された命令は、『支城の状況を確認しつつ、県城に赴く』こと。支城も県城も閉ざされていれば、県城の指示を仰ぐ。支城も県城も閉ざされていないのであれば、県城に報告して突入の許可を得る」
陸剛が天井を見上げた。
「そうか」
しばらく黙り、晨鏡に向き直る。
「我らも、そうすべきであった。これは私の失態だ」
「いえ」
晨鏡が否定の言葉に力を込める。
「ご立派な決断だったと、信じます」
結果として軟弱な郷主は部下を守り、勇猛な支城長は多くの部下を失った。
部下だけでなく、市民にも死者が出た。皮肉な現実がそこにあった。
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