「惨劇」6

 6


 支城長に取り次いで良いものか。

 決断できない支城の役人に、陽河ようがが言った。


「わたしは郷城総務課長の陽河です。郷の課長が頼んでも、支城長にはお目にかかれないと?」


 陽河が丁寧に、だが、役職を武器に強く出ると、支城の役人は慌てて支城長を呼びに行った。

 5分も待たずに、南東支城・支城長の陸剛りくごうが現れた。


 伊魁いかいの前任の土木課長で、県試を及第している。

 支城長を最後に引退が見える年頃だが、その堂々とした体躯たいくは若々しさを失っていない。


 こいつはなかなか勇猛そうだな。まるで熊のようだ、と晨鏡しんきょうは思った。腕力では到底敵かないそうにない。


「郷城から人が来たと聞いたが!」


 声にも迫力がある。この忙しい時に!と、みつかんばかりの勢いだった。


「郷城総務課課長、陽河です。お久しぶりです。陸剛様」


 陸剛が目を細めて陽河を見る。そして気付いた。


「おお!そなた、陽河ではないか。元気にしておったか」


 陸剛が郷の土木課長だったのは10年前。その後、別の2つの郷でそれぞれ課長を務め、県に戻って2年ほど課長職に就いてから1年前に陸剛はこの深泉郷南東支城の支城長となった。

 陽河が陸剛の下で働いていたのは6年前。北西県南東郷、通称青丘せいきゅう郷でのことだ。


「はい。おかげさまで。陸剛様もお変わりなく」

「うむ。して、こちらは?」


 陸剛は晨鏡の襟の刺繍に目を止めて尋ねた。郷の支城長は役人の階級では7等級になる。

 州の主任扱いである晨鏡は6等級になることから支城長のほうが格上だが、郷で6等級となると、副支城長か郷城副官といった上位職になる。

 年齢的にそれらの役職はそぐわない。陸剛の目からそんな疑問が読み取れた。


「深泉郷『相談役』の晨鏡様です。州から出向しておられます。こちらは南信。総務課の職員です」

「相談役?そうか、貴殿が噂の晨鏡殿か。噂とだいぶ違うな」


 陸剛が遠慮のない視線で晨鏡をめ回す。

 支城でも噂になっているのか。晨鏡が苦笑する。


「まあ、良い。いや、良いところに来てくれた、と言うべきか」

「と、言いますと?」


 内心を隠して晨鏡が尋ねると、陸剛が頷いた。


「見てのとおり、支城は今、大変なことになっている。信じてもらえないかもしれないが、城に入れない」


 陸剛は直球を投げた。隠し事のできない、裏表のない性格と見えた。


「どういうことです?」


 晨鏡は郷の事実を伏せたまま尋ねる。


 陸剛の説明も、郷で起きている事態と変わらなかった。

 朝から城に入れない。夜間に警備をしていたはずの守備兵は外で眠らされていた。

 叩き起こして尋ねたが、何も覚えていなかった。


 しかし、その先が郷城と違っていた。


 陸剛は直ちに城壁に届く梯子はしごを用意させ、午前9時過ぎ、守備隊2名に中の様子を見に行かせた。

 だが、隊員は二人とも戻らなかった。悲鳴と、何か叩き付けるような音が聞こえたが、それきり何の物音もしなかった。


 守備隊員は梯子を城内側に下ろして使用したため、次の梯子を用意するのに時間がかかった。

 支城には20尺(約6メートル)を超える梯子がその1本しか存在しなかったからだ。

 急遽長い梯子をつなぎ合わせ、10時半頃、再度2名の守備隊員が城壁に登った。


 その時もまた守備隊員たちとの連絡は途絶え、梯子も戻らなかった。

 そこで12時半過ぎ、今後は支城に残る守備隊員10名全員が一度に城壁に登った。


 梯子は外に残しておき、城壁上に2名を残して8名がつなを使って城内に降りた。

 そして、その8名とも連絡が途絶えた。


 中の様子を見ていた城壁上の2名は恐慌をきたし、20尺の高さから飛び降りて2人とも命を落とした。

 絶命寸前、一人の守備兵が言った。


「化け物だ」、と。


 中の守備隊員と連絡が取れないため、2名の死者と12名の行方不明者を出しても城内の様子は不明だった。

 分かったことは、慌てて城壁から飛び降りてしまうくらい、恐ろしいことが中で起こっているということ。


 陸剛りくごうは支城の消防隊員10名と、90名の役人の中から若い順に40名を選抜し、街の住民から有志を募った。

 結果、住民から100余名が集まり、ここに待機している。


「これから再突入しようと思っていたところだ。貴殿らも力を貸してほしい」


 行動力は認める。晨鏡はそう思った。

 だが、無謀にすぎないか。そうも思った。


 外敵がいないこの国では、守備隊は名ばかりのもので、軍隊の様相は呈していない。

 それでも守備隊は選抜試験を合格した運動能力に優れた者たちで構成されており、日々、訓練に励んでもいる。

 支城守備隊10名は、一般人の100人に匹敵するだろう。


 そうだとすれば、数を頼みに再突入を図ろうとすることは無謀にすぎないか。


「貴殿の心配はもっともだ」


 晨鏡が不安を口にすると、陸剛が頷いた。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る