第63話 掴めない

――――ロングラス大平原 西部。


「君達にはここで引き返して欲しいのね? じゃないとこのままだと死んじゃうんだーし。ボクの予測は当たるからねぇ」


 アンチーシは空中を浮遊しながら金刃をジャグリングしている。時折飛ばされてくる金刃にミルは防戦一方である。叩き落とした所でまたアンチーシへと戻っていった。


「あーもう! うざったい短刀! なんで自由に操れるのさ!」

「さあて、どうしてでしょーか! アハハハハッ」


 道化と言えば手品が付き物、何か細工がある事は確かだった。しかし、ミルは見破れなかった。このままでは埒が明かないのだが突破口を見出せずにいた。飛び込んだところで「予測」により防がれ、近付けば流体となった金刃がその切っ先を光らせる。

 ミルは経験が無かった。本来鉱物である短刀が、変形しながらもその殺傷能力を落とす事無く自身に傷を負わせてくるである。

 考えた末の決断だった。


「兄や! 交代!」

「ああ」


 革製のフィンガーレスグローブをしっかりと嵌め直し、ドームは足で地面を掴むかの様にゆっくりと腰を落とす。


「あんれー? もう終わり? 仕方無いなぁ、じゃあ次は君の番! かかってきなさぁい」

「……」


 ドームが無言でアンチーシへと飛び込む。勿論、拳には煙を纏わせていた。敢えて外された拳撃からは煙が漂い、周囲の酸素量を減らしていく。


「んぐぉ!? 退散!」

「逃がすか」


 追撃の一手を加えようと再び振りかぶられた拳だったが、既にアンチーシの姿は無くドームは地面へと着地する。


「ボクの予測だとちーっと相性が悪いから苦戦するんだーし! だから逃げまーす。あはっ! アハハハハハ! それにボクには大役があるからねい。ブラキニアで待ってるんだーし」


 どこからともなく聞こえてくるアンチーシの声はそのまま風に消されていった。


「なんだったんだアイツ……」


 戦闘になるとどうしても経験の浅いリムは、身体が強張ってしまい一歩が踏み出せなかった。こんな時に躊躇無く前に出られる兄妹は心強い事この上ないだろう。


八基感情ポルティクスは基本的にその感情に準じた行動や言動、思考をするわ。先の予測のアンチーシはその名の通り予測、即ち未来予知に近い何かの能力を持っていると思って間違いないわね」

「未来予知とかそんな反則じゃん! チートじゃん!」

「ちぃとって何? リムちん」

「チートってのはな! やっべーんだ! こう、ぶわぁーってなってシュッってやってもシャッてなるんだよ!」

「なるほど! そりゃやっべーや☆」


 最早会話は二人の世界で成り立っていた。介入するとをするだろう。


「わ、私はとりあえずこの兵士さんをホワイティアに運ぶ事にします。ついでに報告をしておかないといけないわね」


 黒法師が兵士の頭を綺麗な布で包み、優しく抱きかかえたまま来た方角のホワイティアへと歩いていった。


「ところで聞きそびれたんだけど、ディスガストってなんだ?」

「嫌悪、《嫌悪》のディスガストだ。確か先程のアンチーシとやらと同じ、八基感情ポルティクス中位体セカンドだったはず。かなり昔に討伐されたと聞いたんだが、誰かが感情乖離フローしたみたいだな」

「え? 復活したって事?」

「復活ではない。感情乖離フローは誰にでも起こる。八基感情ポルティクスの空いた穴は、その感情の強い生物が感情乖離フローする。文字通り穴埋めされるのさ」

「不滅の勢力じゃん!」

「だから厄介なんだよ」

「実際問題、色、光の勢力も八基感情ポルティクスには手を焼いている。その中でも虹の聖石レインボーウィルを手にして、何としてもこの世界を治める手段は無いかと試行錯誤している連中もいるんだ」

「それに中位体セカンドって何さ」

八基感情ポルティクス上位体ファーストから順に中位体セカンド下位体サードが存在する。下位体サードだからと言って決して弱い訳では無い」

「と言う事は?」

上位体ファーストは並みの人間じゃ太刀打ちできない。その気になれば一つや二つの国くらいは簡単に滅ぶだろう」

「ほーん」

「相変わらず聞いてるのか分からない返事をするな、お前は」


 鼻でもほじっていそうな生返事にドームは苛立ちを覚える。


「ま! とりあえずあれだな。どっちみちブラキニアに行ってみないと分かんないだろ」

「兄や、ちょっと疲れたからミル休むー!」

「ああ、まだ旅は長い。商人、もう大丈夫だ。先に進んではくれないか」

「え、ええ」

「心配するな。何かあればオレ達が守る」


 ドームは怯える商人に優しく手を添え、再びブラキニアへ向けて進む様に促した。



――――ロングラス大平原 東部 ブラキニア領とを隔てる山脈の麓。



「んもー! ボクの予測だとあそこであの男が出て来る筈は無いんだーし!」

「アンチーシの予測も外れる事があるんですね」

「うるさいんだーし! 君の楽観的思考よりかはマシだーし! 同じくらいだーし、ヴィジー様にも言われたから一緒に行動してるけど、邪魔はしないでよね? 中位体亜種レアセカント・《楽観》のオプティ君」

「はいはい、分かりましたよ。でも、何もかも予測して生きているなんて窮屈で仕方無いでしょう。物事は楽観的に考えた方がストレスは無いですよ? 成る様にしか成らないのですから気楽にいきましょうよ」


 ≪楽観≫のオプティと呼ばれた男の背丈は、アンチーシより一回りは大きく淡黄色の外套を羽織っていた。目深く被られたフードからは口元しか見えず、外見がまるで分からない。だが声からは温和な印象を受ける。

 会話を聞くに仲が良い訳では無さそうだが、二人が行動する理由は先の≪嫌悪≫のディスガスト出現にあった。

 アンチーシは八基感情ポルティクス上位体ファーストであるヴィジーと呼ぶ人物から、新たな仲間となるディスガストを見定めて来る様、命を受けていた。

 二人はいがみ合いながらも山脈を越え、一足先にブラキニア領へ向かう。

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