「惨劇」9
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引っ張り上げることができたのは一人だけだった。
しかし、安堵はできなかった。
手が届かないと知った鉄の塊が城壁に体当たりをしてきたのだ。
激しい揺れに何人かが落ちそうになる。
一発。二発。三発。
その勢いで体当たりを受け続ければ城壁が崩れる。
そう覚悟したが、体当たりは唐突に終わった。
鉄の塊が
「助かった…のか?」
恐る恐る顔を上げる。その先に、晨鏡はさらに恐るべきものを見た。
人型の鉄の塊が、15尺(約4.5メートル)近い大木を引き抜こうとしている。
木の根が大地から剥がれる音が聞こえてきた。
「まさか…」
なんという力なのか。呆然と見つめる晨鏡たちの視線の先で、鉄の塊が大木を引き抜いた。
そして軽々とそれを持ち上げる。
誰かが叫んだ。
「伏せろ!!!!」
弾かれたように身を伏せる。
大木が空を飛んで降って来た。
「うわああああ」
「いてえええ、いてえよぉぉぉ」
「ちくしょう、なんだよ、これ。なんなんだよ」
木の下敷きになって3人が即死し、10人以上が負傷した。
「大丈夫か?」
南信も左肩を強打し、右手で抑えて顔を歪めている。
「か、かなり、痛いです」
「そうか。動かせるか?」
「な、なんとか…」
南信が腕を回して見せる。折れてはいないようだ。
メキメキ、という音がまた聞こえてきた。
見れば鉄の塊が別の木を引き抜こうとしている。
「くそう、皆殺しにする気か?」
城壁に登った30人のうち、既に8人が命を落とし、10数名が負傷している。
満足に動けるのは7、8名程度だ。
「撤収だ。このままでは全滅だ」
晨鏡の呼びかけに反対する声は無い。
「負傷者から先に降ろそう。消防隊、お願いできますか?」
消防隊は5人を失い、2人が負傷しているが、残る3人は無傷で生き残っている。
「承知した。時間がない。結んで降ろす」
隊長級の隊員の言葉に残る2人が頷く。
3人は手早く綱を手繰り寄せ、重傷者を背負って体に巻き付ける。
鉄の塊が木を引き抜いたのが見えた。
また投げるのか?
全員が身構える。
しかし、予想に反して鉄の塊は大木を引きずって近づいてきた。
「どうするつもりだ?」
塊は城壁の近くまで来ると、そこで大木を縦に持ち上げた。
「まさか…」
鉄の塊の高さは推定7尺(約2.1メートル)。腕の長さを加えると約10尺(約3メートル)に達する。
その塊が15尺(約4.5メートル)を超す大木を縦に持ち上げれば、その頂点は25尺(約7.5メートル)を超える。
城壁の高さは20尺|(約6メートル)。木の頂点は城壁の外からも見えた。
「なんだ?あれは」
「木か?」
城壁外からも驚きの声が次々と上がる。
怪物が持ち上げた木を大きく回した。
「まじか!!」
斜め横から唸りを上げて大木が迫ってくる。
鉄の塊は大木を箒(ほうき)のように扱い、城壁の上の異物を排除しようとする。
晨鏡たちは城壁の端に身を寄せたが、不幸にも2名が木の枝に引っかかり、宙を舞った。
2つの悲鳴が孤を描いて落ちていく。
1人は城内に、1人は城外に落ちた。
その生死を確認する余裕は、城壁の上に残された人々には無かった。
第2撃、第3撃と大木が襲い掛かる。
手の打ちようがない。
晨鏡は死を覚悟した。
「飛び降ります!」
消防隊員が叫んだ。
鉄の怪物が木を振り回す。大きく回している分、一撃と一撃の間には時間がある。
第三撃をやり過ごし、3人の消防隊員が一斉に飛んだ。
綱を巧みに操り、3人を救助する。そしてすぐさま梯子を取り付け、城壁に戻る。
機を見て、身を屈めている者たちに駆け寄る。綱を彼らに巻き付け…。2人が木に薙ぎ払われて倒された。
圧倒的な力の差。
「ちくしょう…」
なすすべもなく打ち倒されていく仲間の姿に晨鏡が切れた。
立ち上がり、叫ぶ。
「やめろ!やめてくれ!もうたくさんだ!おれたちの負けだ!」
泣きながら叫んだところで、どうにかなるものではない。
ただ叫びたかった。叫ばずにはいられなかった。
それだけのはずだったのに、晨鏡の叫びはなぜか怪物に届いた。
鉄の塊が動きを止める。
一番驚いたのは晨鏡本人だったかもしれない。
「え…?」
鉄の塊が振り上げていた大木を下ろし、晨鏡たちに背中を向ける。
そしてそのまま城内中央の建物に消えていった。
「どういう…ことだ?」
南信も、生き残った消防隊員も呆然としている。
動ける者は5人だけだった。
その5人も無傷ではなかったが、誰もが傷の痛みを忘れて立ち尽くしている。
「負けを認めたら…戻っていった???」
南信が呟く。
そこに城壁外から声がかかった。
「無事か!?聞こえたら返事をしろ!何があった!!??」
半ば呆然としたまま下を覗くと
何があったのか。それはこちらが聞きたい。
晨鏡たちは言葉も出せず、その場にへたり込んだ。
とりあえず、生きている。
それが奇跡に思えた。
多くの者が死んだ。
先ほどまで言葉を交わしていた仲間が死んだ。
その声はもう聞くことができない。
名前も知らないその相手。だが、共に行動した仲間。
これから先も、永遠に語り合うことはない。
どんな思いでこの場に立っていたのか。
どんな思いで命を落としたのか。
聞くことはできない。
永遠に。
「うう…」
消防隊長が
涙が頬を伝う。
止めることはできない。
生きている証を。
晨鏡たちは、ひたすらに泣いた。
(第2章・完)
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