「惨劇」7

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「危険は承知している。ゆえに今回は、80人を城壁に残し、20人を降ろす作戦に出る」


 陸剛りくごうが説明する。


 守備隊員8名が一度に消息を絶った以上、城内には相当の危険が潜んでいると考えてよい。

 今回も同じようにただ中に入ろうとすれば、相当数の犠牲を出す恐れもある。


 まして市民から死者、行方不明者を出すわけにはいかない。

 そこで、消防隊の10名と役人の中から選抜した10名のみを降ろす。


 中に降りる者には体に命綱を結んでおき、1人に対して4名を配置して、いつでも直ちに引き上げられるよう待機する。

 残りの30名近くは城壁外に待機し、梯子を抑えたり、万が一、人が飛び降りてくる場合に備えて布を広げたりする役目を担う。


「6間(約10.9メートル)おきに10か所から2名ずつ降下させる。西門の真上から10名。両脇の櫓付近から5名ずつ降りる作戦だ。何名かは城壁の南北に回り、門の様子が内側から確認できる場所に配置する。梯子は用意できるだけ用意した。危険を感じたら、即座に撤収だ」


 あくまで中の様子を確認することが主眼。開門できれば最善だが、それは望まない。

 陸剛の話に晨鏡しんきょうは納得した。

 危険は拭い去れないが、蛮勇ばんゆうではない。


「それならば、私も協力させてください。私も中に入ってみたい」


 晨鏡が言うと、南信なんしんが驚いた。


「え?晨鏡様がご自身で?それは危険かと」

「こう見えても逃げ足には自信がある。武芸をかじっていないわけでもないしな」


 でも、二日酔いは…。との言葉は飲み込んだ。


「本当に大丈夫なんですか?」

「さて、な。いざとなったらすぐに引き上げてくれよな」

「え?おれも行くんですか?」


 驚く南信に、晨鏡が笑った。


「当たり前だろ?おれが行くのに、お前が行かない理由がどこにある。良いですよね?陽河ようが様」


 陽河は慎重だった。


「構いませんが…。足を引っ張らないでしょうか」

「そ、そうですよ。おれ、実は高いところがあまり得意では…」


 南信の顔は引きつっていた。


「そうか。それじゃあ仕方ないな。お前がいてくれると心強かったんだけどな。一人で行ってくるか」


 すいません…。断りかけて、南信は考えを改めた。

 いや、これは良い機会だ。自分の目で確かめたい。

 その思いが勝った。


「いえ、やっぱり行きます。行かせてください。引っ張り上げます」

「頼むぜ」


 晨鏡が南信の肩を叩き、不敵に笑った。


 上衣を脱ぎ、陽河に預ける。既に決まっていた人選に、頭を下げて替わってもらった。

 頼まれたほうは安堵したような表情を見せる。


 誰もが怖いのだ。

 強がっていても、未知の恐怖に怯えている。


 帰らない守備隊員。命を落とした守備隊員。

 晨鏡もそうだった。本当は怖い。だが、南信と同じだ。好奇心が勝った。

 何が起こっているのか見てみたい。何が起こっているのか分かれば解決策も見出せる。郷城の開門にも役立つだろう。


「よし。では、取り掛かろう。作戦開始!」


 陸剛の号令に、若者たちが次々に梯子をかける。1班1本。合計20本の梯子はしごがかかる。

 長い梯子に苦戦する班もあったが、間もなくすべての梯子が城壁にかかり、一人、また一人と若者が登り始める。


 晨鏡も続いた。だが、登り始めてすぐに梯子がきしみ出す。

 下で何人かが支えているとはいえ、登るにつれて揺れ幅が増す。


 これは、思った以上に怖いな。

 下を見ると恐怖が増す。

 晨鏡は手元だけを見て梯子を登ることにした。


 先に登った若者が上でも梯子を抑えていてくれる。

 一番上まで登り、城壁に移るのがまた一苦労だった。


 城壁の高さが20尺(約6メートル)ということは、それよりも上に行かなければ城壁に移れないことになる。

 城壁に足を伸ばそうとして、少しでも姿勢を崩したら真っ逆さまだ。


 先に登っていた若者が高所に慣れた建築職人だったことは晨鏡に幸いした。彼は高さを苦にせず、城壁に足をかけて半身を乗り出し、晨鏡に手を差し伸べる。

 その手を掴んで城壁に転がり落ちた。

 安堵のため息をつく。


「よく登れましたね。お役人には無理かと思いました」


 誉め言葉と受け取っておく。

 他の班を確認すると、案の定、途中で挫折する者が続出していた。

 

 

 

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