第61話 新たな勢力

――――ロングラス大平原 西部。


「うひゃー、やっぱ広大だな。修行の時はそこまで気にしてられなかったけど、目的が遥か先だと広く見えるなぁ」

「一日で越えるには少々広い」


 リムは遥か先に見えるブラキニア領の山々を見つめ目を丸くしていた。ここから徒歩は相当な時間が掛かるが、やはり空の移動は危険だった。


「それにあれって確かオレが出したんだよな?」

「ん? あれか。そうだ、お前がミルとタータを止めた時、衝撃波と共にいきなり現れたんだ。あの灰色の円柱壁、お前の能力と似ているがなぜそのまま残っている?」

「いやオレが聞きたいよ」


 以前、修行の際に発現した灰の円柱壁。リムが刻を止め、白王はくおうリリと黒王こくおうガメルにより圧縮された空間が平原に残っていた。以前よりも若干直径が大きくなっているのだが、勿論リム達は気付いていない。


「ま、いいや! とりあえずおっちゃんありがとな! 無理言って行商人として混ぜてもらうなんてよ!」

「いえいえ、何か事情がおありなのでしょう。深くはお聞きしません。ですが、可能な限り商人らしく振舞って頂けると幸いに御座います。兵の点検は厳しくはありませんが怪しまれると面倒ですので」

「ああ、任せてくれ! こう見えてもオレは商人を心得てるからな!」

「なれば、思い切って商人へ転向なさってはいかがでしょうか」

「い、いやあそれとこれとは別でして。あは、あはは」


 どう考えてもリムには商才があるとは思えない。大口を叩くとはこの事だ。商人には見破られているだろう。話術も必要とする職業、安い嘘など簡単に見抜いてしまう。

 一行は商人らしく黒茶色の外套を纏い、フードを目深く被っていた。


「折角新調した服を着てるのに、こんなマント着たら目立たないじゃんよー」

「言われたばかりだろうが。自重しろバカモノ」

「へいへい……」


 既にお気に入りになっていたファー付の黒コートは、すっぽりと外套に隠れ威厳さは全く無かった。ドームから怒られた事よりも、お気に入りを見てもらえない悲しみがどんよりとリムを包む。


「グーキーパッ! グーキーパッ!」

「それにしてもあいつらはお気楽だよなー。馬車の荷台でグーキーなんて」

「どうせする事は無いんだ。オレらも商人の護衛という事で同行させてもらっているが、ロングラスで野獣を見たという報告はあまり聞かない」

「それって聞かないんじゃなくて襲われて報告がされてないだけなんじゃねーの?」

「まあ、その可能性もあるが。そうであれば荷車が放置されていてもおかしくないだろう」

「じゃあ野盗でもいるんじゃね?」

「有り得ない事はないな」


 既に時刻は正午頃、そんな会話が暫し続くも次第に口数は減り、無言のままブラキニア領へと足を進めるリムとドーム。ミルとタータは遊び疲れたのか、はたまた飽きたのか。整備のされていない平原に揺れる馬車の荷台で、二人仲良く昼寝をしていた。


「旅のお方、前方を」


 沈黙を破ったのは商人だった。前方から砂煙を巻き上げ走ってくる一騎の軍馬。


白軍はくぐんの偵察兵の方とお見受けしますが、どうなされましたか」

「ああ、商人か。君達は今から何処へ向かう」

「私達はロングラスを抜け北方の国へ向かう予定です」


 商人は慣れた口調で身振り手振りを交え、偵察兵へ説明を始めた。


「ブラキニアに行くんじゃねーのかよ」

「ホワイティアから出た商人がブラキニアになんかに入国させてもらえる訳が無いだろうが。敵対国家だぞ、怪しまれない様にはぐらかしているのだろ」


 リムとドームは荷車の影でコソコソと会話をする。


「そうか、ならば良いのだが。万に一つでもブラキニアに近寄るんじゃないぞ」

「ええ、それは勿論。敵国へ商売に行こう等とは思ってもいませんよ」

「そうじゃない、命がいくらあっても足りないぞ」

「どういう事でしょう」

「ディスガストが出たそうだ。それも超特大の。私はこれより白王代行のエミル様へ報告に行く所だ」

「それは大変でございます。どうかお早く」

「ああ、それでは失礼する! ハッ!」


 偵察兵は馬を駆り、颯爽とホワイティア領へと向かっていった。


「でぃすがすとお?」

「お前が知らないのも無理は無いだろう。ここジャンパールには昔からある勢力の一つだ」

「なんですとお!?」


 その場の空気が少し冷えた気がしたリムは改めて聞き直した。


「……んで、ディスガストって何さ? 勢力?」

「それは私が話しましょう、フフフ」

「はい出たー! 黒法師の姉ちゃん登場!」

「お前が話に聞く黒法師か」


 荷車を引く馬の背に足を揃えて乗り、優しく微笑む黒法師は胸の前で小さく手を振る。


「オルドールのお兄さん、会ったのはこれで二回目ですよ? 覚えておいてもらいたいですね」

「覚えているさ、白星はくせいの泉に居ただろう」

「あら嬉しいわ。女性の存在に気付かないなんて男性失格ですものね」


 何の話だと言わんばかりにリムが話に割って入った。


「んでそのディスガストって何さ」

「この世界に存在する色、光の勢力に次ぐ第三の勢力よ」

「んもー! 次から次へとなんなんだよ! 折角少し知識を得たってのにまだ増えるの!?」

「そんな事言っても仕方が無いじゃない? 暫く大人しかった勢力だもの」

「あの勢力は無差別に攻撃してくる。目的が分かっていないから尚更厄介なんだ」


 ドームは腕を組み俯く。


「これも覚えといた方がいいわね。感情よ。生物の誰しもが持っている感情、そこから乖離した者の末路……通称、八基感情ポルティクス。非常に強力且つ厄介な存在なの」

「ぽる……ん?」


 リムの唇がプルプルと震えていた。

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