第62話 予測のアンチーシ

「ぽるちくすってなにさ」


 リムはヘンテコな名前に笑いを堪え切れなかった。


「大真面目な話だ、しっかり聞け」

「へいへい」


 相変わらずの堅物。ノリというものが全く分かっていないのは最早性格だろう。


「八つの基本的感情からなる精神の基礎。その本来の人間の感情から乖離した者は、八基感情ポルティクスに迎え入れられるそうよ。私達は感情乖離フローって呼んでるわ」

「いまいちわっかんねーな。なんでその感情が色の世界に関係あるのさ」

「色の世界だからこそよ?」

「ほえ?」


 リムの頭からはプスプスと煙が出る兆候を見せる。


「貴方なら知っていると思うのだけれど? 色相環図」

「ああ、見た事ならあるけど」

「あれに当てはまっているのよ、八基感情ポルティクスは」

「……?」

「単純な事よ、怒りなら連想として赤が出て来るんじゃないかしら? 青だと悲しみだとか」

「なんとなく想像はできるけど」

「色は感情と深い関係があるのよ」

「わっかんねー!」

「物分かりが悪いのね。色はね、個性とも言うのよ。その個性には勿論性格だとか色々あるわ。その中には感情も含まれている。個性豊かっていうじゃない? だけどその感情から乖離してしまった人間は我を忘れる。と言ってもその忘却状態から脱した例は聞いた事が無いのだけれどね」

「ん~要は狂人ってことでおーけー?」

「極端ね貴方。まあそういう事なのだけれど」

「予測通りだーし! よーく知ってるね、そこのお姉ちゃん」

「ッ!?」


 突如、頭上より聞きなれない声が響く。一同はすぐさま声の主を探す。


「どうも初めましてだーし! ボクは八基感情ポルティクスの橙に属する《警戒》のヴィジー様の側近、八基感情ポルティクス中位体セカンドが一人、《予測》のアンチーシ!」


 ふわりふわりと浮くその姿は道化そのもの。ピエロの仮面を被り素顔は隠されていたが、可笑しな被り物からは金色のショートカットヘアを覗かせている。

 全体が橙色を基調とし、スカートを履くピエロといった所。ボクと言っているがスカートを履き、細く小さな身体つきからは少女に見える。身体全体には金の装飾が幾つもあり、道化というに相応しく着飾っていた。


「こいつぁは予測するにぃ、ちと邪魔だから死んでもらったんだーし!」


 リム達の前に投げられた物は頭部だった。それは先程の偵察兵であり、首元は鋭利な何かで断ち裂かれている。


「き、貴様! なんてことを!」

「ひ、ひぃ! 旅のお方、お助けを!」


 商人は馬車に身を隠し身体を震わせている。


「折角新しく感情昇華フローした仲間が増えるってのに、ホワイティアに報告されちゃ厄介なんだーし。そんで予測するにぃ、君達はボクの新しい仲間をやっつけに行くと見た! って事で邪魔者は成敗するんだーし!」


 ふわふわと漂うアンチーシは両の手を身体の前に出し、掌を上にかざす。


「黄金の輝きは万物を魅了する~。輝く先に未来を見出すは幸か不幸か~。金に魅了されーしは愚か者~。うんたらかんたら~、ほい! 愚者の金刃フールドエッジ!!」

(アイツ今、呪文? 詠唱を端折っただろ……)


 アンチーシの手元には金が流体となって纏わり付く。そこから形成されたのは純金の短刀だった。恐らくは偵察兵の命を奪った得物はこれであろう。


「ミル! 起きろ!」


 目を覚ましたミルは状況を把握する間もなく自身の愛刀を握り、アンチーシと対面する。


「んもー折角良い気持ちで寝てたのにい」

「ありゃ? 君は確かこの前ここで混色派生ミキシングしてた子だよね? あれ~、おかしいんだーし。ボクの予測だと君は死ぬ筈だったんだーし。もう一人の子は何処? 死んじゃった?」


 アンチーシは複数の金の短刀をジャグリングし首を傾げる。


「生きてますう! 簡単に死なないもん! タータは後ろで寝てるだけだもん! っていうか何で知ってるの?」

「さあなんででしょー? ま、いいけど~。予測するにどうせ君はここでボクに殺されるんだーし」

「兄や、下がってて。ちとアイツ、危ない気がする」

「気を付けろよ」


 睡眠から覚めたばかりだというのに、ミルの身体は既に万全に近い状態だった。トントンと軽く跳ねたと思えば、案の定ていた。


「おっと! 君、やっぱり速いんだーし。でもボクの予測通り真正面からきたから防ぐのは簡単だったーし」

「予測予測ってうるさいなあ」

「そんでね? 次の予測はね、君はこれを防げないんだーし」


 ピエロのマスクの上からでも分かる位に口元をニヤ付かせ、金の短刀を振りかぶった。


「そんな素人レベルの振りかぶりを防げない訳ないじゃん」

「それはどうかな~?」


 スピードは至って普通。それなりに訓練を積んだ者であれば優に防ぎ止める事はできるだろう。しかしアンチーシの金刃は違った。ミルの短刀と接触し鍔迫り合いが始まるかと思いきや、金刃は流体の様に柔らかく変形する。切っ先のみ形を残した金刃はミルの胸元に到達した。


「っと」

愚者の金刃フールドエッジはね~、凄―く柔らかくて硬いんだーし、アハハハッ!」


 ミルはすぐさま身を引き、辛うじて服のみを裂かれただけで済んだ。アンチーシは再び金刃をジャグリングし、自身の予測が的中した事に喜んでいた。


「さーて、次は何処を切って欲しい? んふ、ンハハハハ」


 アンチーシの笑いは狂気じみていた。

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