第64話 驚愕の光景

――――ロングラス大平原 中央よりやや北西部。


 一行はブラキニア領へ向かう途中、八基感情ポルティクスによる襲撃で予定より遅れていた。先の戦闘でもそうだが、このまま中央進行はブラキニア勢力との衝突の恐れがある。ましてやそんな最中に不確定要素ではあるが、八基感情ポルティクスが干渉してくれば厄介でしかない。


 ロングラス大平原を抜けるにあたり、安全な場所は無い。しかし平原北部は、ホワイティアと友好国であるニュラゴーンが隣接していた。同じ海岸沿いにあるニュラゴーンは商業目的が主ではあるが、ホワイティアとの関係を築いている。

 逆に平原南方にはブラキニアの属国であるラヴナウ、カーミルの小国が存在する。位置関係で言えば中央のロングラス大平原を挟み北西にはホワイティア勢、南東にはブラキニア勢という陣取りとなっている。

 この位置関係を知った上でドームは北寄りの進路が比較的安全であり、万が一の事があればそのままニュラゴーンへ避難できると判断しリムに提案したのだった。勿論リムとしても面倒事なんぞは避けたい性格。この世界の情勢に関しては、諜報活動も行ってきたドームの方が圧倒的に心得ている。現状、反論する程の情報量も無いリムは二つ返事だった。


「そういえばおっちゃん、ロングラスの地図とかって持ってる? 行商人ならそれなりの広域は網羅してそうなんだけど」

「ええ勿論ですとも」


 商人から借りた地図を見てリムはやはりという他無かった。そう、ここジャンパール島は最早現代人にとっては自然と刷り込まれている、言わずと知れたあの島国と酷似しているのである。


「でもおかしい……」

「どうした?」

「あ、いや何でも無い。とりあえず先を進もうぜ」


 数時間後、次第に日が傾き平原は昼間の暖かさから徐々に気温が低下していく。僅かな雲を残した空には煌めく星達が徐々に笑い出していた。


「商人、そろそろか」

「ええ、そうですね。天候は悪くありませんが夜風は流石に冷たいですので、簡易のテントを御用意致しましょう。遠征時の焚火用として枯れ木を荷台に積んでありますので、火を熾して頂けると助かります」

「ああ、勿論だ。おいリム」

「積んである木だな! おけ! 任せて」


 リムは荷台に上がり枯れ木を探そうとしたのだが固まった。冷気や氷、恐怖といった感情では身体が強張り固まる事もあるだろう。しかし、今のリムの硬直は違った。


「お前等……まだ寝てたのか……」


 目尻をピクピクとヒクつかせ若干の怒りと呆れ、笑いも混じった様な口は形容し難い形をしている。


「んああ? おはよーリムちん。もう着いた?」

「おう、おはよ! っていつまで寝てんだよ! タータ! お前は昼から一回も起きて無いな?  いいだろう、お前には仕事をやろう! この枯れ木で焚火の準備をするんだ。少量の火ならお前の能力で簡単だろ」

「ん……あい……」


 タータの瞼はピシャリと閉じていた。それでもなんとか返事だけはした後、起こした身体はそのまま硬直する。


「ったく、ドーム聞いてくれ! アイツら今まで寝てたんだぜ!? 信じられるか!?」

「そんな目くじら立てる程でもないだろ」

「だってさ! オレ等が一生懸命あの「だーしだーし」とか言ってる奴の相手をしてたのに……のにいいい!」


 オレだって寝たい、ずっと寝て居たいと言わんばかりに地団駄するリムはただのガキにしか見えない。


「とりあえず今日一番の大仕事を頼んで来たよ! フン!」


 やれやれと首を振るドームは近くの小岩に腰を下ろした。リムも不満気に地べたに腰を下ろし胡坐をかく。しかし、幾ら待てどミルとタータが降りてこない。リムは痺れを切らし荷台に向かおうとした時、ミルの叫び声が聞こえた。


「リムちん! タータんがっ!!」

「どうした!?」


 尋常では無いミルの叫びにリムとドームは、慌てて荷台へと駆け寄る。そこで目にした光景にリムは驚愕する。


「タータん……立ったまま枯れ木持って寝てる……」


 そこには枯れ木を落とさず器用に身体のバランスを保ち、夢見心地と言わんばかりのタータの姿があった。急いで荷台に駆け上がろうとしていたリムは、その姿を見た瞬間に足を踏み外し、周囲に鈍い音が響いた


「あはああっ!! っだあああああ! んぐ……」

「……はあ。オレは戻っているぞ」

「ミル、立ったまま枯れ木持って寝てる人初めて見た……しかも喋ってる……」


 まさに生まれて初めて見るかの様な、ミルの目はそんな驚愕の光景を目の当たりにしている様であった。脛を強打したリムは絶賛悶絶中。


「これで美味しいお肉焼くの……んにゃんにゃ」


 タータの口からは一筋の光。ミルはその光をじっと見つめる。


「あ、垂れた」

「ああ、なんということでしょう……」

「ん?」


 商人は目を見開き、奇跡でも見ているかの様相で語り始めた。


「その雫が落ちる時、大地に潤いを与え、生が芽吹く。豊かに育った緑は、風に乗り大地へと繁殖する」

「……」

「広がった緑は動物の空腹を満たし、また排泄により大地に栄養を与える。豊かに育った動物は食物連鎖によって人へと渡る。肥えた動物はまた人の胃を満足させ、再び健康な雫を生みだ――」

「さないから! いや、間違ってはいないけど、タータの涎を食物連鎖の起点にしないで? 涎をそんな壮大なスケールで語らないでくれる? ただの食欲だから! ってか垂れた、じゃねえよ! 早くしろお前ら!!」


 リムの叫びに漸く目を覚ますタータだったが未だ半分寝ている。


「リムっち……おはよ。今焚火するよぉ」

「た! の! む! 早くしろ! こっちは腹減ってんだよ!」

「ハッ! お腹! お腹空いた! 早く焚火しないと!」

「あ、待ってタータん」


 リムの腹減ったワードに目を見開くタータは一目散に荷台から降りていった。タータを突き動かす事は最早食事以外では不可能なのか。リムは荷台に脛の傷みと共に取り残され、そんな事を思っては溜息を付き荷台を下りるのだった。

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