第70話 北方戦線 -戦場を踊る-
――――遡る事 色暦二〇〇五年
「またノースブラックが攻められてるらしいぜ」
「大丈夫だろ。あそこにはガメル様のダーカイル城があるんだ」
「どうせ攻められた所でセントラルに直進だろ。ウエストにはこないさ。どの道ここに来たところで対抗なんてできないんだから白旗でも立てとくか?」
「ははっ! それもそうだな。オレ達貧民なんて戦力の足しにもならねえ」
「お前もそう思うだろ? カエノ少年」
「……」
今から十年前、ブラキニア帝国は北の国からの侵攻を受けていた。各方角街の兵士は僅かを残してノースブラックへ集結。前線を任されたのは当時のダーカイル城主ガメル・ブラキニア、ザハルの父である。更にその父、ザハルの祖父に当たる国主、バジル・ブラキニアは度重なる北からの侵攻に苛立ちを隠せなかった。
北の国は寒さに乗じて南下してくる。ブラキニアより遥かに寒さに慣れている北の兵士達の動きは軽快だった。雪の降り頻る戦場はブラキニア
「チッ! いつもいつも寒い時期に攻めて来やがって。父上は何をしている! このままでは持たんぞ!」
「ガメル様! バジル様は防衛線を死守せよとの事です」
「フンっ! そんな事は分かっている。何かいい手は無いか……」
隣にはガメルの外套を握り締め、身体を震わせている少年が居た。
「いいか我が息子ザハルよ。これが戦争というモノだ。しっかり見ておくのだぞ」
「ガメル様ッ! 海岸沿いの防衛線が突破されました! このままでは側面を突かれてしまいます!」
「ええい! こんな状況でも防戦一方とは性に合わん! 父上は
「し、しかし」
「責任はオレが取る! ノイン! ツェーン! お前らはこのままダーカイル城で待機、状況の変化は直ぐに伝えろ!」
「はい……」
「アハト! お前は城前をそのまま死守。フンフ! お前は西の山間を警戒しろ!」
「任されたぜ!」
「承知しました」
「ゼクス、ズィーベンはオレと来い! 東の海岸沿いを押し返す!」
「待ってましたぁ! ズィーベン、遅れを取るなよお?」
「うん……」
「ザハル坊や、帰ったらまた遊ぼうねッ。何して遊ぶ? お姉ちゃんのおっぱいタッチする?」
「ゼクスのバカ……」
ガメル達はダーカイル城を急ぎ出立し、軍馬を走らせ押し込まれた海岸沿いへと向かっていく。
ガメルの後ろに付き添う女性は、身長の倍はある
とても戦場には似つかわしくないマゼンタ色の軽装は、さながら踊り子である。シースルーの布地から覗く褐色肌は妖美だ。
髪は綺麗な発色のマゼンタ色でポニーテールに結われている。可憐な見た目とは裏腹に、口調に女性らしさは感じられない。馬に跨る際は胡坐スタイルという全く持って踊り子に似つかわしくない格好だ。
同じ様に横に並ぶもう一人の女性はズィーベン・グリア。濃緑の髪の毛は首筋程の短さ。ボーイッシュな顔立ちだが、色白の肌を隠す様な服装は狩人の様だ。黒軍でも随一の弓の名手であり、一キロ先の舞い落ちる木の葉をも打ち抜く程の腕前。集中力と視力、精神力は並外れている。普段から無口な性格だが、対称的なゼクスと常に行動していた。
ガメル自身は次期国王に相応しく、
「やーっぱアタシ達を選んだのはセーカイだよね! 戦場に咲く一輪の華ってかーんじっ!」
「私も女……」
「アンタ無口だしー、不愛想だしー後ろでコソコソ撃ってるだけじゃーん」
「……」
「ゼクス、よせ。ズィーベンには相当助けられているのだ。お前が踊れるのも長距離支援があってこそだぞ」
「わーかってるっスよーガメル様ッ! だからアタシはズィーベンを相棒にしてるんじゃないっスかぁ」
「……」
「アンタが居ないと私は踊れないのよっ! 頼むぜ、あーいぼっ!」
馬に跨り揺られるズィーベンは、まんざらでもない様子で薄らと頬を赤らめていた。
「それにしてもやられたっスね、ガメル様。山からの伏兵を警戒して、西に兵を寄せ過ぎた感じっスか」
「うむ……海岸沿いは見晴らしが良い。増援は目視で確認できるからな。風雪に紛れて動き出したと見る。どうやらやり手がいる様だ」
「腕が鳴るっスよ! ここ最近貧弱な奴らばっかで退屈だったっス」
「そう言うな。兵力の減少を考えれば、お前のその退屈も救いと思わなければならぬ」
「ガメル様って戦争向きじゃないっスよね」
「……」
ゼクスは単純な性格だ。思った事をつい口に出してしまう癖があるが他意は無い。そんな純粋な発言を平気で王族に言うのだ。勿論腕も買っている。ガメルはそんな身近な存在を大切にしていた。主従関係とはいえ、一戦友の様な関係。
ゼクス・ジェンダ。円閃刃を振り回し、戦場を舞う踊り子。
ズィーベン・グリア。後方からの遠距離攻撃を主とした支援型。
ダーカイル城の防備を任されたのは、ノイン・ブラウニー、ツェーン・ブラウニー兄弟。
城前を任されたアハト・イロー。
西の山沿いを守るはフンフ・クーロン。
それぞれがガメルに絶対的な忠誠を誓う腹心だった。
「さーて、そろそろ決壊した防衛線が見えてくるかな? ガメル様、行くっスよ?」
「うむ、先行して敵兵を分散させろ」
「はいさっ! ズィーベン! お願い!!」
ゼクスの合図でズィーベンは携えていた弓を構える。矢筒を持っていないズィーベンは右手を真横に出し呟き始めた。
「風の子らよ、私に微風を……」
右手に握られた緑に光る矢は空気の刃、いや風の矢と言った所。その風の矢を構え、弓を上空では無く真正面に引いたズィーベンは更に唱えた。
「行って。
三人の後方より追い風が吹いたかと思うと、空気中から次々に風の矢が出現する。現れた無数の矢はそのまま敵兵群を薙ぐ様に通り過ぎていった。
「だああああ! ズィーベンのバカ! アタシの出番無いじゃん!」
「気を緩めるな。まだいるぞ」
「だーよねー! んじゃおっ先にー!」
ゼクスは疾走している馬の背に立ち上がり、勢い良く上空へ飛び上がった。流石に踊り子なだけあって身軽である。
「ふふ……ゼクスこそ全部殺すつもり」
ズィーベンは何やら嬉しそうに微笑んだ。仲が良いのか悪いのか戦友とはこういうものだろうか、戦果を競い合う様に互いを鼓舞する。
「ゼクス・ジェンダ、いっきまーす!」
空中に飛び上がったゼクスは、円閃刃を振り回し身体を高速回転させる。滑空する様にゆっくりと下がっていった。しかし、ただの滑空では無かった。次第に周囲は甘い匂いが漂い始め、敵軍に降り注ぐ。
「甘―い匂いに包まれてー♪ 君達は夢を見るぅ♪」
敵兵の動きが鈍り始める。ゼクスの匂いの正体は麻痺毒だった。甘い匂いの劇薬といえば現代ではクロロホルムが思い浮かぶだろう。だがこの世界にその様な物があるとは思えないが、ゼクスは非常に似た物質を扱っていた。霧散されたゼクスから発せられる匂いは兵士を麻痺させていく。
「いい夢見ろよっ♪
発言とは裏腹に、ゼクスは円閃刃で次々と首を刎ねていく。まるで戦場を可憐に舞う踊り子。
「ふん、ゼクスは相変わらず容赦が無い……ん? あれは……」
ガメルは上空に輝く何かに気付く。
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