「閉門」6

 6


「それで、さっきの話なんですけどね」


 晨鏡しんきょうが食べ終わったのを見て、南信なんしんが口を開いた。


「ぉ、ぉぉ」


 晨鏡が姿勢を正す。


「困ったこと、というのはですね、城に入れないんですよ」


 その言葉の意味を晨鏡はすぐに理解できなかった。

 城に入れない?誰が?


「一体何の話だ?」

「ですから、城に入れないんですよ。誰も」

「誰も?どういうことだ?」


 南信が言うには、朝から郷城ごうじょうの内門が閉ざされており、市井しせいの民はもちろん、城の役人であっても入れず、郷主ごうしゅであっても開けることができないとのことだった。


「門が閉ざされている?どうやって?」


 建国より180年余り。国は平和が保たれている。

 国の政治単位である州、県、郷にはそれぞれ州城しゅうじょう県城けんじょう、郷城がある。


 それぞれの城には城壁が二重に設けられており、内側に内壁ないへき、外側に外壁がいへきがある。

 壁の長さや高さは違えど、州城でも県城でも郷城でも、その構造はすべて同じだ。


 内壁には内門ないもんがあり、その中が行政府、すなわち役所。

 内壁と外壁の間が市街地で、外壁には外門がいもんが設けられている。


 門の数は城の規模で異なる。

 郷城ならば一般的には内門も外門も東西南北に1つずつ、計4つずつ設けられている。


 それぞれの門扉は重厚な鉄素材で作られているが、外敵がおらず、治安が維持されているこの国では、建国以来、内門も外門もその扉が閉じられたことがない。

 少なくとも晨鏡は、閉じられたという話を聞いたことがない。

 だから晨鏡は尋ねた。「どうやって?」と。


「鉄扉です。門の鉄扉が閉じられているんです」


 あの鉄の扉が閉じられているその姿を晨鏡は想像することができなかった。

 代わりに尋ねた。


「外門はどうなんだ?」


 南信は即座に答えた。


「外門は開いてます。内門だけです」


 即答した、断言した、ということは、確認済みだということなのだろう。晨鏡は頷いた。


「郷主も入れないとは面白いな。夜の間は空っぽだったか。守衛はどうした」


 内門の中には役所の建物や図書館など、平均的な郷城では5町(約545メートル)四方の壁の中に10程度の建物が存在する。


 建物は中心部に集中して作られており、壁と建物の間は公園緑地として、市民の憩いの場として利用されている。

 建物は夜になれば扉が閉じられ、鍵がかけられる。

 しかし、内門が閉じられることは今までなかったため、公園緑地は夜でも自由に立ち入ることができる場所となっていた。


 ただし、騒ぎを起こすような場合に備えて夜間は何人かの守衛が配置されている。

 通常であれば、10人ほどの守衛が交代で見回りをしていたはずだ。


「それが、全員外で眠らされてまして、記憶がないと言うんですよ」


 記憶がない?おれと一緒だな。という冗談を晨鏡は飲み込んだ。


「そいつは問題だな。で、それをわざわざ伝えに来たのか?」


 晨鏡が問いかけると、南信は当然とばかりに頷いた。


「そうですよ?晨鏡さんなら何か知ってるかと思って」

「知ってるも何も、起きたばかりだぞ?」

「あ、そうじゃなくて、こういった事態が前にもあったかどうかを知っているかな、って。おれは初めてなんですが、晨鏡さんなら経験があるかな、と」

「ああ、そうか。そういうことなら…」


 少し間を置いて考えるが、考えるだけ無駄だった。


「いや、無いな。おれの知る限り、門が閉まった、という話は聞いたことが無い。あったのかもしれないが、話題になったことはない、と言うべきかな?」


 南信が頷いた。


「何か手はありますか?」

「さて、どうかな。調べてみないと分からないな」

「そうですか。じゃあ、一緒に城に行きましょう。誰にも分からないんで、混乱しっぱなしなんですよ」


 食べ終わった粥を寄せて、南信が誘う。


「そうは言ってもな。さすがにもうコレだろう?」


 晨鏡が自虐的に右手で首を切る真似をすると、南信がすかさず答えた。


「何言ってんですか。いつものことじゃないですか。それに今日は朝から騒ぎになってますから、誰も晨鏡さんが来てないことに気付いてないですよ」


 騒ぎになっているのに気付かれていないのは良いことなのかどうなのか。

 誰にも相手にされておらず、誰にも頼られていないともいえる。

 ただ一人、南信を除いて。

 だから晨鏡は答えた。


「それもなんだな。いっそ首にしてもらえれば楽になれるのにな」

「贅沢な物言いですね。なりたくてもなれない人がたくさんいるんですから、簡単に言わないでください」


 南信の言葉に晨鏡は目を見開いた。こんな説教じみたことをいう男だったのか。


「どうしたんですか?さ、メシも食い終わったことですし、早く行きましょう。こういうときこそ、あなたの力が必要なんですから」


 歯の浮くような台詞をよどみなく話す南信に、ますます晨鏡は驚いた。

 詩葉しようが厨房から興味深そうに二人を見ている。


 どうしてそこまで…。

 晨鏡は戸惑った。


「恩人」とも言っていた。

 なぜだろう。なぜ、南信は自分をそこまで評価するのだろう。


「ごちそうさまでした。お代はお幾らですか?」


 南信が詩葉に尋ねている。


「いいよ。昨日もらった釣りみたいなもんだからね」

「そうですか。では、お言葉に甘えて。美味しかったです。また来てもいいですか?」


 南信の言葉に、詩葉が今度ははっきりと嬉しそうに笑った。


「もちろん。待ってるよ」

 

 

 

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