「惨劇」5

<5>


 深泉しんせん郷には3つの支城がある。

 郷城から最も近いのは北西支城だが、県城の方向とは反対になる。

 それゆえ、晨鏡たちは県城方面の南東支城を目指した。


 徒歩ならば5時間半ほどの距離にある。

 晨鏡たちはその距離を、馬を使って3時間で移動した。

 南東支城の人口は1000人余り。東西5町(約545メートル)ほどの直線状に街が作られている。


 支城には外壁がなく、街の中心に内壁があるだけだ。内壁は街と異なり、ほぼ正方形状に作られている。

 1辺の長さは1町(約109メートル)ほど。高さは20尺(約6メートル)ほど、と、郷城に比べれば随分と小さい。

 四隅にはやぐらがあるが、門は東西の2つしかない。


 晨鏡しんきょうたちが支城に近づくと、その混乱している様子が遠目からも分かった。

 時刻は夕方の5時を過ぎている。

 はだいぶ傾いているが、日の入りまではまだ時間がありそうだ。


 街道に沿って馬を進めると、両脇に建物が現れる。

 建物の前では人々が心配そうに城の方角を見つめている。


「どうしたのです?何があったのですか?」


 民宿らしき建物の前で3人の女が話をしている。その一人に陽河ようがが声をかけた。


「それがね。城で騒ぎがあったみたいなんだよ。朝から城に入れなくて、昼前に守備隊が城壁を乗り越えたんだけど、それっきり連絡がなくて。昼過ぎにも城壁を登ったらしいんだけど、よく分からないんだよ」

「落ちて死んだって話も聞いてるよ」


「人が落ちてきたって」

「本当なのかね」

「今は役人が規制線を張ってて近付けないらしいよ。うちの旦那が見に行ってるんだけど、ちっとも帰ってきやしない」


 口々に言い、一人が晨鏡たちの来ている服に気付く。


「あんたら、もしかして郷の役人さんかい?調べに来てくれたのかい?」


 首に薄手の布を巻き、折り返しの襟が付いた長衣を羽織るのが役人の通例だ。

 襟の刺繍や首に巻く布の色で階級や所属が分かる。水色の布なら支城の役人。緑の布なら郷の役人だ。


「いや、たまたま立ち寄っただけだ。宿を取ろうと思って立ち寄ったら、この騒ぎ、というわけさ」


 馬上のまま晨鏡が答える。


「そうなんだ。でも、せっかくだから調べてやってよ。さっき城から役人が来て、男どもに声かけてたからさ。うちの息子も行ってるから、心配だよ」


 晨鏡が頷く。


「力は尽くそう。馬を預かってもらえるか?」

「ああ、いいよ。飼葉代で銅貨5枚。10枚くれたら身体からだも洗ってやるよ」

「そいつは助かる。3頭で10枚か?安いな」


 馬を降りながら晨鏡が軽口を叩く。


「あんた、面白いね。25枚でいいよ」

「冗談だ。銀貨2枚払うよ。釣りはいらない」


 銀貨1枚は銅貨20枚に該当する。


「太っ腹だね。じゃあ、帰りに食事でもしていってよ。泊まるんなら部屋もあるよ。1人銀貨1枚」

「悪くないな。そうさせてもらうよ」


 三人は女将おかみに馬を預け、徒歩で城へと向かった。

 心配そうに城を見つめている群衆のその先に、なるほど街の男たちが集まっている。


 竹槍や鎌、鍬などの農具を手にしている者もいる。その数は100人を下らないようだ。

 さらに、支城の役人が50人ばかり。総勢150人近い男たちが集まっている。


 不安そうな顔もあれば、行事に参加できて楽しそうな顔もある。

 晨鏡たちは町民たちの間を縫うように進み、その先に集まっている支城の役人に声をかけた。


「郷城から来ました。何が起こっているのです?この集まりは一体?」


 知らないふりをして尋ねる。


「郷城から!?もう耳に入ったのですか?」


 誰が知らせた?そんな口調にも聞こえる。


「いえ、知らせがあって来たわけではありません。わたしたちは三人で県城に向かう途中で立ち寄っただけのこと。そうしたら騒ぎになっておりましたので、何かあったのかな、と。支城長はどちらにおいでですか?」


 晨鏡はまたも嘘を言った。


「し、支城長は…」


 どうしたものか。支城の役人は焦っていた。

 郷の役人が来てしまった以上、知らない顔はできない。


 できないが、今の段階で支城長に会わせて良いものか。

 知られたくない。責任問題に発展させたくない。

 そんな様子がありありと見て取れた。


 また、これか。

 南信なんしんはため息をついた。郷城も支城もその体質は変わらない。

 

 

 

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