第54話 癒えぬ傷

――――ホワイティア城 とある一室。


 ロンベルトとの戦闘から一夜明け、深手を負ったオルドール勢はそれぞれ別室で治療に当たっていた。その中の一部屋にミルとタータ、リムの姿があった。

 ベッドで穏やかに眠りについているミルを神妙な面持ちで見つめるタータ。


「ミルっち……」

「傷は深いが安静にしていれば大丈夫だろうって治癒色操士ちゆしきそうしが言ってた」

「でも……」

「心配するのは分かるけど、オレらにはどうしようもない。それよりもお前は大丈夫なのか?」


 リムは気を失う程に強く身体を打ち付けられたタータの身体を気遣う。


「うん、ドラドラが守ってくれたんだ。あのくらいで根を上げてたら笑われちゃうよ」

「そういえばドラドラは? アイツも酷い傷だろ」


 両翼を切断され、尾までも失ったのだ。相当な傷である事は確かである。


「ドラドラは大丈夫。暫くは動けないけど私の毒沼、色力しきりょくの空間の中にいれば再生すると思う♪」

「そうか、ならいいんだけど。ミルも暫くは起きないだろ、少しみんなの様子を見てくるよ。ここにいるか?」

「うん! ミルっちが目を覚ました時に誰か居ないと困るもん♪」

「分かった」


 色力を分かつ間柄とまでなったのだ。余程心配なのだろう。リムは部屋を後にし、ドームのいる部屋へと向かった。


虹の聖石レインボーウィル鍵の石板キープレートか。そういえば図書館に「鍵の石板」って本があったな、後で見てくるか。これからどう動くにしても、この世界をもっと知っておかないといけないしな」



――――――――――



 ドームが安静にする部屋に着いたリムはゆっくりと扉を開ける。


「ドーム、入るぞ」

「ああ」


 ミル程の重症ではないが、やはり安静を要する程には傷が深いドームは、ベッドから見える青空を眺めていた。


「調子はどうだい」

「ああ」

「……ミルは大丈夫だ、それにみんなも。治癒色操士も診て回ってくれてる」

「ああ」

「自分の非力さを思い知ったって表情だな」

「……」

「仕方無いだろ、ロンベルトは色巧エクスクエジットってやつだったんだろ?」

「ああ、アイツの力は群を抜いていたよ。だが、お前も色巧エクスクエジットをいとも簡単に倒すとはな」

「まあね」


 リムは少し照れ臭そうに左角を擦った。


「それよりもダンガはどうなった? アイツは左腕を失ったんだ、これから騎士として生きるには……」

「ああ、後で話をしてみようと思う。ドームも来るか?」

「いや、話は皆の傷が多少癒えてからで良いだろう」

「そうか。まあ暫くの脅威も去った事だし、ゆっくり回復するのを待つのも良いか。とりあえず様子だけでも見て来るよ」

「ああ」


 会話の間リムの顔を見る事は無く、ただ窓の外を眺めているドームだった。リムは部屋を後にし、ダンガが治療を受ける部屋へと足を運んだ。



――――――――――



「おっとこれは白王はくおう代行様」

「その言い方はやめてくれない?」


 ダンガが横になるベッドの脇には、エミルが静かに座っていた。己の盾となり深手を負う事になったダンガに罪悪感があるのだろう。


「ごめんごめん。ダンガの様子はどう?」

「ずっとうなされているわ」

「左腕を失ったんだ、無理もないか」

「私なんかの為に……」

「それはダンガには絶対言うなよ」

「??」

「ダンガはオルドールを守る盾として役目を全うしたんだろ。無下にするもんじゃないだろ」

「……」

「素直に労ってやるのが守られた者として最大限の感謝じゃないのか?」

「……そうね」


 深く俯くエミルの表情は暗かった。脅威が去ったと言え、それぞれの再起には時間が掛かるだろう。


「それにしても治癒色操士って凄いんだな。少しの時間で出血を止めるなんて並みの医者じゃできないだろ」

「治癒色操士の基本的な能力は、応急処置や生き物の自然治癒能力を高める程度よ。より回復を早めるには根本的な手術も必要だし、薬の調合なんかはやっぱりそれに長けたお医者様が居ます」

「ほーん」

「私も多少治癒に関する色力を心得ています。ですから、一番深刻なダンガには私が継続的に診ています。治癒色操士も限られていますからね」

「なるほどね」

「貴方は? 身体は大丈夫なの?」

「この通りピンピンだよ」


 リムは左角をしっかり握り、満面の笑みを浮かべた。


「頼もしいわね。オルドールを助けて頂いた事、感謝します。ですが、このままここに居るつもりはないのでしょ?」

「ああ。成り行きでこんな状況になったけど、転移者としてオレはこの世界を見てみようと思う」

「そう……」

黒法師くろほうしが言ってた。この世界を救う鍵だ。ってね」

「止めはしないけれど、なんだか寂しいわね」

「おお? 寂しがってくれるのか? 照れるね」

「皮肉を言って欲しいのかしら?」


 二人はクスリと笑う。


「ありがと。なんだか少し話をしただけで心が晴れたわ。不思議な人ね」

「そりゃどうも」


 リムはエミルに手を振り、部屋を後にした。


「さてとっ。図書室に行くか、世界を知る一歩だ」


 リムの心はどこか晴れやかであった。

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